Memory#1 桜木愛菜が邪神になるまでの物語:1
人生とは、なんなんだろうか。
そう思う時がある。
「あんたが悪いのよ? 私の大好きな山月君に好かれてさぁ!」
ガッ、と思いっきり突き飛ばされて、尻もちを付く。
押された肩と地面に衝突したお尻が痛い。
なんで私はこうなっているんだろう。
何か悪いことをしたのかな? いや、していないはず……でも、なんで? なんで?? なんで???
目の前にいるのは、顔立ちは整っているけど、中身が一切それに似合っていない、同い年の、ただ同級生なだけの女子。
周りには、見張りと思しき取り巻きが数人。
そして、地面に尻もちを付いて茫然としている私。
「調子に乗らないでよね」
顔を私に近づけ、嫉妬と怒りと他者を見下すことで快感を得ている、どうしようもない人に、怖くて何も言い返せない。
いじめ。
そう、私は同い年の女子にいじめを受けている。
事の発端はなんてことのないことだった。
「俺、桜木が好きなんだ! 付き合ってくれ!」
私が通う姫月学園において、女子人気が高い男子が私と同じ学年にいた。
高校生だし、ある意味色恋に夢中になる人が多いのは事実だし、ましてや三年生と言えば、高校生活が最後になるわけで。
となれば必然、卒業までに好きな人と恋仲に、そう思う人がいるのは事実だと思う。
私は……正直どうでもよかった。
恋愛なんてよくわからなかったし。
でも、他の人はそうじゃない。
恋一つで、人間性が酷くなるくらいに、恋とは劇毒でもある。
「ごめんなさい。私、恋愛がよくわからなくて……」
「……そ、そうか。そ、そっか……時間を取らせてゴメン……」
私は相手を振った。
学園でもかなり人気のある男子だったのは知っていたし、私の知り合いにもその人が好きな人はいた。
成績優秀で、スポーツも万能。
そして爽やかイケメンと来れば、惚れない女子の方が少ない……のかもしれない。
けど、私はどうでもよかった。
とりあえず、絵を描くことが楽しかったから。
妄想を具現化させるのは楽しかった。
……いじめられるまでは。
まず、その男子が私に告白した、と言う事実は瞬く間に私の学年に広まった。
その結果、今目の前にいる女が私に突っかかり始めた。
最初はちょっとした八つ当たりだけだった。
でも私は、そんなことに対して反応する気はなかったし、時間の無駄だったから軽く流すだけだった。
そんなことよりも絵を描きたかったから。
けど、相手はそれが不快だったんだろうね。
その女は私を仲良くする振りをして校舎裏に連れて来ると、まあ、暴力を振るってきた。
しかも、防犯カメラが壊れている場所にわざわざ呼び出して、そして防犯カメラに映らないように巧妙に。
それが始まったのが、高校三年生の春。
新学期が始まってすぐのことだった。
その女と取り巻き連中は、同じクラスだった。
さらに言えば、その女の家は権力者でもあった。
誰も歯向かえないし、私を助ければ今度は自分がいじめられるかも、そう思って助ける人はいなかった。
もとより私は、そこまで人と関わるような人間でもなかった。
コミュ障ではなかったけど、あんまり人と話すことはなしなかったし、知り合い以上友達未満、そんな感じの接し方でしかなかった。
まあ、つまり、友達、と言えるような人がいなかったわけで。
物を隠されたり、私物に落書きをされたり、トイレに呼び出されては水をかけられたりした。
そんなことが続くと、私の担任で、唯一私を気にかけてくれる先生がいた。
担任の、田崎先生。
いじめられても、いつも通りに振舞っている私に、先生はある日突然真剣な表情で声をかけてくれた。
「桜木、ちょっと来てくれ」
「なんですか? 先生? もしかして私、なにかやっちゃいました?」
努めて笑ってそう言ったと思う。
精神的にはいじめて徐々に壊れつつあるのを感じていたけど、一人で抱え込んで、迷惑をかけたくなくて、私は少しだけ、おちゃらけた態度で先生の言葉に反応した。
先生は真面目な表情のまま、口を開いた。
「お前……いじめられてるだろ」
「――っ」
息が詰まった。
知られたくなかったことを知られて、私は一瞬、そう、本当に一瞬、呼吸が止まったのだ。
なんて返そう、心配かけたくない、私が我慢すればいい、そんな考えしか出てこなかった私は、
「……そ、そんなことはない、ですよ」
少し震えた声で、そう返していた。
「……はぁ。お前、嘘を吐くのが下手だぞ。そして、人を頼るのもな」
「……」
先生は、呆れていた。
「いいか、桜木。私は別に怒るわけじゃない。お前は私の大事な生徒だ。私の命や人生なんかよりも大事と言っていい。いい生徒ってのは、先生にとってそんな存在なんだ。そこを忘れちゃいけない。そして、その大事な生徒が困っているのなら、助けようとする、それも先生としての役割なんだ」
先生は、真っ直ぐ私の目を見て、そう言ってくれた。
涙が零れた。
私は今までにあったことを話していた。
でも……話しただけだった。
「そうだったのか……だが、場所的に防犯カメラもないし、動きも一切カメラに映らないような場所を選んで動いてる、か……」
「……ごめんなさい」
「いや、お前が謝る事じゃない。悪いのはいじめる薄野たちだ。とりあえず、私も色々と動いてみる。いいか、お前一人で抱え込もうとするんじゃない。辛かったら、私やお前のお父さんに言うんだぞ、いいな」
「…………はぃ」
先生にそう言われたけど、私は小さく返事するだけで、何も言えなかった。
それから時間が進んでも、相変わらず私はいじめられていた。
最初は先生がこっそり見ていたんだけど、どういうわけか相手はそう言う時は一切手を出してこなかった。
先生がいない時を見計らって、そいつらは私をいじめた。
体がボロボロになったし、精神もまた少し壊れた。
「すまない、桜木……。私としても、お前の今の状況を何とかしてやりたいんだが……証拠が、掴めなくてな……本当に不甲斐ない……」
先生は、私に何度も謝った。
謝らないでほしい、悪いのは私で、先生じゃない、そう思った。
「ただいま」
「お帰り、愛菜。最近元気ないが、大丈夫か? 学園で上手くやれてないのか?」
「ううん、毎日楽しいよ」
「…………そうか。だが、何かあったら、すぐ俺に言うんだぞ。お父さんが何とかしてやる。お前は、母さんが遺して俺に託した、大事な一人娘なんだからな」
お父さんは私が学園で何かされていることに気付いていたと思う。
でも、無理に聞いてこなかった。
聞かれても、私はきっと答えなかったと思う。
お父さんに心配をかけたくなかった。
お母さんが亡くなって、一番辛いのはずっと一緒にいたお父さんだったから。
私のお母さんは、去年亡くなった。
正確に言えば、私が進級するタイミングとほぼ同時に。
お父さんと私はたくさん泣いた。
しばらくはふさぎ込んでいた。
学園にも行きたくなかったし、何よりお父さんがとても辛そうだった。
でも、お父さんは私のためにバリバリ働いた。
絶対に卒業させる、大学にも行かせる、そう思っていたんだろう。
感謝しかないし、感謝以外の気持ちはなかった。
でも、私はいつもの笑顔の仮面を顔に無理矢理貼り付けて、誤魔化すだけだった。
◇
また時間が過ぎた。
相変わらず私はいじめられている。
先生の提案でその光景を録音しようとした。
無駄だった。
すぐにバレたし、それらは壊された上に隠されてしまった。
「あははは! あんたにはそんな無様な格好がお似合いねぇ」
女たちは私を嗤っていた。
心がまた壊れる音がした。
体が怪我を負っても、いつかは治るのに、壊れた心はどうやって治せばいいんだろう。
でも、なんだかそれもどうでもよくなってきた。
「…………辛い……」
部屋で一人になると、その言葉が零れる。
自然と涙がも溢れて来て、気が付けば呼吸がいつの間にか嗚咽へと変わる。
辛い、辛い、辛い……辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い……!!
心の中がずっと辛いを連呼して、叫んで、悲鳴を上げていた。
心がどんどんと壊れていくのがわかった。
私が一体何をしたんだろう。
告白を振らなければよかった? それとも、女にやり返せばよかった?
……わからない、わからないわからないわからないわからないわからない……!
「……死にたい」
今まで言わなかった……いや、言わないようにしていた言葉がするりと口をついて零れていた。
限界なのかもしれない。
そう思った。
◇
心が壊れて来ると、音が遠く感じるようになった。
自分がそこにいるのに、周囲の音がなぜだか遠くにあるように感じる。
自分は本当にここにいるのか、いたとして、なんで存在するのか。
私は生まれなければよかったんじゃないか、そう、思考が飛躍することがある。
最近は好きな絵を描いても何も楽しくない。
ちっとも楽しくない。
面白くない。
つまらない。
こんなの意味がない。
ある日、私が今までせっせと絵を描いたスケッチブックが、あいつらに奪われて、カッターでズタズタにされた。
茫然と見つめる私を見て、あいつらは嘲笑っていた。
自分が気に入らないから、きっとそんな理由であんなことをするのだろうか。
それとも、自分よりも立場が下だから、あんなことをするんだろうか。
私が頑張った証を壊されて、心が音を立てて壊れた気がした。
◇
――もう死のう。
そう思った私は、虚ろな目でインターネットを開いて、自殺の方法について調べていた。
練炭自殺は苦しくない、そう書いてあった。
本当かどうかはわからない。
そもそも、これから死のうとする人間が、どうやって苦しいか苦しくないかを教えることができたのか、わからない。
でも、苦しくないのなら、それがいいのかもしれない。
私は限界だった。
私が片親であることも、そいつらバカにした。
私のイラストが描かれたスケッチブックを壊された。
私の精神を壊して来た。
限界だった。
死んで楽になりたかった。
先生は、いつも泣きそうになりながら私に謝ってくれた。
先生も歯がゆい思いをしていた。
なんで、自分の対策が防がれるんだ、そう言っていた。
私はきっと、買収されている人がいるんじゃないか、そう思ったけど、言わなかった。
早く死んで楽になりたい……。
お父さんと先生にはすごく申し訳なくなるけど、それがどうでもよくなるくらいに、早く、速く、楽になりたかった。
あとは物を注文して、明日、自殺を実行しよう……そう思った次の日のことだった。
◇
「愛菜、実はその……お父さんな、再婚しようと思うんだ」
私が自殺を決行しようとした日の朝。
これでお父さんと会うのも、会話をするのも最後、そう思って、最後の朝ご飯を食べていると、お父さんが気恥ずかしそうに、そう言ってきた。
「再婚……?」
「あぁ。実はその、今お付き合いしている人がいてな……? 色々と話し合って、結婚しよう、ってことになったんだ」
「そうなんだ。おめでとう、お父さん」
お父さんは再婚することにしたらしい。
再婚するなら、お父さんが一人になることはない。
それなら、安心できる。
「それで、実は、その人には小学六年生のお子さんがいてな? 俺と結婚すると、必然的にその子は愛菜の弟になるんだ」
「……弟」
「あぁ、弟。愛菜は、弟か妹を欲しがっていただろう? だから、丁度いいと思うんだ。それで、なんだが……実はもう呼んでいてな、実はもう来ているんだ」
「そうなの?」
「あぁ。会って、くれるか?」
弟……こんな、生きている価値がないような、私に……?
嬉しい……と、少しは思っている、のかもしれない……。
でも、これから死のうとしている私に弟ができても……きっと、辛い思いをさせるだけだ。
だけど、お父さんはすごく幸せそうだ。
……せめて、今この瞬間だけでも、その幸せを続けさせてあげよう。
私はそう思って、いつもの笑顔の仮面を被って、うんと頷いた。
どんな人が来るんだろうか、そう思っていると、一組の親子が入って来た。
私は特にその二人を視界に入れることなく、
「は、はじめまして、桜木愛菜です……よ、よろしくね……」
そう言った。
初対面であることと、これから自殺をすると言う後ろめたさで、とぎれとぎれになっておどおどしてしまった。
でも、最期に、どんな人が私の弟になるはずだったんだろうか、そう思ってその男の子に視線を向けた瞬間、
「はじめまして! 今日からお姉ちゃんの弟になります、姫宮椎菜ですっ! よろしくお願いします! お姉ちゃんっ!」
世界一……そう、世界一可愛い天使が、そこにいた。
いじめによって自殺手前まで追い詰められた私の視界は、色褪せていた。
白と黒だけの世界で、他の色はなく、欠落。
音も遠かった。
けど、だけど……私をお姉ちゃん、と呼んでくれたその子を見た瞬間、私の脳内に浮かんで来たのは、
『この私が、命を賭してでもこの子を全力で守護らねばァ―――!!!』
だった。
その瞬間、私の壊れた心は、一旦爆散して、飛び散った破片たちが一ヵ所に集まり再生。
それはオリハルコンへと変貌していく。
そして私は思った。
『いじめっことか、どうでもよくね?』
と。
その瞬間、私はいじめられっ子から、弟絶対守護るウーマンへと生まれ変わった。
挨拶不要!
本作の説明です。
本作は、『ロリ巨乳美少女にTSしたら、Vtuberなお姉ちゃんにVtuber界に引きずり込まれました』の主人公、桜木椎菜以外のキャラクターの過去などに焦点を当てた物語となります。
本編でバカやってるキャラたちの過去に何があったのか、何があって今のあの姿になっているのか、そう言うのを書いていく物語です。
ぶっちゃけ補完みたいなもん。
見なくても大丈夫だし、気になった人だけ見てね! のタイプの話。
あっちの本編は基本明るいぜ! を地で行く物語ですが、こっちは重くなったりします。
一話から重いしね。
と、いうわけで、気になったら是非読んでください!
こっちは超不定期更新になるので、いつになるのかわからないけどね!
では次回! 尚、次は多分早いはず。




