第一一七話「見間違いで無けりゃ、その人は――」
「と言う訳できちんと紹介してなかったな。ウチの娘になったアイだ、仲良くしてやってくれ」
翌日、俺は朝一の畑仕事を終えた隣家の姉妹、ダークエルフのラナとエルフのレナにアイを紹介していた。姉のラナはアイと同い年であり、友達を持つことで荒んだ娘の心に少しでも子供らしい感情が持てるのではと考えてのことだ。
「別に、わざわざアンタに紹介されなくったって……ごっ!?」
照れ隠しなのか本気なのか分からないがぶつぶつと呟いていたアイの頭頂に、大きな音がする位の勢いで拳固が落とされた。ちなみに俺がやったのではなくレーネの仕業である。容赦ないなおい。
「こーら、アイちゃん? 折角パパがお友達を紹介してくれたんですよ? それに何ですか、パパを『アンタ』なんて呼び方して。ママはそういうの許しませんからね?」
「あ、あうあうあう……」
頭の痛みとレーネの説教で涙目になっているアイである。過酷な修行を耐え抜いた忍者と言えど、母の躾には勝てなんだか。
「あなたもきちんと叱ってあげてください! 父親なんですから!」
「え、あ、すまん」
なんか俺まで説教された。そんな事を言われても、と言い返したかったが今のレーネは明らかに俺より強い。腕力的な意味では無く、家庭内のヒエラルキー的な意味で。
「アイちゃんだね! 私はラナ! こっちが妹のレナだよ! よろしくね!」
「よろしくー?」
人懐っこい笑みを浮かべるラナと無表情で諸手を挙げた謎のポーズを取っているレナ。妹は不思議ちゃんだが姉は活発でコミュニケーション能力に長けている。アイの良い友達になってくれるだろう。
「う、うん、よろしく……。……それで、その子は……? 私の見間違いじゃなきゃ、竜に見えるんだけど……」
アイがそう言って指さすのは、魔術で小型になりラナに抱えられた火竜のフランメである。すっかりラナたちの腕の中が定位置になっているな。
「あれ? フランメ知らないの? もう! たまにはおうちに帰らないと駄目だよフランメ!」
『だってめんどくさいんだもん』
ラナにぷりぷりと叱られるも適当に流すフランメ。暫く帰って来ないと思っていたらこの火竜、どうやら隣家で暮らしていたらしい。自由な意思疎通を可能とさせる〈カシュナートの魔石〉は俺が持っているし、言葉が通じないから不便だろうに。
「フランメもアイのことを宜しくな。事情があってウチの子になったんだ」
『良きに計らえ』
「……なんかこの竜、女の子に抱えられてる割に偉そうなんだけど……?」
困惑した様子のアイが、フランメを指さしながら俺を見上げて尋ねる。実際の所フランメは俺よりも長く生きている竜なのだし、偉いかどうかは兎も角として彼女にとっては人間など矮小な存在に過ぎないのだろうな。
その後俺は一人でライヒナー候の館へ向かい、アイを養女として迎え魔術制約を解除した旨を王女殿下へお伝えした。
殿下には「リュージさんとレーネさんがそれで良いなら」と仰って頂けた。まあ殿下の中では万が一アイが俺たちを裏切ったとしても二度とゴルトモントの地を踏めないと言うことは理解しているからこそ、あっさりと許してくれたのだろう。何しろゴルトモントの痛い腹は全て殿下が把握されているのだ。
殿下への報告も終わり、さて用事は済んだしとっとと帰ろう、と大通りへ出た矢先のことだった。
「……あれ?」
大通りの、自宅へと向かう方角とは反対側に、懐かしい人影を見た気がした。
いや、あれは――間違い無い。どうして――何故、此処に?
「……『先生』……だよな……?」
そうだ、あれは『先生』だ。レーネと同じ萌葱色の髪に、エルフの特徴である長い耳を持つ女性。そして何よりも特徴的な、俺の身長程にも長い金属製の杖。あんなエルフに似合わぬ杖を持つエルフなど、一人しか居ない。
『先生』は三年間俺たち兄妹へ生きる術を厳しくも優しく教えてくれたが、七年前に何処かへ旅立ってしまった。それが、何の運命の悪戯なのかこの地を訪れてくれたと言うのか。
俺の足は自然と、『先生』を追い掛けて駆け出していた。
「……何処へ、行ったんだ?」
裏路地を入り進んで行くと、そこは山道となっていた。此方へと曲がるのは見えたのだが、忽然とその姿は消えてしまった。
「まさか、邪術師に幻惑の類を掛けられたのか?」
俺は一瞬そんなことを考えたが、邪術師が俺と『先生』の関係を知っているとも思えない。ならば、あれは現実の『先生』なのだろう。となると――
「この山道の先……? いや、しかし……こんな所に何が?」
別の道から一度来たことがあるが、確かこの先は町を一望出来る小さな山の頂上だった筈だ。町が見渡せるだけで、特段何があると言う訳でも無い。整備された山道でも無いので観光スポットと言う訳でも無い。
ただ――この先に、居るような気が、する。いや、間違い無く――居る。
一つの確信を胸に、俺は山道を登り始めたのだった。
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