エピローグ
リナはトントンと書類の束を机で整えた。
この書類には、様々妖怪のたくさんの思いについて書かれている。
粟根あやかし心理相談所で受けた妖怪達の相談ごとのカルテだ。
「あ、これ、懐かしい」
リナがそう言って、丁度一番前に出ていたカルテは約半年前のもの。
リナが、ここで働き始めた頃に受けた相談事だ。
河童の親子の不登校問題のカルテを見てしみじみとあの時のことを思い出す。
「あの頃の私は、色々と、先生にも迷惑をかけてたんだろうなぁ」
と懐かしむように呟いてリナは小さく笑う。
あの時は、自分のことでいっぱいいっぱいで、泣きわめく子供のように嘆いていたように思う。
「それでも、先生は、話を真剣に聞いてくれて受け入れてくれたんだよね。思えばもうあの時から私は……恋に落ちていたのかも」
そう小さくつぶやいてリナは頬を染めた。
粟根のことを好きになり、好きであることを自覚してから、4か月以上。
未だにリナの中で、粟根へのこの思いは消えていない。それどころか大きくなるばかりだ。
ガチャリと、扉が開く音が聞こえた。
そしてすぐに豪快な話し声が響いたので、どうやら雷様の吾郎の相談が終わったようだと、リナはファイルの整理を一旦やめて受付カウンターに腰を下ろす。
すぐに、吾郎と粟根が姿を見せた。
「お。リナちゃんやないか。今日もかわいいねぇ」
なんて雷様は軽口を叩く。そんな吾郎にリナは微笑むと、「光子さんにはかないませんよ」と軽く返した。
最初こそ強面の鬼族の吾郎を怖いと思っていたが、もう慣れもあって怖さはない。
「そんじゃ、先生。また。次は、光子も連れてくるから」
といって、色々と悩みを吐き出したらしい吾郎は、すがすがしい顔で心理相談所の扉をくぐっていく。
リナは心理相談所に訪れた人を見送るのが好きだった。
少しばかり晴れやかな顔になったあやかし達が、堂々とした背中を見せて去っていくこの瞬間が。
誰かの門出を見守っているような、そんな気持ちになる。
いや、実際に、ここに来たあやかし達にとっては、ここを出る時は、いつも、新たな門出なのかもしれない。
ここで、悩みを吐き出して、自分を見つめ直して、そして受け入れて、旅立つ。
たくさんの旅立つ姿をリナはみてきた。
その姿を見ることができたからこそ、リナは自分の問題に向き合えた、そんな気さえする。
「こうやって、ここに来てくれたあやかし達の旅立つ背中を見るのが好きなんですよ」
と、未だ吾郎が出ていった扉を見ながら粟根がぼそりと言った。
自分と同じことを思っていたことにリナは目を瞬かせて、そしてすぐに目を細めてふふと笑いをこぼす。
「私も、先生と同じことを思ってました」
リナはそう言って、好きな人と同じことを考えていたということだけで、こんなに嬉しくなってしまう単純な自分にまた笑みを深めた。
未だリナは片思い。その思いも伝えられずにいる。
言ってしまったら、困らせてしまうことを知っているから。
たまに、いっそのこと困らせてみようかなんて、意地悪な考えが浮かぶこともあるけれど……。
―――カチャ
恐る恐るという感じで、心理相談所の扉のノブが回る音がする。
雷様が何か忘れものでもしたのだろうかと思って視線を向けると、扉のところには心細そうにして、一つの足で立っている和風の傘がいた。傘の持ち手の部分が人の足になっており、雨をしのぐ銅の部分には大きな目と長いベロがついている。
あれはたしか、からかさ小僧だったかな……と妖怪辞典の内容をリナは思い出しながら、おどおどした様子のからかさ小僧に笑顔を向けた。
予約は入っていなかったはずだから飛び入りでの相談希望者かもしれない。
「ようこそ、粟根あやかし心理相談所へ!」
リナはそう言って、相談所の来たあやかしを温かく向かい入れた。
新たな訪問者の、晴れ晴れとした背中を見送ることを想いながら。
FIN
以上で完結です!
ここまでお付き合いくださってありがとうございました!
今後もよろしくお願いします!