第一三五話「俺たちと別れた後、彼女に何があったと言うのか」
「ぐぅっ!」
破裂音が鳴り響き、俺を狙った銃弾は急所――ではなく、左腕に命中した。咄嗟に左腕で脳天を、右腕で心臓を庇ったお陰で即死は免れたが、激痛に思わず膝を突いてしまった。
銃弾は丁度左下腕の真ん中に命中している。これは骨が砕けているだろうか。だが骨に当たってくれたからこそ脳天が護られたと言えよう。
「防がれちゃったわね、残念」
おどけた様子で肩を竦めるのは、俺に向けて引鉄を引いた『先生』である。全く悪意を感じない辺りに薄ら寒いものを感じる。
「……どういう事、ですか?」
俺は、目の前の『先生』へそう問い掛けた。俺の心の中では悲しみ、怒りと言うよりも困惑が支配している。たった三年間ではあるが親代わりとなってくれた人にこんなことをされる覚えは無いのだ。
「あら、リュージ。まだ分かっていないのね。それとも、レーネから聞いていない?」
弾薬を失った錬金銃をぽいっと投げ捨て、『先生』はつまらなそうにそう言い放った。不意打ちが中途半端だったというのに全く動じていない。俺など歯牙にも掛けていないということなのだろうか。
考えたくは無いが、レーネは『先生』のことを「お姉ちゃん」と呼んでいた。詰まるところ、目の前に居るこの人物、俺の恩師は――
「邪術師のエメラダ、なのか」
「正解よ。……ああ、誤解しないでね。私が邪術師になったのは、貴方たちと別れた後よ」
ふふ、と小さく笑って『先生』――いや、エメラダはそう種明かしをした。そうだったのか。俺たちを別れた後、彼女に何があったと言うのか。俺たちの絶望を希望に変えてくれた彼女に、邪術師に堕ちる程の絶望があったと言うのか。
……そう言えば、『先生』は魔術師だが神官でもあると言っていた。レーネの姉エメラダも光の神シグムントの神官だった筈だ。エルフの神官など珍しいのだから、気が付いて然るべきだったかも知れない。
「フェロンもアデリナも殺してくれるし、アデリナも折角復活させたと言うのに壊してくれるし、随分と邪魔をしてくれたものね、リュージ」
「……人の命を弄んでおいて、ふざけたことを言ってんじゃねえ」
気を取り直した俺は左腕を押さえながら立ち上がり、目の前のエルフを睨め付けた。この様子だと左腕は使い物にならないな。利き腕じゃなくて幸いだったが。
だが、最早恩師でも何でも無い、世界の敵である此奴を殺さねばならない。左腕の怪我が何だ。
「あらま、恩師に向かってその言い方は無いわぁ」
「教え子を殺そうとした癖に何を言ってんだ。いや、それだけじゃない。レーネを攫い、ベルとアイを傷つけやがって」
俺に関係無い人々を傷つけたことは一万歩譲って許したとしても、家族に手を出したことは絶対に許せない。万死に値する。
「レーネは私の可愛い妹よ、権力者と繋がるような愚かな教え子に任せられないわ。本当はあの子たちも殺すつもりだったんだけど、レーネがどうしてもって言うからトドメを刺さなかっただけ」
怒りをぶつける俺に対して、エメラダは一瞬冷めた瞳を見せた。それは一緒に過ごした三年間で一度も見せたことの無かったような、冷酷な殺人者の瞳だった。
それにしてもまるで権力者に恨みでもあるような口振りだな。此奴が邪術師に堕ちたのはその辺りが原因なのか?
……いや、待てよ? 邪術師? おかしくないか?
「……お前、どうやってスズの結界を破った? 幾らお前でも、あれを破壊しようとすれば無事じゃ済まない筈だぞ?」
自宅の周辺にスズが張り巡らせた対邪術師の結界は、破壊しようとすると呪い返しのようなダメージを負うと聞いている。どうして目の前の邪術師はピンピンしているのか。
「ああ、それはね――」
エメラダが何かを言い掛けた所で、背後の山道から何者かの足音が複数聞こえてきた。一瞬だけ其方に視線を送って確認する。
だが、その足音の主たちを見て、俺は目を疑った。
「エメラダ様、此方だったのですね。……おや、もう着いていたのですか、付与術師リュージ」
「フェロン、それに、アデリナ……?」
有り得ない光景に、俺は俺たちが確実に殺した筈である其奴等の名前を呼ぶことしか出来なかったのだった。
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