第一一五話「帰るつもりなど無かったが……」
五日後、一回目の納品と言うことで俺とレーネ、アイは再び伐採場を訪れていた。
「アイネが居たら来たがっただろうな、石炭層を見に」
「そうだね。でも学術ギルドの方があるから」
俺とレーネはそんな会話をしながら、テーブルの上に置かれた報酬のお金を数える。うむ、問題無さそうだ。
話に上がった通り、アイネは今日不在である。と言うのも、今日から数日間は学術ギルドへ試験を受けに行かねばならないんだとか。ゴルトモントできちんと手続きをして出国していれば身柄を証明する物があっただろうから試験なんて受けなくても良かったのに。まあ、手続きしてたら出国を止められていただろうが。
あと、アイの証言により刺客の再来の可能性は低いと言う事で、アイネについてはウチの家を出ることになった。「こんな甘ったるい新婚の家には居られません!」と言っていた。……そんな甘ったるかったか?
「いや、助かりましたよ。早速〈豪腕の魔石〉を作業員に使って貰いましたが、随分と作業が楽になったようで」
と、喜色を露わにするのは現場監督のハイムさん。納品した魔石と薬は既に配ってあるのだ。
ちなみに、魔石は伐採場から持ち出されないようにレーネの手で刻印魔術を施してある。伐採場付近でなければ効果が発揮できないようになっているのだ。その日の金目当てで魔石を勝手に売り払う輩が居ないとも限らないからな。
「そう言って頂けるとこちらも仕事のし甲斐がありますね。残りの分もすぐに作ってお持ちしますので」
「お願いいたします」
ハイムさんと握手を交わし、俺たちは管理小屋を出た。よしよし、午前の仕事は終わりだな。
「町に帰ったら大通りの食堂で昼飯食ってから帰るか。二人ともそれで良いか?」
「うん、私は大丈夫。アイちゃんは?」
「……うん、だいじょうぶ」
レーネの問い掛けにはきちんと答えるようになったアイである。まだまだ俺には当たりがキツいのに。何故。
そう言う訳で、三人揃って大通りの食堂へと入る。もうすぐ正午の為か混み合っていたものの、幸いにも席はあったようだ。
「そう言えば、きちんとアイに聞いて居なかったが……、このままバイシュタイン王国の国民になるという事で良いのか?」
俺はふと気になってそんな事を尋ねてみた。俺たちのみならず、殿下にまでゴルトモントの情報を渡してしまったアイは部隊に戻る事も叶わないだろう。
「……唐突に何を言うのかと思えば。私はアンタから離れられないんだし、そうするしか無いじゃん」
「……いや、流石にそうなったら魔術は解いて貰うけど」
ジロリと睨まれつつ、棘のあることを言われてしまった。今は捕虜と言う事で俺から離れられなくなって居るが、自由に動けるように魔術制約は解いてやらねば。俺の見てない所で何かの危険が迫った時に反撃出来ない状態は流石にマズい。
「そうなったら、アイちゃんはウチの子になるのかなー?」
アイの隣に座るレーネが何処か嬉しそうにくノ一少女の頬を突くが、アイは困った様子は見せながらも振り払ったりしない。すっかり仲良くなったようで良いなあ、俺だと冷たい目で振り払われそう。
「うっ……、べ、別に私だったら一人で生きて行けるし、アンタたちと一緒に暮らさなくても……」
「えー? それはママ悲しいなぁ」
「まっ……!?」
突如出たママ宣言に顔を引き攣らせたアイがレーネと俺の間で視線を彷徨わせる。レーネがママなら、当然俺がパパと言う訳だな。
「……何笑ってんのよ」
「ワラッテマセンヨ?」
相変わらず俺には当たりのキツいアイに睨まれて、俺は噴き出しそうなのを堪え片言になりながらそう返した。
まあ、刺客としてやって来たアイだ。一人で生きて行けると言っては居るが、身元引受人として俺たちが名乗りを上げないと殿下も納得されないだろうし、ここは一つウチの子になって貰うということを受け入れて貰おう。
そんな会話をしながら食事も終えようとしたその時、俺の左側のテーブルに商人らしき二人組がやって来た。どちらも長旅を終えたような出で立ちである。
「ふぅ、やっと一息つけるな。大陸横断の旅もこの町で終了だ」
「そうだな。しかし……ザルツシュタットも前来た時とは違って賑わってるな。いや、前もそれなりに賑やかな町だったが、それ以上だ」
商人たちの会話が気になり、俺は自然と耳を澄ませていた。大陸横断、と言ったか。となれば東端のサクラから来たんだろうか。
「まったく、東の果てと西の果てじゃあえらい違いだ。サクラは滅びちまったと言うのに」
…………は?
サクラが、滅びた?
「おい、それはどう言う事だ! サクラが滅びただと!?」
聞き捨てならない言葉に俺は無意識に立ち上がり、商人たちの会話に割り込んでいた。二人の商人は突然の闖入者に目を丸くしているが、それどころじゃ無い!
「あ、ああ。長い内乱の果てに、東の大陸から攻めて来た奴等の急襲を受けて滅ぼされたんだよ。去年の夏だったかな」
「………………」
故郷が滅亡したという報せに、俺は次の言葉を失ってしまった。
そりゃ、あの国に戻るなんてことを考えては居なかったが……それでも、故郷が滅びたと言うのはどうしようもない衝撃だったのだ。
「そっか、知らなかったんだ…………」
「…………アイ?」
か細い言葉に振り向くと、それはやはり、アイの言葉だった。心配そうに見つめるレーネに背中を擦られながら、脂汗を流して俯いている。その顔は、真っ青だ。
「……そう、滅びたんだ。だから私は、ゴルトモントへと売られて来たんだよ」
次回は明日の21:37に投稿いたします!