第一二三話「釣った魚は何処へ往く」
※リュージ視点に戻ります。
「さて、仕切り直しの第二戦と参りましょうか」
一糸纏わぬ姿のアデリナは、数多の触手を地面から産み出してそう嘯いた。レーネたちの顔が絶望に染まる。
「ですが、その前にこの娘へトドメを刺しておきましょう。わたくしのように復活されても困りますからね、ふふ」
「やめっ――」
泣きそうなスズの声が届くよりも先に、燻った臭いのする雑木林の広場に、どすっ、という鈍い音が響き渡った。
だが、それは触手がミノリの身体を貫いた音では無い。音の発生源は――
「…………え?」
アデリナの背中側に居る俺から顔を窺うことは出来ないが、恐らく間抜けな表情をしていると推測出来る。「何故胸から腕が生えているのか」と混乱しているだろうからな。
「リュ、リュージ兄!」
「よう、スズがそんな大声出すなんて珍しい、なっ!」
俺はそんな呑気なことを言いながらアデリナを貫いていた右腕を引き抜くと、逆側の左手で首根っこを掴み、背負うようにして投げ飛ばした。それと同時に地面の触手が消える。
「ぐがっ!?」
アデリナは背中から叩きつけられ、普段のお上品な物言いでは絶対に出ないような悲鳴を上げた。こういう時に、本性は現れるってもんだ。
「……地面に触れていないと触手は出ないのか? 良いことを知ったな」
アデリナを浮かせた瞬間に消えたから恐らくそうなのだろう。あの触手さえ無ければ被害も激減するし、吹っ飛ばす戦い方ってのも有効なのかも知れないな。
「レーネ、ミノリに早いとこ治療を頼む。俺は家族に手を出した此奴を叩き潰しておく」
「うん……うん!」
呻いているアデリナの方へと向いた俺の背後から、レーネの嬉しそうな声が聞こえた。この喜びよう、恐らく俺が殺されたと吹き込まれでもしたんだな。また心配を掛けてしまった。
「ぐっ……、付与術師リュージ……、確かに、殺した筈では……」
「お生憎様だなアデリナ。俺はこうしてピンピンしてるぞ。自分が作った幻覚でも見てたんじゃないのか?」
悔しそうに歯軋りするアデリナへ、俺は肩を竦めてそんな軽口を叩いてみせた。まあ、幻でも何でも無く死にかけたのは事実なんだが、傷を癒す〈フェスタールの魔石〉のお陰でこうして復活出来た。一か八かだったが上手く行って良かったぜ。
それにしても〈フェスタールの魔石〉だが、あんな副作用があるとは思ってなかった。使い所は選んで――いや、二度と使えないな。
「さて、ウチの家族に手を出したお前には今度こそ死んで……いやもう死んでるのか。今度こそ滅んで貰う。さっきは油断したが、もう次は無い」
「戯言を! この攻撃に耐えられると思っているのですか!」
と、アデリナは馬鹿の一つ覚えのように一〇本以上の触手を俺の方へと伸ばしてきた。その威力は其処で斃れているミノリを見れば推して知るべし、なのだが――
「なにっ!? 何故ですか! 先程は貫けたと言うのに!」
触手は全て俺の身体へと到達することが出来ず、アデリナは驚愕に顔を歪ませた。残念ながらその手はもう通じない。〈大金剛の魔石〉単体だけでは防ぎ切れなかったが、今は〈エルムスカの魔石〉で強力な付与を重ね掛けしているからな。
「忌々しい! ならば、こうです! 瘴気に冒されなさい!」
「む」
アデリナが右手を掲げたと同時に、辺りに黒い霧が立ち籠め始める。瘴気と言っていたが、いやはや――
「甘いんだよ」
「ぐぅっ!?」
俺は瘴気とやらに構うことなくアデリナの方へと突っ込み、左手で喉笛を掴み吊り上げた。邪術師が呻くと同時に黒い霧は消え失せる。やはりか。
「瘴気とか言ってたが、只の幻術だったな。幻に紛れて逃げ出すつもりだったか。俺が瘴気を恐れて引き下がるとでも思っていたのだろうが、残念だったな。お前の手の内は見切っている」
「う……ぐぅっ…………」
大体、そんな強力な手があったのならばとっとと使っていた筈である。使っていないのだから自ずと解は見えてくる、といった寸法である。
「さて、お前には色々と聞きたいことがあるが……」
為す術も無く掴まれていたアデリナをどう尋問してやろうかと考えていたその時だった。
突如としてアデリナは、白目を剥き痙攣を始めたのである。恐らくこれから聞き出そうとしていた仲間の手によるものか、若しくは勝手にこうなる術が掛けてあったのか、そんな所だろう。これが油断を誘う演技だったら俺はアデリナを演者へと推薦したい。
「あが、あがががががが」
「……ちっ」
良く考えずともマズいと感じ、俺は家族から離れた地点へとアデリナを放り投げる。直後、彼女の身体はもの凄い勢いで煙を発して溶け出し、あっという間に魔核を残してアデリナは消え失せてしまった。
「……まあ、護り切れたから、今回は良しとするか」
釣った魚を逃がしてしまった気持ちでいっぱいなのだが、魔核がパキンと割れる音を聞きながら、俺は自分にそう言い聞かせることにしたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!