表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/5

第五章 病弱美少女のために、走る

 その後デートの反省会は全くないまま普通に部室に人が集まり、適当に駄弁って時間が来れば帰る、という充実も何もない日々が続いた。

 まあ、女の子の中に一人で俺だけ男だし、教室であいつらがデートだ何だと喋っていたので、俺は部活でハーレム状態で部内の女の子をとっかえひっかえしているという噂が広まっているが、気にしないことにした。

 で、女の子ばかりなのでガールズトークになって俺置いてけぼりになるかと思いきや、俺のツッコミがないと話が進まないという状態が一般化して、疲れるばかりだ。

 最近は紗歌恵ですら自分の事しかツッコんでくれないしな。

「大変なのです、大変なことになりました!」

 そんなある日の事、えめるがいつものように厄介な感じで部室に入って来た。

 どーん、と俺にぶつかったのか抱きついたのか分からない感じで、えめるは俺にしがみついて来た。

「まあ、落ち着け。大変でもないだろうが一応聞こうか」

「大変を信じてください! 私を信じなくても大変を!」

「お前を信じてなければお前の言ってる大変は信じられないだろうな」

「私を信じてなく私の大変を信じてなくても大変を──」

「いいからさっさと言え! 次余計なこと言ったらこめぐりだぞ」

「部費が出ないかも知れないのです!」

「ええっ!」

「なんですって!?」

「そんな……」

「ま、でしょうね」

「何もしてねえしな」

「部長とよっしーのテンションが低いっ!」

「こんな部活に部費が出るわけないでしょうが。いまだに活動内容も曖昧なのに部室があるだけでもマシな方よ」

 なんだかんだ文句を言いながらも、毎日来るんだよな、紗歌恵も。

「でも、部費が出ないと恒例の合宿も行けませんよ?」

「何で出来てひと月足らずの部活に恒例行事があるんだよ!」

「女子の着替え中によっしーが乱入するハプニングもなくなるのですよ?」

「なんでそれ計画に入ってんだ!」

「金山さん……」

「奈那! そんな目で俺を見るなっ! っていうかなんかめちゃくちゃ期待してる目だよなそれ!? それは間違ってるぞ!」

 ちなみに奈那が年上だという事はみんなにも言ったが、奈那本人の要望でみんなの態度は変わらなかった。

 いや、奈那は年上の留年した同級生だと、もっと見下した目で見て欲しいと要望したんだがな。

「由大は本気でやりかねないからそう思われてんじゃないの?」

「うん! その目が正しいけど! でも間違ってる!」

「今は、そんな余計な事を話してる場合ではありません!」

「うわぁ、一番言われたくない奴に言われた!」

 俺はこめぐりとまでは行かなくても、頭を押さえて抗議の意を表明しようと思った。

「ふふふ……」

 が、何故かえめるが不敵に笑いやがった。

「こめぐり、敗れたりっ!」

「いや、するつもりもなかったが、何だいきなり」

「私がいつまでもこめぐりをやられっぱなしだと思うのですか?」

「あー、うん、態度を改善してくれるなら楽でいいけどさ」

「態度じゃないです! 装備を改善したのです!」

 何だかやたらと自信たっぷりに言うので、する気もなかったがこめぐりしたくなって来た。

「ふふふ、見てください! 私考案の対こめぐり装備を!」

 えめるが不敵な表情のまま、少し横を向く。

「……なんだこれ?」

 えめるの綺麗なストレートヘアの耳の上、いつもよりずらしてつけているカチューシャの付け根あたりに、ぼっこりとカチューシャと同じ色の山がある。

 えーっと、カチューシャの付け根に棘を付けたのか?

「ふふふ、こめぐりをしようものなら、よっしーの拳は血に染まります。やれるものならやってみればいいです!」

 えめるがずい、と頭を突き出してくるので、俺はそのままこめぐりをしてやった。

「ふんぎゃー! なぜ? 対策は完璧なはずです!」

 えめるがこめかみをさすりながら不思議がる。

 俺はなぜ不思議がっているのかが不思議だ。

「いや、こめかみの位置と全然違うだろ? 自分でさすってて疑問に思わないのか?」

「? ……ああっ! しまった、これは盲点ですっ!」

「どうして製造過程で気づかなかったんだよ」

「これはただの特注です」

「お前んち結構金持ちなのか? こんなの特注するんだ」

「近所の学校にも仕事にも行ってないお兄さんにパテで作ってもらいました」

「パテの部分をツッコみたいけどそのお兄さんが気になる!」

「そんなことはどうでもいいのですっ!」

「俺もそう思う」

 えめるがどーん、と胸と腹を俺にぶつけて来た。

 手を付けたら普通に抱きついて来てる行為だ。

「部費がもらえないのです!」

「話が戻ったな」

「本題です! どうしましょう!」

「落ち着け。まずなんで部費が出ないって言われたんだ?」

「それが、活動実績がないからだそうです!」

「だろうな。しかし、なんで名目上とはいえ部長の紗佳奈じゃなくお前のところにそんな話が行ってるんだ?」

 俺は根本的な疑問を訊ねた。

「それは生徒会に『部費をください』と尋ねて行ったからです」

「お前のその行動力はどこから出て来るんだ、虚弱体質のくせに」

 そういうところだけは尊敬してもいいくらいだ。

「とにかく、活動実績が必要なのです! 部誌一冊作るだけでもいいのですが面倒くさい!」

「ぶっちゃけるな! まあ、何書いた部誌作るのかと考えれば確かに面倒なのは分かるが」

 そもそも活動内容が微妙なクラブだから、結果を出すと言っても困るよな。

「とにかく! 緊急会議です! 楽に結果を出す方法を考えましょう!」

「せめてしっかり頑張って結果を出す方法を考えないか?」

「あ、そういうのいいので」

「なんでだよ!」

「まあまあ、落ち着いてください」

 えめるが大人げない俺をなだめるような態度でそう言うので、こめぐりをしようかと思ったが話が進まないのでやめ、座り直す。

「で、真面目に考えると、そもそも結果を出すってのは色々あると思うんだ、それをまず出して行って、この部に適したのはあるかと考えるか。」

「ふむ、では──」

「とりあえずお前は喋るな。紗歌恵、何かあるか?」

「あたし? んー、結果って言えば、まあ対戦のある部活なら公式対外試合に参加するとか、部誌を発行するとか、コンクールに参加するとか。高い部費が欲しいなら、そこでいい成績を収める必要があると思うけど」

「まあ、とりあえず部費を得るだけならそこまで必要ないだろ。時間もないし。って、いつまで結果を出せばいいんだ?」

「つーん」

「おい、えめる?」

「喋るなと言われたので喋りません。よっしーが土下座かオレンジジュースおごるかしない限り喋りません」

 つーん、とあっちの方を向いて怒ってるえめる。

「そっか、俺も紗歌恵も部費はいらない派なんだよな」

「それは卑怯です! いる派になってください!」

 えめるが俺にしがみついて叫ぶ。

「いや、だから離れろって! 分かったって! オレンジジュースくらい買ってやるから落ち着いて話し合うぞ」

 俺はえめるを離すとともに、逃げるように部室を出る。

 ついでに全員の飲み物の希望を聞いて、買いに行く。

「さて、一息ついたところで、部費が欲しいなら真面目に話し合うぞ? 今までと同じやり方じゃまずいって事は分かるな?」

「わかるぜ。合宿がなくなるんだろ?」

「まあ、そう考えれば分かりやすいならそれでもいいぞ」

「合宿は海か? 山か?」

「それが脱線って言うんだよ」

「私は海がいいです」

「私も~」

「私もです」

「ほら脱線が半端ない! 双美! 顔出せ!」

「やだよ。こめぐりすんだろ?」

「するよ! 脱線させた罰だ!」

「よっしー、脱線してる時間はないですぎょぉぉぉぉっ! 痛い痛い!」

 とりあえず手の届くえめるにはこめぐりをする。

「とにかく、この部では対外試合はないし、コンクールもない。部誌も女性誌の白黒記事みたいなのしか思いつかないし、何もしようがないんだよな」

 そもそも活動内容が曖昧だし、「素敵な出会いを求める」と言っても実績って「何人が素敵な出会いを得られました」とかしかないし、そんなもん今のところ実績ないし、あったとしても、それを学校に実績として報告するのはさすがにまずいだろう。

「素人会のブレインと言われるよっしーに案が浮かばないとどうしようもありません! もっと頑張ってください!」

「俺、そんな立場じゃねえからな? ブレインというか名案と言えば大体紗歌恵が出してるしな」

「あたしに振らないでよ! ないわよそんなもん」

 紗歌恵も少し困ったように言う。

「うーん……詰みましたね」

「いや、念のため一応ないと思うけど、俺と紗歌恵以外にも聞けよ」

「ここでいきなりの大喜利とは……」

「ボケるの前提やめろ! 意見がなかったら黙ってていい。何かいい意見があれば言え」

 俺が少しイライラしながら言うと、さすがにえめるも美来も双美も真面目に考える。

 だが、そう簡単に結果の出る活動なんて浮かぶわけもない。

「奈那、何かないか?」

「えっと、結果が出れば何でもいいんですか?」

「モノにもよるが、今は贅沢言ってられない。何かあるのか?」

「あのですね、最近ここに入ってからノーマルの女性雑誌も読むようにしたのですが」

「うん、今まではノーマルでない雑誌しか読んでなかったんだな」

「その雑誌の広告に『全日本女子力協会主催 女子力検定』というのがあったんですが、それを受けると言うのはどうでしょう?」

「……なんだ、それ?」

「全日本女子力協会が主催している正式な検定で、一級から三級まであるそうです」

 その全日本女子力協会とやらはそもそも公式な団体なんだろうか。

 まあ、他に案もないし、それも一つの案として検討して行くしかないか。

 問題はこれを「活動」と生徒会が認めてくれるかだな。

「えめる、あと紗歌恵、奈那から詳しく聞いて、生徒会に確認してきてくれないか?」

 えめるの行動力は認めるが、常識も必要だから、紗歌恵も行かせた方がいいだろう。

「しょうがないわねえ、奈那さん、その雑誌持ってきてる?」

「あ、あります」

 奈那は雑誌を取り出す。

 安穏としてるみたいな名前の雑誌を紗歌恵がぱらぱらとめくり、その後ろからえめるが覗く。

「これね。ふうん……あたしらが受けるとしたら三級みたいね。えめる、生徒会行くわよ?」

「む、私には見せないのですね」

「行く途中で教えるわよ、さっさと行くわよ」

 紗歌恵はえめるを引っ張って部室を出て行った。

 乗り気じゃなかった割に何だかんだやってくれる子なんだよな、紗歌恵って。

 紗歌恵とえめるが出て行って、残ったのは俺と美来と双美と奈那。

 そう言えば俺、あの二人がいるときはあいつらとばっかり喋ってて、こいつらとあんまり喋らないよな。

 それこそツッコミの時くらいで、じっくり話をしたのはあのデートの時くらいかもな。

 突き抜けたところさえなければ、可愛い女の子達なんだけどな、こいつらも。

「なあ、ところで、女子力って結局何なんだ?」

 一般的な話題として、俺がそう聞くと、三人は顔を見合わせて困った表情で目を逸らした。

「ボクはどっちかっていうとあんまり意識しないからよく分かんねえんだよな……女の子っぽいことが出来る力なんじゃねえか?」

「ここで言う『女子』は『女の子』って意味じゃなく、女子会の方の『女子』、つまり、『いい歳して女だけで集まってる』っていう、恋人がいない女性が自嘲の意味で集まってるって方だと思うけどな。今では女子会ってただ女性が集まってる飲み会を大体そう言ってるけど」

「えーっと、つまりそれってどういう意味なんだ?」

「つまり、『男性にモテる、受けがいい魅力』の事なんじゃないかな? そういう本とかサイトの特集って結構あるから」

 ふーん、そういうもんなのか。

 美来ってそういうの詳しそうだから……いや、そう言えはこいつって全部天然だっけ。

 いや、天然なのはガードの緩さだけで、普通にお洒落してるし、大人向けの雑誌も読んでるし、そういうの一番わかってるのかもな。

「ですけど、ハウトゥ本は書いている人が、その、お水系の方だったりして、一般の女性がやると引かれるようなこともあるとか聞いたことがありますよ? その辺り、どうなんでしょうね?」

 奈那が明らかにどこかの雑誌かテレビで聞いたような知識を話す。

 この子、自分の女子力とか何の興味もないんだろうな。

 あの趣味(ドM)さえなければ女子力高そうなんだけどな。

「うーん……あのさ、ボクってどうにかすれば女子力って高くなるのかな……?」

 双美が俺に聞いて来る。

 女子力について話してた美来や奈那でもなく、俺に聞いて来る。

「いや、素材は悪くないし、やり方によっては高くなるんじゃないか?」

 そもそも女子力の完成系がよく分からないが、モテる女の子って意味じゃ、なれそうな気がする。

「そっかぁ……」

 双美が嬉しそうに微笑む。

 こんな子でも女らしくなりたいんだな。

 だったら方向性違うと思うんだが。

「あ、あのっ! 私はどうですか?」

 それを聞いて奈那も俺に聞いてくる。

「うん、第一印象で話しやすかったし、趣味を前面に押し出さなかったら文句なしだと思うけどな」

「ねえねえ、よっしぃ、私は?」

「天然を減らしてある程度ガードを堅くしろ。その上で少し隙があるといい」

 俺はなんか三人にそれぞれ指示を出していた。

「ただいま、あれ? なんでみんな幸せそうな顔してるのよ?」

 帰って来た紗歌恵が、俺以外の三人の表情を見て、(いぶか)しげ聞く。

「いや……何もないけどさ。それよりそっちなどうだったんだ? 交渉はうまくいったのか?」

「うん。まあ、活動内容説明して、検定の内容説明して、結成したばかりで実績を作れない事も説明して、それじゃ、三級を二人が合格したら実績を認めようって言われたわ」

「二人、か……」

 俺は部員を見回す。

 えめるは無理だろう、双美もこれから頑張る気にはなっているが、今は無理だと思う。

 紗歌恵はまあ、行けるかも知れないが、後は奈那か美来か……。

「うーん、ギリギリだな」

 どんな問題が出るかにもよるが、おそらく、奈那か美来のどちらかが何とか合格して、ギリギリ二人ってところか。

「む、よっしーが私を(ないがしろ)にした気がします」

 いきなりえめるがそんなことを言って、俺にこめぐりをしようとするので、両手首を掴む。

「うん、事実を考えただけだ」

「ふぬぬぬっ! ひどいのです、私だってやるときにはやりますよ? この学校にも死ぬ気で合格したのですっ!」

 掴んだ俺の手を離そうと力を入れるが、全く敵わないえめる。

 まあ、一応はこのあたりで有数の進学校だしな。

 入学二日目にこんな奴らに出会ったからすっかり忘れていたが。

「うん、まあ、それは俺もそうだし、ここにいる全員がそうだな」

「私はそれ以上に頑張ったのですっ!」

 えめるが暴れるので、俺は手を離すと転びそうになるので、今度は背中を支えた。

「まあ、頑張ったって言うなら結果をを出そうぜ? 合格したらそれが事実だって思うし、馬鹿にしたことも謝ってやるからさ」

「分かりました。全裸で土下座して足を舐めるのですね」

「お前の家の謝罪教育はどうなっているんだっ!? ただ謝ってオレンジジュースでもおごってやる程度だ」

「あ、あの、代わりに私が──」

「奈那はややこしくなるから黙っててくれ」

 盛りのついた雌犬を手で制し、えめるに向き直る。

「ま、頑張って俺を見返してみろ」

「分かりました。大合格します」

 えめるが自信たっぷりで言う。

 何だよ大合格って。


          ■


 その日はその雑誌の付録についていた要点のまとめと過去問をみんなに配り、あと、受験申込書の請求をえめるがやることに決め、解散となった。

 俺はいつもの通り、だらだらと帰る準備をする女の子らを置いてさっさと部室を出た。

 しかし、女子力検定か。

 これが正式な活動内容に組み込まれたら、俺っていらない奴になるよな。

 ま、いいか、あいつらだけで部活が成り立つようになるなら、俺は抜ければいい。

 何だか期待もあったが、女の子だけの部に俺が入ってること自体異様なことだし、仕方がないだろう。

 創部には六人必要だが、継続するには三人いればいいはずだ。

 ま、変な奴らではあるが、あれだけ可愛い五人組と少しでも仲良くなれただけでもいい思い出になるさ。

「よっしーーーーっ!」

 俺が少し感傷的にそんなことを想っていると、後ろからえめるが走ってくる。

「どうした? っと!」

 俺が振り返ると、えめるは俺にぶつかるように抱き付いてきた。

 そして、そのままぐったりと身体の力を抜くので、俺は慌てて抱き寄せた。

 おそらくここまで走って来たから、虚弱体質のえめるは息が切れたんだろう。

「何でそこまで命がけで走って来てんだよ!」

 えめるは呼吸をするだけで何も答えない。

 しょうがないから近くの公園のベンチまで連れて行って座らせた。

「ほら、オレンジジュースでいいよな?」

 俺は買ってきたオレンジジュースをえめるに渡す。

「ありがとうです。いつか二分の一にして返します」

「そんな返し方をするくらいなら返さなくてもいい。ていうか、半分飲んで返すようにも聞こえるしな」

「そのつもりですが?」

「いるかっ!」

「ほんのり私の唾液付ですよ?」

「だからどうした」

「では、全部飲みますよ? 後悔しても知りませんよ? 私はこんなに飲むとおなか壊しますよ?」

「止めて欲しいならそう言え! 分かった、半分だけ飲め!」

 まったく、こいつは何を考えてるのかさっぱり分からん。

「で、何でそんなふらふらになりながら走って来たんだ?」

「ああ、そうです。よっしーがこれを忘れてたから私に来たのです」

 えめるは鞄から紙の束を取り出し、俺に渡す。

 それはさっきみんなでコピーした、女子力検定の要点と過去問のプリントだ。

 本当はコピーなんかしちゃまずいんだろうけどな。

「忘れたって、別に俺が受けるわけじゃないんだし、持ってても仕方ないだろ?」

「何を言っているのですか? よっしーも当然受験しますよ?」

「いや、女子力の検定なんて男が受けられないだろ」

「ですが受験資格に女とは書いてありませんよ?」

「それは書くまでもないからだ」

「ですが、二人以上という課題がある以上、可能性が少しでも高い方がいいと思うのですが」

「あのな、万一俺が合格して、他に落ちた奴がいたらどうするんだよ? そいつは俺より女子力が下って事になるぞ?」

「よっしーの女子力の高さを褒め称えるだけです」

「褒め言葉じゃねえよそれ!」

「いいから受けてください。お願いします」

 えめるが深々と頭を下げて頼む。

 いつもふざけてる奴が真面目に頭を下げるのは卑怯だ、それだけで了承したくなってくる。

「分かった。まあ、受けるだけは受けてやるさ。お前はどうしてそこまでこんな部にこだわるんだ? 別に部活じゃなくてもいいだろうし、部費がなくても何とかなるだろ?」

 素敵な出会いを語り合うだけなら部活を作る必要はない。

 部活を作ったとして、部室さえあれば部費なんて必要ない。

 合宿なんて自費でも行けるわけだしな。

 えめるは何も言わず、じっと俺を見る。

 何だよ、何が言いたいんだ?

「……部活の内容なんて、どうでもいいのかもしれません」

 数秒ほどの後、えめるが口開く。

「どういう、事だよ?」

「……知らない人には言うつもりはありませんでしたし、よっしー以外にも言うつもりもありません。出来れば他の部員にも言わないでください」

 やたら真剣なトーンでえめるがそう言うので、俺は少し戸惑う。

 えめるって、ふざけてなければただの美少女だ。

 その美少女に正面から見つめられて、俺は焦っていた。

「いや、まあ、それなら言うつもりはないけどさ」

 俺はその、いつもとは違うえめるを見返せず、目を反らした。

「実は私、中学までは病院の院内学級で授業を受けていたのです」

「院内、学級?」

 初めて聞く言葉だ。

 だが、病院という言葉やえめるの虚弱体質から、何となく想像できた。

「病院内に設置された学校です。長期入院してる子供が勉強する機関で、教育委員会を通じ、先生も派遣されています」

「……そっか」

 俺は、何も言えなかった。

「私は病気で一年以上入院していたのです。病気は快方に向かっていて、今では一日一回薬を飲んで、月に一回診察をするだけに回復しています。それで、これからちゃんと大人になろうと思った時、やっぱり高校は行きたいと思って猛勉強したのです。それで、名子北に入学できました」

 名子北高校は、県内でも有数の進学校だ、学校の勉強についていくことが目的の院内学級から目指すには、生半可な勉強じゃ無理だっただろう。


「私だってやるときにはやりますよ? この学校にも死ぬ気で合格したのですっ!」

「うん、まあ、俺もそうだし、ここにいる全員がそうだな」

「私はそれ以上に頑張ったのですっ!」


 さっきの会話を思い出す。

 そんな事とは知らず、俺はひどい事を言ったのかもな。

「悪かったな、頑張って入学したのに、俺たちと同じだと言ってしまってさ」

「それはそれでいいのです。私が必死に頑張ってよっしーたちと同じになったのです。だから同じでいいのです」

「そうか……」

 えめるは俺たちと同じ、「普通の高校生」になりたかった。

 それは、俺たちが考えているよりも遥かに困難な事だっただろう。

 俺だって多少苦労して、俺の友達も全員落ちる程度には難関だった名子北に入った。

 だけど、えめるは俺よりはるか後方から俺たちを見ていて、憧れてて、必死に頑張って追いついて、今、俺の隣を歩いているって事だ。

「それで、やっぱり高校生活を楽しく送りたいのです。ですから色々頑張りました! これからも頑張りたいのです! 素人会はみんないい人です。私を仲間だと思ってくれますし、私も仲間だと思っています。ですから、あそこでもっと頑張りたいのです……! たかが部費ですが、それもみんなで一緒に頑張って手に入れて。それだけの事ですが、私はそれだけの事をするために頑張って来ました」

「そっか……」

 俺は、何も言えなかった。

 えめるの気持ちは分かる。

 俺だって同じことを求めて一日で挫折しかけた。

 だけど、えめるは諦めず、部活を作って、高校時代を楽しもうとした。

 えめるも、何も持っていなかった。

 中学の友達がいない、なのに一日で二人の仲間を作り、三日目には五人にした。

 俺が今、何となく楽しい日々を送っているのも、えめるのおかげだ。

 本当なら俺が、俺たちが頑張って後ろから追いついてきたえめるを引っ張って行く側にいなきゃならないのに、既にえめるは俺たちを追い抜いて先に行ってそこから俺たちを引っ張っている。

「なあ……」

「何ですか?」

「お前って入学式の日に俺に話しかけて来たよな?」

「覚えていて、くれていたのですか?」

「いや、まあ、忘れてたんだが、後で美来に聞いて思い出した」

「そうですか……あの時は、どうしてもよっしーに話しかけたくて、話しかけただけなのです」

 えめるは、表情もほとんど変えないまま、思い出すように空を見上げていた。

「……何で俺だったんだよ? 他にも人はいただろ?」

「誰とも話していない男の人は他にいませんでした。それに、何かを期待しているような表情を見て、この人も私と同じことを考えていると思うと、嬉しくなったのです」

「同じこと、か」

 俺もあの時はまだ少し高校に期待をしていた。

 そこで得られた結論は「高校は中学の延長に過ぎない」って事だった。

 その中学時代が、えめるにはなかったのだ。

「俺は、お前が思うような人間じゃない。二日目には失望してたんだ」

「私も失望しかけていました。その時、マミやタミーに会い、行動を起こしたのです」

 つまり、俺が面倒だからとスルーした後、失望して、でもめげずに行動したって事か。

 それで次の日に俺の迷惑も顧みず襲撃して来るんだからな。

「お前は、凄い奴だよ」

 こいつの行動力は正直うっとおしいし迷惑だ。

 だが、尊敬も出来る。

「惚れ直しましたか?」

「直す前に一度も惚れてない」

 こういうところさえなければなあ。

 こいつにこめぐりをするのに罪悪感を覚えた直後にこめぐりしたくなるような毎日を過ごしている。

 たかが数日なんだが、これが日常になって来た。

 それは嬉しくはない。

 悲しいわけでもない。

 ただ、そんな日常が愛おしかった。

「あとさ」

「はい?」

「もしかして、お前が部長を紗歌恵にしたのも、いつお前がまた病院に戻っても──」

「よっしー」

 えめるが強い口調で言うので、俺は黙る。

「それは言わないでください」

「……分かった」

 俺はそう言って、えめるの肩を抱き寄せた。

「よっしー……?」

 えめるは不思議そうに俺を見上げる。

 出来れば可愛い女の子を、性的に抱き寄せたと思いたい。

 だけど、そうじゃないことは俺自身十分に分かっている。

 悔しいけど、俺はえめるに──いや。

 俺はその気持ちを認めることを避けることにした。

「頑張ったな、えめる」

 そんなことを言っても、えめるは喜ばないのは分かっている。

 だけど、それでも言わずには言われなかった。

 えめるは、頑張って生きている。

 不真面目なのは、俺の方だ。

「頑張って生きてますよ? これからも頑張ります」

 えめるは、いつもの口調でそう答えた。

 こいつの居場所のためにも、いや、俺たちの居場所のためにも、俺も少しは頑張って勉強しよう。

 俺が少しだけ素直になれたのは、それだけだった。


          ■


 さて、その日から俺も勉強を開始した。

 要するに理想の女の子を考えればいいんだろ? って考えて、何となく妄想して勉強に取り組むことにした。

 部活でもほとんど検定の勉強会に終始し、だが、それは結局いつものボケとツッコミの雑談になるわけで、あまり勉強は進まなかったが、ま、えめるが合格すれば、紗歌恵と二人はいるから大丈夫か。

 申込書も俺を含めて受理され、受験票も送られて来た。

 受験は電車に二十分ほど乗った先にある駅から徒歩数分の会議室で行われる。

 学校から申し込んだので並びの受験番号だ。

 俺たちは特に待ち合わせもなく、それぞれが会場へ行くことに決めた。

 席も近いって事で、まあ、行けば分かるだろう。

 こういう試験は試験三十分前に席についておくのが常識だから、俺は開始三十分前に到着する。

 会議室のドアを開けた瞬間、室内が異様な雰囲気に包まれた。

 女子力検定三級と言うと、主に中高生をターゲットにした試験らしい。

 ちなみに二級は大学生専門学校生、一級は社会人らしい。

 その、中高生、一部小学生とか大学生も混じってるけど、十代の女の子達が、俺の入室にざわめいた。

 まあ、そうだろう、男の俺が女子力検定受けに来てるんだからな。

 女子力検定なんて受けに来てる子たちだから、服も髪型も意識が高く、パッと見ただけで可愛い子たちばかりだが、その子たちに「え? あの人何しに来たの?」という目で見られるのはきつい。

 仕方がない、とりあえず部員と合流して、俺が部として受けていることを会話で何となく説明──って、誰もいねえぇぇぇっ!?

 俺は受験番号が部内で最後だったはずだが、俺の前の番号五人分全員まだ誰も席に座っていない。

 マジかよ、三十分前だぞ?

 こういうのって大体この時間に来て一通り要点見直して頭を落ち着けて臨むもんだろ!

 そういう点も含めて常識人だと思ってた紗歌恵や奈那まで来てないって、どうなってるんだよ!

 俺は席に着くと、周囲からひそひそと声が聞こえて来るので、居たたまれなくなって廊下に出た。

 とりあえず電話だ! みんなに電話しないと!

 まず、誰だ? 紗歌恵にするか。

 既に合格人数に入ってるあいつがいないとまずいしな。

「もしもし、紗歌恵か?」

『由大!? ごめん、電車乗り間違えた! 行けるかどうか分からないっていうかここ何処?』

「知るかぁぁぁっ! ていうか、マジでかっ! とりあえず遅れてもいいから急いできてくれっ!」

 俺はそう言って電話を切る。

 まずい、これはまずいぞ。

 紗歌恵を除いて、俺を含めた五人で二人合格か……。

 えめるが頑張って結果を出したとして、あと一人か。

 いや、まずそのえめるに連絡しないと!

 そのえめるすら来ないとなると、かなりヤバいっ!

「もしもし、えめる? どうした、あと二十五分だぞ?」

『はい……近くまで来ているのですが、眩暈(めまい)がして座り込んでいます……なななんが通りがかって、今介抱してもらっています』

 そう来たかぁぁぁぁっ!

「そうか、無理はするなよ?」

 状況はヤバいが、無理はさせられない。

 俺は紗歌恵がいないことも言わず、ゆっくり来るよう指示した。

『いえ、時間までには行きます。場をつないでおいてください』

「いや、そういうのなくていいから」

『ですが、芸人として、場を賑わすのは本能ですよ?』

「芸人じゃないし、男の俺がいれば何もしなくても賑わうし! いいから、十分休んで間に合うなら来い……いや」

『なんですか? あ、なななんはもう少ししたら行ってもらいます』

 こいつはこんな時にまで何をすればいいか的確に考えていて、何としてでも合格しようと思っている。

 そこまで頑張ってる奴が、紗歌恵がいないなんて知ったらどうなるだろう?

 くそっ!

「今、どこにいる?」

『はい?』

 後二十八分か、まだ行けるな。

「そこはどこなんだ? 近いんだろ?」

『あ、はい、駅で降りてすぐです。電車で気分が悪くなったみたいで』

「今から俺が行くから、奈那はこっちに向かわせろ」

『え……? とりあえず、なななんは向かわせますが、よっしーはそのまま待っててください。必ず行きますから』

「来れるのかよ? 間に合うのかよ?」

『それは……無理ですが。何とかします』

「何とかってどうするんだよ? 出来るのかよ?」

『…………』

「ここまで頑張って来たんだろ! こんなことで終わらせていいのかよ! 頼れるものには頼っていいんだよ!」

 俺は電話を切る。

 で、双美に電話しようとした時、階段から誰かが物凄い勢いで駆け上がってくる。

 エレベータを使わず駆け上がってきたのは、俺のよく知るショートカットだった。

「おう、ゆーだい! なんでこんなところにいるんだ?」

 フード付きロンTにハーフパンツにスニーカーという双美が元気よく俺に言う。

「まだ誰も来てないんだ! えめるが駅前で眩暈がして休んでるらしい」

「まじでっ!? ボクとゆーだいで合格しなきゃ駄目って事かっ! やべっ、真面目に勉強してなかった!」

「うん、その他人依存の姿勢は後でこめぐりするとして、俺はえめるを迎えに行ってくる。お前は中で待ってろ」

「ボクも行く! ボクも足は速いぞ?」

「うん、双美の足の速さは俺も認めるが、お前は力がないだろ。えめるがどうしても動けない時には担いででも連れてくるつもりだ」

「そっか、えめるんは軽そうだけど、それでもボクには重いからなー」

 双美が少し悔しそうにつぶやく。

「それでいいんだよ、力がない方が女の子ってのは魅力的なんだよ」

「……! ゆーだい……」

 双美が顔を赤く染める。

 俺も興奮してるようでよく分からないことを言ってしまったかな。

「とにかく、お前は体力温存して試験に全力を注ぐ準備をしてろ」

「あ、うん……で、でも、ボクだけじゃ合格──」

 俺は何か言ってる双美を置いて、来たエレベータに乗り込み、一階へ向かう。

「あらあ、おはよ~。どこに行くの?」

 降りる俺と入れ違いで、美来がエレベータに乗ってくる。

 ロングのワンピースにショルダーバッグを持った美来はもはや休日のOLさんにしか見えない。

「ああ、えめるは途中で眩暈(めまい)がして、奈那が介抱してるみたいだ。迎えに行ってくる。あと、紗歌恵は電車に乗り間違えたみたいだ」

「あらあ、大変ねえ。間に合わなかったら、私とタミーの二人とも合格する必要があるのねえ」

 双美だけよりはマシになったとはいえ、なかなか厳しい。

 美来の女子力は双美よりは高いと思うが、結局部活でもあんまりまじめに勉強してるようには思えなかったし、本来の女子力と試験で合格する女子力はやっぱり違うからな。

 美来は見た目は女子力の高いOLか女子大生だけど、中身は年相応の高校一年生の女の子だ。

 いや、それ以下かも知れない、パンツ見せても平気だしな。

「いや、絶対にえめるを連れてくる。お前は上で待ってろ」

「うん、分かった~。頑張ってね~」

 俺はエレベータが閉じるのを待たず、外に走り出た。

 ここから駅への道は限られている。

 だが、さっきの話だと駅前のどこかにいるらしい。

 ここの駅はそれほど大きくはないが、駅前はそれなりに繁華街になっているし、人通りも多い。

 そこからどうにかしてあいつを探すしかない。

 努力の人間がこの程度の事ではくじけることはない。

 眩暈(めまい)でしゃがみ込むなんて、俺の知らないところで何度もあったはずだ。

 全力疾走で立てなくなり、お化け屋敷で騒いだだけでぐったりする奴だ、容易に想像できる。

 それでも俺たちには、気付かせずにこれまでやって来た。

 だから、それを口にしたという事はもう一人ではどうにもならないと思ったからだろう。

 絶対に探し出してやる。

 俺は駅前まで走って来た。

 駅前通りは雑然として、あちらこちらを行きかう人々は多い。

 どこだ? ここは既に駅前だ。

 えめるの行きそうなところ──。

「あ、金山さん!」

 街中で俺を呼ぶ声がする。

 振り返ると、ふわふわした髪と、赤紫のふわふわしたワンピースと大き目でオレンジ色のポーチが似合う、童顔で歳上の女の子が立っていた。

「奈那、えめるは?」

「公園です。時間がないので私だけでも先に行くようにと言われて……」

「ああ、分かってる、先に行ってくれ。俺が何としてでもえめるを連れて行く!」

 俺は奈那に手を振ると公園に向かう。

 駅前にある大きなロータリーの中心部分に小さな公園があり、ベンチがいくつかある。

 そこにえめるは座っていた。

 パステルブルーのペプラムとブラウンのショートパンツ、黒に赤チェックのロングブーツを履いたえめるが、ベンチに座って携帯を見ていた。

 体調が良さそうには見えないが、顔も青くないし、かなり回復しているように思える。

「えめるっ!」

 俺が叫ぶと、えめると、その周囲にいた人も振り返る。

「よっしー? どうしてここに?」

「迎えに行くって言っただろ? 体調は大丈夫か?」

「はい、大分よくなりました」

「よし、じゃあ行くぞ?」

「ですが、私はもう走れません。走ったらまた眩暈がすると思います。遅れますが歩いていきますから、先に行ってください」

「いいから、はやくしろ!」

 俺はえめるに背を向け、少し背を低くする。

 背中に乗れと促している。

「ですが、やっぱり悪いです」

 えめるが躊躇する。

 なんで普段あんなに無遠慮な奴が今日に限って遠慮してるんだよ!

「いいから乗れよ! 部活したいのはお前だけじゃないんだ! お前の力が必要なんだよ!」

「…………!」

 俺はえめるに背を向けているので、面と向かっているよりは恥ずかしくはない。

 だから、いつもより少しだけ素直に言葉を出せた。

「俺だって、最初は巻き込まれたと思ったんだよ。毎日毎日お前らの相手するのも疲れてたってのも本当だ」

 俺の前を歩いてた人が、俺を振り返る。

 くそっ、恥ずかしいが、もう止められない。

「だがな、それも楽しいって思えるようになったんだよ! 多分紗歌恵も同じこと思ってるはずだ! だから、部活を続けたいっていうのはお前だけじゃないんだ! 部の全員がそう思ってるんだよ!」

 言い終わって、俺が今、どれだけ恥ずかしい事を言ったのか分かった。

 だからもう振り返れない。

 やがて、えめるの軽い体重と体温を背中に感じた。

「わかりました。お願いします」

「おう!」

 俺は立ち上がり、走り出した。

 耳元にえめるの吐息を感じる。

 背中にえめるを感じる。

 それが何故か心地よかった。

「よっしー!」

 えめるが俺の耳元で言う。

「何だ?」

「海が見たいわ」

「アホかっ!」

 こんな時にも冗談を言うなよ。

 思わず笑ってしまったから、俺の負けだ、くそっ。

「冗談ですが」

「冗談言ってる場合かっ!」

「頑張りましょうね?」

 その声が、少しマジっぽかったので、俺はもう、ふざけて返せなかった。

 「おう! 合格するぞ?」

 俺は、来る時よりもえめるの体重分重いはずなのに、軽やかに走り抜け、試験会場のビルまでたどり着いた。

 試験会場では、今まさに、試験の説明をしているところだった。

「すみません、遅れかけたかもしれないと思われますが、間に合ってますがいかが?」

 がらりと開いたドアの向こうに、そんなえめるの声が、しんとした室内に響く。

 やたらと余計な言葉を付けたす、こいつらしい話し方。

 もう復活したのかよ、じゃあ、安心だな。

「間に合っていますから座ってください」

 試験官は当たり前だがツッコミもなしにそう言って、えめると俺は室内に入った。

 すぐに試験でよかった。

 時間があったら俺は、きっとえめるを抱き締めてしまいそうだったからだ。

 後から絶対に後悔するような、そんな悔しい事を、したくはない。

 その代り、俺はえめるが席に座るとき、その肩を叩いてやった。

 えめるは振り返ることもなく、片手でガッツポーズをした。

 まだ俺の息も整っていない、だが、大丈夫だ。

「それでは問題用紙を配りますが、まだ開かないでください──」

 さて、俺たちの運命が始まる。

 俺はもう、確信していた。

 素敵会(こいつら)は、大丈夫だと。


 その後、遅刻した紗歌恵は三十分後に入って来た。

 試験時間一時間なので、どこまで出来るか分からない。

 まあ、何だかんだで紗歌恵は頼りになるから大丈夫かもしれないが、数には入れないでおいた方がよさそうだ。

 試験終了後、紗歌恵は俺たちに謝った。

 土下座しかねないくらいの勢いで謝った。

 まあ、戦力の紗歌恵を失った事は厳しいが、紗歌恵に頼ってたってのは俺たちの責任であって、紗歌恵一人が悪いわけじゃない。

 俺は気にするなと言って、他の奴らもそれに同意したが、紗歌恵はずっと申し訳なさそうにしていた。

 その日はせっかく休日に集まったんだからと昼くらい一緒に食べたが、その後、えめるが疲れたので帰ることにした。

 ま、みんな私服だったという以外は普通の部活と変わらない一日だった。


          ■


 さて、それから一月程度で結果が学校に送られてきた。

「結果が来たのです! 運命の日です! 私がオレンジジュースをおごってもらえる日です!」

 などと、叫びながら封筒を持ってえめるが部室に現れる。

 まだ奈那は日直があるので来ていないが、俺を含めた他の四人は、いつものように適当にボケにツッコんでいたが、その言葉に一斉にえめるを振り返る。

 学校申込みにしたので(その方が俺が受験しやすいという事で)学校に送られてきたのを、えめるがもらってきたのだ。

「お前にとって運命の日って、オレンジがおごってもらえる程度の日かよ」

 とりあえず俺はいつものようにツッコんだ。

「オーレンジ!」

「落ち着け、興奮しすぎだ」

 俺はこめぐりでもしてやろうと思ったが、そういうえめるも微笑ましく思えているし、それに体力のないえめるはすぐにおとなしくなるので、とりあえず、えめるの頭を撫でてクールダウンしてやった。

「冷静になりました。冷静な頭で考えると、同級生の女の子の頭を撫でる男子生徒ってどうなのでしょう痛い痛い! こめぐりはもっとどうなのでしょうっ!」

「わかった! こめぐりはこれからもやるが、頭はもう撫でないからさっさと結果見せろ」

「む、私とよっしーは同級生というだけの関係ではありませんよ?」

「何が言いたいんだよ?」

「撫でるくらいなら許してもいいですよ?」

「いや、もうやらないから」

 主に俺が恥ずかしいのと、周囲の目が冷たかったからだが。

「やってくださいと言っているのですよ?」

「いいから見せろ!」

「これからも撫でてくれると言うまでは見せません」

「何でだよ! いいから見せろおらぁっ!」

 俺はえめるから強引に封筒を奪おうとする。

「駄目です! 撫でてからです!」

「見せろって言ってんだろっ!」

 抵抗するえめるを強引に制し、押し倒すように机に押さえつけて封筒を奪う。

「ああっ! 金山さんが、笠寺さんを襲ってる!?」

 俺が封筒を開けようとした時、ちょうど入って来た奈那が、思いっきり勘違いをしながら入って来た。

「いや、そんなんじゃないから」

「金山さん、言ってくだされば私だってお見せしましたのに……」

 奈那が、胸元を軽く押さえながら、ぽっと照れたように言う。

「ただ、私にも強引に『見せろ!』と言ってください。私はそれだけで全裸にでもなります……」

「自分を大切にしろ!」

「それより私になでなでを!」

「あー分かった! やってやるから頭出せ」

「あ、ボクも!」

「じゃ、私も~」

「それでは私もお願いします。髪形が崩れるほど荒々しく」

 しょうがないので一人一人撫でてやる。

 あれ、男として同級生の女の子の髪を触るのはどうだっていう話はどうなったっけ?

 とりあえず何も考えず、無心で機械的にやってたら、間違えて頼まれてもないのに、しかも荒々しく撫でまわされた紗歌恵がキレた。

 それはそれで嬉しそう、と紗歌恵がえめるにツッコまれて更にキレた。

 それ以外、問題もなく時間を無駄に消費し、一刻も早く見たいはずの試験結果をまだ見ないまま時が過ぎていた。

「さて、それでは結果を確認しましょうか」

 えめるは俺から取り返した封筒を開ける。

 中には名前が記入された六つの封筒が出てきた。

 えめるはそれを名前通りに配る。

「では、開けましょう……む、第一回選択希望選手!」

「いや、それはくじ引きの時な」

 プロ野球ドラフトなんて最近見てないなあ。

 俺の感慨なんて誰も気にせず、五人がそれぞれ封筒を開ける。

『……あ』

 それぞれがそれぞれの表情をする。

「合格しました!」

 えめるが通知書を高く掲げる。

 そうか、えめるが合格出来たのか……。

「よかったな、えめる」

 俺は自分の事のように嬉しかった。

 よく考えれば大したことじゃない、女子力検定なんてわけの分からない資格だ。

 だけど、普通が普通じゃなかったえめるが、普通であることを証明した、という事であって、それは俺にも嬉しくて仕方がなかった。

「よっしー! オレンジジュースですよ? あと尊敬も!」

 えめるが嬉しげに言う。

「分かってるさ、お前は凄い奴だよ」

 俺は元からそれを認めていたんだがな。

「ごめん……やっぱり落ちたわ」

 紗歌恵が申し訳なさそうに言う。

「ボクも……」

「私も~」

 美来も双美も不合格か。

「奈那は?」

「あ、あの、ごめんなさい、落ちてました。この無能な雌豚を罵ってくださいっ!」

 奈那は四つん這いになって何かを期待するように俺を見上げる。

 いや、見えてるんですけど。

「お前を罵ると、他に落ちた三人も罵らなきゃならないからいいや」

 俺は目をそらしながらそう言って奈那を立つよう促す。

 しかし、これで四人不合格か。

 目標合格者人数は二人、えめる一人合格しても意味がない。

「ごめん、私が電車を間違えなければ……!」

 紗歌恵が本当に申し訳なさそうに頭を下げる。

「いや、誰のせいでもないだろ。紗歌恵が駄目でも他の誰かが取ればよかったんだよ。それがチームワークってもんだ」

「うん……でも」

「部費がないってだけだろ? この部活がなくなるわけじゃない。ここがなくならない限り、俺たちは何も変わらない。だろ?」

「……うん」

 紗歌恵を慰めるが、だが、この沈んだムードは戻らない。

 たかが部費だが、そのためだけに頑張ってきた結果がこれだ、落ち込まないわけがない。

 一人だけ合格していたえめるも、落ち込んでいるだろう。

「ところで」

 だが、そのえめるは落ち込むこともなく、俺を見ていた。

「よっしーの結果はどうだったのですか?」

「俺?」

 そう言えば俺の結果を見てなかった。

 まあ、どうせ合格なんてするわけないから見てもいなかったが、えめるがそこに何らかの期待をしてるなら、とりあえずはっきりと落ちたことを伝えておこう。

「えーっと、『金山由大様 あなたは全日本女子力協会女子力検定第三級に合格したことを通知いたします』……ええっ!? 合格だってさ」

 俺自身、見間違いだと思って三回くらい見直して、自分の合格を確認した。

「ええっ!?」

「ほんとだ!」

「よっしぃすごーい!」

「凄いです!」

「合格です! これで部内二人合格ですっ!」

 背後から覗き込んでくるメンバーとは逆に、えめるは正面から抱き付いてくる。

「お、おい」

 俺はえめるを引き離そうとするが、思ったより強い力で抱きしめて来るし、俺も突き飛ばせずにそのまま抱きしめられていた。

 気恥ずかしさがあったものの、正直な話、悪い気はしなかった。

「オーレンジ! オーレンジ!」

 だが、それは数秒の事で、えめるが俺の胸でそんな事を叫び出した。

『オーレンジ! オーレンジ!』

 こめぐりでもしてやろうと思ったら他の奴らもそれに続いて声を上げる。

 事もあろうか、あの紗歌恵までも!

 え? これって俺が全員にオレンジジュースおごれって事かよ!

「ちょっとまて、お前ら落ち着け!」

『オーレンジ! オーレンジ!』

 しかし、声は止まらない、何だこの空間。

「オレンジをおごってください! さあ早く!」

 えめるの表情が、あまりにも嬉しそうなので、俺もなんだか、まあいいやって気分になった。

「分かった分かった、全員分一人で持てないから、双美、手伝ってくれ」

「おうっ! 全員分おごってくれるのか?」

「まあな、正式な部活として部費が出るようになった祝いくらいしたいしな」

「あ、じゃあボクはレモンスカッシュがいい!」

「私はコーラ~」

「あたしは何でもいいわ。じゃあウーロン茶で」

「私は金山さんの唾液で充分ですっ!」

「ちょっと待て! メモ取るから! あと奈那は却下だ」

「では、金山さんの聖す──」

「却下だ! お前はえめるか!」

「え?」

「違った! えめるは飲ませる方だ!」

『えええぇぇぇぇぇっ!?』

 え? 何でこいつらこんなに驚いてるんだ?

 あ。

「ちょっと、よっしー! それは秘密でお願いしますっ!」

 顔を真っ赤にしたえめるが俺をぽかぽかと叩く。

 ちょっとまて、今の話し方にこのえめるの反応だと俺、えめるのおしっこ飲んだみたいじゃないか!

「落ち着いて考えよう! お前らの想像は間違ってる!」

「ふうん、あたしらの考えってどんなのだと思ったのよ?」

 紗歌恵が何故だか怒りながら俺を睨む。

「とにかく! 何もない! ちょっと待て奈那! 何パンツ下そうとしてんだ!」

「いえ、そちらがお好きなのなら私が──」

「違う! そっちもこっちも好きじゃねえええっ!」

 奈那を羽交い絞めにしている間に、真っ赤な顔のえめると、囃し立てる他の奴らにもツッコんで、それが終わるとまた奈那にツッコんで、それを繰り返しているうちにまた今日も無駄に一日が終わる。

 これからどうなるのか、どんな活動をするのかもさっぱりだが、これからもこうやって無駄に時間を消費して行くんだろう。

 なんで何の活動もしていないかって?

 素敵な出会い、なんてもう、俺たちには必要なかったのかもしれないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ