第一三〇話「それは必要な戦いなんだ」
ゴルトモントの来襲から七日後、俺と妹たちはライヒナー候の呼び出しにより領主様の館へと参じていた。今後の方針についてホフマン公爵閣下よりお話がある、との事である。間の日にちを考えると、閣下はかなり急ぎでいらっしゃったようだ。
「先ずはリュージ、再びこの町を救って貰い感謝する」
そう仰って、深々と頭をお下げになる閣下。俺は慌ててそれを制止した。公爵閣下にそのような事をされるのは恐れ多い。
「お止め下さい、閣下。俺は自分の家族に危険が及ばないように出来ることをやった迄です」
「いや、これは軍を預かる某の落ち度だ。最早ザルツシュタットが我が国の重要拠点となっていることをしっかりと理解しておらぬが故にこのような事になった。リュージはその落ち度を補ってくれたのだ。感謝してもし足りぬ位だ」
閣下は俺の制止など聞き入れぬようで、只管に頭をお下げになっている。何方かと言うとそれには、俺への感謝と言うより自分への悔いが見られたが。
そうか、ザルツシュタットはそれ程までに魅力的な町へと変わっていたのか。それと同時に、狙われる町へと変わっていたのだ。特にゴルトモントのような海洋国家には。だとすれば、無防備で狙われたことに対する閣下の責任は重い。
「……今後の話を、いたしませんか」
「……そうだな、そうしよう」
俺が無理矢理に話題を変えると、流石に閣下は頭をお上げくださった。何時までも終わったことを悔いていても仕方が無いからな。
「捕虜の処遇についてだが――緊急事態故、今回の方法については不問とする、と陛下から御言葉を頂いておる」
「……それならば、良かったです」
安堵した俺は、妹たちにそれぞれ目配せをして頷き合った。もしこれで提案したミノリと実行したスズの責任とでも言われたら洒落にならないからな。
捕虜たちはスズの隷属魔術により、現在はライヒナー候を主とした隷属契約状態にある。所謂、奴隷状態という訳だ。
食糧はどうしているのかと言うと、一部にラナの畑で働いて貰って生産効率を上げて対処している。元々、畑でまだ使っていない部分が有ったためにそれは何とかなった。肥料もレーネの弟子たちに頑張って作って貰っている。
残りの一部の捕虜については、王都から尋問官が到着次第、事情聴取に入ると聞いて居たが――
「本日、閣下と一緒に尋問官が到着したので事情聴取は開始しているんだが――早速、気になる事を言っていてね」
「気になる事、ですか」
ライヒナー候の話す内容に、俺は身を乗り出して耳を傾ける。バイシュタイン王国侵略の計画について何か分かったことがあるのだろうか。
と考えていた俺だったが、内容は全く違っていた。
「侵略のつもり、という事はその通りなのだが、その理由がね。『邪術師に冒された土地であるザルツシュタットを解放する』という名目で攻めてきたらしい」
「……は?」
俺はその説明に、思わず目が点になる思いだった。邪術師に冒された土地? そりゃ邪術師絡みの事件は多いが、それにしたって無理があるだろう。
……いや、待て。そもそも何故奴等が邪術師の事を知っているんだ? アデリナがスタンピードを率いていた事実については箝口令を敷いていた筈だが、何処かから漏れたのか?
「何故、ゴルトモントが邪術師の事を知っているのでしょう?」
ミノリも気になったのかそう尋ねる。邪術師があの事件で糸を引いていたことを知っているのは防衛隊と騎士団だけだ。そうなると、そこから漏れたことになる。
だが、その予想自体も俺たちの考えるものとは全く違っていたのだった。
「アデリナ、では無い。エメラダという邪術師をこの町で見掛けた者が居るそうなのだ。そしてその者は、ゴルトモントで一部隊を皆殺しにし、彼の国では指名手配中との話だ。それを匿っているという名目で攻めてきたのだよ」
閣下のご説明に、俺たちは衝撃を受ける他無かったのだった。
「ただいま、帰ったぞ」
「うん、お帰りなさい」
夫婦の部屋に帰ってみると、家を出る前は寝ていたレーネが椅子に座って編み物をしていた。まだたどたどしい手つきだが、弟子の一人に教えて貰って挑戦中なのだとか。
「って、おい、起きていて大丈夫なのか?」
「寝てばっかりだと逆に体調が悪くなっちゃうからね」
そう言って苦笑するレーネだが、やはり顔色は今一つ良くない。一体どうしてしまったのだろうか。
「やっぱり、今度医者を呼んで診て貰おう。医者じゃなけりゃ司祭だな。兎にも角にも、このままだとレーネが死んでしまう」
「もう、大袈裟だってば。お医者様も司祭様も、お呼びするのにお金が掛かるんだよ?」
「レーネの為なら金に糸目は付けない」
俺は真顔でそんな事を嘯く。ライヒナー候から謝礼を貰ったばかりだしな、と言うのは内緒だ。一人で船団を相手に立ち向かったことがレーネにバレてしまうからな。
「……ああ、そうだ。この間、この町にゴルトモントが攻めてきたって話はしただろう? その後詰めが来るらしいので、防衛隊に入って欲しいと言われた」
「そっか……。また、戦いなんだね」
レーネは寂しそうにそう呟いた。だが、防衛をしなければレーネたち家族を護ることは出来ない。これは必要な事なのだ。
俺はレーネの背中に回り、無言のまま彼女を後ろから抱き締めたのだった。
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