第一二〇話「幕間:招かれざる客(前編)」
※レーネ視点です。
「わっ!?」
手にしていたガラス製のビーカーにヒビが入り、私は中の薬剤が漏れないよう速やかに別のビーカーへと注いだ。危ない危ない、石床を溶かしてしまう所だった。
「レーネ師匠、どうしたんですか?」
錬金術を教えている弟子の一人が、慌てた様子の私を見て怪訝な表情を浮かべた。何でも無いよ、と答えて作業に戻らせる。おかしいなぁ、別に熱を加えすぎた訳じゃないのにヒビが入るなんて。脆くなっていたのかも。
「それにしても、リュージ遅いなぁ」
付与術師たちのスペースでリュージの代わりとして忙しそうに後輩たちを指導するベルをぼうっと見ながら呟く。王女殿下と少し話してくるだけと言っていたけど、話が長引いているんだろうか。
と、そんなことを考えていたら――突然、外でバチィッという大きな音が鳴り響いた。
「なんスか、この音?」
ベルだけでなく、他の弟子たち全員が手を止めてざわつき始めた。正体不明の音を確認するため外に出ようとしている女の子も居たけど――
「待って! 出ちゃ駄目!」
外へ出ようとした女の子を、私は慌てて腕を引っ張り引き留めた。この音自体に聞き覚えは無いものの、音の発信源に心当たりがあったのだ。
「みんな、家から出ないでいて、絶対に」
私はそう言い残し、ミノリとスズちゃんを呼びに廊下を走ったのだった。
玄関のドアを慎重に開け、ミノリとスズちゃんが外の様子を窺った。今外では畑仕事に従事している方々がいらっしゃる筈で、その人たちもすぐに避難させたい。何しろ――
「スズ、もう一度確認するけど、さっきの音は邪術師が結界に触れた音で間違い無いんだね?」
「ミノリ姉しつこい。スズが張った結界なんだから間違える筈が無い」
度重なるミノリの確認に、スズちゃんも少し眉間に皺を寄せていた。でもミノリの気持ちも分かる。相手が本当に邪術師であれば覚悟を決めて行かないといけないもんね。
こういう時に冷静な判断が出来るリュージが居ないのは心細い。本当に、何処で何をしているんだろう?
「おっけー、外に出ても大丈夫。敵の気配は無いよ。あたしとスズが警戒してるから、レーネは皆をお隣の家に避難させて。あと、可能ならアイとフランメを連れてきて」
「うん、分かった!」
ミノリの合図で外に出た私たちは一斉に散ける。そして私は畑でお仕事をしている方々へ事情を話し、速やかにラナちゃんたちの家に誘導してゆく。畑が広いから大変だ。
全員を避難させてから自宅前に戻り、アイちゃんとフランメを連れてミノリたちの下へと戻ったのは三〇分後だった。予想以上に時間が掛かってしまった。
「さっきの音って何だったの?」
抱えていたフランメを足元に下ろしたアイちゃんが不安そうに尋ねる。この子には普通の生活をして欲しい所だったけれども、リュージの居ない今、戦力は多い方が良いものね。
それにしても、〈カシュナートの魔石〉を持っているのがリュージである為、フランメと意思疎通が出来ないのはちょっと辛い。フランメの方は果たして私たちの言葉を理解しているんだろうか? だったら良いんだけど……。
「結界の中に邪術師が侵入しようとした時に弾き返した音」
「じゃっ……!?」
スズちゃんはいつものトーンで話しているけど、アイちゃんにとっては邪術師を相手取るのは初めてだろうし、驚くのも無理は無いよね。そういう意味では私たち、慣れなくても良いことに慣れちゃっているのかも。
「スズ、相手が居る場所は分かる?」
「ん、南側の雑木林。結界の衝撃で無傷じゃないと思うから、回復される前に狙うが吉」
「オーライ。……みんな、ここから先は命のやり取りだ。本気で行くよ」
ミノリの言葉に、フランメも含めて全員が頷いた。私も錬金銃を取り出し、弾薬を籠めてから杖を持たない右手の方に持った。どんな相手かは分からないけれども、〈神殺し〉の力を持つ邪術師に対してこの武器が非常に有効であることは実証済みだ。
準備を終えた私たちは、邪術師が待っている筈の畑の南側にある雑木林へと歩みを進め始めたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!