第一一四話「裏で何をやっているか分かったもんじゃない」
「私が所属しているのは……、ゴルトモント王国軍第一三部隊。通称、『暗部』と呼ばれている少人数の部隊」
「『暗部』ねぇ……、そこが口封じの刺客を送る部隊って事か」
俺の呟きに、しかしアイはかぶりを振ってそれを否定する。違うと言うのか。
「……それだけじゃない。ここは要人暗殺なんかも引き受けてる。……去年、お姫様の父君であらせられるバイシュタイン王国の国王陛下を狙ったのも、ここ」
「………………」
殿下の目がすぅっと細められた。エルマーに暗殺を命じていたのはゴルトモント王国の何某かという所までは分かっていたものの、アイのお陰で特定が出来た。
「その部隊は、ゴルトモント王国の国王陛下直属、でしょうか?」
「……良くお分かりで」
心当たりがあったらしき殿下の言葉に、今度はアイも頷く。……と言うことは、暗殺や口封じなどは勅命なのか。裏で何をやっているか分かったもんじゃないって事だな。
「なるほど、表向きは友好を示しつつも我が国を徹底的に弱体化させ、最小限の被害で取り込む為、ですか。狡猾なあの御方らしいですわ。……ああ、皆さん。今の言葉は聞かなかったことにしてくださいませ」
「…………はい」
珍しく毒づいた殿下に笑顔で釘を刺された。この御方も裏で何を考えているか分かったもんじゃないな。
しかしそうなると、知りたいのは相手の規模だな。アイだけでなく、他の刺客がやって来る可能性が高い。
「アイ、第一三部隊はどの位の人数が居るんだ?」
「他に四人。みんな出来る事は違うから、戦えるのは私だけ。……忍者も、私だけ」
戦えるのがアイだけというのは僥倖と言うべきか。他にワラワラと来られても皆を守り切れる自信が無いからなぁ。
……いや、待て? 四人? おかしくないか?
「……『ニンジャ』?」
あ、殿下がそこに引っかかっておられる。今それを説明すると話が無駄に長くなりそうだからスルーしよう。
「申し訳御座いません、殿下。忍者については後で説明させて頂きます。……なあ、アイ。俺の記憶が確かなら、国王陛下の暗殺にはもっと大勢の人数で来ていたと思ったんだが、本当に四人なのか?」
「………………」
俺の質問に、「何故それを知っている?」とでも言うように俺を見上げ無言で眉を顰めたアイだったが、何かを嘆くように小さな溜息を吐いた。
「減った。二〇人近く居たけど、殺されたみたい。私はつい最近入ったばっかりだから又聞きだけど」
「え」
余りに余りな理由に、俺は二の句が継げなくなってしまった。国王直属の精鋭部隊だぞ? そんな事、あると言うのか?
「戦闘要員が全滅したという事ですね? 一体、何があったのですか?」
真剣な面持ちで問い掛ける殿下へ、アイは些か緊張した様子で口を小さく開け閉めしていた。答えて良い物かと思っているのかも知れない。
だが、ここまで話してしまったのならば同じだ、とばかりに唾を飲み込み、口を開いた。
「……邪術師を味方にしようとして、逆に殺されたみたい」
「………………」
その場の空気が凍り付き、誰もが言葉を返せず沈黙が流れた。アイネですら目を見開いて絶句している。
そうか、アイが答えに窮していたのは、それがゴルトモント王国の致命的な汚点だったからか。国王直属の暗部が邪術師を味方に引き入れようとしたという事は、即ちそれも国王の勅命に他ならないのだ。
その後もアイに対して色々と質問をしたが、彼女ももう吹っ切れたらしくゴルトモントの内情を事細かに教えてくれた。
アイネの石炭に関する知識についても殿下にお話しした所、非常に興味をお持ちでいらした。ちなみに石炭の存在自体はご存知だった。「我が国では良質の石炭が採れないのですよねぇ」と嘆いておられたが。
そんなこんなで三時間も殿下のお時間を頂き、俺たちはライヒナー候の館を後にした。ああ、腹減った。昼飯食いたい。
「あ、そうだ、アイ」
「……なに?」
まだ俺に対しての当たりがキツいアイは、睨むようにして俺を見上げた。アレか、年頃の娘を持った父親の気分って言うのはこんな感じなんだろうか。
「なんで、話してくれたんだ? 忍者は主への忠誠心に溢れていると聞いた事があるんだが」
そう、俺は気になっていたのだ。どういった心変わりで裏切ることを決めてくれたのか。忍者と言えば忠義に反する位ならば死を選ぶらしいし。……まあ、今のアイは自害出来ないんだけど。
暫し俺の問い掛けに沈黙していたアイだったが、何処か悲しそうな目をして、遠くの空を見上げた。
あっちは東の空。俺たちの故郷、サクラがある方向だ。
「……そのうち、はなす」
空を見上げたまま、アイは疲れたようにたどたどしい言葉でそう答えたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!