第一二七話「侵略者たちは予告も無く訪れるものだ」
案の定、『先生』に会ったことを妹たちに伝えたら、「なんで連れて来なかった」と責められてしまった。そんなことを言われても、呼び止める前に姿を消ししまったんだよ。俺は無実だ。
その後町の中で『先生』を見ることは無かった。一体、長居出来ない理由は何だったのか。謎のままである。
「せめて今居る場所でも分かれば、妹たちを連れて行けるんだが」
「何か言ったッスか?」
俺の呟きを耳聡く捉えたベルが、猫耳をピクピクと動かして尋ねる。そう言えばこいつに『先生』のことを教えたことは無いな。
「いや、何でも無い。買い物はこれだけか?」
「はい! 助かったッス、師匠!」
ニコニコと顔を綻ばせる一番弟子。今日は市場までベルの買い出しに付き合っているのである。大容量のマジックバッグがあるとは言え、手分けして買い物しないと効率が悪いからな。
普段この買い出しはレーネも一緒なのだが、最近調子が悪いこともあり今日は休ませてきた。エルフは病気に強い筈だが、大事を取って一度医者に診て貰った方が良いかも知れないな。
「そうだ、ドックを見に行ってみるか」
「ドック?」
「ああ、港で建設中の施設があっただろ。あそこに造船所が出来るんだ」
俺は言葉の意味が分かっていないベルへ説明し、彼女を連れて港の方へと足を向けた。ドックが出来れば造船も始まるだろうし、そうしたら俺も〈軽重の魔石〉を用意しなければならない筈だ。
建設現場には水の入っていない大きな人工の入り江があり、どうやらそこで船を組み立てた後に外海へ進水するような仕組みになっているようだった。こんな大掛かりな施設、最近建設が始まったにしては随分と進みが早いようだ。建築魔術でも使っているのだろうか。ちょっと気になる。
ドックの仕組みに興味津々なベルに色々と説いていた、そんな時だった。
「およ? なんスかあれ?」
「ん?」
ベルの訝しむような言葉に彼女の視線を追ってみると、俺の背後の港で何やら争いが起きているようだった。大きな船が停泊している一つの桟橋の入口で通せん坊をしている船乗りと、その相手は……軍人か?
「大きな船はゴルトモントの船ッスね。ってことは、アレってゴルトモントの人ッスよね」
「……そうだな」
ベルの推理は合っている。見た感じ、どうもゴルトモントの軍人の入港を巡って言い争いをしているようだった。
……そもそも、何故軍人がここに居る? 普通の貨物船のようだが、どういう意図があって軍人を乗せてやって来たのだろうか?
「――接収を――」
「――冗談じゃ――」
断片的に話の内容が聞こえてくるが……『接収』と言ったか?
「……おい、『接収』って何だ。それじゃまるで、戦争――」
俺が言葉の端から状況を把握しかけたその時、軍人の方が腰の剣を抜き、あっという間に船乗りを袈裟斬りにしてしまった。船乗りはよろめき、そのまま桟橋から足を踏み外して海に落ちる。
激しい水飛沫の音に、初めて状況を理解した周りの人々がパニックに陥り蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。軍人の方はと言うと、船の方へ指示を出して別の軍人を呼んでいるようだった。
「し、し、師匠、あれ……」
俺の袖を掴み、がちがちと歯を鳴らして声にならない声を出すベル。目の前で人死にが出たのだからこうなるのも理解出来る。
「……ゴルトモントの侵略だ」
俺は端的にベルが知りたいことを答えてやった。
そうか、軍人を貨物船に乗せて攻めてきたって事か。随分と卑怯な真似をするものだが、そんな事に憤慨している暇は無い。
「ベル、ライヒナー候の館の場所は覚えてるな? 状況を伝えに行け」
俺はベルへそう伝えると、腰に下げた魔石のうち〈大金剛の魔石〉に魔力を籠めた。これでちょっとやそっとの攻撃は無効化してくれる。
その他にも使える魔石を幾つか見繕ってマジックバッグから取り出す。――お、これがあればあの船も沈め――いや、転覆させられるな。
「え? 師匠はどうするんスか?」
俺だったら軍人だろうがある程度魔石の力で何とか出来るし、何より此処で踏ん張らないと家族が危ない。
だったら、やることは一つだろう?
「あの桟橋で迎え撃って、上陸を防ぐ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げた弟子を、しっしっと追い払う。此奴も護るべき対象だ。ここに居られると困るんだよな。
「早く行け、ほれ、お前が居ると邪魔だ」
そう言い残し、俺は桟橋の方へと駆け出して行ったのだった。
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