第一三四話「罠は俺のことを待ち構えていた」
幸いにも姉妹は眠らされていただけで、俺はすぐに自宅へ戻り、犯人の痕跡が無いかどうかを探して回った。
「…………ん?」
俺はいつもレーネが編み物をしている机の上に、見知らぬ封筒が置いてあることに気付き手に取った。差出人も宛名も書かれていない手紙ということは、直にレーネへ渡したか――
「それとも、犯人が置いていったか、だが――」
封を開け、読む。そこには「一人でオルト村跡まで来い。このことは誰にも告げるな」とだけ書かれていた。
オルト村跡か、懐かしいな。ガイ、そして魔人となったマリエと戦った場所か。この場所を指定したという事は、もしかすると犯人はその因縁を知っている人物なのかも知れない。
すぐに俺は旅支度を調え、隣家へと向かった。申し訳なくは思ったが先程ベッドへ寝かせたばかりのラナを揺らして起こす。
「むにゃ……はれ? リュージひゃん……? 私、何時の間に寝て……? 服もそのままだし……」
ラナは完全に目を覚ましていないのか、目を擦りながら俺を見上げ、不思議そうな表情を浮かべた。
「色々と説明している暇が無いんだが、聞いて欲しい。今うちでベルとアイが大怪我をしていてな、世話を頼みたい」
「えっ!? た、大変じゃないですか!」
「うぐー?」
おっと、ラナの大声でレナも目が覚めたようだ。身体を起こしてキョロキョロと周りを見回している。俺の姿を見つけると、目を瞬かせ首を傾げていた。
夜も遅いが、今は二人だけが頼りだ。急ぎ準備をさせてから自宅の方へと連れ出し、世話の内容について軽く説明した。
「朝になったら港の工房に行って、表に居る衛兵に頼んでミノリを呼んでくれ。後のことは妹がやってくれるだろうし、今晩だけは頼む」
「リュージさんはどうするんですか?」
ラナは全くもって当然の疑問を投げ掛けてきた。まあ、そりゃそうだよな。怪我人を放って家主が何処へ行くと言うのか。
「俺は、二人にこの大怪我をさせた奴とお話をしなけりゃならんからな。申し訳ないと思うが……」
「……そうなんですね、分かりました! 気を付けてくださいね!」
色々と思うところもあるだろうに、ラナは事情を察したようで俺を激励してくれた。うぅ、なんて聡いし良い子だ。帰ってきたらお礼をしなけりゃならんな。
俺はその場を二人に任せ、オルト村跡へと旅立ったのであった。
オルト村跡に着いたのは一日と少し後の朝方だった。前回はレーネや妹たちも一緒だったので時間が掛かったが、俺の本来の歩幅で急ぎ足ならばこんなものか。
村は朝靄に包まれており、不気味な雰囲気を醸し出していた。本当に、此処にレーネは居るのだろうか。
そう思いながら廃村の中心地を探索していると、早速、人影が此方へと近付いて来るのが見えた。早くも犯人のお出ましか。
俺は何時でも杖を投げ捨てて〈フューレルの魔石〉の加護を得られるよう心の準備を整えた。錬金銃も腰に下げており、何時でも撃てるようにはしてある。
「あら? リュージ?」
「…………え?」
やって来たのは――意外も意外、この場に居るとは夢にも思わなかった人物だった。
いや、本当に、何故此処に居るんだ? こんな所に?
「……『先生』?」
「ええ、リュージ。こんな所に何の用?」
きっと今の俺と同じような表情なのだろう。『先生』は呆気にとられたような顔をしていたのだった。
「ここにはね、珍しいキノコが採れるという事で来ていたのよ。北の方じゃそんなに珍しいものじゃないんだけど、こっちじゃ貴重みたいね」
「……そうだったんですか」
俺は『先生』の事情を聞き、何とも反応に困る反応をしていた。どういう訳かと思えば、魔術師である『先生』らしい理由だった。数分前まで錬金銃で先制攻撃しようとしてたよ、危なかった。
「で、リュージはなんでこんな所に来たの?」
「ええと……」
全く悪意の無い『先生』の質問に、俺は少し困ってしまった。「誰にも告げるな」と言われていたのだから、誰にも告げてはいけないのだ。今持っている手紙に魔術的な契約が施されていたらレーネに危険が及ぶ可能性がある。
逡巡した後、俺は質問に質問を返すことにした。
「……ちょっと事情は言えないんですが、この辺りでエルフの女性を連れた不審な人物を見ませんでしたか?」
「エルフの女性……?」
「いや、『先生』じゃなくって」
俺は自らを指さしている『先生』に、違う違うと目の前で手を左右に振った。探している人物は『先生』に似てはいるが、俺の妻である。
「あー……そうねえ、人影はあったかも。要らないトラブルに巻き込まれたく無かったから近付かなかったけど」
「どっちですか?」
「えっと、そこの少し先を曲がった所?」
『先生』が振り返って指を差した方に、確かに脇道があった。今は少しでも手掛かりが欲しい所だったし、有難い。
「有難うございます!」
「え、あっ、ちょっと!」
俺は後ろの声を置き去りにして、脇道へ飛び込むように駆け出したのだった。
其処は廃村の中心地、建物と建物の間にある小路で、奥には山へと続く道が延びているようだった。
そして、果たしてそこにレーネは居た。道の端で毛布の上に寝かされているものの、息が荒く、一目で具合が悪そうであることが分かる。
「レーネ!」
「……え? リュー……ジ……?」
俺の声で目を覚ましたレーネは首だけ動かして此方を見た。何だか、とても久しぶりに会ったような気がする。
だが、そのレーネの目が驚愕に見開かれた。
「お姉ちゃん! 止めて!」
「え――」
お姉ちゃん?
慌てて振り返った俺が見た物は――
俺に向けて錬金銃を構え、口角を吊り上げる『先生』の姿だった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!