第一〇四話「そりゃエルフだって木造の家に住んでいるのだし」
季節も春となり人の行き来が激しくなった所為か、商工ギルドは以前よりも混雑していた。受付の人数も増やしたようだが、申請やら何やらの届を手に待つ人々の列が途切れない。
「……まあ、以前のように町が活性化したって事で、良い事なんだろうな」
「そうねえ」
受付の列に並びながら、俺はレーネと二人で商工ギルド内を見回し呑気にそんな会話をしていた。俺は人よりデカい為に人波の向こうを見ることが出来るが、トールさんの姿は無い。入れ違ったか?
「あれ!? リュージさんに、レーネさんじゃないですか! 態々来て頂いたんですか!?」
おっと、そう思ってたら書類を抱えながら忙しそうに駆け回っていたトールさんが見つけてくれた。こういう時デカいってのは便利だ。
「さっき来ていたとラナが言っていたので。応対出来ずすみません」
「いえいえ、お気になさらず! 流石にあの中に割り込む勇気は私にも有りませんよ!」
俺が頭を下げるも、トールさんはそう答えながら眉尻を下げて苦笑した。そりゃそうだ。幾ら町の中心から郊外まで出向いたと言っても相手は王女殿下だからな。出直すしか無かったのは当然と言える。
「列には並ばなくても結構ですので、あちらで少々お待ちください。すぐに参りますので!」
そう言って、応接スペースを指し示したトールさんは書類を抱えたままに走って行った。なんとも慌ただしいことだ。
「いやいや、お待たせしてすみませんでした。ようやく仕事が一段落しましたよ」
俺とレーネが応接スペースに移動してから一〇分も経った頃、やっとトールさんがやって来た。一段落、って言っても俺たちへの応対も仕事だろうに。
「忙しいみたいですね。やっぱり海外取引が増えたのが原因ですか?」
「そうですね、この春から船の定期便を三倍に増やしたことが大きいと思います」
レーネの想像は間違っていなかったらしい。それにしても三倍にもしたのか。ライヒナー候と商工ギルドの本気が見えるな。
「そりゃあ商工ギルドも賑やかになる訳だ」
「嬉しい悲鳴ではあるのですが……職員が足りていないのが実情です。移住して来られた方も多い為求人も出してはいますが、即戦力にはなりませんので、どうしても」
呑気な俺の感想に、こちらは小さく溜息を吐くトールさんである。そりゃまあ、新人がすぐに仕事へ入れる訳じゃないからな。今は仕事に慣れた人の一部が新人に教えに回っている分、動ける職員の数も少なくなり業務が回らなくなっているのだろう。だが、新人を入れなかったら後でもっと悲惨になるだろうからなぁ。
「それで、先程は何の用件でいらしたんですか?」
トールさんも忙しいだろうし、雑談もそこそこにレーネがそう切り出した。工房まで来たってことは日々の依頼についての件では無いだろう。大口の依頼だと嬉しいんだが。
「ああ、早速ですが説明させて頂きますね。……昨年お二人のご協力で無事完成した新造船についてですが、覚えていらっしゃいますか?」
「そりゃ、忘れる訳は無いですが」
トールさんの言う新造船と言うのは、昨年九月辺りに造られた、俺とレーネの合作である〈軽重の魔石〉を用い耐荷重性を増した船のことである。……まあ、一度邪術師のアデリナに壊されては居るが。
この〈軽重の魔石〉はレーネが錬金術で創り出した素材を元にして力を与えられた魔石で、俺たちはこの魔石や同様の方法で創られた〈大金剛の魔石〉などを、特に『練魔石』と呼んでいる。
他にも幾つか練魔石には挑戦しているが、やはり錬金術が加わると選択肢が格段に拡がってくれる。本当にレーネを相棒にして良かったというものだ。今は妻でもあるが。
「それで、その新造船なのですが……この度、大型化を目指した設計が完了しそうなのですよ」
「ほう。どの位大型なんですか?」
少々小声になったトールさんへ、俺も顔を近づけて尋ねる。船が大型化すればそれだけ多くの物が積めるのが道理である。これは中々に興味深い話だ。
しかし、昨年完成させた新造船だってそれなりに大きい。あれ以上となるとちょっと想像が付かない。
「聞いて驚いてください。全長五〇メートルを目指しています」
「………………」
自信満々なトールさんの言葉に固まる俺とレーネ。前言撤回だ。全然想像が付かない。二人で絶句してしまった。
「……それだけ大きいと造るのも大変でしょうけど、〈軽重の魔石〉の恩恵も大きそうですね」
レーネの言う通りで、〈軽重の魔石〉は船の荷重を大体半分にまでしてしまう力がある。減算では無く除算である為、船が重ければ重いほど恩恵があるのだ。
「ということは、今回の依頼は〈軽重の魔石〉の納品ですか?」
そんな俺の問いに、トールさんは「それもあるのですが……」と言いながら、何故かレーネへと視線を動かし、言い辛そうにしている。トールさんの事だからうちの妻に粉を掛けるつもりとかそういう事じゃないだろうが、何だろう。
「ええと……、実はですね、船を造るにあたり大量の木材が必要になりまして……。伐採についても何かお力添えを頂くことが出来ないかと……」
……成程、視線の意味が分かった。レーネはエルフだからな。伐採というワードに拒否反応を示すのではないかと思った訳か。
「そういうことですね。大丈夫ですよ、私は元々そういう事にはあまり興味が無く珍しいエルフではあると自覚はしておりますが、一般的なエルフであっても、切りすぎたりしない限りは気にしないものだと思います。逆に切らず放置し過ぎるのも良くないものなのですよ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
心配そうなトールさんを安心させるように微笑みを見せるレーネ。まあ、一々気にしていたら今の家だって木造なんだから住めなくなるだろうしな。
そう言う訳で、俺とレーネは現場の声を聞くべく、後日町から少し歩いた場所にある伐採場へと向かうことになったのだった。
次回は明日の21:37に投稿いたします!