第一〇一話「何処ぞの大貴族じゃないんだから」
スタンピード騒動から半年。厳しい冬を越え、また春が巡ってきた。
結婚したからといって特に何が変わるということも無く、俺たちは妹たちやベルと一緒に同じ屋根の下で暮らしている。あ、火竜のフランメもか。最初は遠慮して出て行くと言っていたミノリたちだったが、「帰ってくる場所があった方が良いだろ?」と強引に話を終わらせた。
あ、工房では変わったこともあった。弟子が数人増えたのである。俺だけでは無く、レーネにもだ。住み込みの弟子はベルだけだが、皆わざわざ遠くから通ってくれている。熱意を感じて嬉しいことだ。
そんな訳で、広かった家も手狭になりつつあり、まだまだ余裕のある懐で増築を行うことになった。そのお陰で奥の方から工事の音が鳴り響いている。まあ若干五月蠅いのは仕方無い。仕方無いんだが――
「……申し訳御座いません、ツェツィ様。いらっしゃることが事前に分かっていれば、今日の工事はお休みにして貰ったのですが」
「構いませんよ。工期も有りますでしょうし、わたくしの訪問で無駄に延ばしてしまうことになっては申し訳ないですわ」
俺の平謝りにそう返して柔らかく笑っていらっしゃるのは、この国の第一王女殿下であるツェツィーリエ・ライフアイゼン・フォン・バイシュタインその御方である。以前殿下の依頼を遂行したり王都での事件を解決したりして縁があるとは言え、まさか電撃訪問されるとは思っても見なかった。ちなみに勿論お側には近衛騎士のディートリヒさんも控えている。
「そう仰って頂き幸いです。……それで、王都から遙々いらっしゃったのには、何か理由がお有りでしょうか?」
俺の代わりに尋ねてくれたのは俺の妻にして天才錬金術師であるレーネだ。応接間として使っているこの部屋にはこの四人しか居ないし防音結界も掛けてあるので、何を話しても問題無いだろう。まあ、部屋の外には兵士たちが控えているが。
「はい。……まずは、時間が経ってしまい申し訳御座いませんが、スタンピードを止める事へご尽力頂きましたことに最大級の感謝を。レーネさんの錬金銃が無ければ被害が拡大して居たでしょうし、最後のドラゴンをリュージさんが止めて下さらなかったら、それこそザルツシュタットだけではなく、王国全土が危機に見舞われてしまったでしょう」
王女殿下に深々と頭を下げられてしまった。多分だが、昨年の内にこうして来られなかったのは、恐らくスタンピードの後始末で忙殺されていたからだろう。ライヒナー侯爵領の兵にも少なくない犠牲が出ていたし、埋め合わせに王都から転属になった者も居ると聞く。それこそ人員、コスト面で大打撃を受けて大変だったと思う。
「ツェツィ様に頭を下げられてしまうのは心苦しいですよ。俺たちは出来る事をしたまでですから」
そう言って、俺は隣のレーネと顔を見合わせて笑う。心なしかディートリヒさんの顔も綻んでいるようだ。
「……ありがとうございます。まさにお二人は英雄と言って良い働きを見せました。本来でしたら銅像などを建てる位の功績なので、早速町の中心に――」
「それは止めてください」
食い気味に声を重ねて止める俺とレーネ。そんな事をされたらこの町で暮らしづらくなってしまうわっ。
「うふふ、それは冗談ですわ。ただ、それだけ感謝しているということです」
ころころと笑う殿下。相変わらずお茶目なお姫様である。
「それにしても……先程から気になっては居たのですが、お二人とも、左手の薬指に指輪を……」
おっと、王女殿下だけあって流石の観察力だ。気付かれていたか。
「あ、はい。スタンピードが終わった後、結婚しました」
なんとも軽いノリではあるが、そんな感じの結婚報告をすると、ツェツィ様は胸の前で両手を合わせ、喜色を露わにされた。
「まあ! まあまあまあ! おめでとう御座います! 自分の事のように嬉しいですわ!」
「おめでとう御座います!」
はしゃぐ殿下だけでなく、基本は殿下の許可無く話す事が無いディートリヒさんにまでも祝福されてしまった。これはなんというか、こそばゆいというのはこういう感情か。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます、お二人にこうして報告出来たこと、私たちも嬉しく思っています」
上手いことを言えない俺の後を、レーネが付け足してくれた。当の本人は恥ずかしさで真っ赤になって縮こまっているが。よく頑張った。
「そうですか……お二人ともお似合いでしたもの。式は挙げられたのですか?」
「いえ、まだですね。大勢の兵士が亡くなった後だったのと、皆が冬支度で忙しいと言うのもあって遠慮しました。でも、そのうちに挙げたいとは思っています」
そう、スタンピードで亡くなった兵士は多い。遺族が悲しみに暮れる中、俺たちだけ幸せな雰囲気を出しているのも申し訳なかったのだ。
だが皆への正式な報告の為、何より愛する妻の為にもいつかは式を挙げるつもりだ。……まあ、またお金が飛んでいきそうだが。
「そうなのですね! その時は是非、わたくしも呼んでくださいな! いえ、お父様も呼びましょう!」
「……ツェツィ様は歓迎いたしますが、国王陛下は勘弁してください」
その後もヒートアップする殿下を止めるのは大変だった。懇意にして頂いているからと言って、挙式に王女殿下だけでなく国王陛下まで呼ぶのは一体何処の大貴族なんだと。
次回は明日の21:37に投稿いたします!