第一二二話「幕間:招かれざる客(後編)」
※引き続きレーネ視点です。
アデリナの攻撃は激しく、ミノリが触手を躱しきれずに深手を負っているものの、私が近付く訳にも往かずスズちゃんが回復魔術でサポートに回らなければならない程だった。
攻撃も激しいけれど、それより異常だったのは回復力だ。錬金銃などで致命傷を負わせてもあっという間に回復されてしまう。こんなの、同じ邪術師のフェロンの時には起きなかったと言うのに。そもそも結界を破った時黒焦げになったのに、今こうして無事で居るのがおかしい。
それに、脅威はアデリナだけじゃない。彼女が喚び出した〈ゾンビ〉や〈グール〉などの不死人が次々と足元から生まれ出でているのだ。単体で考えればさほど苦労はしないけど、こう何十体も出てくると流石に対処しきれない。
「スズ! あたしは良いから結界を張り直して!」
「でも…………」
「不死人が家の方に行っちゃうと困る! だからお願い!」
「……わかった」
ミノリは既にボロボロの状態だと言うのに、家で避難している人たちのことを気にしている。彼女を救いたいのに、私じゃどうも出来ない。
「もうやだー! 臭いし気持ち悪いしー!」
『ギャー!』
アイちゃんはフランメと一緒に不死人を始末しているけど、そろそろ体力的にマズいと思う。どうにかして、どうにかしないと――
「……そうだ!」
私は錬金銃の改良を検討しているうちに考え出した新兵器のことを思い出して、急ぎマジックバッグの中からそれを取りだした。まだ試作品だけど、そんなことは言っていられない。
「ミノリ! 巻き込まれるから退がって!」
「え? 何を――わ、分かった!」
ミノリは私が何をするのか確認したかったようだけれど、そんな状況ではないことを理解して退がり始めた。それと同時に、私はその新兵器をアデリナに向けて投げつけた。ちょっと重かったけれど、それは真っ直ぐに彼女へと飛んで行く。
「…………ん?」
アデリナが自分に向かって放物線を描いて飛んでくる何かに気付いたけれども、もう遅い。
私はアデリナの足元に転がったその何かに向けて、構えた錬金銃の引鉄を引いた。銃弾が貫くバキン、という音は軽いものだったけれども、次の瞬間、アデリナを中心として轟音と共に巨大な炎が立ち上った。
「――――――」
アデリナは炎が空気を奪っている為に言葉を発する事も出来ないようで、同時に彼女が喚び出した不死人たちも主の制御を失って斃れてゆく。
「みんな、窒息しちゃうからアデリナから離れて! ミノリは回復!」
「う、うん……、何なの、アレ……」
マジックバッグを漁りながらミノリに呼び掛けると、彼女は困惑気味に頷きながら私の下へやって来た。アレ、と言っているのは私の投げた爆弾の事だろう。
「アレは私がリュージと一緒に開発した〈ナパーム〉って言う爆弾で、燃焼に重きを置いたものなの。良く燃えてるでしょう?」
〈ナパーム〉は特殊な火薬を用いて燃焼に特化させた爆弾だ。この爆弾の何が良いかと言うと、まず魔人や魔獣の再生を防ぐことが出来ることが一つ。もう一つは、例え炎に強い魔物であっても、〈ナパーム〉により空気を奪われることで窒息を狙えることだ。
この兵器を考え出した時、リュージに「お前は悪魔か」と言われたけど……。
「燃えすぎだよ……雑木林に引火しないといいけど……」
私の治療を受けながらミノリが呆れ顔で溜息を吐いた。火事の危険は分かってたけれども、そんなことを言ってられない状況だったし。
「……それにしても、リュージが死んだって言ってたけど……」
「あたしは信じないけどね。たぶん、スズも。そんな呆気なくやられるリュージ兄じゃないよ」
不安に駆られ呟いた私だったけど、全く信じていないミノリは真顔で一蹴した。これは信頼というのもあるのだろうけど、たぶん、絆とかそういうもので感じているんだろうな。ちょっと羨ましい、と思う。
やがて、スズちゃんの魔術が完成して結界が張り直された。今度はもっと頑丈にしたようで、それに力を使いすぎてバテているようだった。
「おわた…………」
「ご苦労さん、スズ。……おっと、アデリナの方は限界らしいね」
へたり込んだスズをミノリが労っているうちに、燃え盛っていたアデリナの炭化した足が身体を支えきれず、彼女はその場に倒れ伏してしまった。苦労したけれど、最後はあっけなく終わったものだね。
その後、へとへとになっているアイちゃんとフランメも回復させていたのだけれども、アデリナが復活する様子は無かった。
そして念の為、死体を確認すると言ってミノリが近付いた、その時だった。
「がっ……!?」
パチパチと言う足元の枝が爆ぜる音だけが支配していたその場に、ミノリの呻き声が響き、治療の手を止めてそちらを向いた私の視界に、信じられないものが入った。
「……ミノリ姉……?」
スズちゃんが呼び掛けたけれども、ミノリは穴の空いた右脇腹を押さえたまま、その場に斃れた。彼女に風穴を空けたのは、もちろん――
「今のは、堪えましたね……。身体の修復にも、力を使うのですよ……?」
炭化したアデリナだったものが起き上がり、その口であろう場所からそんな声が漏れた。
そして、その周りの地面からは金色の触手たちがぞろぞろと顔を出していた。その内の一本が、ミノリの脇腹を貫いたのだろう。
「あ、ああああ!」
斃れて動かないミノリの姿と、完膚なきまでに倒した筈が復活しつつあるアデリナの姿に、スズちゃんが動揺して震えている。私も震えたい気分だ。あの爆弾を使っても倒せないなんて。
私たちは、もう駄目かも知れない。
次回は明日の21:37に投稿いたします!