現状を確認します2
驚愕の真実(?)が明らかになって項垂れる四人。
異世界。漫画や小説で、それは来たら最後、もう帰れない、なんてこともある世界。自分がそんなことに巻き込まれることなんて想像すらしていなかった。そう思う雅紀だった。家で、こっそりとそういう漫画や小説を読んだことがある雅紀は、どうしたもんかと考える。
「異世界ねえ・・・」
「ねえ雅紀、こういう時漫画とかだとどうだった?」
「ああ、それはだ・・・ちょっと待て。なんで俺がそんな漫画読んでると思った?」
「え、だって、雅紀の机の二段目の隠し底にしまってある鍵で開ける、押し入れの天井の隠し本棚に置いてあったから」
「ねえ、なんでそんなに知ってるの?隠しって言ってるのに、なんでそんなに詳しく知ってるの?」
自分の彼女から告げられた真実に雅紀の心が砕けてしまいそう。
「えっとね、あれは確か雅紀の家にご飯を作りに行ったとき、智恵さんがいてね。それでね」
「そうなんだね、母さんが原因だったのね」
自分の母親のしてくれたことに今度こそ心が折れる。両手を地面に付き嘆いている。いわゆるorzの体勢である。康太が肩を叩き、慰めるがなかなか立ち直れない。自分がそんな本を読んでいると知られてしまったことが、そんなにもショックらしい。
雅紀にとって、母親の智恵は不思議の代名詞である。料理をさせれば、何故か使った材料が一切入っていない別の料理が出てくる。裁縫をさせれば、平面しか縫ってないはずなのに、明らかに使われている布が増えて服が完成する。掃除させれば、カギをかけて絶対に明かないようにした引き出しのものが、掃除機のフィルターに引っかかるのである。そんな不思議が起こるのだが、出てくるものが一級品であるがために、強く何かを言う気にはなれないでいた。
今回も、カギは掃除機に引っ掛け、服を戻しに来た時に本の倒れる音が聞こえたとか言って、隠し本棚を見つけてしまったのだろう。そこまではいつものことなのに、今回は運悪くそこに静が来ていて、何も考えずにぽろっと漏らしたのだろう。
「はいはい、雅紀さんも戻ってきてくださいな」
「うん、ちょっとね、立ち直る時間ください」
「私は雅紀が何読んでても大丈夫だからね。グラビアとかじゃなきゃ大丈夫だからね」
「静も落ち着いてくださいな。いろいろと背中から出てますよ」
自分で言ってる傍から声のトーンが平たんになり、何やら冷たい空気を纏い始める静。魔力が放出されるようになったせいか、実際の気温までも下がっていき、話し合いどころではなくなるのであった。
自分の黒歴史を見られた雅紀も、鬼になりかけていた静も、朱莉のが呼びかけを続けることでやっと戻ってきた。
「ええっと、フィクションだとどうだったかについては、帰れなくなるのはがいくつかあるけど、基本的に時間はかかるけど戻れていたよ」
「どちらにせよ、すぐには戻れなさそうだね」
「もう、四日目だしな」
「そうなると、突然消失したものとされてしまいますね。家族が心配して・・・ないでしょうが、学校とかがどうなるかですね」
あっさりと家族のことを割り切る朱莉。子供だけでなく、親の世代も同級生だったこともあり、宮城家のあれこれを体験し、幼いころから娘息子が一慶に巻き込まれるのを見てきたのである。突然いなくことに驚きはすれど、心配はしていないだろうと、予想できてしまったのである。
遠坂家は、おっとりした不思議の象徴である母の智恵、考古学者として世界を渡り歩いている父の真一、和食料理老舗で修行中の姉の華菜、雅紀の四人家族。真一は、幼いころから一慶を見て育ち、研究で危険地帯に行くとき、一慶を引っ張り出したりしている。華菜は母親のおっとりしたところを引き継ぎ、無茶苦茶にいい勘だけで生きている。
桜井家は、大学教授で語学研究しているハーフの母アンナ、地元でカフェ経営をしている父雄二、中学生の弟の雪、静の四人家族。アンナは日本で生まれて、宮城家の近くに引っ越して、一慶の弟子になり、中高で大会を総なめしていた。雄二はよくアンナの尻に敷かれているところしか見られない。雪は、学校で女の子よりも女の子らしいと評判だった。
紫原家は、この四人の中なら最も普通で、警察官の父和也、専業主婦の母由香里、小学生で双子の弟と妹の玲仁と玲央。和也は中高でアンナのライバルで、こちらも大会を総なめしていた。由香里も宮城家の道場に通い、弓道を学んでいた。玲仁と玲央もスポーツ大好きっ子である。
宮城家は、父の和樹と母の綾音は、田舎の広大な土地を購入し、農業にはまり込んでいる。妹の葵は、現在海外留学中。両親から届けられる作物はありがたいのだが、どこに行くかを誰にも伝えなかったため、一慶と朱莉は、長らく顔を見ていない。
「家族の心配はないにしても早めに戻るのにこしたことはないな」
「今後の最終目的は、地球への帰還方法を見つけること、と致しましょう」
「いなくなってた間の埋め合わせが大変そうだな」
「それに関してだが、なんでここにいるかは、教室の光以外はさっぱりだな」
こちらに飛ばされる直前に教室から漏れてきた白と黄色の中間の色をした光が、主原因だと考え、ガラスの割れるような音はその副作用とするのが、最も当てはまりそうだな、と付け加える。
「最後に、今後どう動くかだ」
「そろそろ人が恋しくなってきたな」
「けど、話せるのかな?」
「最悪は、身振り手振りで頑張りましょう」
「じゃあ、この森を抜けて人里に行く方針で。」
「よし、ほかに決めることはあるか?ないよな?」
「先に期間を決めておこう。検証に三日でどうだ?」
「確かめるだけならそれで行けると思う」
「練習は道中でもできますものね」
「じゃあ、お待ちかねの魔法の検証と行こうか」
全員の眼の色が変わる。地球には無かった技である。高校生とか関係なく、心が高ぶるのである。
何ができるのか?どうすればできるのか?どういう原理なのか?何か法則はあるのか?等々延々と出てくる疑問を解決すべく、作業に入っていく。
地球でそういう漫画を読んでいた雅紀が主体になって進めていく。
曰く、基本属性なるものがあって、火、水、風、土、無であることが大抵である。その上位属性なるもの、複合属性なるものがあるかもしれない。それと、なぜか光と闇は別扱いを受けることが多い。
実験の基本は、条件を同じにして結果を比べるのである。しかし今回は、条件に違いが出すぎてしまう。主に、イメージの具合、込める魔力量、その人の適正である。そのため、今回の検証では、込める魔力量を一定にして、イメージに制限を掛けずやりたいようにやらせる。魔力量の調整は朱莉の眼を頼ることにした。
初めの検証の目的を、何ができるかの確認をすることに設定したらしい。
魔力が少ない康太が数十回で尽きる量に設定し、魔力が最も多い静と次点の雅紀がやりたいようにやっていく。
炎を出す。手のひらに乗せたり、飛ばしたり、形を変えたり、握ったり、纏わせたりしていく。イメージを変えて、自分の思うが儘に魔法を使っていく。どうやら、火を出して、それに対してできることを確認したようだ。
出た結論は、出したものはほぼイメージに従うが、投げた後のイメージをしなければ、自然法則に従う。炎のボールを投げるとイメージすれば、炎の球がまっすぐ進むし、手に乗せた状態でただ手を振れば、炎が手からまき散らされるが、火の粉は自然と消える。
また、魔力の量についても確かめていたようで、込める量が少なくても発動するが、規模は小さくなり、逆も然り、とのこと。
一通り確かめる静の隣で、雅紀もどんどんはっちゃけていく。右手から火の球を出し体の周りを回し始め、火の球が手のひらから退くや否や、水の球、続けて風の球、土の球、氷の球、光の球、黒い球、電気の球、球体の力場とどんどん増やしていく。腰回りに拳大の球の輪が作られていく。ほかの三人からの注文にも答えて、さらに増やしていく。最終的には隣り合った球が触れるほどの数の球を作り、満足そうに目を輝かせる。
その後は、自分に合ったものを見つけ、イメージの限りを尽くして、やりたいようにやり、笑い声をあげ、ときどき遊び疲れて昼寝するように魔力不足に陥りぐったりと倒れる羽目になるという遊んだり休んだりを忙しなくする四人の子供の姿があった。
四時間ほどして、暗くなってきたことに気づき、夕食の支度にかかる。肉は昼間に狩ってきたイノシシから切り出して、残りの肉は燻す分以外を魔法で凍らせて保存する。必要な水も、火種も魔法で出し、運ぶのも魔法でやる。それは新しい玩具をもらった子供が常に持ち歩いている姿を連想させる光景だった。
「この肉超うめえな」
「あんな恐ろしい動物からこんなにおいしいものが取れるだなんて理不尽ですね」
と、イノシシ肉の高級肉に匹敵する旨さに感動する一方、
「魔法は便利だが、これはダメだな。堕落して体を動かさなくなってしまう」
「明日からはしっかりと鍛錬で体を動かさないとだめだね。」
と、家電が全自動になったような生活になってしまったことを自覚し、戒めが必要になるのであった。
それは、片付けで皿を洗っているとき、康太の漏らした、
「魔法があれば風呂がいけるんじゃないか?」
という言葉が原因だった。
恋人の前で体を拭くことしかできていない現状に思うところがあったのか、静と朱莉は先ほどの戒めを守るか、それとも魔法を使って風呂を作るかの間で揺れ動いた。それはもう、恋人の誕生日にプレゼントをあげるか否かのレベルで迷った。
そんな分かりやすい悩みを見透かした男たちは、自分が入りたいから作る、と言って男前な行動をとり、女性陣の苦悩を取り払ってやるのだった。
魔法で土を盛り上げて風呂桶を作り、水を浸して温めただけの五右衛門風呂以下の風呂だが、静と朱莉は風呂に入れるだけで満足らしく、風呂上がりの満面の笑みを浮かべる姿に、いいものを見たとばかりに雅紀と康太はがっちり手を組むのであった。