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第四章 セクシー美少女の悲しい過去を知る

 それから一週間ほど素敵会(俺は素人会という略称は認めない)は集まって活動内容を考えたものの、結局何も決まらなかった。

 何だかんだでこいつら、誰かが決定的なことを言えばみんなそれに従うとは思うんだ。

 例えば俺が、こういう方針にしよう、と言えばそれが大幅に変な提案でない限り、それで決定すると思う。

 が、俺はそこまでこの部で何かしようという気はなかったので、こいつらのボケにツッコみつつ何もせずに日々を過ごしていた。

 活動内容を決めるという名の取りとめのない話が今日も進む中、えめるが不意に立ち上がった。

 その無言の行動はみんなの無言を生み、えめるの行動に注目してしまうことになった。

 えめるはそのままもったいぶって窓の前までゆっくりと歩いて行く。

 そして、その場でこちらを振り返る。

「デートしましょう」

 真顔、いや、えめるは大抵無表情なのでいつもそんな感じだが、そんな真剣な表情でふざけたことを抜かしやがった。

「何言ってんだお前?」

 俺がツッコんだが、恐らくここにいる大半の人間の言葉を代表しているだろう。

「部員同士でデートです! とりあえずみんなが一人ずつよっしーとデートするのです。そして、一番いいデートをみんなで参考にするのです」

「うん、この部って、素敵な出会いを求める部だろ? それって出会いの後の話じゃないのか?」

「そう思うのが素人のえめるさん。つまり私です」

「お前は何が言いたいんだ?」

「かつてある偉人は、なかなか口下手で、自分の意思を伝えられなかった。そんな彼に父親はナイフを与えたのです。『もし話がこじれて喧嘩になってもこれを使えば勝てる。だから後の事は気にせず強気で行け』その後彼はナイフを一度も使ったことはありませんでしたが、うまく自分の主張を話せることが出来るようになりました」

「それがどうしたんだよ?」

「つまり、デートに自信があれば、異性に自信が付き、出会いを逃すことがないのです」

「分かったような分からんような理屈だな」

「それでいいのですよ。明確なものなんて何もないんですから」

「それでいいのかよ活動」

 何となくで流されてきた俺も、この面子全員のデートを考えると、かなりきつい。

 これって俺だけが重労働じゃないか?

 俺だって、デートは好きな人間同士で、なんてことは考えてないが、こんな部活としてのデートってどうなんだろう。

「何よデートって! そんな面倒な事するわけじゃいないの!」

 俺以外では常識人の範囲内にいる紗歌恵が抗議する。

「ただの部活ですよ? トレーニングですよ? 運動部がキャッチボールしたりジョギングしたりするのと同じですよ!?」

「どこが同じなのよ?」

「仕方がありません、意見の相違があるときには、多数決しかないようですな」

「ちょっと待て!」

 俺はその流れを止める。

 多数決の場合、なんだかんだでえめるの提案には全賛成の美来と双美がいる以上、最低でも半数は確保している。

 それにどっちかというと何にでも活動したがる奈那はそっち側と言ってもいい。

 つまり、俺と紗歌恵が反対しても、成立してしまう。

「もう少し話し合おう。それから決めてもいいだろ?」

「そうですか、では今すぐ多数決するか話し合ってから多数決するかを多数決しましょう」

「何だよそれ!」

「では手を上げてください」

「ちょっと待てぇぇぇぇっ!」

 俺の必死の抵抗もむなしく、俺は全員とデートすることになった。

 あれ? 何やってんだ俺?


 で、その日は紗歌恵とデートすることになった。

 デートって言っても、近くで四人が監視してて、しかもさっきまでみんな部室にいて、そこからみんなでぞろぞろと街に繰り出して来てのデートだ。

 俺が待ち合わせ場所に立っていると、すぐにさっきまで隣を歩いていた紗歌恵が走ってくる。

「ごめん、待った?」

「いや、今来たところだけど」

 実際今来たところだしな。

「ん、合格。で、どこ行くの?」

「さあな? どこか行きたいところあるか?」

「任せるから好きなところ行って」

 紗歌恵がにこにこ笑いながら言う。

 結構ノリノリじゃねえかこいつ。

 とはいえ、任せるってのは一番面倒なんだよな。

「じゃ、ゲーセンとかでいいか?」

「えー、あたし、ゲームセンター嫌い」

 ほら来た、任せるから決めろって言っておいて文句言い出す奴。

「じゃあ、ハンバーガーでも食うか?」

「間食は太るのよ。何考えてんのよ」

 知るかよそんな事。

「じゃあ、カフェで茶でもするか?」

「この時間混んでるし(やかま)しいから嫌」

「じゃあ、どこがいいんだよ?」

「だから、任せるって言ってんでしょうが」

「全然任せてないだろ、さっきから言うところ言うところ否定しやがって!」

「あんたがありえないところばかり言うからでしょうが!」

「お前が我儘(わがまま)なだけだろ!」

「何よ!」

「何だよ!」

 俺は紗歌恵を睨む。

 紗歌恵も負けじと俺を睨む。

 ああ、これでこのデートも終わりだな。

 そう思った時。

「……わかったわよ。公園! 公園ならいいでしょ!?」

「え? あ、ああ、別にいいけど……」

 さっきまで怒鳴り合っていた相手の譲歩に少し面喰いながら、俺はその妥協案を受け入れた。

 俺と紗歌恵は海の近くにある海浜公園に行き、空いているベンチに座った。

 座ったはいいが、別に俺たちは恋人同士でもないし、よく考えたらそれほど喋ったことないし、何話せばいいんだろうな。

「…………」

 おそらく同じことを考えている紗歌恵も黙ったままだった。

 な、何だか距離が近いぞ?

 こいつってこんなに近寄ってくる奴だっけ?

 肩が触れてるんだけど!

「な、なあ、紗歌恵」

 俺は沈黙に耐え切れず、口を開いた。

「な、何よ?」

 紗歌恵も何だか緊張の面持ちで顔を上げる。

 う、近い……。

 お互い一旦顔を反らし、海の方を見る。

「あのさ、お前ってさ、何で素敵会に入ったんだ?」

「あんたもいたでしょ、強引に入れられたのよ」

 俺も紗歌恵も相手を見ず、海を見たまま話をしている。

 なんでこいつぴったりとくっついてるんだ?

 恋人のデートって設定だから、こんな距離にしてるのか?

 真面目過ぎるぞ、こんなもんは適当に合わせときゃいいんだよ。

 それとなく離れようと思ったが、それもためらわれた。

「いや、だけど、嫌だと言い切れば別に無理強いはさせられなかっただろ?」

「……そうだけど」

「それでも入ったのはなんでだ?」

「…………」

 紗歌恵は少し頬を赤らめながらうつむいた。

「あんたが……入るって……」

 紗歌恵はさっきまでより物凄く小さな声で何かを言った。

「? 聞こえないから、もっと大きい声で言えよ」

「なんか『いいな』って思っただけよ!」

「そんなフェイスブックみたいな理由なのかよ」

「いいでしょ別に! そんなに深い理由なんてないわよ! あったとしてもあんたに言う必要なんかない!」

 紗歌恵が少し顔を赤らめて怒る。

「何だよ急に?」

 なんだかくっ付いていた肩をぐいぐい押して来る、何だ?

「分かった。言いたくないから無理に言わなくていい! なんだか分からないが怒るなよ。せっかくのデートだろ?」

「うん……そうね。せっかくのデートだし、ね」

 紗歌恵は大きく深呼吸をしてからつぶやくように言った。

「簡単に言うとね、えめるとか、みんな楽しそうだったし、今も疲れるけど楽しくないって言ったら嘘になるし……そういう事よ」

「そっか。俺もだいたい同じようなものだな。ずっといると腹が立つことも多いし、疲れるけど楽しいんだよな、あいつらといると」

「うん」

 紗歌恵が笑う。

 さっきまで怒ってたかと思ったらいきなり微笑んだり、紗歌恵って本当、よく分からないんだよな。

「信じられないかも知れないが、俺は女の子に暴力を振るうような奴じゃないんだよ」

「ええ!? あれだけ暴力を振るっておいて何言ってんのよ?」

「振るってない! あいつらにいくら腹を立てても殴ったり蹴ったりはしてないだろ。だからこめかみをぐりぐりする技を思い付いただけでさ」

「あれ自体暴力みたいなもんじゃない。あれだけ痛がってるんだからもう暴力よ」

 話が俺を責める方向に向かったからか、活き活きとしてきたぞこいつ。

「世の中にはな、話の分からない奴ってのもいるんだ。それには色々方法があるだろうが、一番手っ取り早いのは痛みを持って思い知らせるって事だ」

「それって結局暴力って事でしょ?」

「あーもー、じゃあそれでいいよ。どうせ俺は暴力的な男だよ」

「冗談よ、あの子たちをツッコむにはそのくらいしないとどうしようもないわよね。私は一度もやられてないし、暴力が好きじゃない事くらい分かってるわよ」

 紗歌恵は笑って言う。

 からかっていやがったのかよ、くそっ。

 だが、不思議とそれは嫌な気分じゃなかった。

 紗歌恵みたいな女の子に手玉に取られるのは、なかなかに心地よかった。

 そう、素直に思えた。

「あのギャップですよ! あれが男性を落とすテクニックです! 怒ったと思ったら笑ったりすると男の子はもうイチコロですよ!」

 少し離れたところからじーっとこっちを見ているえめる達のせいでムードも何もない。

「…………」

 ちょっとはいい感じになっていた俺と紗歌恵の雰囲気は、一気に覚めてしまった。

 なんかもう、どうでもいいや。

「……戻るか」

「そうね……」

 俺たちは少し白けたまま、解散することになった。


「今日はボクとデートだ!」

 クラスの違う双美が放課後のクラスに飛び込んで来るなり、大声でそう叫んだ。

 クラス中の視線が双美と俺に向く。

 いやそうじゃないんだ、誤解なんだ!

 だが、誤解を解こうとするとそれ以上に説明が面倒なことになりかねないので黙っているしかないわけだが!

「なあ、スポーツセンター行こうぜ!」

 そんなクラスと俺の空気なんて全く理解せず、双美は俺を引っ張って行こうとする。

「まあ、ちょっと待て。まだ奈那が準備中だ」

「えー、置いてけばいいじゃん」

「そういうわけにいくか! まったく……お、準備完了みたいだ、行くぞ?」

「ああ、走って行こうぜ!」

「だから待てって!」

 俺は引っ張られるように校舎を出て、近くのスポーツ施設に向かった。

 結局、みんなついて来れてないし。

 俺を引っ張って行こうとする双美は小柄な分、犬みたいで、なんだか元気な犬の散歩してるみたいな気分になるな。

 双美に連れて来られたスポーツ施設は市営で、誰でも安く利用出来るスポーツ全般の設備がある施設だ。

 筋トレのジムから温水プール、テニスコートや卓球場までスポーツに関する大抵の設備があり、予約が必要だが野球場も借りることが出来る。

「とりあえずプール行こうぜプール!」

「おいちょっと待て、そんな準備してないぞ?」

「何でだよ、スポーツセンターって言ったらプールだろ!」

「いや、スポーツセンターに行くって聞いたのさっきだからな?」

 ちなみにここは市営であることもあってか知らないが商売っ気がなく、水着は売っていない。

 だから持ってきていない俺は、プールに入ることが出来ないって事だ。

「こんなこともあろうかと、私が用意しておきました。よっしーの分の水着」

 ずい、と追いついてきたえめるがスポーツバッグを差し出す。

「こんなことって、どんなことがあると思ったんだよ?」

「プールに行って裸で泳ぐ羽目になるよっしーを想像していました。見られたくない部分をみんなに見られ、手で隠すも、動くことが出来ず、涙目になった──」

「前に言ったけど、もう一度言おうか。この技の名称は『こめぐり』にしたんだ」

「痛い痛い! 何ですか! 水着はいらないのですか!」

「ああ、それはありがたく借りようか」

「貸して欲しいなら、それなりの態度──あんぎゃぁぁっ!」

 俺はこめぐりしながら奪うようにえめるから水着を奪う。

「じゃ、着替えてくる。お前らも入るならさっさと着替えろよ?」

「いえ、今日はタミーのデートなので、私たちは遠慮します。」

「? そうか、ならいいや」

「それに、水着でひっぱたかれると痛いのです」

「何の話だよ?」

 俺が振り返ると、えめるたちは既にダッシュで走って行くところだった。

 何なんだ一体。

 とりあえず俺は男子更衣室に入り、着替えを済ま……何じゃこりゃぁぁっ!

 俺は着替えを済ませ、プール側に上がる。

「遅かったな? 女のボクより遅いってどういう事だよ」

 色気のない競泳水着を着た双美が待たせた俺に軽く怒っていた。

「そんなことはどうでもいい! えめるは! えめるはどこに行った!」

「こっちには来てないし、来ないって言ってたけど……それよりなんだよその水着?」

 俺の水着は超ビキニタイプのブーメランだった。

 まあ、それはまだいい、本当だったらそれだけでこめぐりの刑だが、今は許そう。

 だが、この水着の前の部分に書いてある四文字熟語には悪意しかない!


 男女歓迎


 歓迎しちゃ駄目だろ!

 しかも男女って!

 男が来たらどうすんだ!

「すっげえ水着だなあ」

「えめるが用意した水着だ! あいつ殴る! 泣くまで殴るのを止めないっ!」

 あいつが女だと思っていろいろ遠慮してきたが、もう限界だ。

 もう泣くまで殴って土下座させてやる!

 あいつの将来のためにもあの性格は直してやるのがいい!

「んでも、ちゃんと着てんじゃん。嫌なら着なきゃいいのに」

「これ用意したのはえめるだからな。お前とのデートには関係ないだろ? あいつのせいでお前とのデートに支障を来すわけには行かないしな」

「え……? それ、本気で言ってんのか?」

 双美が戸惑い気味に驚いて聞く。

「? ああ、まあ、一応デートって事になってるから女の子に恥はかかせられないだろ」

 疑似(ぎじ)とはいえ、女の子とのデートだ、男として最低限のルールってものがあるからな。

「おまっ……! 何言ってんだよ! そんな本気になんなよ!」

 意外にも双美は顔を赤くして照れる。

 おいおいそんな表情されたら可愛いだろ。

 動揺したショートカットが俺の目の前でゆらゆら揺れる。

「本気になったらどうすんだ、えめるんに悪いだろぉぉぉぉっ!」

 そう叫んで双美はそのままプールに飛び込んだ。

 なんでえめるに悪いんだよ。

「ていうか、準備体操してないだろ」

 俺は聞こえないのが分かっててそうツッコんだ。

 しょうがない、俺も準備体操して後を追うか。

「あのう……」

 俺が屈伸から始めようとした時、背後から呼びかけられた。

 振り返ると、そこには水着に着替えた奈那が立っていた。

「奈那? あれ? 他の奴は?」

「帰りました。笠寺さんしか水着を持っていなかったので。これ、笠寺さんの水着です」

 笠寺ってえめるか、まあ、俺の水着持ってたくらいだから、自分の水着持ってるって事もあるだろう。

 奈那の水着は、えめるが似合いそうなピンクベースで胸元とウエストに白いフリルが付いている可愛いタイプだ。

 畜生、普通の可愛い水着じゃないか、何で俺のだけこんなんなんだ。

 えめると奈那は体格がほぼ同じなので、水着のサイズは同じだろう。

 ただ、ちょっとだけ奈那の方が大人びた体型をしているので、いろいろ目のやり場に困る。

 特に胸がえめるよりも結構大きいので、今にもこぼれそうな状態でみっちり詰まっているって感じだ。

「あのう、笠寺さんは今、金山さんに水着で会うと体中真っ赤になるまで叩かれるから帰ると言っていました。そして、私に身代わりを命じました」

「身代わりって何だよ?」

 俺が聞くと、奈那はその場で膝と手を地面に着き、四つん這いに姿勢で俺の尻を向けた。

 腰回りも、えめるより少し大きいので、その尻がぷりん、と水着を捲れ上がらせる。

「どうぞ、私の身体を真っ赤になるまで叩いてください……!」

「なんで!?」

「私を笠寺さんだと思って」

 確かにえめると体格は似ているが、より色っぽい体型をしている奈那の尻が目の前に突き出される。

「いや、思えないから! 頼むからそんな尻突き出さないでくれ」

 俺はその丸みを帯びた尻からウエストのラインをちら見しながら頼み込んでやめてもらう。

 この子、結構ヤバいな!

 こんな公共の場で尻突き出すってだけでも何人かこっち振り返ったのに、この場で虐待されようとしてたなんて。

 場合によってはえめるよりヤバい子だ!

「おーい、ゆーだいー! 何やってんだー?」

 飛び込んだまま放置してた双美が、プールの中から拗ねるように呼んでいる。

「あ、悪い、今行く。じゃあな、奈那、お前も適当に遊んで行けよ?」

「あ、はい、では」

 少し残念そうに笑いながら、奈那は手を振る。

 俺は、プールに入って双美を追いかけた。


「今日はよろしくお願いしますっ!」

 深々と頭を下げる奈那。

 今日は奈那とのデートの日だ。

 この子は初見では可愛いと思ったし、実際可愛いし、話もしやすいし、性格も素敵会の中では一番いいと言っていいだろう。

 あの厄介な性癖(ドM)さえなければ、な。

「今日は、どこに行きますか?」

 にこにことカバンを両手で持って聞いてくる奈那は、子犬が「今日は何して遊ぶの?」と聞いているようで微笑ましい。

「んー、どうするかなあ、奈那はどこがいい?」

 この子は、地雷さえ踏まなきゃいい子なんだ、なるべく今日は地雷踏まずに楽しもう。

「そうですね、私はペットショップに行きたいです!」

「……ちなみに、奈那はペット飼ってるのか?」

「いいえ?」

「よし、他に行こう」

 奈那とペットショップに行くと何が起こるか予想が出来たので避けた方がいいだろう。

「そうですか……」

 少し残念そうにうつむく奈那。

 なんだか小さな声で「私に良く似合う首輪があったんですけど……」とかつぶやいていたけど、俺は聞いていない。

 そんな顔されると悪い事した気がするなあ。

「じゃあ、ゲーセン行くか?」

 俺は紗歌恵に拒否されたゲーセンを、奈那なら付き合ってくれると思って誘ってみた。

「はい、分かりました。行ったことないから楽しみです!」

 奈那がまたにっこり笑って言う。

 本当、可愛い子だなあ。

 俺は奈那を伴って、駅前のゲーセンに行く。

 音の大きさに奈那が少し驚いたようだが、それでも俺について中に入る。

 女の子と言えば、やっぱりプリクラかクレーン系かな。

 あ、そう言えば占いってのもあるんだよな最近は。

 丁度いい、占いなら結果が良くても悪くても話題にはなる。

「よし、じゃあ、占いしようぜ?」

「占い、ですか?」

「ああ、俺と奈那の相性占いでもしないか?」

「あ、はいっ!」

 奈那は楽しそうに俺について来る。

 本当にその様子は子犬みたいだなあ。

 えーっと、相性占いにもいろいろあるのか。

 これがいいかな、二人が手を握って、筐体のレバーを握って相性判断するやつ。

 紫の筐体には「恋人・友達相性診断」と書いてある看板が光ってる。

 いいな、これ、なんと言っても手を握れるのがいい。

「じゃ、これにしようか」

 俺はその筐体にコインを投下する。

 筐体はピカピカと光始め、なんか音楽が流れる。

『どの相性か選んでね』

 画面が出たので、俺は「恋人相性診断」を選ぶ。

『二人の生年月日を入れてね』

 俺はまず自分の生年月日「平成○年4月25日」を入れる。

「奈那は何月何日だ?」

「あ、はい、平成□年6月6日です」

「6月6日ね……って、平成□年!?」

 俺は思わず奈那を振り返る。

 平成□年は平成○年の一年前、つまりこの生年月日が確かなら、俺より一年近く前に生まれたって事になって、つまりは歳上って事だ。

 そんなわけないだろ、馬鹿だなあ、この子。

「おいおい、自分の生年月日間違えるってどうなんだよ? 平成○年だろ?」

 自分の生年月日忘れるわけないってのは常識だけど、この子実は結構大ボケなのな。

「いえ、平成□年、です」

 奈那はこともなげに言う。

 あ、なんか触れちゃいけない事に触れてしまったかな。

「あー……そうなのか」

「私、実は去年高校に入学して、留年したんです」

「あ、そうなんだ……っすか。病気か何かですか?」

 年上で、しかも去年入学したって事は先輩だと分かって、俺はどう対応しようか迷っていた。

「いえ、九月からイギリスに半年間留学してました」

「あ、そっすか。はははは、何でまた」

 病気でも怪我でもなく、積極的な学習の結果の留年と知り、今までの失礼をどう詫びようか考えていた俺は、自分でもよく分からない事を聞いてしまった。

「……実は、留学は主の目的ではないんです。いえ、名目上は主目的でしたけど……」

 奈那が少し恥ずかしげに言う。

 まあ、確かに大学ならともかく、高校で半年留学ってあまりないよな。

 そもそも、高校で留年ってよほどのことがない限りありえないし、だからわざわざ留年してまでも留学に行くってことは深い理由があるんだろう。

「え? もしかして、イギリスに会いたい人がいたとか?」

「いえ、イギリスには初めて行きました」

「……えっと……」

 何が目的だったんだろう。

 関係ないと思っていたがちょっと興味が出てきた。

「目的は実は、誰にも責められずに留年することだったのです」

「は?」

「留学だから留年しても両親にも咎められることもなく、誰にも責められることはありません。ですが、留学した、なんて言って歩きませんから、年下の同級生に呼び捨てで呼ばれて、タメ口を利かれて……ああ……!」

 奈那が恍惚の表情で語る。

 えっと、そこまで?

「そのために、そのためだけに留年しました……」

「…………そっすか」

 俺は一瞬気が遠くなるのを感じた。

 何だこの人。

 本気でそのためだけに留年したのかよ!

 アホだ、真のアホだ。

「ですから、金山さんも遠慮せず、今まで通り喋ってください」

 にこにこ笑いながらそんなことを言う、残念な年上の同級生。

 俺が心底見下した目をしているのを見て、なんかちょっと興奮してんだけどこの人!

 ちなみに相性診断は最悪だった。

 超片思いだそうな。

 俺の手とか心拍数が低下して、奈那のそれが高かったのが原因だと思う。

 なんだかもう、どうでもいいや。


「今日は私とよねぇ。どこ行こっか?」

 放課後になるなり、美来が俺の席に来る。

「お前はどこに行きたい?」

 必要以上に身体を寄せてくる美来

「ん~、ボウリングに行ってカラオケとか?」

「普通だな。いや、それでいい、その方がいい」

「じゃ、ボウリング行く?」

「そうだな。行くぞ」

 俺と美来は連れだって、昨日は奈那と言った駅前のアミューズメントセンターへ向かう。

 俺は四日目にして、やっとまともなデートにたどり着いた。

 そう、この時は思っていた。

「お前さ、何で足上げて投げるんだよ? おかしいだろ!」

 三投目にして俺はたまらず抗議した。

「ふぇ~?」

 美来が不思議そうに俺を振り返る。

 首を傾けるその仕草は、年相応に見えて可愛いんだが、それすらも計算しつくされた動きに見える。

 ここは昨日奈那と来たゲーセンのあると。

 昨日ここのゲーセンで奈那に衝撃の告白をされたんだが、ゲーセンの他にもボーリング場やカラオケなんかもあるため、ここに来るのが一番良かったわけだ。

 一投目はまあ、、慣れてないとか、間違えたとか思った。

 二投目も、同じミスをしたのかと思った。

 だが、三投とも同じように軸でない足を後ろに思いっきり跳ね上げるのはわざとだと判断した。

 スコアディスプレイの横に座っている俺からは、制服のミニなスカートから毎回黒のパンツが丸見えになる。

「あれ? 何かおかしい~?」

 美来が不思議そうに自分の手足を見る。

「分かるだろ! 見えてんだよここから!」

 俺は恥ずかしさを怒鳴ることで紛らわしながら言う。

 女の子は子供の頃からスカートを穿く。

 で、子供の頃にパンツを見せると怒られるから、そしてある年齢からはパンツを見せると恥ずかしいから、見せないようにするし、女の子同士指摘しあうからどうすれば見えるのかを分かっているはずだ。

 前に妹がそう言ってたし。

「ん~?」

 だがこいつ、(とぼ)けてるのか、俺が言ってる意味が分から何と言いたげに首を傾げる。

「よく分からないけど、足は上げない方がいいの?」

「そうだな。そうしろっていうか分かるだろ?」

 全く、こういう平然と見せる女は苦手だ。

 それで男の反応見て喜んでるんだろうな。

「ん~……、実は私、あんまりそういう事、分かんないのよねえ」

 緩慢な動作で、困ったように聞く美来。

「おいおい、ボケも大概にしろよ。もし本当なら無防備すぎるぞ、お前」

「そうなのよねぇ。だから恥ずかしくもなくなっちゃった。昔っから見せる見せないってよく分かんなかったし、どうしてただのパンツが見られると恥ずかしいのかもよく分かんなかったの」

 まさかの天然宣言。

 嘘だろ? まさかあのパンチラパンモロが天然だったというのか?

「いや、お前みたいに結構育ってる奴が平気でパンツ見せてたら、中学時代、男が大変だっただろ?」

「そうだね~。だから見られたら笑ってたんだけど、それが変に誘ってるって思われちゃって。だから中学時代は女子にいじめられてたの。私は理由が分かってたけどどうしようもなくって~」

 美来が少し悲しそうに笑う。

 確かにこんな子がパンツ見せてたら、男子誘ってると思うだろうし、俺も今の今までそう思ってた。

 あの笑いはからかってるんじゃなく、困ってたのかよ、全然そうは見えなかったぞ?

 そんな女子は中学時代の女子には認められないだろうから、友達もいなかったんだろうな。

「まあいい、高校生になったらさすがに洒落じゃ済まないから、気を付けろよ? 俺も見えてたら指摘するからな」

 女の子に「パンツ見えてるぞ」と言うのはなかなか勇気のいる事だ。

 だが、この子をこのまま大人にさせちゃ駄目だ。

 今まで指摘されなかったなら、これから誰かが指摘してやらないと。

「分かった。ありがとう~♪」

 美来は嬉しそうにそう言って、俺の腕にぎゅっと抱き付いてきた。

 豊満な胸が俺の腕に押し付けられる。

 まさかこれも天然じゃないだろうな?


「ていうか、よく考えたらお前、えめるや双美と普通に仲いいじゃないか?」

 ボーリングからカラオケに移動して、しかも二曲ほど歌ってから、ふと気づいて俺は美来に聞く。

 いじめられっ子という割に、えめるや双美とは仲が良かったってのは、あれか? あいつらもいじめられっこで、互いに傷をなめ合ってたのか?

「えめるんやタミーに会ったのは入学式が初めてよ? あの日に意気投合して仲良くなったの~。これで中学時代を払拭できるって思ったからそのままえめるんに付き合って素人会結成に参加したのよ~」

「へえ」

 二日目であの団結力だったから、もっと前から仲がいいんだと思ってた。

 ていうか、入学式で会っただけで、あそこまで親しくなったんだな、こいつら。

「だから、えめるんやよっしぃ、タミーには本当に感謝してるんだよ? この学校にも中学から私をいじめてた子、いっぱいいたけど、素人会があったからいじめるどころか寄っても来なくなった。私をいじめっ子から救ってくれたと言ってもいいって思う」

「そうなのか……って、何で俺だよ?」

 俺は少なくとも美来のいじめをどうこうした覚えはないし、今の話だとあまり関係ないよな。

「だって、えめるんが素人会作ろうって私たちに呼びかけた原因って、えめるんがよっしぃに……あ」

 美来はそこまで喋って、はっとなって手に口を当て、黙る。

「俺になんだよ?」

「え? うーん、秘密ー」

「そこまで言っといて!?」

 美来が人差し指を唇に添えて微笑む。

「うん、お前にこめぐりはしたことなかったよな?。痛いらしいから覚悟しろよ?」

「ちょ、ちょっと~、すぐ暴力に訴えるのは感心しないよ?」

 美来が俺の手を両手でぎゅっと握って制す。

 こ、これも天然なんだよな? なんか、やめてあげたくなるぞ?

「……いや、でも、話を途中で止めるのも感心しないな。俺に関係あることだろ?」

 俺は気を取り直して、美来から手を取り返して言う。

「うーん……分かったよ~。でも、本人に言わないでね?」

 美来は迷った挙句、そう言った。

「分かってるって。本人ってえめるか?」

「そう。あのね、入学式の日に私もタミーも初めてえめるんに会ったんだけど、私はそのちょっと前から見てたのよね、えめるんとよっしぃがお話してるのをね」

「? 俺、二日目にあいつに襲撃されたのが初めて会ったはずだが?」

「え~? 忘れてるの~? 入学式にも会ってるはずだよ? 入学式が終わって、教室に向かう途中に」

「え? ……あ! あれってえめるだったのか?」

 確かに俺は、入学式に変な女に会っていた。

 なんかいろいろあって忘れていたが、そう言えばあれってえめるだったような気がしてきた。

 入学式の日、式が終わって、ぞろぞろと教室へ向かっていた。

 まだその時は新しい高校への希望も失っていなかった俺は、少しわくわくしながらまだ見ぬ教室へと足を運んでいた。

 そんな時、見知らぬ女の子に話しかけられた。

「すみません、そこの人、私は眩暈(めまい)がするので一年B組まで運んでください」

 そんな図々しい事を言う女の子は、肩に触れるか触れないかで切り揃えた女の子だった。

 その時はカチューシャを付けておらず、だから次の日えめると会ったとき気づかなかったのだ。

「いや、自分で行けよ」

 連れて行こうかな、と思うような可愛い女の子だったが、見ず知らずの俺にそんな図々しい事を言ってくる奴のいう事を聞くのも面倒だ。

 知ってる奴に聞けば厄介女かも知れない、ちょっと距離を取るか。

「けほけほっ! 持病の椎間板ヘルニアが……!」

「よく知らんが、椎間板ヘルニアでは咳き込まないよな? じゃあな」

「ああ……」

 俺はそいつを置いてさっさと教室に向かった。

 その後、同中のいない俺は、教室でぼっちとなり、友達を作るきっかけも見いだせないまま放課後になり、落ち込みながら帰宅し、高校なんて中学の延長だと思ったので、ちょっと話をした女の子の事なんてすっかり忘れていた。

「確かに会って、でもほとんど無視しただけだぞ?」

「うん、そこで倒れていたえめるんに大丈夫? って声をかけたのが私とタミーで、そこで『出会いが欲しい!』といきなり言い出して、私たちもそう思ってたから意気投合したの」

「へえ、そうなんだ……って、それでも俺とほとんど関係ないだろ」

「えー? でも、えめるんは何も言わないけど、えめるんがよっしぃに一目惚れしたから素人会結成したって丸わかりじゃない」

「え? いや、そんなわけないだろ」

「でも、よっしぃが部活に入ってから、えめるんは素敵な出会いって事をあまり言わなくなって、その先を考えてるわよね? このデートにしてもそうじゃない? これってもう出会うきっかけは完了したって事じゃないの?」

「……そう、なの、か……?」

 一概に解答が出せない。

 えめるが俺に一目惚れ?

 確かに素敵会を結成してからはえめるは出会いについてあまり言わなくなった。

 それは俺も何度もツッコんでる。

 だが、本当にそうなのか?

 これまでの態度を考えても俺に惚れてる奴の態度とはとても思えないんだが。

 ……そう言えば一昨日、双美にちょっと優しくしたら、あいつ、えめるに悪いって言ってたよな?

 あれってそういう事なのか?

「うーーーん……」

「よっしぃが悩む必要なんてないわよ。えめるんの事が気に入って、えめるんに告白したりされたりして付き合うかどうかっていうのはその時の気持ちだし、えめるんがよっしぃに何も言ってない以上、よっしぃは身構えなくてもいいと思うよ?」

「あー、うん、そうだな……」

 美来から話を聞いたのは、あくまで秘密で、俺はえめるの気持ちを知りようがないし、あいつが口に出していない以上、俺は今まで通りの態度を取っていればいいんだろう。

「分かった、じゃあそうしよう。ところで美来……」

「なになに?」

 美来が身を寄せてくる。

「さっきからずっとパンツ見えてるぞ? あと、今胸の方も見えてる」

 俺は目を反らしながら言う。

 話が話だったから途中でそんなことを言うのが躊躇(ためら)われたので今まで言えなかったんだが。

「あ、ごめーん。あとありがと」

 胸元を押さえながら美来がにっこり笑う。

 まったく、天然って怖いよね。

 ちなみに隣の部屋をちらりと覗いたら、えめると紗歌恵がマンツーマンで入ってて、えめるが熱唱していて、紗歌恵がそれを死んだような目で眺めていたので、俺は黙ってその場を去った。


「それで、よっしーは私をどこにさらっていくのかしら?」

「うん、牛丼屋でいいか?」

「ロマンチックが止まりました!」

 翌日の放課後、えめるが俺のところにやって来て、そんなことを言い出すので俺は適当に返した。

 今日はえめるとのデートの日だ。

 一番面倒な奴だと思ってたが、昨日の美来の話を聞くと、適当に済ませるのも悪いな、とは思っている。

 とはいえ、昨日の今日で態度を変えるのも違うのでどうすればいいのか分からないってのが今の気持ちだ。

「お前が決めろ、どこに行きたいんだ?」

「そうですね、遊園地がいいです」

「平日にかよ!」

「平日は空いてますよ?」

「だろうな! なんで空いてるかというとみんな学校があったり仕事したりしてるからだ!」

「私も学校がありますよ?」

「知ってる! 一緒に受けてたからな!」

「では行きましょうか」

「だから待て!」

「嫌なのですか? 自分から決めろと言っておいて、決めたら文句ですか?」

「ああもう、分かった! 行ってやろう! だが、往復時間考えたら一時間くらいしかいられないぞ?」

「いいですよ。十分です」

 えめるが承諾したので、俺たちは平日の学校帰りにも関わらず、遊園地でデートすることになった。

 他の部員たちはそこまでついていけないと、来ることを辞退した。

 て言うか、昨日も二人くらいしかいなかった気がするんだが。

 俺たちは電車にバスに揺られ、長い距離を移動して、やっと遊園地に到着した。

「さて、私は酔いました」

 一時間半かけて遊園地に到着した途端、えめるがそう宣言した。

「そうなることは予想出来てたけどな。さて、じゃ、一時間休んで帰るか」

「駄目です! 遊園地に来たんですから、乗りますよ?」

「まあ、酔わないのもあるから、休みながら入るか? 何に乗りたいんだ?」

「コーヒーカップとメリーゴーランド」

「地味に酔うだろそれ! よし、じゃあ、お化け屋敷ならいいだろ、入るぞ?」

「ちょっと待ってください! 実は私、霊障に遭ってまして、お化け屋敷に入ると呪われるんです」

「霊障と関係ないだろ? ほら、行くぞ?」

「ちょっと待ってください。実は私は心臓が悪く……ふぎゃぁぁぁっ! 引っ張らないでください! たーすーけーてーー!」

 本気で嫌がるえめるを担いで、俺はお化け屋敷に連れ込んだ。

 よく言って痴漢、悪く言えば誘拐にも見えるが、そこは遊園地で同じ制服を着た男女。

 俺の行動は嫌がる彼女を怖がらせたい彼氏に見えたらしく、数少ない周囲の人々も微笑ましく「()ぜろ」と言ってくれた。

 ここのお化け屋敷は、かなり広く、この遊園地の名物となっていて、結構怖いという噂だ。

 俺も遊園地なんて五年ぶりくらいだから、最近のは入ったことないけど、頻繁にリニューアルして常連客も飽きさせないらしい。

「ふんごー! ふんごー! ふんごー!」

 えめるは俺の腕にしがみついて、大きめの声でわけの分からない事を口走っている。

「静かにしろ。あと、もっとムードのある怖がり方をしろ」

「静かにしたら怖いのです! 霊は騒いでいると寄って来ないのです!」

「いや、霊はいないから」

「霊はいるのです! 死後の世界はあるのです!」

「お前って結構オカルト趣味なのな」

「オカルトなんて怖いだけです! 迷信です! 信じません!」

「どっちだよ」

 ぎゅっと俺の腕に抱き付いて、俺の腕に頬と胸を押し付けているので歩きにくいし、柔らかいし、シャンプーの匂いと汗っぽい匂いも漂って来るしで、ちょっと困りながらゆっくりと進んでいく。

 さっきまで暗かったそこが突然明るくなり、そこに着物の女の人が座ってた。

 ぱっと見ては分からないくらい精巧に出来た人形だ。

「はがぁぁぁぁっ!」

 えめるの悲鳴(?)で聞こえなかったが、何かを言いながら、その首がにゅるにゅると伸びていく。

「どっこい! どっこい! どっこい! どっこい!」

 えめるが大騒ぎしてるんだが、こいつ本当に色気のかけらもないな。

 俺に抱き付いているんだが、もう顔を俺に押し付けて、どこが触るとか気にせずに胸どころか股間まで押し付けて来てるんだが!

「お前もっと可愛く悲鳴を上げろよ! あと、異性に対しての礼節というか、いろいろ一線を守れよ」

「本当に怖い時には悲鳴なんて野性的になるものです! 怖さを助けてくれるなら何でもいいのです」

 いや、お前の悲鳴って、野性的っていうか、ふざけているとしか思えないんだが。

 お化け屋敷に入って女の子が怖がって抱き付いてくるって、こんな感じだったっけ?

 なんかもう、女の子の匂いがする動物をいなしてる感じがするんだが。

 そうやって長いはずの道のりの最初の三イベントくらいのお化けを絶叫とともに見たえめるは、もう立てないくらいぐったり疲れていた。

「お前って、本当に虚弱体質だな。なんで遊園地に来ようと思ったんだよ?」

 遊園地云々の前に、こんなに遠くまで来るなら疲れるって事くらい自分で分かってただろう。

 それでもわざわざここまで来て、何がしたかったんだろうな、こいつ。

「ゆ、遊園地なら、誰も付いてこないと思って……!」

 その場に座り込んで息を整えているえめるが、そう言ってまたぐったりと首を下げた。

 ……まさか、ここまで来たのって、こいつの作戦なのか?

 デートしたいって言って、でも自分一人だけデートしましょうとは言えなくて、全員で一人ずつって事にして。

 他の奴の時はぞろぞろと後からついて歩いて監視して、邪魔をして、自分の時は邪魔されずにデートしたくって、わざわざここまで来たのかよ。

「お前って本当、馬鹿だな……ほら、背中に乗れ」

「む、私はなななんではないので、そんな趣味は──」

「おんぶしてやるって言ってんだよ。さっさと乗れ」

「はい……すみません」

 珍しく謝りながら、えめるはそれでも一度躊躇して、俺の背中に捕まる。

 全くさっきは体中俺に押し付けていたくせに。

 騒いだ後のえめるは、汗の匂いがした。

 それが、俺には心地よかった。

「じゃ、目は開いていろよ?」

「なんでです──ほきゃぁぁぁっ!」

 目の前には新しいお化けが姿を現した。

 えめるは俺の耳元で大絶叫する。

 俺の耳がきーんとするくらいにな。

「やっぱりいい、目を閉じてろ」

「キスでもするのですか?」

「よし、ここに置いて俺はダッシュで逃げるから、あとは勝手に出てこい」

「残りません! 離しません!」

 えめるがぎゅっと俺の背中に頬と胸を押し付ける。

 結構困るが、まあ、仕方がないだろう。

 俺はそのまま早足で、お化け屋敷を抜けた。

「はふう……」

 休憩用ベンチでえめるを下ろし、座らせる。

 まあ、無理やりお化け屋敷に連れて行ったのは俺だし、こんなことになるとは思わなかったので悪い事をしたな、とは思っている。

「ジュース飲むか? おごるぞ?」

「では、オレンジのヴァージンカクテルを」

「オレンジジュースな? 分かった」

 えめるのボケを正面から無視して、自販機でオレンジとコーラを買ってくる。

「ほら、オレンジ」

「よく振ってください」

「ん? ああ、分かった」

 俺はよく振ってから渡す。

 えめるはそれを開け、一口飲む。

「ほふぅ。人に振ってもらったジュースはおいしいですね」

「その原理はさっぱり理解できない」

「では、私はよっしーのを振ってあげましょう」

「いや、俺のコーラだから」

「大丈夫です、吹き零れてもよっしーが慌てるだけです」

「缶には触らせん」

 俺は振られる前にさっさと缶を開ける。

 時間はここに来て三十分くらい経ったようだ。

「ですが、よかったです。まともにデート出来て」

「今日のがまともだと思ったんなら、お前はおかしいがまあ、楽しかったんならそれでいい」

「昨日悲しい夢を見たので不安だったのですが」

「夢なんてどうでもいいだろ。どんな夢見たんだ?」

「よっしーが私を好きだと言ってくれないのです」

「その話を俺はどんな顔で聞いていればいい?」

「それで私は馬乗りになって、『私の事を好きって言いなさい! 私の事を好きって言いなさいっ!』と何度も叩いたのです。いつもの仕返しにこめぐりもしました。ですが、よっしーは私を睨むだけで、何も言わない。追い詰められた私は、こうなったら、おしっこを飲ませるしかない──」

「ちょっとまて! その理屈はおかしい!」

「夢ですよ? 夢に理屈はありませんよ?」

「夢でもおかしい、そんな夢を見る奴は頭がおかしい!」

「む、私の夢と私を侮辱しましたね? もう許せません」

 ぷんぷんと怒るえめるだが、ふらふらのこいつに出来ることは何もないだろう。

「許せないと何をするんだ?」

「賠償金を請求します」

「いや、それは無理だろ」

「では責任を取ってもらいます」

「何のだよ」

「傷物にされたので、お嫁にもらってください」

「重いっ! そんな責任取れねえっ!」

「なんと責任も取れないのですか。器も性器も小さいのですね」

「なんだと……くうっ、いや、まあいいや」

 責任取るようなことしてないのに器が小さい、と言われキレようとしたが、今キレると性器が小さい事を指摘されてキレたように思われるのでギリギリで我慢する。

「ま、夢を批判したことは悪かったよ」

 俺はぐったりしたままのえめるの頭に手を乗せ、ぽんぽんと叩く。

「分かればいいのです。では、早速正夢にしましょう」

「お前は頭がおかしい」

 俺は頭の手をこめかみに下げて、こめぐりをする。

「痛い痛い! 私の事を好きって言いなさいっ!」

「断る」

「こうなったら、お──」

「飲まないからな」

「オレンジジュース?」

「ん? ああ、そっちか」

「飲まないのですか? 私はもうおなか一杯です」

「じゃ、ちょっともらおうか」

 俺は、えめるから缶を受け取り、くい、と一口飲む。

 コーラに慣れた俺の口に、甘い柑橘が広がる。

「私の事を好きって言いたくなりましたか?」

 ぐい、と俺を覗きこむえめる。

 なんかちょっとマジっぽいのが困る。

 昨日、美来の話を聞いてから意識しないようにして来たんだが、こう、好き嫌いの話になるとどうも意識してしまう。

「いや、本気で好きになったらそう言うからさ」

 そんなことを言うつもりもなかったが、俺の中の何かがそう口走らせた。

 えめるは見た目が可愛い、これは何度も言うまでもない。

 言動が馬鹿みたいだが、それもまあ、許せないレベルじゃない。

 もう少し付き合えば、それも可愛いで済むのかもしれない。

 そんな事を考えてしまうって時点でちょっとおかしいのかも知れないな、今日の俺。

「とりあえずオレンジジュースを返してください。関節にキックします」

「間接キッスだろ! いや、どうでもいいっていうか、したけりゃ勝手にしろ」

「とう! わわっ!」

「本気で関節キックするな!」

 わざわざ立ち上がってベンチに乗り、俺の膝にキックを繰り出すえめる。

 力のないえめるのキックは効きもしないが、足上げるからパンチラするし、そのまますっころんでパンモロするしで、えめるが大変だった。

「大丈夫か? ほら」

 俺が手を差し伸べると、えめるは一旦躊躇してからその手を取る。

「どうもすみません」

「お前は本当にガードが甘いな」

「わざとではないのです……む、これが天然パンチラの魅力ですか?」

「状況的にはそうだが、ちょっと違う。何か違う」

「ふむう、パンチラ道も深いのですね」

「よし、帰るまでの時間、羞恥心のある女の子の魅力について語ろう」

 こいつは根本的に残念な奴だ。

 だが、矯正すれば可愛い女の子になるかもしれない。

 美来とはちょっと違うが、えめるに足りないのは、女の子としての羞恥心だな。

「私の事ですね。羞恥心のある女の子」

「うん、羞恥心のある女の子はパンツ見せるようなことをしないし、お化け屋敷であんな雄叫びを上げない」

「それは極限状態なので仕方がないのです」

 えめるが少し恥ずかしそうにあっちの方向を向く。

 いや、それが羞恥心だ、ちくしょう、悔しいけど可愛いな!

「私だってパンツを見せるのは恥ずかしいのですよ」

「じゃあ、見せるなよ!」

「でも、私のパンチラでよっしーが喜んでくれるならと頑張っているのです」

「あーくそっ! 喜んでないって言い切れない自分が大嫌いだ!」

 だってさ、こんな奴でも可愛いし、俺の事よく思ってんだぞ?

 そりゃ、パンチラしてくれれば嬉しいだろ!

 だが、そりゃ違うんだよ。

「あのな、前にも言ったかもしれないが、パンチラってのは今は確かに嬉しい。うん、これはどうしようもない真実だ。だがな、見慣れたら最悪なんだぞ? ただの汚い布にしか見えなくなる。これはマジで」

「いつも洗った可愛いのを穿いているのですが?」

「そうじゃなくってさ! 不意に思わず見せてしまって死ぬほど恥ずかしい目に遭ったって顔されるのがいいんだよ! って何語ってんだ俺!」

 女の子を前にパンチラを語ってる自分に気づき死ぬほど恥ずかしい気分だ。

「不意にと思わずはかぶってませんか? ほきゃぁぁっ!」

 余計なツッコミをするえめるをこめぐりする。

「分かりました。これからはパンツを見せたら死にます」

「死ぬなっ! もう一度最初から可愛い女の子の行動というものを話してやる。絶対忘れるな!」

 俺は半ば強引に理想の女の子について、延々えめるに説教し続けた。

 制限時間が経過し、話しながら帰ったのだが、周りから見たら俺が美少女に向かってパンチラの美学を熱く語っていた俺は、変態にしか見えなかったことだろう。

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