第一三三話「君よ、何処へ消えた」
※リュージの視点に戻ります。
大半の船を失った船団は西の海域へ逃げ出して行った。こちらも先の戦いで奪い取ったゴルトモントの三隻があるので追うことが可能だが、慣れぬ海戦を挑むべきでは無いというホフマン公爵閣下の判断で、残党は放置することに決まった。どの道先鋒隊と同様に水と食糧が無ければ野垂れ死ぬのがオチだろう。
俺たちは後片付けを他の人たちに任せ、閣下と一緒に町へと戻った。先程まで居た場所は町から少し南に行った見晴らしの良い断崖の上で、そこから火矢を射かけていたのだ。
「ちなみにですが、フルスブルク方面はどうなっているのでしょう?」
「む、そのことか」
俺の素朴な疑問に閣下は顔を顰めておられた。フルスブルクはゴルトモントの国境近く、最前線の町である。宣戦布告されたと言うのならばそちらからの攻撃も考えられるのだが……。
「そちらの情報は七日前のものではあるが、睨み合いが続いていると聞いておる。実際に戦闘が発生しているのは此処、ザルツシュタットだけであろう」
「そういう事ですか……」
成程、と言うことは事実上この町が最前線となっているのか。それにしては舐めてかかってきていたが、態勢を立て直して再侵攻してくる可能性もあるか。
そもそも最初から奴等の目的はザルツシュタットであると公言しているのだし、此処だけを攻めてくるというのも理解は出来る。
「こちらから攻める、という選択肢は?」
「無いな。ゴルトモントは大国だ。まあ、陸軍の力は弱いが、それでも数の時点でこちらが匹敵できる道理が無い」
「ふぅーむ……」
と言うことは、現状では待ち構えて防衛するしか無いってことか。また〈アウレレの魔石〉を使うという手もあるが、あれ疲れるんだよなぁ。
「この状況を一気に打破出来る名案があれば……」
「そんなものがあったら戦争など起こらぬ」
閣下に睨まれてしまった。ごもっともです。
「まあ、そうだな……、裏で糸を引いている者をどうにか出来れば、或いは……」
「……と仰いますと?」
俺は思い掛けないワードに思わず目を細めて尋ねた。裏で糸を引いている者? それは初耳なのだが。
閣下は周りの目を気にしながら、俺に顔を近づけた。どうやら内密の話であるらしい。
「陛下は今回の侵攻について、我が国の中枢からゴルトモントに情報を渡している者の手引きと見ておられる。奴等がザルツシュタットを攻めてきた理由は知っているな?」
「……邪術師に冒された土地を解放する、でしたか。成程、確かにその情報は機密事項でしたよね」
そうか、見落としていた。だとすればこの戦争はその何処かに居る売国奴が引き起こしたと言う事なのか。
「それだけでは無い。奴等は……魔石の事も知っているぞ」
「……本当、ですか?」
「本当だ。魔石の技術を渡せば侵攻を停止する、と宣戦布告状にはあった」
それは、マズい。
まさかザルツシュタットを攻めてきた本当の理由は、俺が特別な魔石を作れるという情報が渡っていた為に拉致等をしようと考えたからではないのか?
「顔色が悪いな。……リュージよ、一度自宅へ帰れ。レーネの容態も心配だろうが、此方の工房へ移って貰うことも考えるのだ」
閣下のお気遣いに従い、俺は町外れの自宅へと戻ることにしたのだった。
自宅前の道を歩いている時にはすっかり日が落ち、辺りは真っ暗となっていた。
「レーネは少しくらい調子が戻っただろうか」
俺はぼうっとそんなことを呟きながら、〈発光の魔石〉で道を照らし一人歩いていた。もう少ししたら医者に診て貰える可能性もあるので、希望を持って行かねばなるまい。
「…………ん?」
俺は自宅の様子に違和感を覚え、目を凝らした。いや、自宅だけではない。隣のラナたちの家もだ。
灯りが付いていない。こんな時間に? どちらの家も魔道具の燃料が切れた? そんな馬鹿な。
とてつもなく嫌な予感に襲われた俺は、自宅に向かって全速力で駆け出したのだった。
「レーネ! ベル! アイ!」
自宅へ飛び込みすぐに灯りを点けた俺は、あらん限りの力を振り絞って叫んだ。愛する家族に何があったのか。皆、早寝しているだけならばそれで良いのだが、そんな楽観的な気分にはなれない。
「これは…………」
開け放たれた夫婦の部屋の前で、ベルとアイが血塗れで倒れていた。どうやらまだ息があるようだが、すぐに治療しなければ命に関わるのは俺にも理解出来る。
しかし、レーネは居ないようだ。この状況から考えると――
「……攫われた、か……」
悔しさに歯を食いしばる。俺が防衛隊に参加していなければ、もっと早くに情報が手に入っていれば、などとは思うが、今は目の前の二人だ。一刻を争う状況なのだし、考えるのは後だ。
俺はマジックバッグから回復薬を取り出し、二人に塗布した。二人とも何かに腹を貫かれていた。俺が戻らなかったらと思うとぞっとする。
「…………パ……パ……?」
気が付いたらしいアイが、虚ろな目で俺を見上げながら呼び掛けてきた。パパ、と呼んでくれるようになったのか。よっぽどレーネに叱られたのが効いたんだろうか。
「……喋るな、重傷だ。今は寝ていろ」
「…………ん」
安心したのか、アイは再び目を閉じた。取り敢えず命の危機は無くなっただろうが、絶対安静には違い無い。
俺は二人をベッドへ寝かせた後、ラナたちの様子を確認するため隣家へと急いだのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!