第一三六話「絶望的な状況下、俺はレーネに命を委ねた」
「あらあら、随分と滑稽な顔をしておられますわね、付与術師リュージ」
クスクスと笑っているのはアデリナだ。此奴は一度蘇ってはきたものの、何かの仕掛けで溶けてしまった筈の女。
「そうだな、余程目の前に居る我等の事が信じ難いらしい」
嫌らしい含み笑いを上げているのはフェロン。此奴は錬金銃で額を撃ち、ミノリが心臓に刃を突き立て殺した筈の男。
俺は混乱していたものの目の前の邪術師たちを睨み付けながら、背後にレーネを庇うようにして後ずさった。相手は邪術師三人だ、分が悪すぎる。逃げるにしてもレーネを置いてはいけないし、絶望的な状況と言える。
「何故、お前たちが生きている。それともまた不死人として蘇ったのか?」
色々と疑問は尽きないが、先ずはそれを尋ねてみた。フェロンの遺体は焼いて灰にした筈だし、アデリナに至っては不死人となった身体は溶け、魔核も壊れた後にホフマン公爵閣下へと預けているから、蘇る筈も無いのは分かっているのだ。
すると、フェロンとアデリナの二人はお互いに見つめ合った後、肩を竦めていた。答える気が無いのか、それとも主の許し無しに答える権利を持たないのか。
「その子たちは貴方の知っている二人じゃないわよ、リュージ」
「……意味が分からないんだが」
横からエメラダが説明を飛ばしてきたものの、俺は理解出来なかった。違う二人と言うならば、二人とも双子だったとでも言うのだろうか。馬鹿げている。
「リュージ……、あの二人は、お姉ちゃんが、魔晶を使って、産みだした、眷属なの……」
「……眷属」
荒い息を吐きながらレーネが教えてくれた。俺の知らない二人と言う意味はそういうことか。信じ難い事ではあるが、エメラダは自身の眷属として人の形を取った生物を産み出したらしい。何処まで規格外なのか。
ふとその時、ローブの下から覗くフェロンの右腕が焼け焦げている事に気付いた。見た感じ炭化しているのではないかと言う位に焦げている。何処でこんな怪我を負ったのだろうか――
「……そうか、自分の駒にスズの結界を破らせたのか」
無傷でスズの結界を破ったのではなく、フェロンに破らせて自分はのうのうと安全となった所に立ち入った訳だな。人の命を何とも思わない邪術師らしいやり方だ。
「駒って言い方は好きじゃないわぁ。二人とも、大切な部下なんだから」
「抜かせ、どうせ不死人になったアデリナを溶かしたのもお前だろ」
「だって、情報を渡される訳にはいかなかったからね。部下は信じてるけど、万が一レーネの薬で自白でもさせられたら困るし」
俺の嫌味にもエメラダは涼しげな表情でそう答えた。よく考えていやがる。敵に回ると本当に恐ろしいな、ウチの元恩師は。
「さて、リュージにはそろそろ退場して貰いましょうか。折角ゴルトモントを煽って隙を作ったんだし、確実に殺させて貰うわよ」
エメラダはゆっくりと近付いてきた。なんとか起き上がったレーネが、俺の背中にしがみ付いた。レーネは殺されないだろうが、このままだと俺が死ぬ。何か手を考えなくては……。
「……ゴルトモントに情報を渡していたのはお前だったのか。よくもまあ、向こうの暗部を全滅させておきながらそんな事が出来るな」
「あら、その事を知っているのね。それはそれ、これはこれ。ビジネスだからね」
ゴルトモントの宣戦布告まで此奴の仕業だったか。まだまだ余罪はたっぷり有りそうだが、このままゆっくりと聞かせて貰えはしなさそうだ。
俺は無事な右手でマジックバッグを開き、レーネの方へと向けた。試作品も含め、妻が作った道具はありったけ持ってきているのだ。俺は使い方を知らないが、レーネだったら分かるかも知れない。これは賭けだ。
レーネは俺の意図を理解したのか、背後でマジックバッグから何かを取り出したようだった。俺の魔石では邪術師の〈神殺し〉に引っ掛かるし、今はレーネだけが頼りだ。
「……ねえ、お姉ちゃん? 一つ言っておきたいんだけど」
「何かしら、レーネ? それと、危ないからリュージから離れてくれると嬉しいわね」
俺を殺す気満々のエメラダだが、あくまでもレーネには穏やかな笑みを見せている。妹だけでなく教え子にも優しくして欲しかった所だぜ。
背後でレーネが大きく息を吸い込む音が聞こえた。どうやら何かアクションを起こすらしい。
俺は何が起きても良いように身構えることしか出来ない。俺の命は、レーネに委ねられている。
「私は、お姉ちゃんが嫌い。例え死んでも、リュージの味方だから」
「なっ!?」
ショックを受けたらしく、エメラダが固まる。背後で衣擦れの音がしたかと思うと、一つの白い玉が五人の中心地に放られた。
「小賢しいですわ!」
すかさずアデリナが金色の触手を産み出し、白い玉を貫いた。
が、その途端、玉は猛烈な煙を吐いて辺りを一面に白く染めた。煙玉か、だがエルフであるエメラダの耳に掛かっては意味が無――
「ぐっ……? なんだ、これは……?」
俺は自身の方向がぐちゃぐちゃになったような、そんな感覚に見舞われて膝を突いた。それだけでは無い。辺りで感じる魔力も無駄にデカく感じるし、何なら同じように混乱して叫んでいるフェロンとアデリナの声が耳元で聞こえていた。
「……あっ…………」
視界ゼロの中、「こっちへ」とばかりに俺の手を引く手があった。レーネ以外に有り得ないだろう。
俺は最悪の気分の中、自分を引っ張るレーネの手だけを頼りに歩き続けたのだった。
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