第一一二話「最近ウチの妹たちが生意気です」
「………………」
「おいアイ、食わないのか。捕虜だからって遠慮しなくて良いんだぞ」
俺はエールをちびちびとやりながら、隣で黙しているアイへそう呼び掛けた。折角ベルの作ってくれた夕食に手を付けないのは勿体無い。
「リュージ兄、お風呂でなんかしたんでしょ」
「してねぇよこんな子供に手を出すか」
「そ、それって子供じゃなきゃ手を出すって事!? レーネ! ここに浮気者が居るよ!」
「おいミノリ、後で久しぶりに組手やろうぜ。兄の威厳が分からないってんなら分からせてやる」
この妹は俺をどういう目で見ていると言うのか。まあ、女房は冗談として流してくれているようで内心安堵しているが。
そんな風に何時も通り賑やかな食卓に今日はアイネ、そしてアイが加わっている。無駄に元気な学者様のアイネは遠慮無くもりもり食っているのだが、彼女を狙ってやって来た刺客のアイはと言うと食事に手を付けるつもりが無いらしい。飢え死にされても困るのだが。
俯いたままのアイだが、もじもじと落ち着かなそうに足を擦り合わせている。着ていた黒装束は脱いで貰い今はスズの普段着をお下がりとして着せられているのだが、スカートが慣れていないようだ。
「だったら無理矢理食わせるぞ、ほれ――」
「や、やだっ! 触らないで!」
冗談交じりに肩を掴んで春野菜を突き刺したフォークを近づけたら、予想以上に嫌がられた。というか、触らないでって言われた。軽くショック。
「嫌がる女の子に無理矢理迫ってショックを受けてる兄が居る」
「……言葉にしてみると最低じゃねえか、俺」
「やーい」
スズにまでも虐められた。うちの妹たちが最近生意気になってきて兄は悲しい。
「もう! リュージってばアイちゃんを虐めちゃ駄目だよ! アイちゃんはリュージにお風呂で裸を見られちゃったから、気にしてるだけなんだよね?」
「うぐっ……!」
アイの右隣に座るレーネが傷口に塩を擦り込み、小さな刺客は頭を抱えて呻いている。あー、それで俺に触られたくなかったのか。
「……まあそれは今後慣れて貰うしか無いんだが、飯はちゃんと食え、飯は」
「……やだ」
梨の礫である。うーむ、これは困った。魔術制約で食わせることも出来るが、あんまりそういう事はしたくない。短い間か長い間かは分からないが、共に暮らしていかねばならないからな。
「もしかして、アイちゃんの嫌いな食べ物が入ってたッスか? 事前に聞いておけば良かったッスね」
「……別に、そんなことない。サクラの民は、出された物は全部食べる。でも、私は客人じゃない」
料理を作ってくれたベルには若干申し訳なさを感じているのか、縮こまったアイは上目遣いでベルを見てそう言った。本当に捕虜だから遠慮しているらしい。律儀だな。
「あたしにとってはアイちゃんも客人ッス! 心を籠めて作ったッスから、食べて欲しいッスよ!」
「…………わかった」
ベルのニコニコと屈託無い笑顔に絆されたのか、ようやくアイは食事に手を付け始めた。良かった、これで一安心だ。
「おかわり頂けますか!?」
「え、あ、はいッス……」
……こっちの学者様は遠慮無く良く食べるよなぁ……。
夕食も無事に終わり、俺はレーネ、アイネ、アイと共に工房へと戻ってきた。捕虜尋問の続きである。
風呂場でも色々と問い掛けてみたものの、俯き裸を隠すだけで全く会話にならなかったからな。裸の付き合いで警戒が解けるのは同性だけだったか。
「さて、質問の続きだが……ベルの飯は美味かったか?」
「……美味しかった」
「そりゃ良かった。彼奴は行き場所を無くしてた所を俺が弟子にしたんだが、思いの外家事全般も得意なので助かってる。アイにも得意なことはあるか?」
「………………」
おっと、気が緩んで話に乗ってくれるかと思ったが流石にそう上手くは行かないか。
だったら、もう少し切り込んでみるか。
「……やっぱり、得意なことは忍術か?」
「なっ!?」
俺は少し鎌を掛けてみただけだったのだが、見事に引っかかったアイが自らの口を塞ぐも時既に遅し。それは肯定しているのと同じだ。
「ニンジュツ、って何だろ?」
「何でしょう?」
当然ながらレーネとアイネは知らないので首を傾げている。まあ、アレはサクラ固有の職業というか一族というかそんなものだからな、知らぬのも仕方無い。
「サクラ帝国にのみ存在する、〈忍者〉と言う者たちが扱う秘術だ。アイと戦った時、〈アンチ・マジック〉の効果があったにも関わらず召喚獣を呼び出しただろ? アレだよ」
使っていた棒は〈手裏剣〉と呼ばれる武器の一種だろうし、あの召喚術も忍術の一種だった筈だ。〈ライデン〉という名の雷神を呼び出したのでまさかとは思ったが、忍者だったとはな。
「……とは言え、忍者なんて伝説上の存在としか思われていなかったんだがな。ちなみにアイのように女性だと〈忍者〉ではなく〈くノ一〉と呼ぶ」
「そんな秘術があるんですねぇ……! 是非教えて貰いたいものです!」
キラキラと曇り無い瞳で自分を狙ってやって来た刺客にそんなお願いをするアイネ。図太いにも程があるだろ、この学者様。
一方、己の素性を知られてしまったアイはと言うと、目を見開き、怯えた表情で俯いていたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!