第一〇三話「俺の心は汚れきっていた」
俺とレーネは、その他『ギフト』の魔石についての詳しい話や、〈ペウレの魔石〉を使うにあたっての注意事項などを殿下へ伝えた。何しろこの魔石は一日で地中の栄養を根こそぎ奪う他、他の農家が商売あがったりとなるので運用には気を付けなければならないのだ。
魔石のお礼は使いを寄越して改めて持ってきてくれるらしい。有難いことである。これで改築により寒くなった懐が少し膨らむ。
そんなこんなで長話になってしまったが、そろそろライヒナー候の館へ戻ると殿下が席を立たれようとした所だった。
「殿下、あのお話をまだされていません」
「……ああ、そうでしたわね。つい、魔石のことで夢中になってしまいました」
腰を上げられた殿下は、ディートリヒさんの忠言で再びソファに座られた。まだ何かあると言うのだろうか。
「シュテルン元大公を覚えていらっしゃいますか?」
「シュテルン……ああ、はい」
大公と言えば俺の中で関わりのあった人物は一人しか居ない。バイシュタイン王国の宰相エルマーのことだ。忘れられようか。
「あの者を背後で操っていたのが何処の誰か、それが分かりました」
「……邪術師ではなく、ですか?」
今まで以上に声を潜め、話される殿下。それこそ国家機密クラスの不祥事であり、自然とそうなるのも理解出来る。
「はい。邪術師フェロンはあくまで計画の実行者です。元大公の館を捜索している内に、一つの書類を見つけました。裏で糸を引いていたのはゴルトモント王国です」
殿下のとんでもない告白に隣でレーネが息を飲んだのが分かった。北の隣国ゴルトモントと言えばバイシュタイン王国との友好国として有名である。その国が、裏では国王暗殺に動いていたと言うのか。
「表では友好を示していると言うのに、裏では暗殺を唆して居たと言うのですか」
「国家の中枢であっても一枚岩で無いでしょうし、そんなものですわ。事実、我が国の宰相も唆されていたのですし」
俺の問いにも顔色一つ変えず、あくまでドライに答える殿下である。王族ともなればそんな感じでないとやっていられないのかも知れない。
しかし、ゴルトモントか。現在、ザルツシュタット港の海外取引として主な相手は海洋国家として名高いそのゴルトモントである。もし事を構えるともなれば、軍船などで逸早くザルツシュタットが落とされることが目に浮かぶ。
「……ああ、ゴルトモント王国と開戦、などということにはならないと思いますわ。そのような国力は我が国に御座いませんし、何より北東のグアン王国と併せて二正面など耐えきれないでしょう」
「……成程」
俺の考えていることを見透かしたかのように、殿下はそう付け足した。現実を見ているなあ。本当にドライだ。
「あくまで心にお留め下さった上で、今後何かありました時にご報告を頂ければと思いお伝えしました。リュージさんもレーネさんも、今まで通りにゴルトモント王国とはお付き合いくださいね」
「承知いたしました」
殿下の仰りたいことが分かった。そういうことか。まだ俺たちの下で何かあった時、その情報があれば新たな事実が見つかるぞ、と言うことだろう。
兵たちを引き連れ領主の館へお戻りになる殿下の後ろ姿が遠くへ見えなくなり、俺は一日の大仕事が終わったかのように脱力した。いやはや、殿下はフランクな御方とは言え気疲れするよ。
「ふふ、お疲れ様、リュージ」
「ああ、レーネもお疲れさん」
こっちも少し疲れの見える顔で、レーネは俺に労いの言葉をくれた。「夫婦になったのだから言葉遣いも改めてくれ」と頼んだため、彼女は俺に対する敬語は辞めている。
「リュージさん、レーネさん、お疲れ様です」
「おつかれさまぁ」
俺たちの真似をして、ダークエルフのラナとエルフのレナ姉妹も労ってくれた。思わず俺とレーネは顔を見合わせ、噴き出してしまう。
「うんうん、ありがとう、ラナちゃん、レナちゃん。お姫様にお菓子貰えて良かったね」
「えへー」
屈んだレーネに頭を撫でられ、殿下に貰ったお菓子を大事そうに抱えて喜ぶラナたち。なんとも平和な光景である。
「ああ、そうだ。ラナたちに謝っておかないといけないことがあるんだ」
「謝る? 何でしょう?」
「なぁに?」
突然そう切り出した俺に、お菓子を抱えたままに仲良く左へ首を傾ける姉妹。可愛すぎる姿にレーネが変な声を出したが、ちょっと無視しておこう。
「例の、畑を成長させる魔石、あっただろう? あれがもう一つ出来たから殿下に渡しちゃったんだよ。断りも無く商売敵を増やしちゃってすまないな」
野菜が他の所でも毎日採れるようになれば、相対的にラナたちの畑の価値も下がるだろう。俺はそんな考えで二人に詫びを入れたのだが――
「どうして謝るんです? 野菜がたくさん採れれば、お腹を空かせる子が少なくなるし、良いことですよね?」
キラキラと純粋な瞳でそんな事を言うのは姉のラナ。うわ、純粋過ぎて自分の考えが汚れているような気がして反省したよ。ホントにすまねぇ。レーネはと言うと、感極まって二人を抱き締めている。抱き締められた二人は目を白黒させていた。
「……あ、そうです。お姫様がいらっしゃっている間に、トールお兄ちゃんが来てましたよ? リュージさんに御用のようでした」
「トールさんが? そうか、ありがとう」
やっとの事でレーネから解放されたラナが、そんなことを教えてくれた。トールさんも王女殿下の所へ割り込む勇気は無かっただろうし、一度帰ったのか。
なら弟子たちへの指導はある程度ベルに任せるとして、これから商工ギルドへ出向くとしますか。
次回は明日の21:37に投稿いたします!