表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/209

第一二八話「幕間:幻の大時化」

※三人称視点です。

 ザルツシュタット港より少し(はな)れた海域(かいいき)


 そこで待機(たいき)している中型軍船(ぐんせん)の船室に壮年(そうねん)将校(しょうこう)が入って来ると、作業中だった若手(わかて)通信(つうしん)魔術兵は(あわ)てて立ち上がり敬礼(けいれい)(おこな)った。


「良い。首尾(しゅび)はどうだ?」

「はっ! 予定通り上陸(じょうりく)()たしたようです!」

「ふむ、結構(けっこう)なことだ」


 朗報(ろうほう)に将校は満足(まんぞく)そうな表情(ひょうじょう)()かべる。ゴルトモント王国の輸送船(ゆそうせん)は、最初から兵士を(はこ)ぶつもりで貨物船(かもつせん)(ふん)していたのだ。


「ならば(われ)()も急ぎ上陸を(はか)るぞ。〈デルフィン〉と〈オルカ〉にも(つた)えよ」

「はっ! 了解(りょうかい)であります!」


 〈デルフィン〉と〈オルカ〉は、この中型軍船〈ヴァール〉と併走(へいそう)しているやや小型の軍船である。先程(さきほど)ザルツシュタットへの急襲(きゅうしゅう)()たした〈ゼーシュランゲ〉に続き、港へ次々と上陸する手筈(てはず)となっていた。


 彼等は貿易(ぼうえき)(ため)にザルツシュタットからゴルトモントの王都グロースモントまで航行(こうこう)している定期便(ていきびん)から見つからぬよう、わざわざ迂回(うかい)をしてここまで辿(たど)り着いている。結構(けっこう)長旅(ながたび)になっている為、将校もようやく(おか)へ上がれることに安堵(あんど)していた。


「私は戦闘(せんとう)準備(じゅんび)(ととの)えておこう。まあ、とは言えザルツシュタット港は手薄(てうす)だとは聞いておるし、(はげ)しい戦闘などは起こらぬと思っておるが――どうした?」


 ザルツシュタットの占領(せんりょう)までの手筈を頭の中で組み立てながら余裕(よゆう)の言葉を(こぼ)していた将校であったが、通信魔道具(まどうぐ)()れている魔術兵の表情が怪訝(けげん)なものに変わっていることに気付(きづ)き、小さく声を()けた。


「はっ、〈デルフィン〉と〈オルカ〉に連絡を取っていた間に、〈ゼーシュランゲ〉からの応答(おうとう)が無くなりました」

「ザルツシュタットからの応答が? 魔術結界(けっかい)でも()られたか?」

「いえ……、通信自体は(つな)がっておりますので、通信魔術兵が()ない状況(じょうきょう)と考えられます」

「ふむ…………」


 まさかこの状況で魔術兵が持ち場を離れた、という事は無いだろうと将校は考える。


「となると、兵たちに何かあったのか?」

()が軍精鋭(せいえい)急襲(きゅうしゅう)(たい)ですし、それは考えにくいですが――」


 そう言い掛けた魔術兵を、将校は一睨(ひとにら)みして(だま)らせた。(いち)兵卒(へいそつ)が意見を言う事も(もっ)ての(ほか)なのだが、この兵士が心構(こころがまえ)えとして未熟(みじゅく)であると感じたためである。


「戦場では(つね)に最悪の想定(そうてい)をしておけ。上陸兵たちにもそのつもりで伝える。また何か状況が変われば連絡せよ」

「は――はっ!」


 魔術兵は萎縮(いしゅく)しながらも(ふる)える(うで)を引き上げ、将校の背中(せなか)へと敬礼したのだった。




 だが、ザルツシュタット港では、彼等の最悪の想定を(はる)かに()えることが起こっていた。


「……どういう事だ、これは……」


 遠見(とおみ)の魔術である〈テレスコープ〉が使える観測(かんそく)兵から状況を聞いた時は(たち)の悪い冗談(じょうだん)かと一瞬(いっしゅん)思った将校であったが、段々(だんだん)とザルツシュタット港が近付(ちかづ)くにつれ、その悪い冗談は現実だという事に気付き、歯軋(はぎし)りしていた。


 港に上陸している(はず)の兵たちは見当(みあ)たらず、桟橋(さんばし)には一人の大男が立っており、その後ろには少ないものの敵(がわ)の兵士らしき姿(すがた)があった。


 それだけならば彼らにとってはまだ悪夢とは言えなかったのだが、肝心(かんじん)の急襲を()たした〈ゼーシュランゲ〉が――転覆(てんぷく)しているのだ。


「何が、何があったのだ! 軍船が転覆するなど、大時化(おおしけ)でもなければ()()んぞ!」


 船の(へり)(たた)き将校は(さけ)ぶ。残念(ざんねん)ながら本日は細波(さざなみ)一つ無く(おだ)やかな天気である。(たと)え上級魔術であろうとも大時化を呼ぶようなものを発動(はつどう)させられる存在(そんざい)は神くらいであろう。


「……どういう魔術を使ったのかは分からんが、三(せき)から同時に矢を()かければ流石(さすが)に対応しきれんだろう。(ゆみ)の準備をするよう、〈デルフィン〉と〈オルカ〉にも伝えよ!」

「はっ!」


 将校が命令を出したその時だった。


 桟橋に居た大男へ一人のドワーフが近寄(ちかよ)り、長い(つつ)のようなものを(わた)した。それは彼等ゴルトモントの兵士たちにとっては初めて見る物体(ぶったい)で、筒の(はし)には横への出っ()りのような物が付いており、何をする物なのかは見当(けんとう)も付かない。


 しかし、彼等は思った。「あれは兵器だ」と。桟橋を海の方へと歩いて向かってくる大男の姿がそれを物語(ものがた)っているのだ。


 大男は桟橋の先に立ち、何かの魔術を行使(こうし)するような素振(そぶ)りを見せた後、筒の先を〈ヴァール〉の甲板(かんぱん)へと向けた。


少佐(しょうさ)! 撤退(てったい)進言(しんげん)いたします!」

「は? 何を言って――」


 一人の兵卒の上申(じょうしん)不快(ふかい)そうな表情を浮かべて振り返った将校。


 その直後(ちょくご)、将校の頭は呆気(あっけ)なく()き飛んだ。


 ゆっくりと甲板に倒れつつある頭の無い身体を呆然(ぼうぜん)と見つめる兵士たちの耳へ、(おく)れてやって来た破裂音(はれつおん)(ひび)き、甲板は大パニックに(おちい)ったのだった。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ