第一一〇話「意外とあっさり心臓は止まる」
「チェストォ!」
振り回される〈ライデン〉の独鈷を躱し、俺はがら空きの腹部へ正拳突きを放った。うお、痛ぇ。筋骨隆々の外見通りに頑丈だなこの神様。一旦付与術で強化させてから攻撃したい。
「レーネ! 動きを止められるか!?」
「分かった!」
俺の思惑を理解してくれたのだろう、直ぐにレーネの「離れて!」と言う声が響いた。バックステップで〈ライデン〉から距離を取った直後に、妻の居る方向から雷神の方へと一つの玉が投擲された。
当然、〈ライデン〉は玉を鬱陶しそうに自らの腕で払ったのだが、それがいけなかった。その衝撃で破裂した玉から黒い粘液が飛び出し、独鈷を持つ雷神の右腕から下、足までを封じてしまった。
「なっ、何を、したっ!」
「ご覧の通り、お薬で動きを封じ込めたの。幾ら強力な召喚獣でも身動きは取れないよ!」
〈ライデン〉の背後で待機中の少女へ、得意気な口調で返すレーネ。確かにこれなら身動きが取れない。俺にとっては絶好のチャンスだ。
「リュージの名において、我が肉体に何をも砕く力の一端を与えん、〈砕〉!」
俺は攻撃一発分だけではあるが身体能力を激増させる一時付与術を使い、改めて痛恨の一撃を放つべく〈ライデン〉へと近付いた。〈豪腕の魔石〉、〈フューレルの魔石〉とで三重に腕力が上がっている状態だ。そんな攻撃を食らえば地方の神様であろうとも無事では済まないだろう。
「……ん?」
さて一時付与術の効果が切れない内にと構えたその時、耳が「ジジッ」という音を捉え、俺は嫌な予感に攻撃の動きを止めた。
……これは、まさか――
「私に構わず、やっちゃいなさい、〈ライデン〉!」
「なっ!? 正気か!?」
少女の言葉に、血の気が引いていく音が聞こえた。此奴、自分まで巻き込んで〈ライデン〉に雷の力を解放させるつもりか!
「レーネ! アイネ! 下がれ! 範囲攻撃が――」
振り向き、その言葉を言い終えるよりも早く。
俺の意識は一瞬で黒に塗りつぶされたのだった。
「……ュージ! リュージ! 目を覚まして!」
「う……、うぅ…………?」
泣きそうなレーネの声が聞こえ、俺は真っ暗な世界から現実へと引き戻された。誰だうちの妻を泣かしてんのは。
俺はどうやら地面に寝かされているらしく、声の通りに泣きそうな顔のレーネが左側から覗き込んでいた。……思い出した、〈ライデン〉の一撃を受けて意識を失っていたのか。
「よ……良かったぁ…………。一回心臓が止まってたし、死んじゃうかと思った……」
安堵の余りに脱力したレーネは、俺の胸の上に突っ伏した。……マジか。俺、死にかけたのか。しかし生きているのは一体どう言う事だ。
「……心配掛けて悪かった。奴等とアイネはどうなった?」
「アイネさんは無事。雷は私たちに届かなかったの。あの召喚獣は消えちゃって、女の子はアイネさんが今蘇生させてる」
「……蘇生?」
そう言えば何やら激しい物音が聞こえる為に振り返って見てみると、アイネが少女の胸を何度も全力で押している様子が見えた。一体何をしているのだろう。
「心臓が止まった時は、ああすると蘇生出来る可能性があるんだって。お陰でリュージも助かったんだよ?」
「……そうなのか」
ならばアイネは命の恩人――じゃ、ねえな。そもそもあの学者様がいい加減じゃなければ俺たちも巻き込まれることは無かったんだよ。グーで殴ってやろう。
「はぁっ、はぁっ……。この子も、蘇生、しました……。レーネさん、薬を……」
「あ、はい!」
大仕事を終えたアイネから呼ばれたレーネは、すぐに薬を手に彼女の下へと急ぎ足で向かった。俺も全身が痛いが、身体を起こして向かうことにする。
レーネが口移しで薬を飲ませているものの、俺とは異なり、少女は昏睡状態のまま起きる気配が無い。俺の方が〈ライデン〉の近くに居たと言うのにダメージは此奴の方が大きかったのか。
「ふぅ……、取り敢えずお薬も飲ませたし、目を覚ますとは思う」
「そうか、二人とも有難う。この子には聞きたいことが山ほどあるからな」
まあ杜撰なアイネの所為で襲われたのは確かだが、少女を助けてくれたのは有難い。先ずは俺たちに刺客である自分を差し向けた者は誰なのか、何故殺すと判断するまでに至ったのかを聞かねばならないからな。
それに、何故にサクラ帝国出身でゴルトモント王国の刺客をやっているのか、だな。寧ろ俺の聞きたいことはそっちがメインだが。
「うん、そう言うと思ったし、何より放っておけなかったから」
「うーん、うちの女房が可愛くて優しい」
「ちょっと! 独り者の前でイチャイチャするのは止めてくださいと言いましたよね!?」
再び文句を垂れるアイネだが、俺は構わずレーネを抱き締めて頭を撫で回していた。妻も満更では無さそうな表情である。
……さて、任務を失敗した刺客が生き恥を晒し続けるとも思えないので、このままにしておくと目を覚ました時に自害しかねんな。ふん縛るのは間違い無いのだが、舌を噛み切って死なれる可能性もある。
「……ここは、スズ先生にお願いするか」
俺は昨日冒険から帰ってきたばかりの末妹を頼りにすることと決め、気絶したままの少女を持ち帰ることにしたのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!