第一三一話「ザルツシュタットを通り過ぎて貰うには」
翌日から、俺は港の防衛に加わることになった。普段は工房で仕事をして有事の時に駆けつける、という手もあるのだが如何せん自宅から港までは遠い。到着する頃には色々と事が進んでいる事態が考えられる。
なので、港湾施設の一室を借りてそこで作業をすることにした。これならば普段の仕事と両立出来るからな。
ちなみに、今は動ける者が多い方が良いという理由でミノリとスズも別の施設で待機中だ。船に接岸される前はスズ、接岸された後はミノリの出番という訳だ。
「とは言え、レーネの姿が見えないのは不安だ」
「おっ、師匠、惚気ですか?」
呟きが聞こえていたらしく、弟子の一人に茶化されてしまった。彼等もこっちの工房へと移動して貰ったのだが、ベルだけはレーネの面倒を見る為に残ってくれた。色々片付いたら土産に煮干しを持って行こう。
「惚気と言うか、レーネは今調子が悪いからな。心配なんだよ」
「そうですよね……。知り合いに医者の弟子が居るので、紹介しましょうか? 勿論、診察料はタダにならないとは思いますけど」
別の弟子が意外な交友関係を教えてくれた。それは有難いな。別にタダで診て貰おうとは思っていないが、こちとら医者の知り合いなど居ないので助かる。
そもそも医者というのは診察に研究にと多忙を極める職業と聞いている。薬師に診て貰うと言う手もあるのだが、レーネ本人が薬師みたいなものだ。本人が分からないのに、という部分もある。
「そうなのか、なら近いうちに診て貰えるよう口添えを頼むかも知れん」
「分かりました!」
よし、これでレーネも快方に向かう可能性が出てきた。それをお願いする為にも、先ずは目先の仕事と――
「……奴等は、何時到着するのやら」
俺は窓の外に広がる港を見ながら、そう呟いたのだった。
それから数日後、正式にゴルトモントからの宣戦布告が、国境近くにあるフルスブルクの町からの早馬でもたらされた。
そしてそのタイミングで、俺の出張工房へ駆け込んできた衛兵の話で、海の方にも変化があったことが分かった。
「北の水平線上に船舶の影有り、との事です」
「……まあ、この状況で大人しくバイシュタイン王国の船を帰してくれたとは思えないな」
衛兵の話を聞きつつそんなことを考える。ザルツシュタットからの定期船は今ゴルトモントに向かったままだが、宣戦布告した状況で帰して貰えるとは思えない。十中八九、人質になっているだろう。
作業や弟子たちへの指導を中止して準備を整え、外へ出る。既に王都から駆けつけた防衛隊も戦闘準備は整っているようだった。
「リュージよ、それが例の〈錬金長銃〉とやらか?」
「あ、閣下。そうです、非常に長い射程を持っています。これならば遠くの甲板上に居る敵も狙えますね」
何時の間にか俺の隣にやって来ていたホフマン公爵閣下が、俺が担いでいる〈錬金長銃〉をしげしげと眺めていた。まだ七丁しか存在しない、貴重な武器である。
色々と武器の特徴について説明していたのだが、閣下の口から突然深い溜息が出た。一体どうしたと言うのだろう。
「まったく……、また厄介なものを作り出したな……、警護が難しくなるぞ」
「……ああ、そういうことですか」
遠くの敵を狙える武器というものは味方が持っていれば絶大な信頼が置けるのだが、敵に渡れば逆にこれ以上無い脅威となる。特にこの武器は魔力で命中精度を上げている為、弓などと比べると凶悪さが比べ物にならない。
「一応刻印魔術で持ち主を変えられぬようにしていますし、〈大金剛の魔石〉の防壁を貫けないような仕掛けはしているようですが……まあ、その仕掛けを取り払ったものを作られたら困りますよね」
「幾ら信頼出来る職人と言えども、もし脅迫でもされれば信念を曲げる可能性だって有る。これからはお前たちのような職人を国が全力で保護すべきなのかも知れんな」
「それは……正直、そうあるべきかも知れません」
俺は閣下の話に思う所が有り頷いた。アイネはゴルトモントから保護されずに飛び出した結果、石炭の技術を我が国に渡す結果になったのだ。保護されずに暴走した技術はいずれ破滅をもたらす、俺はそんな気がするのだ。
その後、閣下はこの武器を作り出したガドゥンさんへ「今後許可無く作成せぬよう」と申し伝えるように部下へ命令状を出していた。軍を預かっておられる御方も大変だな……。
「水平線上の船はゴルトモントの軍船で間違い有りません。敵は少なくとも一五隻でやって来ています」
「多いな」
俺も参加を許された戦略会議で、観測兵からの報告を受けた閣下が顔を顰める。流石は海洋国家で大国だな、、数に物を言わせるか。
それにしても、ザルツシュタットの豊富な資源をあてにして占領後に居座るつもりが透けて見える。今居る人たちの生活など知ったことかと言う事なのだろうか。
「例の武器は七丁だったな?」
「はい、〈大金剛の魔石〉が有るので再装填中に狙われても大丈夫だとは思いますが……」
俺は閣下の仰りたいことを理解してそう回答した。向こうがこちらと同じような武器を持っていなければ、〈大金剛の魔石〉で防げる筈なのである。
逆に、持っていれば防げない訳だが……まあ、そこは考えていても仕方が無い。
「とは言え、な。万が一という事もある。やれやれだ、奴等の目的地がザルツシュタットでは無く通り過ぎてくれれば良いのだが」
閣下はぼやいておられるが、それは流石に無理だろう。敵の目的はザルツシュタットとはっきりしているのだから。
「……いや、通り過ぎる……? ザルツシュタットが遠くにあれば良いのか?」
「ぶつぶつと何を言っておるのだ、リュージ……?」
おっと、閣下を始めとする皆さんに不気味な物を見るような目で見られてしまった。
でもきっと、あの魔石ならば実現出来る。奴等には、もっと南に在るザルツシュタットを目指して貰うとするか。
次回は明日の21:37に投稿いたします!