表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

112/209

第一一二話「最近ウチの妹たちが生意気です」

「………………」

「おいアイ、食わないのか。捕虜(ほりょ)だからって遠慮(えんりょ)しなくて良いんだぞ」


 俺はエールをちびちびとやりながら、(となり)(もく)しているアイへそう呼び()けた。折角(せっかく)ベルの作ってくれた夕食に手を付けないのは勿体(もったい)無い。


「リュージ(にい)、お風呂(ふろ)でなんかしたんでしょ」

「してねぇよこんな子供に手を出すか」

「そ、それって子供じゃなきゃ手を出すって事!? レーネ! ここに浮気者(うわきもの)()るよ!」

「おいミノリ、後で(ひさ)しぶりに組手(くみて)やろうぜ。兄の威厳(いげん)が分からないってんなら分からせてやる」


 この妹は俺をどういう目で見ていると言うのか。まあ、女房(にょうぼう)冗談(じょうだん)として流してくれているようで内心(ないしん)安堵(あんど)しているが。


 そんな風に何時(いつ)も通り(にぎ)やかな食卓(しょくたく)に今日はアイネ、そしてアイが(くわ)わっている。無駄(むだ)に元気な学者様のアイネは遠慮無くもりもり食っているのだが、彼女を(ねら)ってやって来た刺客(しかく)のアイはと言うと食事に手を付けるつもりが無いらしい。()え死にされても(こま)るのだが。


 (うつむ)いたままのアイだが、もじもじと落ち着かなそうに足を(こす)り合わせている。着ていた黒装束(しょうぞく)()いで(もら)い今はスズの普段着(ふだんぎ)をお下がりとして着せられているのだが、スカートが()れていないようだ。


「だったら無理矢理食わせるぞ、ほれ――」

「や、やだっ! (さわ)らないで!」


 冗談()じりに(かた)(つか)んで春野菜を()()したフォークを近づけたら、予想以上に(いや)がられた。というか、(さわ)らないでって言われた。軽くショック。


「嫌がる女の子に無理矢理(せま)ってショックを受けてる兄が()る」

「……言葉にしてみると最低じゃねえか、俺」

「やーい」


 スズにまでも(いじ)められた。うちの妹たちが最近生意気(なまいき)になってきて兄は悲しい。


「もう! リュージってばアイちゃんを(いじ)めちゃ駄目(だめ)だよ! アイちゃんはリュージにお風呂で(はだか)を見られちゃったから、気にしてるだけなんだよね?」

「うぐっ……!」


 アイの右(どなり)(すわ)るレーネが傷口に塩を()()み、小さな刺客は頭を(かか)えて(うめ)いている。あー、それで俺に触られたくなかったのか。


「……まあそれは今後(こんご)()れて貰うしか無いんだが、飯はちゃんと食え、飯は」

「……やだ」


 (なし)(つぶて)である。うーむ、これは困った。魔術制約(せいやく)で食わせることも出来(でき)るが、あんまりそういう事はしたくない。短い間か長い間かは分からないが、(とも)()らしていかねばならないからな。


「もしかして、アイちゃんの(きら)いな食べ物が入ってたッスか? 事前(じぜん)に聞いておけば良かったッスね」

「……別に、そんなことない。サクラの(たみ)は、出された物は全部食べる。でも、私は客人(きゃくじん)じゃない」


 料理を作ってくれたベルには若干(じゃっかん)(もう)(わけ)なさを感じているのか、(ちぢ)こまったアイは上目(うわめ)(づか)いでベルを見てそう言った。本当に捕虜だから遠慮しているらしい。律儀(りちぎ)だな。


「あたしにとってはアイちゃんも客人ッス! 心を()めて作ったッスから、食べて()しいッスよ!」

「…………わかった」


 ベルのニコニコと屈託(くったく)無い笑顔に(ほだ)されたのか、ようやくアイは食事に手を付け始めた。良かった、これで一安心だ。


「おかわり(いただ)けますか!?」

「え、あ、はいッス……」


 ……こっちの学者様は遠慮無く良く食べるよなぁ……。




 夕食も無事(ぶじ)に終わり、俺はレーネ、アイネ、アイと共に工房(こうぼう)へと(もど)ってきた。捕虜尋問(じんもん)の続きである。


 風呂場でも色々(いろいろ)と問い掛けてみたものの、俯き裸を(かく)すだけで(まった)く会話にならなかったからな。裸の付き合いで警戒(けいかい)()けるのは同性だけだったか。


「さて、質問の続きだが……ベルの飯は美味(うま)かったか?」

「……美味(おい)しかった」

「そりゃ良かった。彼奴(あいつ)は行き場所を無くしてた所を俺が弟子(でし)にしたんだが、思いの(ほか)家事(かじ)全般(ぜんぱん)得意(とくい)なので助かってる。アイにも得意なことはあるか?」

「………………」


 おっと、気が(ゆる)んで話に乗ってくれるかと思ったが流石(さすが)にそう上手(うま)くは行かないか。


 だったら、もう少し切り()んでみるか。


「……やっぱり、得意なことは忍術(にんじゅつ)か?」

「なっ!?」


 俺は少し(かま)を掛けてみただけだったのだが、見事(みごと)に引っかかったアイが(みずか)らの口を(ふさ)ぐも時(すで)(おそ)し。それは肯定(こうてい)しているのと同じだ。


「ニンジュツ、って何だろ?」

「何でしょう?」


 当然(とうぜん)ながらレーネとアイネは知らないので首を(かし)げている。まあ、アレはサクラ固有(こゆう)職業(しょくぎょう)というか一族(いちぞく)というかそんなものだからな、知らぬのも仕方(しかた)無い。


「サクラ帝国にのみ存在(そんざい)する、〈忍者(にんじゃ)〉と言う者たちが(あつか)秘術(ひじゅつ)だ。アイと戦った時、〈アンチ・マジック〉の効果(こうか)があったにも(かか)わらず召喚獣(しょうかんじゅう)を呼び出しただろ? アレだよ」


 使っていた(ぼう)は〈手裏剣(しゅりけん)〉と呼ばれる武器の一種だろうし、あの召喚術も忍術の一種だった(はず)だ。〈ライデン〉という名の雷神(らいじん)を呼び出したのでまさかとは思ったが、忍者だったとはな。


「……とは言え、忍者なんて伝説(でんせつ)上の存在としか思われていなかったんだがな。ちなみにアイのように女性だと〈忍者〉ではなく〈くノ一〉と呼ぶ」

「そんな秘術があるんですねぇ……! 是非(ぜひ)教えて貰いたいものです!」


 キラキラと(くも)り無い(ひとみ)で自分を狙ってやって来た刺客にそんなお(ねが)いをするアイネ。図太(ずぶと)いにも(ほど)があるだろ、この学者様。


 一方(いっぽう)(おのれ)素性(すじょう)を知られてしまったアイはと言うと、目を見開(みひら)き、(おび)えた表情で俯いていたのだった。


次回は明日の21:37に投稿いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ