その名前を、呼ぶ時に。
朝靄に包まれる神社。
境内の掃き掃除をする霊夢の瞳は、昨日の記憶を見ていた。
「ねえ、慧音。もし"記憶の改変"が本当に起きてるなら、それに抗う方法って......」
視線が宙を舞い、少し考えてから、慧音は静かに口を開いた。
「"気づく"こと。そして、"記す"こと。それだけが、改変された現実に傷をつける唯一の方法。...でも残るのは、気付いた人の記憶だけ。」
霊夢は竹箒の柄を握ったまま、空を見上げた。
淡い光が、まだ湿った空気を割って差し込んでくる。
(気付いて、記すこと......。)
脳裏に残る慧音の声が、じわじわと輪郭を取り戻していく。
ふと、鳥居の方に目をやると、ぼんやりと人影が立っているのが見えた。
小さな、少女だった。
見覚えのある姿。
けれど、何かが違う。
「霊夢さん、おはようございます。」
「......おはよう。」
それは意思よりも先に、記憶に刻まれた反射から出た言葉だった。
少女は鳥居の前で立ち止まり、明るく微笑んだ。
「お掃除、いつもおつかれさまです。今日も、朝の風が気持ちよくて。」
見たことは、なかった。
でも、名前はすぐにわかった。
夕凪 結。
霧がかかった記憶の中、誰かが手を引くように。
その名前は、浮かんできた。
「結ちゃん、だよね。」
「...嬉しい。名前、覚えててくれたんですね。」
覚えていない、はずだった。
でも、わかる。
あまりにも、自然すぎた。
まるでその子が本当に最初から居たように。
違和感はもう、そこにはなかった。




