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トレントと酒場

 街の一角に、ちよっとした広場がある。そこでは露天が建ち並び、商人が大きな声で客引きをし、街の人々が日用品を買い求め、職人達が休憩がてら食事を楽しむ場所。


 人々が集まるそんな場所には、当然大道芸人も集まり、街の人々の目を楽しませている。


 その喧騒に包まれた広場が、数日前から決まった時間、静かになる時があった。


『〜〜〜♪』


 音楽が流れ、自然と人々の輪が出来る。


「あ〜〜〜〜〜♪」


 若い娘特有の、高く澄んだ歌声が響き渡る。


 集まった人々だけでなく、広場にいる全ての人々が、その音楽と歌声に聴き惚れた。


 歌詞は、野山や森を抜け、草原を走る。

 ただそれだけの内容なのに、心を強く惹きつけてやまないのだ。


 若い男は冒険心を掻き立てられ、老いた者は昔を懐かしみ、女達はそんな男に憧れる。


 少女の歌うソプラノに追従するように、剣士風の男のアルトが響くと、たちまち若い娘達の黄色い歓声が響く。


 そして何よりも人々の関心を引くのが、歌っている男女が見目麗しいエルフという点だ。

 それも普段交易に訪れるエルフと違い、表情も豊かで、健康的な褐色の肌をしている。

 演奏している草小人も、幼女のように見えるが美しい顔立ちをしていた。


 聞いて良し。

 見て良し。

 彼等が街で演奏を始めてから、広場に集まる人の数は日に日に増えていった。


 ―――――――――――――――――――――


 夜、宿屋兼酒場の一角で、俺達一行は夕食代わりの酒を飲んでいた。


「かぁ〜〜〜!今日も歌ったね〜!」


 水で割った葡萄酒を一気飲みしたアゼリアが上機嫌で叫ぶ。


 お前はオッサンか。

 それとも風呂場にペンギン飼っててエビス呑んでる独身女か。


「うにゅっ。いっぱい演奏出来て満足なのです!」


 パームが、柑橘系の果実酒を水で割った物を飲みながら、ニコニコ笑って相槌を打つ。


 絵的には幼女が酒呑んでる危ない姿にしか見えないが、聞いた所によると草小人は人間より若干寿命が長いので、成人は三十歳らしい。独りで放浪していた彼女も、立派に成人している年齢という事だったので問題はない。


 人間は三十歳まで清い体だったら魔法が使えるって言うが、成人が三十歳って事は、草小人として産まれただけで魔法使い確定かよ。秋葉原で歩いてる兄ちゃん達もビックリだな。


 と、そこへ丁度ソーセージやハムが運ばれてきた。


「へへ。美味そぅっすねぇ」


 ソートゥースは街に来てから、人間の食べ物がやたらと気に入ったらしい。

 最初は、口から物を食べるってだけで気味悪がっていたのに、一度食べてからは病みつきだ。


 クチの中に広がる肉汁の旨味や野菜の歯応えなんかは、味わってみないと解らない。

 トレントの食事が如何に味気なかったかが良く解る。


 俺も前世の記憶が無かったら、もっと感動していたかも知れない。

 ちょっと残念だが、舌で味わう感覚ってのは素晴らしいので、あまり気にしない事にした。

 これは間違い無く、人化の恩恵というやつだろう。


 アゼリアは、それが酒の方向に走った例だ。


「んんん〜♪」


 こうして酒や肴を食べる事が出来るのもパームのおかげだな。


 街に来たばかりの頃は酷かった。


 水もタダじゃないので腹は減るし、身体を休めようとしたが宿代が足りない。

 とりあえずパームが演奏したが、広場の喧騒に負けて音が響かない。

 夜に酒場で演奏しようとしたが、余所者はお断りだと断られる。


「にゅう。旅の吟遊詩人なんて、いつもこんな感じなのです」


 パームはそう言うが、凄く寂しそうだった。


 なので翌日、同じ広場で今度はアゼリアが声を張り上げて歌った。

 俺も大声を出して客引きした。

 腹が減って仕方なかったってのもあるが、何とかしてパームを元気付けたかったのだ。


 結果、少しづつ聞いてくれる人が出てきてくれて、食事にも宿にもありつけた。


「うにゅっ。毎日宿に泊まって食事が出来るなんて夢のようです!皆さんのおかげなのです」


 いったい今まで、どんな生活をしてたんだろう?

 パームはそう言うが、俺達こそ感謝してもしきれない。


「ぷっは〜!枝葉に染み渡る!おばちゃん!おかわり!」

「うにゅっ!パームもおかわりなのです!」

「お!イイねぇ!僕と飲み比べしちゃう!?」

「うにゅっ!負けないのです!」


 陽気な二人は勢いに乗って、肩を組んで歌い始めた。


「シャルルのシャ〜は〜ドSのシャ〜♪マルランのマ〜は〜ドMのマ〜♪二つ合わせると〜ちょっとキケン〜♪」


 ぶはっ!!

 なんつー歌を歌ってやがる!

 酔っ払い全開じゃねぇか!

 鼻から酒吹いたわ!

 ってか、いつパームに女王の事を話したんだ?

 ケタケタ笑ってんじゃねぇよ!



『のじゃ?』



 ん?今、女王の、声、が?

 気のせい、だ、よね?


 辺りを見回す。

 やはり気のせいだ。

 幻聴が聴こえる程ビビってるのか?俺は。

 あの女王、エスパー疑惑もあるから油断できん。


 と、キョロキョロしていたら、俺達のテーブルに近づく二人組が目に入った。


 良い意味でも悪い意味でも、俺達は目立つ。

 若い男女の上、美形の褐色エルフだ。

 特にアゼリアは、パームと組んで歌い始めてから声がよく通るようになったし、元より音量がデカい。

 昨夜も、一緒に呑もうと言ってアゼリアをナンパしてきた奴らがいたので、ソートゥースが丁寧にお相手したばかりだ。


 こいつらも、その類かな?

 そう思って様子を伺っていたら、やはり声をかけられた。


「失礼、いつも広場で歌っている方々ですね?良ければ一杯奢らせて貰えませんか?」


 営業スマイルって言うのかな、こういうの。

 声をかけてきたのは、柔和な笑顔を顔に貼り付けたような若い男。


 もう一人は真面目くさった仏頂面の戦士風の男で、腰に剣を下げている。

 なんとなく護衛っぽい?


 そう思うと若い男の着ている服も、町民が着ている物より仕立てが良いように見える。

 でもまぁ、その辺で騒いでる連中より物腰は柔らかいし、絡んでくる感じでも無いので受けてもいいかな?

 危ない連中だったとしても、ソートゥースがいるし、何とかなるだろう。






「いや〜楽しい!貴方達とはお近付きになりたいと思っていたんですよ!」


 陽気に笑う若い男。名前をクラフトと名乗った。


「若!もう少し抑えて下さい!飲み過ぎです!」


 戦士風の男は、ケントと言うらしい。思った通りクラフトの護衛、というよりお目付け役のような立場らしく、ジョッキ片手に踊っているクラフトを宥めようと必死になっている。


 当のクラフトはと言えば、パームを中心にアゼリアと三人で肩を組んで騒いでいる。


「それでね!僕らの仲間にパインってのがいるんだけど、そいつモヒカンなんだよ!笑うでしょ!?モヒカンだよ!?」


「あははははは!」


 アゼリアの暴露話に、パームと一緒に爆笑するクラフト。


 聞いたところによると、結構大きな商会の長男らしく、たまにこうして飲み歩いているんだとか。

 ただ、商会というのは商売敵や逆恨みから危ないめに合う事も少なくない。

 なので、同年代で店の用心棒でもあるクラフトが同行しているらしい。


「アンタぁも大変だなぁ、なぁ?まぁ飲めよ」


 同じ剣士としてなのか、ソートゥースがケントを気遣い酒を進める。


「立場上あまり飲むワケにはいかないが、有り難く頂こう」


 チビチビと舐めるようにジョッキを傾ける。


 こういう性格の奴は、人生損するよね。でもこういう性格だからケントを心配して、こんな所まで着いてきてるんだろうけど。

 根は良い奴なんだろう。


「いやいやいや!アゼリア嬢は本当に素晴らしい!今までお堅いエルフしか知らなかったが、芸の方々ならばと思って声をかけてみたのですが、正解でしたね!」


 クラフトが上機嫌で喋る。


「なぁに〜?僕達ならチョロいって思われてたかな〜?」


 アゼリアの台詞に慌てて、


「いやいや!そんな事は!もう一杯奢りますから!」


「それなら許す!」


 チョロいじゃねぇか。

 思いっきり買収されてやがる。

 チョロインだ。


「でも僕等ってエルフじゃないから、比べられても解らないや」


 あはははと笑いながらソーセージを頬張る。

 しかしその台詞に、クラフトが身を乗り出した。


「え?エルフじゃない?どういう事ですか?確かに他のエルフとは髪や肌の色が違いますが、美しい容姿や、何よりその長い耳はエルフの証ではないのですか?」


「僕等は樹木人だよ。エルフに似てるけど、全然違う。森に住んでるのは一緒だけどね!」


「そんな・・・」


 ショックを受けた反応を見せるクラフト。

 エルフだと思って声をかけたら、違うって言われて驚いたのかな?

 ん〜。それにしては驚きすぎ?

 どういう事かな?


「若・・・」


 ケントも心配そうだ。

 何かあるのか?

 そう思っていると、


「実は若は、エルフ大好きっ子なのです。数日前に広場で貴方達を見かけてから、声をかける機会を伺っていたのです」


 ただのストーカーでした!

 ちょっと裏があるのかと思っちゃったよ!


 それにしてもエルフ大好きっ子って・・・。


 クラフトを見る目が皆、残念な物を見る目に変わる。


「クラフト。痛い子だったんだね。僕は悲しいよ!」


 泣き真似をするアゼリア。


「うにゅっ。幼女趣味かと思ってたのです」


 追い打ちをかけるパーム。


「エルフぁ好きでも、男好きでなけりゃ俺ぁ大丈夫だぜぇ」


 ソートゥースまでおかしな事を言い出してる。

 こいつ、食ってばかりだと思ってたが、酔ってるのか?


 そう思っていたら、クラフトが猛烈に抗議し始めた。


「いや!違うんです!確かに僕はエルフが好きです。出来る事なら森に住み、美しいエルフ美女に囲まれてウハウハ生きたい!あの金髪に顔を埋めてハスハスしたい!けれどアゼリアさんとソートゥースさんの歌声に魅了されたのもまた事実!それを引き出すパームさんの竪琴の音色と言ったら、天女の奏でるハープにも勝る!いや、それ以上です!一目惚れ、否!一耳惚れとは、正にこの事!そんな貴方達がエルフでは無いと聞き、私は今猛烈に悲しい!悲しみで前が見えない程に涙が溢れている!だが!だがしかし!とても悲しいが、貴方達の演奏に魅了されてしまった私は、いったいどうすればいいのか!私のこの熱い想いは何処へ行けば良いのか!神は残酷な事をなさる!あぁ!エルフLOVE!」



「・・・・・・」



 ヤダー。

 変態がいるー。

 おまわりさ〜ん。



 熱い魂のパトスを長台詞に乗せて垂れ流されても、こっちとしてはドン引きです。


 何でか知らんけど、ケントは感動して泣いてるし。

 泣き上戸なのかね?

 変態は伝染るって言うしな。



 で、俺としては皆の顔を見回す。


 うん。全員、心は一つのようだ。



「・・・帰るか?」


「帰ろう!」

「にゅう!」

「そっすね!」



 逃げ出した。


 だって護衛付きの変態ストーカーだよ?

 怖いって!


 俺達の動きは速かった。

 今なら、魔樹のサーキットでもレコードタイムが叩き出せるんじゃなかろうか。


 外へ走り出すと、酔った身体に夜風が心地良く感じる。

 この感覚は久しぶりだ。


 自然と、笑みが溢れる。


 そうして、今日も何事も無く(?)ストラエンソの夜は更けていった。


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