第一二四話「その邪術師の名前は」
気絶したままのミノリの手当てをしてから、疲れた身体を引き摺り全員で自宅へと戻った。まさか殺したと思った相手が不死人になって戻ってくるとは思ってもみなかったし、どちらかと言うと精神的な疲労の方がきっつい。
避難していた人たちへは安全が確認された旨を話し、各々仕事に戻って貰った。と言っても、もう夕方になるので仕事は終わりだろうが。
深手を負ったミノリも目が覚めたものの、暫くは安静にしている必要があるらしく、ベルに介護の手伝いを頼んでおいた。俺がアデリナの幻覚に嵌まっていなければ、こんなことも無かったんだろうな。妹にはすまないことをした。
「そんな訳で、奴は不死人となって戻ってきていたってことだ。俺も不覚を取って死にかけたが、一応、こうして生きている」
まあそれはそれとして、こうして帰宅が遅れた経緯を話すと全員に盛大な溜息を吐かれた。おい、流石にちょっと傷つくぞ、その反応は。
「リュージって、死にかけてもこうなの?」
「ん。前も生死の境を彷徨ったことあるけど、基本は全然反省が無い」
レーネとスズが何やら小声で話しているが、耳の良いエルフでなくても聞こえてるからな。と言うか、わざと聞こえるように話してるんだろうか。それにきちんと反省してるぞ、失礼な。
「でも、おかしい」
「何がおかしい?」
スズが首を傾げて唸っているので問い掛けてみる。俺の説明に何処か引っ掛かる点があったのだろうか? 一度死んだ邪術師が舞い戻ってきただけだと思うのだが。
「あの邪術師、明らかに生前より強かった。基本的に、産まれたばかりの不死人は生前と同程度の力か、弱体化している筈」
「そう言うもんなのか」
「そういうもの」
スズは自信満々に答えているし、恐らくそれは真実なのだろう。何しろ俺たちの中で最も魔術の知識に長けているのだし、邪術の類も使わないだろうが勉強したことがあるんだろうな。
しかしスズの言うことももっともだ。そもそもアデリナは「復活するのに半年掛かった」と言っていた。
だが先程戦った時、レーネの〈ナパーム〉を食らって黒焦げになったにも関わらず、俺が来た時には既に無傷と言える位に回復していた。これは一体どう言う事だ。
「ここ最近で、奴が力を付ける何かの出来事があった、って事か……?」
「リュージ兄、たぶんそれが正解」
グッと親指を立てる末妹。嬉しくない正解なんだが。
「復活してから今日までの間に魔晶を吸収して強くなったのかな?」
「あれは人の命を材料にして作られる物。だから、最近大量失踪事件でも起きてない限り魔晶は新たに手に入らない。でも、その視点は悪く無い」
レーネの予想はスズが即座に否定したものの、魔晶で強化されたという可能性はあるって事か。確かに、ガイは魔晶で付与術を凌駕する強化を受けていたしその線は考えられるな。
「魔晶ってなに?」
『なに?』
アイとフランメが仲良く質問してきた。そう言えば、魔晶について話したことは無かったか。
「魔晶は、邪術師が人の命を材料にして作り出した物質なの。それを使うと人体を強化させられるし、ただの人や獣を魔人や魔獣に変えることも出来る」
「邪術師が……人の命を材料にして……?」
レーネの説明を聞き、眉間に皺を寄せて考え込んでいたアイだったが、何かに気付いたかのようにハッと顔を上げた。
「……以前、ゴルトモントの暗部が邪術師に全滅させられたって話、したよね……?」
「ゴルトモントの……」
そうだ、アイがゴルトモントの暗部に入る前、二〇人程居たその部隊が全滅させられたと言う話か。覚えてはいるが――
「覚えてはいるが、それは去年の夏頃の話だろう? 俺たちがアデリナを倒したのは晩秋の頃だ」
と、答えたのだが、愛娘はかぶりを振っている。俺の考え方と何処か齟齬があったらしい。
「そうじゃない。さっきのアデリナとか言う邪術師が暗部を全滅させた訳じゃなくって、その全滅させた別の邪術師が、アデリナに力を与えたんじゃないかって」
「……ああ、そういうことか」
成程、ならば得心がいった。となると――
「……まだ近くに、その邪術師も居るってことか?」
俺の問い掛けに、アイは真剣な表情で頷いた。
「たぶん、そう。死んだ暗部がダイイングメッセージを残していたから、私は、その邪術師の名前も覚えてる」
そして愛娘が教えてくれた邪術師の名前。
それは俺たちも知っている名前であり、レーネは酷くショックを受けた様子で、暫し呆然と佇んでいた。まさかここで、その名前を聞くことになるとは――
「エメラダって言うらしいよ」
……きっとその邪術師は、レーネの実姉のエメラダに間違い無いのだろう。
次回は明日の21:37に投稿いたします!