第一〇六話「俺は伐採場の業務改善に来たんだが」
「そういう事でしたか……、血気盛んな作業員ばかりで申し訳ありません」
現場監督のハイムさんへ何故俺が作業員全員を伸してしまったのかを説明すると、彼は項垂れ、溜息を吐いた。何というか、苦労が窺えるな。
ちなみに伸されてしまった作業員にはレーネの薬を試供品として配っておいた。アフターケアに加えてちゃんとアピールすることも忘れない。
「なんだこの薬!? 嘘みたいに痛みが引いたぞ!?」
「エルフの薬なんて胡散臭いと思っていたが……これは認めざるを得んな」
どうやらレーネの薬は人間の作業員だけでなく、エルフと仲の悪いドワーフにも好評らしい。種族同士の確執など気にも留めていないうちの妻は、ドワーフ相手であろうともニコニコと愛嬌を振り撒いている。可愛い。
「それで、早速本題に入っても良いですか?」
「あ、はい、現場の声ですね。問題としては色々と上がっています。こちらをご覧下さい」
おっと、作業員の声をきちんと纏めてあるらしく、ハイムさんは紙束を渡してくれた。どうやらあの荒くれ者共と違ってこの人は論理的思考を持ち合わせているようだ。
「『仕事量に対して作業の進みが悪い』、『仕事量に対して人が足りない』、『製材道具が直ぐに駄目になる』……まあ、ここら辺は忙しい現場なら何処でも有り得るだろう問題だなぁ」
俺たちの仕事としてはこれらの問題に対して、先ずは解決方法を示してあげることだろうな。そこからコスト面と向き合って現実的な方法をチョイスするのが筋道である。
その後、俺は作業員たちへ伸してしまった事を丁寧に詫びつつ、これらの問題について詳細を聞いて回ることにした。
「大口の依頼が来て給料も上がったのは良いんだけどよ、何しろ忙しすぎる。数日に一度は町の自宅に戻るんだが、可愛い娘にも忘れ去られそうで参ってんだ」
……とぼやいているのは最初に俺へ喧嘩を吹っ掛けてきた荒くれ男である。頭突き一発で俺に伸された為若干怯えていたが、真摯に向き合ってみたら別に悪い男でも無かった。話し合いって大事だな、うん。
それにしても、俺より年上だとは思っていたが結婚していて娘まで居るのか。数日に一度しか娘の所へ帰れないってのは可哀想だな。
「人が増えればローテ……、えーと……一人一人の仕事量も少なくなるんでしょう? 新人は入って来ていないんですか?」
「あー、キツくて辞めていくのも多いからな。それでも前よりゃ作業員も増えてるが」
成程、仕事量が多すぎる為に求人はすれども、その仕事量の多さで辞める人も多いのか。中々上手くいかないものだなぁ。
「であれば、少しでも仕事の負荷……、えーと……疲れることを減らせれば辞めていく人も減る可能性はありますね」
俺は一先ず最も身近な解決方法から提案してみた。ちなみに先程から言葉を選んでいるのは、きちんと相手に伝わる言葉でないと不幸な出来事が起きるということを学んだからである。レーネにも怒られたので。
「疲れることを減らす? そんなこと出来んのか?」
「〈アルテナ〉なら可能です。例えば疲労回復の薬とか、後は力が付く魔石を持っていて貰うとか、色々と考えつきますよ」
荒くれ男から疑いの眼差しを向けられたが、俺は胸を反らして自信満々にそう答えた。レーネの疲労回復薬はばっちり効くだろうし、俺だったら体力を増強させる〈昇華の魔石〉や腕力を増強させる〈豪腕の魔石〉など色々と提案出来る。
ただ、何でもかんでも提案した所でこの伐採現場がその依頼料を支払えるかどうかはまた別問題となる。この辺は経費だとかを管理しているだろう現場監督のハイムさんでないと分からんだろうから、先ずは彼に提案してみる所からだな。
他の人にも色々と聞いて回ってから、同様に人間中心で聞き取りをしていたレーネと合流してハイムさんの下へ戻ってきた。彼は何やら真剣に材木の状態を調べているようだったが、こちらに気付いて作業の手を止めてくれた。
「ああ、どうですか? 何か問題解決に向けた方法などは見つかりましたか?」
「はい、色々と有りますよ。ですがコスト面で見合った方法をご提案した方が宜しいかと思い、先ずはハイムさんに――」
俺はそこで視界に入ったあるものに気づき、言葉を止めそちらを向いた。視界の端で不思議そうにレーネとハイムさんの二人が俺を見つめているのが見えたが、俺の視線はそのあるものに釘付けになっていた。
「……何してんだ、ありゃあ」
「え? ……あぁ、アレ、ですか」
若干呆れ交じりの俺の声に振り向いたハイムさんも、俺が見つめている崖の中腹を見て苦々しい表情を浮かべた。どうやら彼はアレを知っているらしい。
「……あれ、何してるのかな?」
レーネも気になったらしく、首を傾げていた。何しろその急な崖の中腹では、一人の女性が採掘を行っているのである。あんな所で採掘とは、そんなに貴重な鉱物でもあるんだろうか。そうは見えないんだが……。
「って、おい!」
俺はそう叫びつつ、慌ててそちらの方へと駆け出した。何しろ、その女性が足を滑らせて崖を転がり始めたのだ。
女性は途中に生えている樹にぶつかりつつ落下を続けていたが、そのお陰で地面激突までの時間が稼げた為に、叩きつけられる寸前でキャッチすることが出来た。
「あ、危なかった……、何なんだ、一体……」
俺は気絶している小柄なその女性の顔を見つめそうぼやいた。女性は俺と同じ位の年頃だろうか。明るい水色のショートヘアには頭を打った時の出血だろう、赤いものがこびりついていた。
「……レーネ、取り敢えずこの場で手当てだ。ハイムさん、管理小屋を借りても良いですか?」
訳も分からないままに、俺は二人へそう声を掛けた。伐採場の依頼で来たと言うのに、何か面倒なことが舞い込んできそうな予感がする。
次回は明日の21:37に投稿いたします!