トレントとハーピー
ストラエンソの街からエルフの森までは、徒歩で約二日半の距離だという。
朝に街を出たら、二回の野宿の後、三日目の昼頃に到着する計算だ。
しかし今回俺達は、クラフトの用意した馬車に乗り込んでいた。
「馬車の方が安全で速いですからね」
出発する前、クラフトはニコニコしながら話し掛けてきたが、安全なら護衛はいらないと思う。俺達は飾りか?あぁ、歌うから喜び組か。納得。
「馬車って、揺れるし遅いし不便だね〜。良いトコは荷物運べるくらいかな〜」
喜び組一号アゼリアが文句を言っている。
確かに俺達が走るより遅いが、人型歩行に比べたら速いし楽だと思う。
行商人が積荷を満載してエルフの森に行く場合、馬車でだいたい二日かかるらしい。
しかし今回は商談が目的なので、荷物が無い。空荷での見積もりは、一日半。
出発したのが昼頃だったので、今夜どこかで一泊しても明日の夕刻には到着するという事だった。
メンバーは、俺達四人の他はケントとクラフトと御者が一人だけ。
比較的安全な街道とはいえ、戦闘を職業にしているのがケントだけでいいのだろうか?
クラフトに訊ねると、
「期待してます」
と、相変わらず胡散臭い笑顔で答えられた。
何を期待しているのか、訳が解らない。
期待になんて、応えられません。
ガタゴトと揺れる馬車の中、パームの奏でるリラの音が響いている。
アゼリアは鼻歌を歌っていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。
相変わらず自由な感じが最高。
ソートゥースは外を睨んでいる。
こいつの場合、ただ呆けっと外を眺めているだけなんだろうが、目付きが悪いので睨んでるようにしか見えない。
本人にその気が無くとも、ガラが悪いにも程がある。
ケントとクラフトは何やら話をしていたが、今はリラの音色に聞き入っているようだ。
俺はと言えば、ソートゥースと同じように呆け〜っと外を眺めている。
パームの奏でる音色はリラックス効果でもあるのか、今が仕事中という事を忘れて、単なる観光旅行のような気分になってくる。
そんな風に外を眺めていたら、ふと空に何かが飛んでいる事に気がついた。
何だろ、あれ。ヤケに数が多いな。
目を凝らして見る。
鳥かな?
・・・。
何だ。ハーピーか。
別に珍しくも無い。
はっきり言って、奴等は何処にでもいる。魔樹の森にも何羽かの番いがいた。
俺達みたいな大きな樹は奴等の巣作りにピッタリらしく、季節になると、まだ受粉もしたこと無い奴の頭の上でイチャイチャ子作りなんてするもんだから、イライラして暴れ出す奴もよくいたもんだ。
俺?俺は暴れたりしないよ。優しいからね。
ただ、俺の上に巣作りしようとした奴がいたら、物凄く睨みながら「リア充爆発しろ」って呪詛をはいてただけ。
それでも愛の巣を作った根性のある奴もいたけど、一晩中「お゛お゛お゛お゛お゛・・・」って呻き続けたら逃げ出した。
ざまぁ。
でもそのおかげで、誰も俺には巣を作らなかった。
呪いの樹?
知らんがな。
しかし巣を作られた奴の話を聞くと、最初はムカつくけど、雛が巣立つ時期になると応援したくなって、自分が親になったような気分になるって言ってた。
独身なのに親の気分を味わうなんて、こいつ若木の癖に枯れてるのか?って思ったもんだ。
そんなハーピーが、結構な数の群れで飛んでくる。
何かあったのかと様子を見ていると、御者も気付いたらしく、青ざめた顔をしながら慌てて馬車の中にいる俺達に報告してきた。
ハーピー如き、そんなに怖がるもんか?
確かにあの数は驚くが、所詮はデカい鳥だ。
あぁ、でも人間には驚異なのか。
確かに奴等の鉤爪は強力で、俺達にも傷を付ける。
襲われたら人間なんて、あっという間に鳥の餌だろう。
クラフトとケントも、凄い数のハーピーを見て青ざめている。
ざっと見た感じニ十〜三十羽くらいだろうか?
馬車を停め、静かにしている俺達の遥か上空をハーピーの群れが遠ざかる。
「このまま、通り過ぎてくれればいいんだが・・・」
ケントの余計な一言がフラグになったのか、その群れから五羽程のハーピーが離れ、俺達の馬車を目掛けて降りてきた。
明らかに狙っている感じ。
馬が旨そうにでも見えたかな?
「ウマがウマそう」って駄洒落みたいだと思ったけど、口に出したら寒いと思ったので言うのを我慢する。
「ちっ。馬が旨そうにでも見えたか」
俺が我慢した駄洒落をケントが舌打ちしながら声に出す。
当然、誰も笑わない。
良かった。言わなくて。
「ありゃぁ、マジ襲う気ッスねぇ。兄貴、どぅします?」
ソートゥースが聞いてくる。
俺はチラリとクラフトの方を見た。
アゼリアを起こしてくれとパームに言いながら、奴は俺に向かってコクリと頷いた。
雇い主様は、戦闘を希望してらっしゃるようです。
護衛なんだから、仕方ないか。
「襲ってくるなら、迎え撃つしかないな。ケント、指揮を取ってくれ」
俺はソートゥースに返事を返しながらケントに促す。
ケントは慣れているのか、テキパキと指示を出し始めた。
ハーピーは馬車から見て右側からやって来ている。
俺とソートゥース、ケントの三人がハーピーのやってくる正面に構えて立ち、アゼリアは馬車の陰から魔法で援護。
パームとクラフトは馬車の中に隠れつつ、ハーピーの増援が来ないか見張る事になった。
「うにゅっ!アゼリア起きてなのです」
「うにゅ〜。まだ眠たいのです〜」
アゼリアが、パームの口癖を真似しながら目を擦って起きてきた。
ハーピー相手では戦う気分にならないのは判るが、もう少しちゃんとしろ。
自由人め。
ハーピー達は、やはり馬を狙っているようで、こちらに向かって鉤爪を向けてきたが、ケントが素早くその間に入り、馬を守るように剣を振るう。
俺達も馬車から飛び出し、ハーピーと対峙した。
トレントの時は気にしなかったが、人型になるとハーピーが大きく感じる。
身体の大きさは人間と変わらないのだが、翼になっている両腕を広げると後ろがよく見えない程だ。
「キョーー!」
ハーピーが雄叫びを上げる。
なんでこんなに興奮してるんだ?
発情期か?
リア充は滅べ。
「キョケー!クケケー!」
(エルフだ!殺せ!)
ふむ。こいつらエルフに恨みがあるらしい。普通の人間や亜人にはハーピーの言葉なんて判るハズないのだが、俺達樹木人には理解出来る。
俺達をエルフと勘違いして興奮していたのか。
発情期だったら別の意味で襲われかねないので、ひとまず安心。
って、駄目だ。
ハーピーを見ただけで思考がピンク寄りになってる。反省。
「俺達はエルフじゃ無い。樹木人だ。何で襲って来た?」
振るわれる鉤爪を混杖でいなしながら、とりあえず否定してみる。
これで引いてくれれば、面倒な戦いなんてしなくて済む。
「キョキョー!」
(エルフは死ね!)
駄目だった。問答無用らしい。
横殴りの翼の一撃を避けて、ガラ空きの脇腹へ棍を突き入れた。
おかしな形に体を歪ませ、ハーピーが吹き飛ぶ。
棍を引くと同時に、隣にいた奴の翼を狙って突っかける。
そいつは上手く翼の背で受けて、鉤爪のある脚で蹴りを放つが、軽く棍を回して跳ね上げた。
開いた胴体に、お返しとばかりに蹴りを叩き込む。
そいつは奇声を上げながら、蹴られた勢いそのままに上空に浮かび上がった。
空の上で一旦停止し、勢いを付けて降下しようと体制を変えた瞬間。
そいつの顔面が爆発した。
アゼリアが魔法を撃ち込んだらしい。
ようやく起きたか。
魔法の当たったハーピーは、口から煙を吐きながら墜落する。
「焼き鳥〜♪」
アゼリアの陽気な声が怖い。
ハーピーの焼き鳥なんて食べたく無い。
ハーピーの丸焼きを想像してげんなりしていたら、最初の奴が復活して飛び掛かってきた。
「キョクケー!クケケ!」
(※※※!エルフめ許さん!)
仲間をヤラれて頭に血が上っているのか、焦がされた仲間の名前らしき物を叫びながら真っ直ぐに突っ込んでくる。
さっきより速い突撃に、付き出そうとした棍を慌てて引いて防御する。
棍と鉤爪での鍔迫り合いの状態だ。
「俺達はエルフじゃ無いって言ってるだろう!仲間を連れて引け!」
力を込めて押し合いながら説得してみるが、返事の代わりに嘴が来た。
首を捻って躱すが、腕に込めていた力が緩んでしまったらしく、押し込まれて突き飛ばされる。
俺がよろけた事で、チャンスとばかりに連打してきた。いかん。
いいのを何発か喰らってから距離を取る。
トレントの体は丈夫なので致命傷にはならないが、体のあちこちに傷が付く。
アゼリアの援護は?と周りを見たが、指の形を鉄砲のようにして、馬車に近付こうとしているハーピーに火の玉を飛ばして牽制していた。
「ぐわぁっ!」
呻き声が聞こえて視線を向けると、馬を守っていたケントが鉤爪に引っ掛けられて飛ばされたところだった。
「クキョー!」
(馬の御馳走だー!)
ケントを吹っ飛ばしたハーピーが、ヨダレを垂らしそうな勢いで馬に襲いかかる。
やっぱり旨そうに見えていたのか。
「そいつぁメシじゃねぇんだよっ!」
馬に襲いかかろうとした奴の横からソートゥースが木刀を叩きつける。
バギっと音がして、ハーピーの翼が凹む。折れたかな?
「クキョー!!」
悲鳴を上げながら転がるハーピー。
その先には、元々ソートゥースが相手していた奴が白目を向いて転がっていた。
あのヤンキー兄ちゃん、容赦ねぇな。
「助かった!スマン!」
ケントが起き上がり、ソートゥースに礼を言う。
そんな暇があるなら、こっちを手伝え。
しかしコレで後三羽だ。そのうちの一羽は、今ソートゥースが片翼を潰したから実質ニ羽。
俺は目の前にいる奴にニヤリと笑いかけた。
「動ける奴が半分以下になったが、まだ続けるか?」
「クッ。クケーーー!」
(くそぅ。覚えておけよ!)
雑魚キャラの定番のような雄叫びを上げ、上空に舞い上がる。
アゼリアの弾幕を必死に避けていた奴も、ソレを聞いて方向を変える。
俺達からは手の届かない距離から倒れている仲間を掻っ攫い、重そうに飛んで行く。
その情けない姿に、アゼリアも後ろから撃つような真似は止めたようだった。
「皆、無事か!?」
ケントが声をかけるが、こいつが一番重症なんじゃなかろうか?
頭から血も出てるし。
とりあえず無事だと返事を返す。
馬車の中からパームも顔を出してきた。
「にゅう〜。終わったのです?こちらは大丈夫なのです」
雇い主様も無事らしい。
ソートゥースはまだ暴れ足りないのか、片手で木刀をグルグル回してる。
いちいち動きが物騒だ。
族の兄ちゃんか?
最後にアゼリアが、馬車の陰から出て来て得意気な顔で、
「ねぇねぇ!僕の魔法見てくれた?小さい火の玉を指先から連射する。名付けて霊ガ・・・」
「アホかぁー!!」
反射的に後頭部を引っ叩いた。
「痛っ!何すんのさ!」
頭を抑えながら文句を言うが、コレはアウトだ。
まったく、何て事を言い出すんだコイツは!
幽遊な白書やドラゴンのボールのネタを叫ぶな!努力と正義の週刊誌は本当に怖いのだ。
「お前のソレはファイヤーボール(極小)だ!」
「え〜!」
頬を膨らませて抗議の声を出してきたが、こればかりは譲れない。
「ふぅ・・・」
阿呆な会話もあったが、とりあえずは全員無事で良かった。
しかし、いったいアレは何だったのか。
突然襲ってきたのは、恐らく馬を見てだと思うが、俺達の姿を見た途端、目の色を変えていた。
おそらくだが、あのハーピーの大群はエルフの森を襲撃に行く途中のような気がする。
方角もそっちだったし。
どんな訳があるか知らないが、エルフを目の敵にしていたから、間違い無いだろう。
でも俺達、そのエルフに逢いに行く途中なんだよな。
嫌な予感が拭えないまま、ハーピーが飛んで行った方向をしばらく見つめ続けた。




