第一三八話「彼女の不調の原因は俺に心当たりが有り過ぎた」
戦時ではあるものの、王都ラウディンガーは以前来た時と余り変わった様子は無く、人々は普通に過ごしているように見えた。
強いて言うならば、巡回している警備兵の数が多かった。彼等だけは市井の動向に厳しい視線を送っている気がしたのは間違いでは無いだろう。
「なるほど、それでお二人でラウディンガーまでいらっしゃったのですね。お疲れ様でした」
俺は一人で応接間で待っていたところ、すぐにツェツィーリエ王女殿下がディートリヒさんを伴いいらっしゃった。
レーネはどうしたのかと言うと、王都に着いた途端に再び調子を崩し、彼女を抱き上げたまま王城を訪れたのだ。衛兵の方も前と変わっていなかったので、俺の顔を見てすぐに中へと通し、レーネを別室で休ませてくれていると言う訳だ。
「有難うございます。それと、急なお願いにも関わらず妻に部屋をお貸し頂き感謝します」
「お二人とも、我が国にとっては大恩ある方です。無碍に扱うことなど出来ませんわ」
殿下は俺を安心させるように微笑みながらそう仰った。きっとレーネは俺を心配させまいと気を張ったままここまで歩いてきたのだろうな。大事無ければ良いのだが。
「レーネさんにはすぐに王都に居る女性のお医者様を呼んだので、今診て貰っていると思います」
「本当ですか!? 重ね重ね、有難うございます!」
やっとレーネの状態が分かるのか。頑張って王都まで歩いてきた甲斐があったと言う物だ。オマケに女性の医者を呼んでくれるという配慮の仕方、流石はレーネと同性の殿下と言えよう。
「それでリュージさん、話は変わりますが……黒幕とも言えるエメラダはどのような人物なのでしょうか? 聞けば、リュージさんの恩師にあたる人なのですよね?」
「あー、そうですね……」
早速、殿下にエメラダの事を尋ねられたのだが……実の所、俺はあの人のことをよく知らない。名前すら教えて貰えなかったのだ。人となり位なら三年間一緒に過ごしたので分かっているが、それ以上の事となるとよく分からないのが実態だ。
分かっているのは、エルフであり、レーネの実姉であり、魔術師であり、元神官であり、何故か権力者を目の敵にしていると言うこと。それ以上の事は俺にも分からない。
その事を説明すると、殿下は残念そうに溜息を吐いておられた。助けて貰っているのに力になれず申し訳ない所だ。
「いえ、待ってください。エルフの神官で、エメラダ、ですか?」
と、ここで反応したのは殿下ではなくディートリヒさんだった。心当たりが有るような言い方だ。
「ディート、何か知っているの?」
「……はい、エルフの神官など珍しいですからね……、確か、昔冒険者ギルドでそんな人物に会ったことが有ります。間違い無い」
ディートリヒさんは確信を持った言い方をしているし、これはギルドに行けば何かしらの手掛かりは得られそうだな。
……というか――
「何故、ディートリヒさんが冒険者ギルドに? それも昔って言いましたよね」
確かディートリヒさんは公爵家の次男だった筈だ。そんな人物が少年時代に冒険者ギルドと関わりがあったのか?
俺の当然のような質問に、ディートリヒさんは「そ、それは……」と何やら言葉を濁している。なんだ、気になる。
「ふふ、ディートは昔冒険者になりたかったそうなのです。それで冒険者ギルドに立ち入っては追い出されていたそうですよ」
「ツ、ツェツィ様!」
楽しそうな殿下の暴露に、ディートリヒさんは顔を真っ赤にして慌てていた。へえ、この実直な近衛騎士様にもそんな腕白な時代があったのか。今でこそお転婆な姫様に振り回されていると言うのに。
「と、とにかく! 昔、何時ものように冒険者ギルドに乗り込んだのですが、その時優しそうなエルフの女性神官に諭されたことがあるんです! 仲間からは確かに『エメラダ』と呼ばれていました!」
大きく咳払いをした後、ディートリヒさんはそう付け加えた。成程、先生は厳しくはあるが優しい人だからな。同一人物の可能性は高い。
であれば、黒幕のエメラダを知っている俺が確認しに行けばその真偽がはっきりするだろう。思い掛けず、王都で手掛かりが得られることになろうとは。
「では、今日はもう遅いので明日俺が確認に――」
俺がそう言い掛けたところ、ノックの音がした。ディートリヒさんがすぐに向かってドアを開けると、其処には白衣を纏った女性が立っていた。
ディートリヒさんはその女性と二言三言言葉を交わし、そして驚いたような表情を浮かべていた。一体何だと言うのか。
「ディート、今のはお医者様よね? 何だったの?」
女性が去って行った後、殿下にそう尋ねられたディートリヒさんだったが、何やら俺に意地の悪い笑みを浮かべてから小声で殿下へと伝えていた。何だ、この人がこんな顔をするなんて珍しいな。
すると殿下は殿下で、「まあ!」と両手を叩いておられた。え、何ですか。俺だけ蚊帳の外ですか。
「リュージさん」
「は、はい」
呼ばれた俺は居住まいを正し、殿下の御言葉を待った。
殿下はと言うと、満面の笑顔でこう仰ったのだった。
「レーネさん、おめでたらしいですよ?」
次回は明日の21:37に投稿いたします!