第一〇二話「この技術は漏らせないんですよ」
「さて、ツェツィ様。今回の御訪問ですが、謝辞だけでなく祝言まで頂き、重ね重ねでは御座いますが有難うございます」
暴走していた殿下も落ち着いたところで、俺は改まってそう切り出した。
「……それで、今回のご用件はそれだけでは無いと考えますが、如何でしょうか?」
「あら、流石はリュージさんですわね」
ケロッとそんな風に答える辺り、本当に食えないお姫様である。まあ、王都から遙々この場所までいらっしゃったのだ。謝辞だけが目的では無いという事くらいは分かる。
「……単刀直入に伺いますが、リュージさんの魔石は他で見られない特別製ですわね? いえ、魔石だけではありません。戦場では遠距離から一時付与術を行使なさったとも伺っております」
そこまで話すと、殿下は俺に向けてにっこりと笑みを浮かべた。滅茶苦茶圧を感じる笑顔である。
「一体、どういう事でしょう?」
「…………その話ですか」
流石に、もう隠し果せはしないか。
先ず、『特別製の魔石』と言うのは俺のオリジナル付与術である〈祝福〉で創られた魔石の事だろう。俺はこれで創られた魔石を『ギフト』の魔石と呼んでいるが、他の誰かが似たような魔石を使ったという話は聞いたことが無い。
そして、遠距離からの付与術と言うのもその『ギフト』の魔石の一つ、〈エルムスカの魔石〉の力によるものだ。
俺は自宅の前にある隣家のラナたちが管理している畑を〈ペウレの魔石〉で強化している。そして、殿下の仰る通りに戦場では遠距離からの一時付与術を行使している。付与術というものを理解している者が見れば不思議に思わない訳が無いのだ。
「……ここから先、俺が話すことは他言無用とご理解頂ければ、お話しいたします」
相手は王女殿下であり自分が条件を付けられる立場では無いと分かっているが、それでも俺はそう切り出した。
殿下は内容の重要性について理解されているようで、お側のディートリヒさんと顔を見合わせ、彼が頷いたことを確認してから「分かりました」とお答えになった。
「意図を汲んで頂き有難うございます。……先ず、特別製の魔石ですが――魔術を行使なさる殿下でしたらお気づきかと思いますが、外の畑の前にはその魔石が埋められています。〈鑑定〉の魔術上確認した効果では〈ペウレの魔石〉と呼ぶのが相応しい為、そう呼んでいます」
俺はそこから話すことにした。以前、殿下が下級魔術ではあるが行使なさっている所を見ている。魔力も申し分無かったし技術はあるだろうから、埋められている魔石についても感知していると考えられる為だ。
……まあ、アイアンゴーレムが護っている時点で何かあると思って然るべきではあるが。
「……ええ、魔石らしき物が埋められているのは分かっておりました。やはり、それが畑の作物を一日で実らせる力を持っていたのですね」
「はい。このような特別製の魔石は他にも幾つかありまして、それらはすべて〈鑑定〉上では神々の名を冠しています。俺は『ギフト』と呼んでいます」
「『ギフト』……神から与えられたもの、という事ですか」
「はい。身体能力を激増させる〈フューレルの魔石〉、触れる物を消滅させる光の弾を放つ〈シグムントの魔石〉、魔物と言葉を通わせる力を与える〈カシュナートの魔石〉、他にも幻惑を見せる〈アウレレの魔石〉、雨を降らせる〈フヌンギの魔石〉、傷を癒す〈フェスタールの魔石〉、など色々と有ります」
「なるほど、何れも神の名を冠していますね」
殿下もディートリヒさんも真剣に話を聞いている。畑の秘密が分かった以上、国益として取り込めないかと考えているのかも知れない。ちなみに〈アウレレの魔石〉までは以前までも持っていたが、〈フヌンギの魔石〉と〈フェスタールの魔石〉はこの冬新たに創った『ギフト』である。
「……そして遠距離からの付与術ですが、これも〈エルムスカの魔石〉という『ギフト』の魔石が為した効果です」
「……エルムスカ?」
殿下はピンと来なかったようで、首を傾げられていた。それもそうだろう。エルムスカという神の名前など、俺は知らない。殿下もご存知無い筈だ。
だがこれまでの法則からして、神の名であることは間違い無い。となれば――
「殿下、エルムスカと言うのは、恐らくですが――知られていない、或いは、存在していない神なのでは無いかと」
「……どういう事でしょう?」
俺の説明で眉を顰められる殿下。まあ、言っている意味は分からないだろう。
だが、その裏付けはあるのだ。以前、〈神殺し〉の力を持つ邪術師のフェロンは、他の『ギフト』について俺が所有していることを見抜いていたが、〈エルムスカの魔石〉だけは見落としていた。
そして同じ邪術師であるアデリナの放った邪神の腕も同じ〈神殺し〉の力を持っていたが、その状況下においても〈エルムスカの魔石〉は使用することが出来た。即ち、エルムスカは――邪神すら知らない神なのである。
それらのことを話すと、殿下は「そんな事実が公表されれば、世界の常識が変わりますわね」と溜息をお吐きになられた。現存する神の数が変わるなど、新神が邪神を封印して以来のことになるだろうしな。
「……つまり今までのお話を纏めますと、リュージさんの付与術では神の力を持つ魔石を創る事が可能であり、しかもそれは、存在しない神の力ですら可能であると?」
事が事だけに、殿下のご尊顔が若干険しくなっている。最初は国益へと考えておられたのかも知れないが、対邪術師の切り札となる事の重要性を理解されたのだろう。
「はい、そうなります。俺はこれらの魔石を産み出す付与術を〈祝福〉と呼んでいて、レーネ以外の誰にもその理論を伝えていません」
レーネには以前に錬金術で似たようなことが出来ないかと理論を話したことがあったからであるが、俺は一番弟子のベルにだって『ギフト』の存在すら伝えていない。
「……王族という立場としては、是非、その技術をご教示頂きたいのですが――」
「危険すぎるので、止めた方が良いでしょう。邪術師に情報が漏れれば、対策されかねません」
まあそうくるだろうとは思っていたが、俺はやんわりと殿下の希望をお断りした。独占したいからという気持ちからでは無い。純粋に『ギフト』の力は危険すぎるのだ。今ならフェロンの言っていた事も少しは理解出来る。
「畏れながら殿下、私もそう感じます。この『ギフト』の生産は、リュージさんにお任せされた方が宜しいかと」
「……そうですわね、今の所はリュージさんの管理にお任せいたします」
ディートリヒさんにもこの技術が危険すぎる代物だとご理解頂けたようで、側仕えに上申された殿下は素直に引き下がられた。
俺がこれを話すのは妹たち、レーネに続いて四人目……いや、ディートリヒさんも含めれば五人目だ。それだけ重要な秘密なのである。
しかし、技術は渡すことが出来ないが、これは渡しておこう。そう思った俺はマジックバッグを漁り、一つの魔石を取り出してテーブルに置いた。
「……これは?」
「新しくもう一つ出来ました〈ペウレの魔石〉です。宜しければ王都でもこの魔石で畑を運用してみてください」
殿下が歓喜に小躍りされたのは、言うまでも無い。
次回は明日の21:37に投稿いたします!




