第一二九話「捕虜も多すぎると扱いに困るものだよなぁ」
※リュージ視点に戻ります
「これで全員かい?」
「……そうだ」
ライヒナー候の質問に、先程俺が狙撃して殺した将校の副官は、しっかりと身体を縛られ力無く頷いた。こちらの兵よりも多い捕虜が並んでいると言うのは、何と言うか、壮観だな。
「船の中は全て確認しました。他に残っている兵士は居りません」
「そうかい、助かるよ、有難う」
万一の為に〈大金剛の魔石〉を持たせた衛兵の一人の報告に、ライヒナー候は少々お疲れの様子ではあったけれども、満足そうに頷いておられた。
狙撃の後、三隻の船は俺を殺そうと近付いてから雨あられと矢を射かけてきたのだが、生憎と普通の矢は〈大金剛の魔石〉で封じてしまえる為、もう一人狙撃してやったら白旗を揚げてくれた。
何故自国に戻らないのか? と聞いてみたら、迂回路を通ってきた為に水も食料も尽きているのだとか。どうやらこちらを舐め腐っていたらしく、現地調達のつもりだったとか。浅ましいにも程がある。
「あんた、どうやって船を転覆させたんだ……? どうやって、少佐を殺したんだ……? どうやって、あの矢の雨を防いだんだ……?」
彼等の仮リーダーである副官がそんな事を尋ねてきた。船の方は〈軽重の魔石〉を投げ込んで船の重心を滅茶苦茶にしてやったら呆気なく転覆してくれたし、将校の狙撃はドワーフの鍛冶師ガドゥンさんの新作〈錬金長銃〉のお陰である。この銃、異様に射程距離が長いので標的が遠間の甲板上でも付与を掛ければ狙えたと言う訳である。
まあ、でも教える訳にはいかない。と言う訳で俺は無言でライヒナー候に目配せした。領主様は「分かっているよ」とばかりに頷く。
「質問は許していないよ? 君たちは捕虜なのだから。侵略者である自分たちの立場を分かって欲しい」
「………………」
何時も優しいライヒナー候だが、領民を殺した侵略者に憤っておられるのか少々表情が険しい。いや、優しいからこそ、か。
しかし、この捕虜の数はどうするのだろう。何処に押し込めるのか。そう尋ねてみたら、ライヒナー候も困っておられるようで苦々しい表情を浮かべておられた。
「そうなんだよね……。全く、厄介なことになったよ。処刑してしまうのも手なんだけど、王都からの指示を待たないといけないからね」
ライヒナー候があっさりと凄い事を言ったけど、そういったドライな考えで臨まないと今度はザルツシュタットの民が危険に晒されるだろうからなぁ。
「一部処刑するのはどうですか?」
「それはそれで選別基準があるし、残った方は怨恨がね……。さて、どうしたものか」
うーん、怨恨か。そういう事で言えば俺なんて最初の船でやって来た面々を全員海の底へ沈めたので相当恨まれてるんじゃ? と言うより、恐れられていると言うのが正しいか。さっきから俺を見てガタガタ震えている兵士が多いし。
そう言えば転覆させた船の始末とか死体の処理とかを考えるとライヒナー候は頭が痛いだろうな。死体は放っておいたら不死人の原因になる。でもあの場はああするしか無かったしなぁ。
「リュージ兄!」
「お? ミノリにスズ、来たのか」
町の中心へ続く道の方から妹たちが血相を変えてやって来た。きっと先程自宅へ帰したベルから事情を聞いたのだろう。
「まったく、今度は船団を相手に一人で立ち向かったんだって? 頭おかしいよねぇ」
「ん、間違い無い。頭おかしい」
「……妹たちが容赦ない」
ミノリもスズも俺が無茶をするのは慣れっこなのだろうが、今回は些か呆れているようだった。まあ、妹たちが同じことをすれば俺も呆れるだろう。
「心配を掛けてすまん。レーネにも伝わってるか?」
今レーネは体調が悪いからな。要らぬ心配は掛けたく無い。いや、だったら心配を掛けるような事をするなと言う事なのだが。
「ううん、ベルが気を遣ってくれたみたいで、あたしたちだけに教えてくれたんだ」
「そうか、後でベルには煮干しでもプレゼントするか」
「リュージ兄、ベルは猫人だけど猫じゃない」
そんなどうでも良いことを話していたが、そう言えばこの二人に捕虜の扱い方について聞いてみるのも有りなのではないかと思い、尋ねてみることにした。
二人とも暫し考え込んでいたものの、ミノリはピンときたらしく「ならこれはどう?」と指を立て説明を始めた。こういう時、二人とも博学なのは助かる。
「スズ、こういうことは出来る?」
ミノリの説明を俺たちは聞いていたのだが――なかなかどうして、これは――
「お前は鬼か」
「ん、鬼。出来るけど」
「ええっ!? でも効率的じゃん!」
俺とスズから白い目で見られ、ミノリは案の有効性について必死に説明する。横で聞いて居たライヒナー候も余りの力業な内容に苦笑していた。
「まあ我が国の法としてはどうなのか、という面はあるけれども。今は緊急事態だしね、その辺りは後で私が陛下へ説明を差し上げるとして……スズさん、お願い出来るかい?」
その方法は国の法律としては些かグレーな所もあるらしいのだが、ライヒナー候にも四の五のは言っていられないと言う事で承諾して頂けた。となれば、後はスズの頑張り次第になるわけだ。
「ん、分かりました。リュージ兄、手持ちの魔力回復薬、全部出して」
「よしきた」
俺はスズの言う通りにマジックバッグを漁り、手持ちの魔力回復薬を全て取り出し、スズに手渡したのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!