トレントと領主代行
ストラエンソの街は、流行り廃りの早い街だ。
今でこそ製紙業で盛り返しているが、ここに街が出来た理由は鉱山の存在だった。
その頃の街は炭鉱夫やドワーフで溢れ、腕っぷしと酒の強さが自慢の男達が沢山いた。
しかし月日が流れ、鉱山から鉱脈が枯渇すると街は廃れた。
元々、国の中央から離れた土地であった為、廃れるのも早かった。
しかし、そんな寂れた街を放棄しなかったのは、街を興した人々の想いがあったからだ。
それに、細ぼそとした収入ではあったが、魔樹の森やエルフの森で採れる魔力の籠った薬草にも需要があった。
時の領主はそれを街の主要産業とすべく、今まで交流の無かったエルフとの交渉に望んだ。
エルフ相手の交渉において、最大の懸念と思われていたドワーフ達が街から殆ど居なくなっていた、というのも大きい。
結果として領主はエルフと繋がりを持ち、交易が始まった。
その交易の効果は高く、人間とエルフの両方にとり、非常に利益の高い物だった。
その為、街を飛び越えて国が主導となり、エルフとの共同作業として街道までも整備されるに至った。
ストラエンソの街は、エルフ達との窓口の街となったのだ。
しかし、それすらも一時の流行でしか無かった。
人間とエルフの両方にとってメリットのあった交流は、その数多な恩恵のあまり、人間社会へのエルフの進出を促したのだ。
結果、ストラエンソは交流の拠点から、エルフが里帰りするための単なる入口の街に成り果てた。
確かに今でも交易はあるが、それは年々目減りして行った。
そうして街が二回目の危機的状況に陥り始めた頃、悪い事が重なるように、廃坑後に魔物が住み着くようになった。
廃坑の中はちょっとした迷路であり、所謂ダンジョンの様相を呈していた。
昼間に森で遭遇すれば簡単に倒せる弱い魔物でも、廃坑の暗闇が加わる事で、簡単には倒す事ができなかった。
逆に人間の方が簡単に倒される為、廃坑の魔物達はどんどん強力に育っていった。
そしていつしか、その強力な魔物達を飯のタネにするハンター達が街に集まるようになった。
これが街にとって、三度目の好景気を齎した。
元々ドワーフがいたほど鍛冶技術が発達していたので、武器の新調や手入れには困らない。
エルフの技術協力により、魔法技術や薬草の知識も手に入る。
国主導で行われた交易の為の街道整備により、エルフを相手にする商人も出入りしていたので、素材の売買や情報も手に入れ易い。
そして目の前の廃坑には、金になる魔物の群れ。
ストラエンソは、まさにハンターにとって理想的な街だった。
街にはハンターが多数訪れ、活気に溢れた。だが一方で、治安の悪さも目立ち始めた。
しかし廃坑の魔物達は、街の人々にとってガラの悪いハンター以上に脅威でもあった。
その為、ハンターを毛嫌いする者も住人達には数多く存在していたが、魔物よりはマシと、住人達は半ば諦めつつ、ハンター達を受け入れたのだ。
しかし、それを快く思わない者達もいる。
主にエルフだ。
それはそうだろう。彼等にとっては森が故郷であり、廃坑の魔物は直接的にはあまり関係が無い。
それよりも、人間社会への窓口である街の治安が乱れているのだ。
言ってみれば、自分の家の玄関前を不良が溜まり場にしているようなものだ。
もちろん苦情も出る。
エルフからの圧力と、住人からの少なくない苦情。
今代の領主はそれを解決すべく、ハンターに頼らない、新たな産業の導入を検討した。
そうして目を付けたのが、近年王都で開発された新技術である、製紙業だ。
領主としても、廃坑によるハンターの流入は一過性の物だという見積もりもあった。
何故なら、廃坑の魔物は後から住み着いただけで、そこから無限に出てくる訳ではない。
ここ数年、若干の生態系も見られるので廃坑産まれの魔物もいるかも知れないが、いつかは駆除されるだろう。
エルフや住民からの圧力だけでは無く、廃坑に需要がある今のうちに、衰退しつつあるエルフとの交易に変わる産業を根付かせる必要があった。
それには新技術である製紙業は、魔樹の森やエルフの森を始め、周辺に森林の多いこの街にとって、まさに打ってつけだと領主は考えたのだ。
しかし誤算もあった。
トレントである。
まさかトレントが、最も良質な紙になるとは思わなかった。
この国の人間なら誰でも、トレントといえば、魔樹の森を思い出す。
その結果、トレント狙いのハンターの流入が激増したのだ。
緩やかに減っていくと思われていたハンター需要が、逆に増えてしまった。
当然、治安は更に悪化。
それに反して、急激に増加したハンター達によるトレントバブルが発生。街は好景気に湧いた。
そしてそれはギルドの抑制が入るまで続き、ようやく最近になり落ち着きを取り戻しつつある。
トレントの数が激減したというのも、大きな要因ではあるのだが。
そんな時、廃坑の方も攻略目前、という情報が領主の元にもたらされた。
いよいよ本格的に製紙業を稼働させなければいけない。
その中には、トレントの伐採も含まれる。
商人ギルドによる抑制の目的は、単なる金融操作だ。保護が目的ではない。
その証拠に、定期的にトレントの討伐依頼を出している。
大きく動くならば、今しかない。
現ストラエンソ領主、エンボス・コートはそう考えながら、執務室に立つ男達を見回した。
その中でも大柄な体格で、目立つ者が一人いる。
エンボスの弟で、ハンターギルドの長でもあるノリス・コート。
自身が優秀なハンターでもある彼は、廃坑の攻略が進んでいる事を今回報告に来ていた。
「今までは人間のハンターばかりが廃坑に入っていたんだが、今年に入ってから夜目の利くエルフ共も攻略に参加し始めたのが大きい」
エルフに限らないが、亜人というのは我儘な者が多い。
森の民とも言われるエルフが、森や平地ではなく廃坑のような穴倉へ積極的に入る事など、今まで殆ど無かった。
「今までも、人間とパーティーを組んでる奴らは入っていたが、今回は違う。エルフだけのパーティーで、金を稼ぐ事よりも攻略や殲滅を優先した動きをしてるのが何組もいる」
ノリスは冷静に状況を伝えた。
エルフが本腰を入れて廃坑掃除に乗り出したのだ、と。
「エルフの森にも、廃坑の魔物による被害が増えてきたのかも知れんな」
で無ければ、エルフがそこまで積極的に動く理由が見当たらない。
人間のハンター達は、所詮は金目当てで動いている。
なので魔物の巣窟である廃坑を、まるで金鉱かのように考えている連中も多い。
そんな連中は、殲滅戦など絶対にしない。それは、稼ぎを無くす行為だからだ。
ストラエンソの街に被害が出ようと、渡り鳥生活の彼等には関係が無い。
もちろんノリスのように、街の安全と利益を第一に考える者も多数いるが、森に入り獣を追うよりも、廃坑の入口付近の方が楽に稼げるのも事実なのだ。
「元々の廃坑の地図は役に立たいので何とも言えないが、魔物共が新たに掘った穴はそれほど無いだろう。今年中には最奥に到達すると予想されている」
「そうか。思ったより早く進んでいるが、概ね予想通りだ」
ノリスは報告を締め括り、エンボスは領主としての返事を返す。
「商人ギルドからのトレントの依頼も、相変わらず続いてはいる。しかしこれで、他所から来るハンターも多少は落ち着くんじゃないかな」
「羊皮紙よりも嵩張らず、軽くて大量に手に入る紙の需要はまだまだ伸びる。職にあぶれたハンターがそちらに職転してくれると助かるのだが」
「一応、ハンターギルドからも勧めてはおくが、何とも言えないな」
二人は顔を見合わせる。
エンボスが求める街の発展はノリスにも理解出来るが、彼はハンター達の性質もよく解っている。
獲物が減れば他所へ移るのがハンターの生き方だ。
定住を求める者は少ないだろう。
「それよりもエルフの動向が気になる。兄貴の方から探りを入れられないか?」
話の転換を求めるノリスに苦笑しつつも頷き、エンボスは部屋にいるもう一人に話しかけた。
「また、エルフの王に会ってきてくれ。廃坑での動きの理由を確認したい」
「彼は『王』では無く『相談役』ですよ。まぁ、行きますケドね。でも、僕がここに呼ばれた理由は、それだけじゃないですよね?」
話しかけられた若者は、貼り付けたような営業スマイルを浮かべながら返事をする。
「もちろんそれだけでは無い。最近エルフ共が騒いでいるトレントの保護についても問い質して、可能な限り譲歩させてくるんだ。・・・領主代行として、な」
「なるほど。そういう訳ですか。確かに、今まであまり口出しして来なかったのに、不思議ですものね。彼等が自分達の森以外に興味を持つなんて」
「そういう事だ。行ってくれるか?」
「判りました。領主代行として、努めを果してきます」
若者は、変わらずの笑顔のまま承った。
彼は、エンボスの息子である。
領主代行であり、エルフに対する人間側の外交官としての立場も併せ持つ。
名を、クラフト・コート。
根っからの『エルフ大好き人間』で、エルフ娘によるハーレムを夢見る男だった。
「若、お疲れ様でした」
ストラエンソの街において、一つの部隊を率いる兵士長でもあるケントは、執務室から出てきたクラフトに声をかけた。
彼の普段の仕事は、街の治安維持である。
彼の部隊は普段から街中を巡回し、喧嘩の仲裁から迷子の道案内、果ては失せ物の捜索まで行っている。
謂わば庶民に最も近く、最も忙しい部隊と言えるだろう。
しかし彼には、もうひとつの仕事があった。
それが、領主代行の護衛である。
本来ならば、領主家お抱えの護衛兵士が行う仕事なのだが、ちょっとした事件が過去にあり、彼はクラフトに気に入られてしまったのだ。
だが、ケントにも本来の仕事がある。
その為、クラフトが必要と思った時にだけ呼び出されるという、非常に都合の良い、ケントにとっては都合の悪い、用心棒的な扱いをされているというワケである。
今回も、クラフトの呼出しを受けて領主の館を訪れていた。
「あぁ、待っていてくれたのかい?悪いね」
ケントに声をかけられ、横に並んで歩きながら、クラフトは親しげに返事をした。
「今日はどういった呼出しですか?」
クラフトの方でも、主従関係という感じではなく、気楽な雰囲気で話を続ける。
お互い、気心の知れた仲なのだ。
確かに仕事中に呼び出されるのは困るが、ケントとて嫌々クラフトに従っている訳では無い。
「うん。またウォルナットさん達と飲みに行きたくて呼んだんだよ」
ケントが嫌々自分に従っているのではなく、好意で護衛してくれているのはクラフトも承知している。だからこんな風に『飲みに行くから付き合え』的な事で彼を呼び出す事は良くあった。
もちろん、クラフトの趣味全開ではあるのだが。
それを聞いたケントは怪訝そうにしてから、
「いや、そんな事じゃなく。領主様に呼び出されてたんでしょ?そっちですよ」
自分が呼び出されたのは、酒に付き合う為だけでは無いだろう?彼は暗にそう言っているのだ。
しかし、
「うん?確かに呼ばれて仕事の話はしたよ?でもケントを呼んだのは、本当にウォルナットさん達のトコに行きたいからなんだけどな。僕だけだと、また逃げられちゃうかも知れないし」
そう、初回の酒場でウォル達に逃亡されたクラフトは、懲りもせず、あれから何回もウォル達が呑んでいる所や、歌っている所に突撃していた。
もはや隠れてもいない、立派なストーカーである。
「またですか?そろそろソートゥースさんにブチのめされますよ?」
溜息を吐きながら忠告するが、この若い主は諦めていないようだった。
「今度こそ大丈夫な気がするんだ!この前だってアゼリアさんから熱い眼差しを貰ったし!」
それはきっと、冷たい眼差しの間違いだろう。ケントは確信していた。
「前回も酒場で逃げられたけど、その時もアゼリアさんから『エルキチ』ってあだ名も貰えたし!」
「エルキチ?どういう意味ですか、それ」
「エルフキチガイの略だって!僕にピッタリだと思わないかい?」
それは罵倒だ。
喜んでいる主には悪いが、ケントは頭を抱えたくなった。
「という訳で、これから出かけるよ。この時間なら歌い終わって今日の飲み場を探してるはずだからね」
嬉しそうに話しているが、それはウォル達の行動を掌握しているという事だ。
仕事ならば優秀なこの主が、趣味になると途端にポンコツになってしまうのは何故だろう。
「判りました。今日も付き合いますよ」
ケントの返事に、クラフトは最高の笑顔で答えた。と、
「そう言えばさっき父さんに、エルフの相談役の所に領主代行として行ってこいって言われたから、明日から準備出来次第エルフの森に行くので、護衛よろしくね?」
ケントの動きが止まり、目を見張る。そして、
「それが一番大事な要件じゃないですか!」
物のついでのように軽く言ってくるクラフトに、今度こそケントは大声をあげた。
イタズラが成功した子供みたいな顔で、クラフトは笑いながら歩いて行った。
――――――――――――――
「出たなエルキチ!」
クラフトとケントの二人を見つけたアゼリアは、開口一番、コンビニのフライドチキンのような呼び名を二人に投げつけた。
場所は酒場の一角。
ウォル達は夕食を食べていた。
恐ろしい話だが、最近彼等はクラフトに慣れてきていた。
それというのも、酒場を変えようが、広場で歌う事を休もうが、クラフトは付きまとってきたからだ。
まさにストーカーの本領発揮である。
当初は逃げたり避けたりしていたのだが、どこにでも彼は現れる。
いつしか諦めて、一緒に酒を呑むようになった。
すると最初の印象通り、クラフトはとても紳士的に彼等に接した。たまに食事を奢ってくれる事まである。
エルフ大好きな点を除けば、彼はそこらの無法者より余程安全であり、一緒にいて楽しい事が解ってきた。
とは言え、完全に受け入れるには若干の抵抗がまだあるのだが。
「しっかしアンタ達も懲りないね!僕達はエルフじゃないって言ってるのに。馬鹿なの?あ、変質者だったか!」
ケラケラ笑うアゼリア。
完全に酔っ払いである。
「いやぁ、僕は貴方達のファンですから。貴方達がエルフじゃなくても、この愛は変わりませんよ」
本人は至ってフレンドリーに接しているつもりだが、貼り付けたような笑顔が胡散臭さ爆発である。
クラフト自身は、それに気づいていないのが、何とも痛ましい。
そんな会話の中、ケントはふと疑問に思った事を口にした。
「そう言えば、貴方達は旅芸人ですよね?いつ頃までこの街に滞在予定なんですか?」
その台詞に、パーム以外の全員の動きが止まる。
一番過敏に反応したのは、主であるクラフトだ。
「ケント!なんて事を聞くんだ!その言い方だと、彼等に早く出ていって欲しいみたいじゃないか!」
「うにゅっ。別に構わないのです。パームはもうちょっと街にいるつもりですが、ウォルさん達にはウォルさん達の事情もあるのです」
特別な感情もなく、パームは世間話のように返答する。
別に隠す必要も無いと思っているのだ。
自分達がトレントである事や、人間の街の情報を集める為に潜入している事を隠す必要があるウォル達は、そこまで正直には話を出来ない。
「(さて、どこまで話すか)」
顎に手を当てて、ウォルは思案しつつ口を開いた。
「確かに俺達は、訳あって今はパームと一緒にいるが、元々芸人でも吟遊詩人でもない。生活の為にパームの力を借りてるだけなんだ。なので、別の仕事があれば街にしばらく滞在しても良いとは考えている」
真実を話ながら、誤魔化す所と要望を伝える。
このまま歌で知名度が上がり、自分達を知りたがる人間が増えれば、いつか樹木人も認められるかも知れない。
金も稼げるし一石二鳥だ。
しかし、いつまでもパームに頼る訳にもいかない。
パームは旅に出るし、自分達はいつか森に帰る。
情報収集するために別の形で市民権が得られるのなら、それに越した事はない。
「そうなんですか!?あんなに息のあった歌声なのに!」
「え!そうなの!?僕、パームとずっと一緒に唄いたいかも!」
クラフトの驚きに、何故かアゼリアまで声を上げる。
「(自分が何をしに街に来たのか忘れてんのかよ、こいつは)」
ウォルは心の中でアゼリアにツッコミを入れる。
しかしそれを聞いたパームが、
「うにゅっ!パームもアゼリアと離れたく無いのです!」
感激の声を上げ、アゼリアに抱き着いた。
本当に仲の良い二人である。
するとケントも、
「へぇ。貴方達はずっとチームで旅してると思ってたんですが、違うんですね。定住希望なら大歓迎ですけど、何か宛があるんですか?」
街の治安を預かる者の職業病として、こういう旅の者達の動向は気になるのだ。
「それがぁれば、歌ぁなんか歌ってねぇっすよ」
ソートゥースの言葉に苦笑しながら、ウォルも頷く。
ソートゥースは、今ではパーム一座の低音担当として活躍しているが、アゼリアやパームに比べ、自分に音楽の才能が無い事に気づいている。
生活の為に歌っているに過ぎないのだ。
「そう言えばソートゥースさんは剣を持ってますよね?元々は剣士なんですか?」
「修行中なんで、木刀っすけどね。まぁそんなとこっす」
ソートゥースの、歌などやりたくないオーラを感じて、同じ剣士であるケントが質問する。
修行中とソートゥースは言っているが、ケントから見て彼は只者では無い雰囲気を持っている。
それは出会った頃から感じていた事だ。
だから、
「修行中とは、また御謙遜を。旅の間は剣の手入れも難しいので、鉄のように堅い木の刀を持ち歩く者もいると聞きます。ソートゥースさんも、そうなのでは?」
「そんなんじゃねぇっすけど、こぃつが鉄なんかぁより堅いのは確かっすね。・・・まぁ兄貴の棍杖ぉには、硬さでも腕っぷしでも、全然敵わねぇっすけどねぇ」
おだてられ慣れていないソートゥースが、頭を掻きながらウォルに話題を降る。
ケントはそれに興味を惹かれた。
何しろこのメンバーで一番の使い手はソートゥースだと思っていたのに、その本人がウォルナットに敵わないと言っているのだ。
ぶほっ!
ウォルが酒を吹き出す。
「ば、馬鹿な事を言わないでくれるかな、ソートゥース君?俺より君の方が強いでしょ?でしょ?」
自分に話題を振らないで欲しい。絶対にロクなことにならない予感がする。
その思いから必死に否定するが、ケントは更に興味を強くしてしまったようだ。
「ウォルナットさんの棍術には興味があったんですよ!ソートゥースさんより強いと聞いては、是非お手並みを見せて欲しいものです」
だから脳筋は嫌なんだよ。とウォルがジト目で返す。
それを見たクラフトも、面白そうに突っ込んできた。
「僕も興味あります。ケントと模擬戦とかどうですか?」
なんて事を!馬鹿言うなとウォルは必死に拒否する。
「ウォルは強いよ?音痴だけどね!あはははは!」
「アゼリア・・・音痴は言う必要ないだろ?ってか、酔い冷ましにお前が相手しろよ」
自分がやりたくないウォルは、今度はツッコミを入れてきたアゼリアに話をふる。
「僕?僕でもいいけど、ケントが死んじゃうからパスかな〜」
酔っ払いの上から目線で、物騒な事を言い出す。
しかし今の言葉は明らかに、ケントが自分より弱いと言い切っている。
酔っ払いの戯言と聞き流すには、ケントも少々酒が入っていた。
「ほぅ。アゼリアさんは歌姫かと思っていたのですが、自分よりも強いというのは聞き捨てなりませんね。本当に死ぬ目に合うか、アゼリアさんから手合わせ願えますか?」
剣呑な雰囲気になりつつ、ケントが立ち上がる。
「ん〜。別に構わないけど、僕は魔法使いだからケントが黒焦げになっちゃうかもよ?」
「アゼリアさんは歌だけで無く魔法も得意なんですね!さすがエルフだ!」
エルフ大好きクラフトが囃し立てる。
「僕達はエルフじゃないって何度も言ってるじゃないか!エルキチ!樹木人は魔法も使えるけど、エルフほど得意じゃないよ。僕は特別なんだ!」
クラフトを罵倒しながらも胸を張る。
しかし、納まりがつかないのはケントだ。
「黒焦げにするとは、ずいぶんと馬鹿にされた物ですな!いいでしょう。受けて立ちます!しかし、魔法戦ならここでは場所が悪い。訓練場に行きますぞ!」
興奮して叫ぶケント。
酒場の客達も、何だ喧嘩か?と集まってくる。しかし客達から見れば、兵士が少女に喧嘩を売ってるようにしか見えない。当然、野次が飛ぶ。
「大の男が、そんな女の子に喧嘩売るのか!」
「弱い者イジメは情けねぇぞ!」
「ナンパに失敗したなら、とっとと帰れ!」
「あれ?広場で歌ってる娘じゃないか?俺ファンなんだ!」
騒ぎが大きくなってくる。終いには、
「女の子を守れ!」
「あの野郎を叩き出せ!」
「うおぉぉぉ!」
憐れケントはつまみ出され、ウォル達も揉みくちゃになり始めた。
「ファンなんです!握手して下さい!」
「草小人、幼女萌え」
「いつも広場で聞いてるよ!いい歌だね!」
中には、
「女達にキャーキャー言われて調子に乗ってるんじゃねぇ!」
「俺も一緒に歌わせてくれ!」
「褐色エルフ。ハァハァ」
「美少女と幼女と一緒に仕事とか羨ましい!」
「リア充爆発しろ」
ウォル達への嫉妬も交じる。
これにはソートゥースが切れた。
「っざけんな!好きで歌ってんじゃねぇ!」
掴みかかる男性客を、トレントの怪力で放り投げる。
これには客達も色めき立った。
「てめぇ!何しやがる!」
「モテる奴は男の敵だ!」
「ボクっ娘、萌!」
「こいつもつまみ出せ!」
「リア充爆発しろ」
酒場は大混乱に陥った。
「アゼリア!パーム!」
そんな中、自分にも掴みかかる客を体術でいなしながら、ウォルは少女二人に手を伸ばす。
「うにゅ〜っ!離すのです!」
「幼女、はぁはぁ」
「オトコの娘エルフ」
「僕は女だ!それにエルフじゃない!樹木人だ!」
二人に纏わりつく変質者を気絶させ、少女達を抱えるように店を出る。
外ではケントとソートゥースが、店から溢れた暴徒達と乱闘の真っ最中だった。
「やっちまえ!」
「オラァ!」
二人は中々のコンビネーションをみせ、次々と暴徒を鎮圧していく。相手もこちらも喧嘩の延長なので素手だというのも大きいだろうが、訓練された兵士であるケントと女王から直々に体術を仕込まれたソートゥースが、正規の訓練も受けていないような素人の酔っ払い相手に負ける事はあり得ない。たとえ乱闘に参加している大半が職業ハンターだとしても。
二人はいつの間にか、お互いをカバーし合うように立ち回っていた。
そこへ飛び出してきたのが、ウォルに抱えられた少女二人だ。
「どさくさに紛れて女に抱きついてんじゃねぇ!」
「裏山だぞ!こんちきしょー!」
「匂いだけでも分けてくれ!」
暴徒の数名がそれに気付き、ウォルに襲いかかるが、ケント達は自分達の事で対応出来ない。
反応が遅れ、咄嗟に声を上げる。
「ウォルさん!」
「兄貴!」
ヒュウン!
風切り音が、聞こえた気がした。
その場にいた誰にも、その動きは見えなかった。
気付いた時には、ウォル達に群がり始めていた数名が吹き飛ばされ、地面に倒れていた。
そう、それは棍杖の振るわれた音。
それほどまでに、ウォルの操る棍杖の動きが素早く、滑らかだったのだ。
ヒュヒュッヒュン!
ウォルが棍杖を操る。
それだけで、彼の周りには結界でも出来たかのように誰も近づけない。
時が停まったかのような、一瞬の静寂。
その場にいた全ての人々は、ウォルから目が離せなくなっていた。
ソートゥースは ニヤリと笑みを浮かべる。
そしてケントは、喧騒の中だというのに呆気にとられ、その見事な杖捌きに見惚れた。
それは、武道というにはあまりに美しすぎる動きだったのだ。
ウォルナットは、ただ棍杖を振り回しただけだというのに。
「逃げるぞ!付いて来い!」
ウォルナットの声に、ソートゥースとアゼリアが素早く反応する。
ケントも、はっとして声に従う。
気付くと、パームはアゼリアに抱えられていた。
後ろからは、待て!とか聞こえてくるが無視だ。
前を行く三人の、驚異的な速度に必死に着いていきながら、ケントは思った。
「(ソートゥースさんの言っていた『兄貴に敵わない』は本当の事だったのだな)」
「・・・・・・」
「女将さん、すまないね。壊した物は僕が弁償するから」
「若様がそこまでする事ぁないよ。そこらで伸びてる奴等に払わせるさ」
いつの間にやら難を逃れたクラフトは、酒場の女将とそんな会話をしていた。
当然女将は、クラフトが何者なのか知っている。
乱闘が始まって直ぐにクラフトを匿ったのも女将だ。
というより、この街の住人で領主一族を知らない人間は殆どいない。
今夜の乱闘騒ぎに参加していたようなハンター達なら、知らずに襲いかかる奴等も多いだろうが。
「いやぁ、それにしてもウォルナットさん達は本当に素晴らしいなぁ」
「確かに腕は立つみたいだけど、どうなのかねぇ?流れ者はイマイチ信用ならないから」
女将はクラフトの呟きに、どうでも良いような返事を返し、店の片付けに戻っていく。
クラフトは一人、相変わらずの作り笑いを浮かべ、ニヤニヤと笑っていた。
その瞳の中には、先程のウォル達の雄姿が、しっかりと刻まれているようだった。




