表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/209

第一二五話「こっちは幻覚じゃなかった」

「ふぅ……、こんなもんか」


 昨日(きのう)伐採場(ばっさいじょう)へ持って行く魔石(ませき)を作り終え、今日の午前中に納品(のうひん)(ため)の最終チェックを終えた俺は大きく()びをして()った身体をほぐしていた。今日は弟子(でし)たちも休みの日なので、工房(こうぼう)には俺とレーネしか()ない。


 回復薬の納品は終わっているので、残りはさっき作り終えたこれらの魔石を伐採場に持って行くだけだ。大仕事が一つ終わるってものだな。


「レーネ、伐採場への納品が終わったら少しは(ひま)になるし、アイとラナたちを()れて何処(どこ)か遊びにでも行くか」


 アイだけではなく、隣家(りんか)の姉妹も俺たちにとっては可愛(かわい)い娘たちみたいなものだ。気晴(きば)らしになるだろうと思いそう提案(ていあん)してみたのだが――


「………………」

「……レーネ?」


 再度声を()けると、調合(ちょうごう)途中(とちゅう)にも(かか)わらず意識(いしき)が何処かへ飛んでいたレーネがやっと(われ)に返り、(あわ)てて俺の方へと向き直った。またか……。


「ごめん! 聞いてなかった!」

「……フラスコ片手にぼうっとするな、危ない」

「ごめんなさい……」


 と、邪術師(じゃじゅつし)である実姉(じっし)のエメラダが近くに居る可能性(かのうせい)が話に上がってから、こうして気もそぞろな様子(ようす)のレーネである。まあ無理も無いと言えば無いのだが、調合中は集中してくれないと命の危険もあるから勘弁(かんべん)して()しい。


「今日の納品が終わったら暇になるし、子供たちを連れて何処か遊びに行こうって言ったんだよ。レーネも気晴らしになるだろ?」

「う、うん……、ありがとう……」


 そう言ってレーネはしょんぼりと(うつむ)いてしまう。自分の姉が事件の糸を引いている可能性があることが(もう)(わけ)ないとか考えているのだろうか。


「それとレーネはもう今日は休め。納品は俺がやっとくから、(たま)にはアイたちと一緒(いっしょ)に遊んでこい」

「で、でも――」

「返事」

「…………はい」


 有無(うむ)を言わせず(たた)みかけると、レーネは観念(かんねん)したように器材(きざい)片付(かたづ)け始めた。(いささ)強引(ごういん)ではあったが、最近は体調も悪そうだし無理をして(たお)れられても(こま)るからな。




 荷物(にもつ)はそれなりにあったものの、頑張(がんば)って一人で伐採場へ(はこ)びなんとか納品を終わらせた。ようやく(かた)()が下りたってものだな。


 伐採場の現場(げんば)監督(かんとく)、ハイムさんにはとても感謝(かんしゃ)して(いただ)けた。それ(ほど)に魔石の運用(うんよう)による業務(ぎょうむ)効率化(こうりつか)効果(こうか)があったようなのだ。こうやって仕事が上手(うま)く行って感謝されるというのは気持ちが良いものだ。




「と言う訳で、伐採場の仕事は終わりました」

「もうですか!? 早いですね、お(つか)れ様でした!」


 伐採場からの帰り、そのまま俺は商工(しょうこう)ギルドへ足を運び職員(しょくいん)のトールさんに報告(ほうこく)をしていた。報酬(ほうしゅう)現地(げんち)(もら)ったが、これが無いと商工ギルド内での評価(ひょうか)は貰えないからな。


(すご)いですね、報告書を読む(かぎ)りリュージさんの魔石もレーネさんの薬も劇的(げきてき)な効果があったようで、良いことしか書かれていませんね」

「それは何よりです」


 興奮(こうふん)するトールさんからお()めを頂き、自然と俺の顔も(ほころ)ぶ。去年(きょねん)(のぼ)(がま)導入(どうにゅう)したお(かげ)で、大量生産とまでは行かないが魔石生成(せいせい)の効率化が出来(でき)るようになったのは大きいな。


「そう言えば、大型船の方はどうなってるんです?」


 俺はトールさんへ若干(じゃっかん)小声でそう(たず)ねてみた。伐採場での生産効率が上がったと言う事は、その木材発注(はっちゅう)元である造船所(ぞうせんじょ)の方も順調(じゅんちょう)なのではないか、と思ったのである。


 だが俺の想像(そうぞう)とは裏腹(うらはら)に、トールさんは苦笑しながら「それはまだ進められない理由(りゆう)があるんですよ」と答えた。んん? どう言う事だ?


「木材が手に入っただけじゃ造船は出来ないんですか?」


 単刀(たんとう)直入(ちょくにゅう)に聞いてみる。そりゃ木材は乾燥(かんそう)しないと使えないというのは知っているが、そんなのは水魔術を使えばどうにでもなる話だろうし。


「木材はすぐにでも使えるのですが、大型船を(つく)れるドックが存在(そんざい)しないので……。今増設(ぞうせつ)している所なんですよ」

「あ、成程(なるほど)。港の(はし)っこでやってる大きな工事はそういうことか」


 何かやってるなーというのは気付(きづ)いていたが、(あら)たな造船所だったか。そりゃ、大型船には大型船用のドックが無いと(つく)れんわな。


「ドックが完成次第(しだい)、急ピッチで造船に入る予定です。その時に合わせてまた〈軽重(けいちょう)の魔石〉をお(ねが)いすることになると思います」

承知(しょうち)しました、楽しみにしています」


 大型の船なんて男にとっちゃロマンだ。完成したら是非(ぜひ)家族(そろ)って乗せて貰おう。




 商工ギルドから大通りへ出る。以前よりも多い人の流れは、確実(かくじつ)にこの街が大きくなっている実感(じっかん)(あた)えてくれると言う物だ。


 トールさんからは新たな依頼(いらい)は無かったものの、「近いうちに港関係でお願いすることがあると思います」と言っていた。どうやら(つか)()休息(きゅうそく)となりそうだ。


「さて、帰るか。レーネもミノリも、大人しくやってるだろうか」


 そんなことを(つぶや)きながら、自宅への道を進み始める。レーネはさっき言い聞かせたばかりだから大丈夫(だいじょうぶ)だろうが、ミノリは見てない(すき)鍛錬(たんれん)を始める可能性がある。ベルが見張(みは)っている筈だが、アイツじゃ止められないだろうからなぁ……。


「リュージ」

「ん?」


 俺を呼び止める声に、足を止めて()り向く。その声は、何処か遠い昔に聞いた(おぼ)えがあったのだ。


「…………え」


 俺は自分を呼び止めたのだろう目の前のその人を見て(かた)まってしまった。別れた時と変わらぬ若さはエルフならではであり、萌葱色(もえぎいろ)のセミロングも(こだわ)りがあるのかその長さを(たも)っていた。右手で金属製(きんぞくせい)の長い(つえ)(たずさ)え、左手は口に当ててころころと笑っている。


「やっぱり、リュージね。久しぶり」

「……『先生』…………?」


 俺は目の前で(やさ)しい笑みを()かべるその人を、呆然(ぼうぜん)見下(みお)ろすしか無かった。


 そう、その人は先日同じ場所で見失(みうしな)った、過去(かこ)に俺たち兄妹へ生きる(すべ)を教えてくれた恩師(おんし)――『先生』だったのだ。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ