第一二一話「幕間:招かれざる客(中編)」
※引き続きレーネ視点です。
敵の攻撃を警戒しながら慎重に雑木林を進む。ここは結界内部なので罠が仕掛けられていたりということは無いけれど、木々の向こうから攻撃が飛んでくる、なんて可能性は大いに有り得る。それを防ぐ為にもスズちゃんが先行するミノリの前方に魔術防壁を張っているという厳重さだ。
やがて辿り着いた広場の中心を、スズちゃんが指さした。その辺りだけ空間が歪んでいる。結界が邪術師を弾いた跡なのだろう。
「……反応があったのは、ここらへん」
「邪術師は居ないね。まあ、大人しく待ってくれている訳も無いか……」
ミノリはそうぼやいているけれども、警戒を解く様子は無い。わざわざ向こうから乗り込んで来たのだし、簡単に帰った訳でも無いと考えているのかな。
「ちょっと、上から見る」
「え? ……わっ!?」
アイちゃんが言うが早いか、垂直に飛んだと思ったらもの凄い高さにある枝の上に掴まり、そのままぐるりと身体を回転させて枝の上に腰掛けてしまった。凄い身体能力。ママ運動音痴だから羨ましい。
フランメはと言うと彼女を追い掛けて飛んでいってしまった。あのサイズでも飛べるのね。便利……。
「近くには誰も居ないねー」
頭上からアイちゃんのそんな声がする。そうかー、上からでも見つけられないかー。
どうしたらいいものかと同じように周りを見回しながら考え込んでいた私だったけれども、ふと違和感を覚えて視線を止めた。
「………………」
「どしたの、レーネ」
ある一帯を凝視する私が気になったのかミノリが尋ねてきたけれども、私はそこから視線を逸らせなかった。
その一帯には一本の樹に寄り添うように鎮座した茂みがある。私の違和感の元はそこだ。たぶん、結界の外に位置している。
「……ミノリ、あそこの茂みなんだけど」
「ん? あれがどうかした? もしかして音でもした?」
うん、音がしたらエルフの私ならすぐに分かるね。それが獣の鳴らした音か人の鳴らした音かまでも判別出来るね。
でも、そうじゃない。私の覚えた違和感はそういう事じゃないんだ。自然過ぎて不自然なのだ。周りは手を加えられた自然なのに、ここだけそうでは無い様子がある。
「音はしないんだけど……、あの茂み、おかしいの。何というか……不自然――ちょっと! ミノリ!」
私が最後まで言い終えるよりも早く、ミノリはその茂みへと不用心に近付いて行き、私は焦って大きな声で呼び掛けてしまった。あんなに近くまで行ったら、結界の外に出ちゃってるよ!
私が危惧していた通りに、突如金色の触手が二本地面から這い出し、ミノリへと襲い掛かった。ああもう!
「掛かったな!」
と、呑気に歩いていたと思ったミノリが嬉しそうな声を上げた次の瞬間、彼女は鬼気迫るスピードで茂みに到達し、その間に抜き放った背中の魔剣〈ペイル〉と〈ヤーダ〉で踊るようにそこを斬り裂いた。
「ぐぅっ!」
苦悶の声が上がったかと思うと、どうやら幻術だったらしき茂みは徐々に消え去り、その中に残されていたのは――
「……えっ……、な、なんで、貴女が居るの…………?」
ミノリに〈ヤーダ〉を突きつけられ、斬られた肩口を押さえているその女性の事はしっかりと覚えていた。
でも、この人は命を落とした筈なのに、なんで生きているの?
「……全く、あの男と同じ反応をするのですわね、レーネ様」
邪術師アデリナは苦痛の所為か顔を歪ませながらも、口端を上げてそう嘯いていた。あの男って――
「……リュージに、逢ったの?」
私はその物言いに嫌な予感を覚え、渇いた喉から懸命に声を絞り出した。
リュージがこの邪術師と逢っていながら見逃したという事実が、もうどうしようもなく嫌な想像しか思い浮かばせないのだ。
「ええ、逢いましたわ。そして、死んで貰いました」
…………え?
自信満々に答えたアデリナの一言で、その場の空気が凍り付いた。
「……ごめん、何言ってんの? リュージ兄が死んだって?」
信じたくないミノリが、声と剣を震わせながら確認する。私よりも遙かに長い間リュージの無茶を見ているのだ。死んだなどということは彼女の中では信じ難いことなのだろう。
「ええ、そうですわよ? 私の術中に嵌まって瀕死でしたが、しっかりとトドメを刺させて貰いまし――」
アデリナが最後まで言い終えるより早く、彼女の右腕は肩より切断されその場に落ちた。ミノリの目にも止まらぬ斬撃が襲い掛かったのだ。
でも、アデリナも只やられた訳では無く、ミノリの背後の地面から生まれた金色の触手が彼女の右脇腹を斬り裂いていた。躱しきれなかったみたい。
「くっ……!」
傷口を押さえながらバックステップでアデリナと距離を取るミノリ。薬を取り出さないとだけれど、思考が追い付かない。
と、アデリナが拾い上げた腕と肩の切断面を合わせたと思ったら――ものの数秒で腕は元に戻ってしまった。一体、どういう回復速度なのだろう。
「事実を伝えて差し上げただけなのに右腕を奪ってしまうだなんて、非道い娘ね。まあ――」
そう言い放ち、結界へ差し出したアデリナの左手が白く染まり派手な音を立てる。確かこの結界、無理に剥がそうとするとカウンターみたいなことが起きて無事では済まなくなるってスズちゃんが言ってたような――
先程、アデリナの来襲を告げた時のものとは比べ物にもならない位の猛烈な音が鳴ったと思ったら、彼女は黒焦げになっていた。代わりに――
「……結界が!」
逸早く気付いたスズちゃんが声を上げた。どうやら、結界を壊されてしまったらしい。
「……さあ、今度は貴女たちが殺される番ですわ。大丈夫です、たっぷり苦しんで貰いますので」
しゅうしゅうと煙を上げる黒焦げのアデリナは、三日月のように口を吊り上げそう笑ったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!