第一〇五話「こうなったのは俺の所為じゃないし」
町から北東へ一時間程歩いた場所にある伐採場では、人間、ドワーフの木こりが作業に勤しんでいた。皆、斧やノコギリを使って伐採を行っており、残す樹もそれなりにあるようだし、これは間伐と言って良いのだろうか。
俺とレーネがそこを訪れると、すぐにちらちらと作業員からの視線を感じるようになった。まあ、視線を集めているのは俺と言うより――
「え、あれってエルフじゃねーの?」
「もしかして、伐採に文句付けに来たとか?」
「…………えーと」
伐採場に現れたエルフという事だけでレーネは注目されているようだ。妻は困ったように俺を見上げている。説明しろってか、いいけどさ。
「なんだぁ? エルフが伐採場に来るなんてロクでもねぇ事しか思いつかんぞ? お前等、何の用だ?」
おっと、早速近くの屈強な人間の作業員に絡まれたぞ? これは早々に説明しなければ不幸な出来事が起こるに違い無い。
俺はその作業員に向けて一歩踏み出し、両手を広げて無害であることを示した。
「まあまあ、落ち着いて。俺たちは商工ギルドに依頼されて伐採場を見に来た〈アルテナ〉っていう工房の者です。伐採の効率化に向けた話がしたいので、何方か話せる責任者は居ますか?」
ゆっくりと、後ろまで声が通るようにそう説明してみた。が、荒くれ者らしき目の前の男は俺を上から下までジロジロと眺めた後、俺の顔を見上げて鼻を鳴らした。
「コーリツカだか何だか知らねぇが、作業の邪魔をするんじゃねぇよ。俺たちは大口の仕事で今忙しいんだ。お前等に構ってる暇は無ぇんだよ」
「いや、ですからその作業を効率的に進める為に俺たちが――」
「意味の分からねぇ事言ってんじゃねぇ! 分かるように言え!」
とりつく島も無く怒鳴られ、胸を突かれた。まあ、幾ら相手が屈強とは言え俺の体重は一〇〇キロ有るので、小突かれた程度にしか感じなかったが。
しかしこの反応、『効率化』という言葉の意味が分かっていないのだろうか。下っ端の作業員ではそんなものなのかも知れない。弱ったな。
「話の分かる人を連れて来てください。こちらも仕事なので」
「しつっこいんだよ!」
今度は殴りかかってきたので流石に掌でそれを受け止めたが、それなりに痛い。回避したくとも後ろにはレーネが居るので出来ない。
「んなっ、てめぇ、離しやがれ!」
「離したらまた殴るでしょう。こっちは話し合いがしたいだけなんですよ」
俺の右手に左の拳を掴まれたまま、荒くれ男は残る右手や足でちょっかいを出してくるも、体勢が悪いままに放たれたそれらはきちんと避ける。久しぶりに言葉が通じない相手だな。ガイを思い出すぞ。
……ちょっと荒事になりそうなので、レーネには下がっていて貰うか。
「レーネ、ちょっとこれからこの兄さんとよく話し合うので離れていてくれ」
「え、えぇ……? 気を付けてね……?」
俺から杖を受け取り退がるレーネ。気を付けて、とは言っても止める気の無い妻である。『話し合い』が何を指すのか分かっているんだろう。きちんと俺のことを分かってくれていて嬉しい。
「……さて、妻は離れてくれたのでもう遠慮は要らんな。おい、いつまで続けてんだ、よっ!」
「んぐぉっ!?」
未だ藻掻いていた荒くれ男の拳を引っ張り、程々の力で頭突きをかましてやった。全力でやると〈フューレルの魔石〉の所為で殺人現場になりかねないからな。
その程々の力でも相当なダメージが有ったのか、白目を剥いた荒くれ男はそのまま撃沈した。頭を打つといけないので、俺に拳を掴まれたままだが。
「お、おい! てめぇ! 何しやがんだ!」
「何って、見てただろうが。暴力を振るわれたから返しただけだよ」
そっとその場へ荒くれ男を下ろしてやったら、今度はわらわらと残りの作業員たちがやって来た。「ひっ」と声を上げたレーネが速やかに姿隠しの精霊魔術で隠れてしまった。お陰でやりやすくなったぜ。
さて、残りの奴等とも楽しい話し合いを始めるとしますか!
「お、おい! これはどういうことだ!」
「お、話が通じそうな人が来たな」
荒くれ者たちが全員沈黙した後、如何にも事務仕事に向いていそうな人がやって来て惨状に悲鳴を上げた。恐らく騒ぎを聞き駆けつけたのだろう。
「〈アルテナ〉の付与術師リュージです。商工ギルドの依頼を受けて参りました。……ちなみに、貴方は話し合いが出来る方ですか? それとも彼らと同じく暴力で語る方で?」
男は青い顔が剥がれんばかりに思いっきり首を横に振り、それを否定したのだった。
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