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リノベーション・サガ   作者: 悪役
6/6

進撃の合図

───予感はしていた。


別にそこに行くと思っていたわけではない。

そこに答えがあると思っていたわけではない。

だって、そこはここを通るまで本当に忘れに忘れていた場所なのだから確信を持てるはずがない。

でも、だからだろう。


忘れに忘れていた場所だからこそ───忘れ去った答えはそこにあると予感出来た。


背後。

今も車椅子を押してくれる少女は自分達がどこに向かっているのか、さっぱり理解出来ていないだろう。

何せ、この前線基地とも言える街の奥深く。

街からも忘れられたかのように、防衛の為のシステム所か手入れすらされていない並木道を通されているのだから。

あの避難用のシェルターから直ぐにこの場所に直行したのだ。

何の説明も無しに付き合わされているカレンには申し訳ないとは思うが、無言を選択するしか自分にも余裕がない。

目の前のお喋りな老体ですら無言になっている。

ただ、先程と違い何時の間にか持っているものがあった。

それは菊の花であった。


埋葬の花。


その埋葬の花を何に使うというと余程の虐めではない限り使われる用途は一つである。


「……」


一体、誰にそれを捧げるのだろう。

こういう時に無駄に回転する頭が恨めしい。

自分に都合のいい展開のみを自分に示す。


ああ───嫌だ。


加山竜司は結構、本気でここ(・・)から先を進みたくないと思っている。

何故なら知っているからだ。

自分というものを(・・・・・・・・)


きっと(・・・)知ったら止まらない(・・・・・・・・・)


自分の性質は理解している。

あのトリガーハッピーであり、人の迷いを砕く事が得意な馬鹿が俺を見ながら愉快を納めなかったのはそういう事なのだろうと無意識で理解していた。

あれはそういった形をした獣だ。

愉快な事を起こし得る存在を嗅ぎ取る鼻に関しては、獣族にも勝る。

だから、死んだ今でも簡単に口に出すことも出来れば思う事が出来る。

何故なのかと問われれば簡単だ。

死んだと聞かされはしたが、死んでいると全く思えないからだ。

死体は見ていない。

単なる報告による死亡通知がされただけだ。

それでも戦争なら誰でも死ぬ。死にそうにない人間だと思っていても死ぬ時は死ぬ───と言える様な可愛い人間なはずがな(・・・・・・・・・・)()

いや、そんな小難しい理屈で語られるようなものではない。


単純に───あの馬鹿が俺以外に(・・・・)殺されているとは思えないのだ。


きっとあの馬鹿が死ぬのなら俺の手で。

そんな意味不明な馬鹿げた考えが根底にあるせいだろう。



だからこそ(・・・・・)



今、目の前に広がる光景から俺が無意識に望み、あの馬鹿が意識的に望んだ始まり(結末)が始まるのだろうと予感した。






「墓地……?」


背後にいる彼女の疑問がこの場所を示している。

彼女の言う通りにここは墓地だ。

人が死んで埋められる場所。

それ以上でもそれ以下の役割もない。そんな場所である───ただ、必要以上に何も無いが。

墓地というにはここは余りにも整えられていない。

まるで葬られているだけマシだろ? と言わんばかりの設計思想。

墓石なぞそこらに落ちている大きな石でも乗っけったのでは? という感じ……いや、本当にそうなのだろうというのばかりである。

名前すら彫られていない石の集まりは、それだけで墓地というよりも気味の悪い儀式場のような雰囲気を作り出していた。

周りの雑草なども抜いていないから余計に。

だが、そんな事は別にどうだっていい事だ。

確かに、まだ葬られているだけマシというのは間違いない。

死体が残っていないなんてよくある状態だし、墓石の面倒を見ていられる余裕なんてない状況なのだから。

墓石を磨いている暇があれば武器の手入れをするべし、というのは合理的でなくても同意出来る。

だから、そんな事はどうでも良くて。


「……」


もしも、自分が考えるもので記憶が間違っていないのなら……この入口から数えて13個目が……それであって……。

目の前にある老人の背に注目しているとその背は期待に応えて歩き出した。

一つ。

二つ、三つ。

四つ、五つ、六つ。

七つ、八つ、九つ、十。

十一、十二、十三、十四───


「あ、数え間違ったわい」


両足がない事がこんなにも憎悪に繋がるとは。

両足があったのならば間違いなく、その後頭部に飛び蹴りをかましていたというのに残念だ。

背後の少女もへの字に口を曲げているのを見て、同志はどこにでもいるものだと感慨深く頷く。

だが、そこはやはり


「……中将」


「元をつけるの忘れているぞ?」


「戯言はどうでもいい───何故、俺の両親と面識がある」


え? と後ろで驚いている彼女には申し訳ないが答える余裕がない。

そのどうでもいい石の下には両親が眠っている……かは定かではない。

死体があるかどうかも知らない。

その前に埋められたからだ。

それは余りにも唐突な死であったと記憶している。

何か死ぬ予兆があったわけではなかった。

前日には確か……父と母、二人に遊んで貰っていたと思う。

断言が出来ない。両親を美化していないだろうか。


「知らなかったのか? 儂はお前さんの両親と生きていたら同い年じゃ───所謂、腐れ縁という奴……と言いたい所じゃが、死んでも縁という言葉は使っていいのかのぅ……なぁ、この馬鹿野郎」


苦笑と共に花を添える中将。

最後の語りかけはこちらに向けたものではなく墓に向けたもの。

その瞬間だけ、目の前の老兵は声色すら変えていた。

一瞬、若返ったのではと馬鹿な事を思うくらいにその声の調子は俺達が聞くものと違った。後ろの少女も驚きの吐息を吐いている所から自分の驚きが間違いではない事を知る。

その口調に嘘は感じない。

こちらの感情に働きかけようとしての言葉ではなく、自分の内から派生した感情から生まれた言葉であった。



人はそれを───友情と呼ぶのだろうか。



今では廃れた言葉と概念に一瞬、憎悪に近い感情を抱いてしまう。

それに目聡いのが周りの森から居合抜きをする寸前の空気のようなモノをこちらに投げかけてくる。

恐らく、あの刀を持った少年だろう。

しかも、爺の部屋にいた時とは違い、殺意だけ感じて場所が探れない。

本気の隠行だ。

それでいて、彼がこちらに殺意を送るのは───つまりその憎悪を吐き出した瞬間にこちらの首を斬れるぞ、と警告をしている。

近くにいるとは思えないのだが、実は本当に近いのか───もしくは遠くても十分に間に合うという事なのか。

怪物め。この戦国時代に相応しい傑物の一人だと思うが、横槍の視線を気にする程、殊勝な性格はしていない。

どういう理由で生み出された憎悪か。理解出来るが故に余計に苛立たしい。

だから、苛立ちを隠す事無く


「それで。ここで、何か俺に言いたい事でもあったのではないのか?」


と、聞いた。

すると、そこで友情を吐き出していた表情は何故か、心底意味が分からないという表情で


「は? まるで儂の言葉を期待するかのような言葉じゃの───何で儂がわざわざガキに甘い言葉なぞ言わなければならんのじゃ?」


敵意など欠片の無い───間違いなく侮蔑の言葉をこちらに突き付けた。





「……何だと?」


突然の侮蔑に、しかしそんな事はどうでもいい。

ならば


「何故、ここに来る前に意味深な事を言った」


「意味深な事を言いたかったのみじゃ」


成程、と頷き


「カレン。蝋燭と五寸釘を持ってないかな?」


「……何となく予想も付きますし、理解も出来るんですが一応聞いておきます。何に使うんで?」


「何。大した事は使わない。ただ、目の前の腐った爺がまるで子供のような素直さになる魔法を使うのだよ」


「へ、へぇ……に、人間でも魔法が使えるんですね!?」


「ああ。一説においては必死に努力して、しかし童貞のまま30代を過ぎると極大魔法を使えるらしい」


「きょ、極大ですか……!?」


「ああ。極大だ───さて。何を極大で驚いたのかね? 是非とも聞いてみたいものだ。恥ずかしがらずに大声……いや俺にだけ聞こえる声で言ってほしいものだ」


「え!? い、いやあ、そのぅ……ほ、ほら! あっちでお爺さんが寂しそうな目で見ているんで注目してあげましょうよ!?」


「あんなクソ歪んでいる爺なぞ放っておけ。記憶容量の無駄だ。どうしてもと言うのなら君が続きを言ってくれれば俺の大事な記憶容量をあの爺に向けようではないか」


「……ぶれんなぁ、このセクハラ小僧は」


当然だとも、と不遜に答えながら腕を組み、そして溜息を吐く。


「つまり、なんだ。貴方はただ気分で動いただけか。追われている立場なのに呑気な事だな」


「常に張り詰めているのもキツイものじゃろ? それに儂も色々、漫画や物語などを見ていて思った事じゃよ」


「老人の人生哲学か。興味はないが聞いておこうか」


「別に何もタメになるような話ではない───単純に他人の言葉で決めるような人生なぞ塵程の価値もないという事じゃ」


そうじゃろう? とこちらの反応を窺う様に一瞬、間を開けながらも告げる。


「年上の尊敬する人間から。仲間の死に際の言葉から。愛する女性の真摯な言葉から。成程。どれも心に残り、響くものだったよ」


伝聞ではない答えが、軽い調子で言われている言葉に重みが加わる。

英雄とは敵の死のみを看取る存在ではなく味方の死も見続ける存在だ。

己のみを残して隣を通り過ぎていくような死を彼は年齢からしても自分の倍以上に見続けている事になる。

この老将が言うほどなのだから、間違いなく自分達みたいに合理を優先としない社会不適合者だったのだろう。

そんな戦友が残す言葉を大切な言葉だと本気でそう思いながら


「───しかし、それで揺らぐ様な生き方が後に揺らがないはずがない」


確固たる意志を持って断じた。


「誰かに言われた始まった事は、後に誰かに言われて折れるのが相場じゃろ? 馬鹿らしい。阿呆らしい。そんな真の黒幕は実は!? お前がやってきた事は全て間違いだったんだ! などとくだらない(・・・・・)言い分を笑ってあ、そう? くらい言えない人間が何を成せるという」


そう


「誰に言われるのではなく。誰に求めるのではなく。誰かの為ではなく。己の内から漏れるものを信じればいいのだ。間違いが起きたらどうするのだ? 起きない方がおかしいじゃろ。間違いなんて人も獣族も機族も魔族も竜族もする。進む道が正しいなんて神様にでもなった気分か。ああ、もう面倒じゃな。つまり」



存分に楽しんでやれ



正義でも悪でも、正しくても間違いでも。

徹底的にやった方が、凡そ80年の人生を退屈させずに生きる事が出来るだろう、と。

人類の守護者として一時期は名を馳せた老人はそう言ってかかっ、と笑って


「と、まぁ、適当に言ってみた」


後ろの少女が思わずずるり、とこけそうになった。

意外とノリがいいな、と思う。

勿論、俺は少女の味方だが。


「確かに適当でもなければ大半が聞くに堪えない戯言だ。何が言いたいのかさっぱりだし、結局はこちらに指示をしているではないか。その頭の味噌は蛆と交換されているのではないかという程に」


「そんな───褒めずとも」


殺してやろうかこの爺と結構、マジで殺意を覚えたが、今度は警告が来なかった。

シリアスとギャグの区別はついているらしい。

ともあれ、苦笑とともに御老体はそこにある粗末な墓を指差した。


「儂が君に示す事はない。答え合わせをする事もない───もう解っておるんじゃろ?」


言われなくても。

そんなのここに来た瞬間に本当に簡単に思い出した。

逆にどうして忘れていたのか理解できないくらいあっさりしたものであった。

衝撃も何もないまま、ただまるで落ちていた物を拾ったかのように、俺は自分がどうして戦おうと思ったのかを思い出した。

誓った場所はそれこそその場所。

今は老人が立っているその場所に。


幼い自分が手を握りながらも、視線は前に立っている姿を幻視した。


「……本当に特に何も異常はなかったんだ。その日の前も、ただ当たり前だと思っていた日常があって……明日も父と母が遊ぼうと気軽に語ってくれるような一日だと思っていた」


その頃には既に自分が他の人間と違う考えをしていると朧気ながらも理解していた。

語る言葉、動く姿は同じはずなのにどこか根本的な考えが他の子供と違うと認識していた。

それが幼い自分には気味が悪く覚えて、どうしても友人というモノを作るのに躊躇った。

だから、自分にとっては同年齢の子供と遊ぶよりも家族といる方が自分らしくいれた。

それを言うと父と母は困ったような顔で笑っていたのを覚えている。

幼い頃の自分はその笑みを理解していなかったが、今なら理解出来る……理解出来てもどうにもならないのだが。

だから、無邪気に諦めを覚えていた自分に母は何時も叱るようでいて教えるような言葉で


「大丈夫。きっと竜司にも大事な人が出来るよ」


と言っていた。

それに何時も子供みたいに色々言った気もするが、美化している気がしてならないので思考にしない方がいいだろう。

そしてそんな両親は本当に呆気なく死んだ。

次の日に遊ぼうと約束をし、朝になると二人の姿はいなかった。

そしていきなり見知らぬ人が家に来たかと思ったかと思えば、連れられた先はここであり何の説明もなくただ何となく置いたとも思えるような墓を見せつけられた。

十年も前の出来事だったと思う。


「……」


過去と現実を混ぜてしまいそうになる微睡に抗いながらそれでもまだ過去を視る。

当然、悲しみはあった。

理不尽に対しての怒りはあった。

閉じた世界では平和ではあったけど、その外側は戦争というあっという間もなく命が消えていく時代であった事もぼんやりとだが理解はしていた。

だが、そんな事よりも強烈に思ったことがあった。



どうして、わざわざこんな下らない事(・・・・・・・・)で命を失くさなければいけないのだ、と



何故、自分達がくだらぬ戦争で(・・・・・・・)死ななければいけない(・・・・・・・・・・)

それが加山竜二が子供とか大人とかそういう垣根を越えて考えた原初の想いであった。

戦争という生存競争?

成程、それは必死にならざるを得ないし、結果として自分が死んでしまうかもしれない未来がある事は享受しなければいけないだろう。

だが、俺がそこで死にたいとなぞ願った事など一度もない。

戦争というのは運と実力でしか生き残れない?

成程成程。全くもってその通りだろう。


ふざけるな(・・・・・)知った事か(・・・・・)


何一つとして俺が死んでもいい理由にならなかった。

望む目的に挑んでいる中での実力や運不足での死なら幾らでも甘受しよう。

結果が絞首台でもギロチンでも未練はあっても後悔なぞない。

この戦争が俺が望んで引き受けたものというものならば、笑って死のうではないか。

違うから下らないのだ。

勿論、俺の願いが通らないからこそ理不尽という言葉があるわけだ。

だけど、黙って死ぬのを待つのもごめんだ。

だから───

だから───


「だから、世界を止めようとした(・・・・・・・・・・)……言葉に出せんのかね?」


「───」


口に出すことが出来なかった言葉を目の前の大人が代弁した。

まるで自分が理解されているようで気持ちの悪い感触が体に浮かびそうになるが、正しいが故に何も反論が出来ない。

何故なら


「俺はきっと……口に出せばやる(・・)。何の躊躇もなく、やると決めたらやってしまう性格だ。それこそ、この十年で何となく理解した」


「それは……別に悪いことでは」


「ないとは思う」


少女が口に出していいのかどうか迷いながらも反論しようとした言葉を自分も即座に認める。

認めるが


「そのやろうとしている事が問題だ。世界平和を求める為に俺は何でもしようとするだろう。当然だ。何せ相手は世界だ。自分で言うのも何だがストッパーのない俺には最後までやり尽くす(・・・・・)。それがきっと───怖いのだろう」


そう、加山竜司は自嘲し


「───違うな。君が怖がっているのはそれ(・・)ではなくそこ(・・)だろう?」


言葉遊びのような返事で、しかしそれを否と見做された。

そこ。

視線が向ける先はこちらを見ているようでいて、視線は俺を貫通している。

視線の先はだから、俺ではなく───


「……馬鹿な、と言いたいのだがね。御老体。貴方は信じないのだろうけど、俺は一目惚れなどというのは馬鹿の戯言だと思っていたのだがね」


「安心するがよい。儂も昔の頃、同じ事を思っていたし、お前さんの父親も似たような考えじゃったよ」


じゃあ、そういうものなのだろうかと思う。

後ろの少女が何を言っているのかわからないという表情であたふたしているのが愉快だ。

小さく苦笑の溜息を吐きつつ、話しかける。

今まではこの場にいる存在に語りかけていた。

だけど、今度は少女に語って聞かせる言葉だ。


「唐突だが、俺には大事な人がいる」


「え……? そ、そうなんですか?」


「ああ。馬鹿げた事に……ほんの数日しか経ってないのに、何故か気になって仕方がないしょうがない女性(ヒト)だ」


息を飲む音が聞こえるが、敢えて何も言わなかった。

だから、数秒待ち、彼女が覚悟する時間を割いて、そして彼女の言葉が返ってくる。


「……それはどういう意味なんですか?」


「なら、婉曲に答えよう───俺の亡くした両親よりも大事だと思えてしまう人かもしれん」


「……かもなんですか?」


「ああ。何せ、俺にもよく理解できていない。何故、そこまで大事に思えるのか理由も分からないし、馬鹿げた事だと理解している───だが、困った事にね。彼女は俺の正反対のような人なんだ」


そうだとも。


「一度決めたのならば即断即決の俺と違い、彼女は何時も決めるにも……きっと決めた後も迷い続けて苦しむような人だ。それこそ、俺よりもこの戦乱時代に合わない人だ」


「……人じゃないですよ」


「誤差だ。気にする事はない。だが───きっと、それは誰よりも己に向き合って正しくあろうとしている証拠なんだろう」


背後の驚きの雰囲気を無視して俺は最も自分にとっての迷いを吐き出す。


「俺はだから、きっと不覚にも思ったのだろう。この人が近くにいてくれれば俺は間違えたまま、しかし己の意志の境界線を引いてくれるのではないかと。だが、それはつまり彼女を戦乱の中心に引き連れる行為だ。争いが嫌いな人に争ってくれと不遜な頼みをするのと同じようなものだ」


それはしたくない───


だから、俺は戦うべきではないのでは、と思った。

それだけなのだ。






「───」


カレンはどう答えるべきなのか。

人生経験は薄くても積んできたと思っていたのだが───竜であると知った今でもこんな言葉を自分に言ってくれた人との会話は流石に存在しなかった。

それも馬鹿な事に、竜である私に対して危険な目に合わせたくない。殺し合いに連れて行きたくないと。

竜に対して、まるで本当に人間の少女のように扱う人間を馬鹿と言わずに何て言うのだろう。

嘘を吐いているのだろうか。

こちらの気を引き、好き勝手使おうとしているとかどうだろうか?

これならばこの言葉に問題はない。

問題があるのは───そうであっても問題はないと思っている自分の心だ。

彼は私を巻き込みたくはないと言うが、それはこちらの台詞だ。

でも、それをどう口に出せば良いのか分からず、この数秒がまるで一時間にも感じられるような感覚を得ながら───目の前にいたお爺さんの視線が右を向いた。

別にどうという事もない視線の動きであった。

何かを見つけたというわけでもなければ、捉えたというわけでもない。


それなのに……その表情はまるで長年会えなかった友人に久し振りに出会えたという小さな笑みに移り変わっていた。


「……子供二人の話をもう少し聞きたい所じゃったが……だが、まぁ、こんなものかのう」


ずっと黙ってこちらを見守っていたお爺さんはその微笑のまま向いた視線に体を向け、そのままこちらに語りかけてくる。

突然の変異に二人で少し混乱するが、それも気にせずにただお爺さんは私達に呟いた。


「先程も言ったように、儂は二人に意思も情報も過去も未来も何も預けん───残すのはただ力だけじゃ。何物にも縛られず、ただ己の為に笑って生きるがよい。いや……もう無粋かのぉ。なら、一言だけでいいかの───じゃあ」



行ってくるわい



そうして私は───心臓(いのち)が破裂する音を聞いた。





「───は?」


さしもの加山竜司と言っていいのかは知らないが、それでも限りなく常、冷静沈着を志している自分も目の前の突拍子もない殺人事件には馬鹿みたいな言葉を吐き出すしかない。

心臓から零れるように流れる血も。

着弾した後に響く発砲音も。

まるで、映画のシーンを作っているようで現実味がない。

余りにも前後が繋がっていない。

日常会話のシーンからCMを挟んでいきなり殺人現場に放り出されたモブキャラの気分である。

ドサリ、と倒れる音もまたリアルなのだが、リアル過ぎて逆に冗談のような雰囲気を作っているのだ。

まるで眠るように倒れている老人が本当にな~~んて冗談! とか言って起き上がるドッキリをするのではと本気で勘繰ってしまうような現実感。

しかし、唯一、その冗談を否定する加山竜司の人生で積み上げたもの。

経験、という馬鹿げた文字と能力が


ああ、死んでいる───


とりんごが地面に落ちるかの如く納得させた。


「……」


いや、おかしいだろ。


「……」


普通、こういう時は何らかの情報を残したり、指針を残したり、遺言を残して死ぬものじゃないのか?

漫画やアニメ、ゲームでもいい。

こういう過去の英雄はそれらしい言葉を残すものじゃないか。


「……」


確かに多少は残してくれた。

世界が滅びそうになるとか、私達は世界を守りたいとか、竜族の滅びの全体ではないが多少の真実は残してくれた。

でも、そんなのは取扱説明書における最初の数ページ程度の真実ではないか。

何故、彼が竜の娘を匿う事が出来たとか。

何故、俺の両親が死んだのかとか。

何故、俺の事について事細かに知っているのとか。

これからをどういう風にしていくとか。

そんな在り来りな言葉なぞ一切残さずに



本当に何一つとして残さずに英雄と元は呼ばれていた人間があっさり死んだ。



「辞世の句すら残さずに死ぬか……」


偶然にも俺の家族の墓にもたれかけて死んだ老人に逆に文句の一つも言えなかった。

ただ、現状には文句を言いたい。


「カレン……」


車椅子の後ろに命の暖かさが存在しない。

目の前の老体が撃たれた瞬間の空白に彼女が連れ去られたのを知覚してはいた。

知覚してはいたし、反射で手を伸ばそうとした。

本当に一瞬の刹那だったが、彼女も手を伸ばそうとし───両の足が無い自分の手では彼女の手に届かなかった。

そしてそのまま連れ去られた。

先のような地震が起きなかった所を見ると、何かをして竜の彼女を無効化しながら。

そうして、俺は死んでしまった御老体と共に墓に放置。

何とも正しい判断だ。

蚊帳の外のどうでもいい人間なぞ知った事か、という事なのだろう。

正しくその通りだ。


蚊帳の外


今の自分の現状を例えるのにこれ程、相応しい言葉があるだろうか。

今の状況も見捨てられたのでもなければ、見限られたのでもない。

単に無視された。


「はっ……」


笑えてくるが、事実だから認めるしかない。

そして、これが最後通牒だという事も理解している。

そこで路傍の石のように寝転がっていろ。そうすれば見逃してやる。

つまりはそういう事なのだろう。

舐められたものだな、という定型句は抗う事が出来る人間だからこそ吐ける台詞だ。

だから、その台詞を言うには


「選べという事なのか……」


今、ここで。

決断をしろ、と。






「……」


時間がない事も理解しながら周りを見る。

視界に入るのはどこにでもあるような石が散らかっている墓場。

名前すら彫られていない。

最低限という言葉が相応しい死体の眠る場所だ。

目の前のつい、さっきまで喋っていたはずの御老体の死体にはちっとも相応しくない様な死に場所。

そんな人間ですら呆気なくこんな舞台の端の端で死ぬ。

それがお前が進む道であると言われているようだ。

何れ、どうでもいい場所で果てるだけか。余程の幸運で成功するかの二択。

進むという道を選んだのならば、最早、その二択でしかない。


栄光を得られるか、打ち捨てられるか。


だが、そんなのは誰でも一緒だ。

死亡率の差異のみであり、生きている限り生きるか死ぬかの二択問題だ。

その二択に余分なモノがある事を人生と呼ぶ。

だから、正直な所、加山竜司にとって本来ならこの二択はそこまで悩むものではなかった。

ただ死ぬか、戦って死ぬか。

正直に言えばサーヴィス問題の類でもあったはずなのだ。


───この両足と少女の事さえ無かったのならば。


「……」


ズボンに本来なら入っている足は膝から下が存在していない。

どう足掻いても自分が戦争に復帰できる人物とは思えない。

少女が連れ去られるのも黙って見ている事しか出来ない性能しか持ってないのだ。

部屋に押しかけられた暗殺者のような限定条件下の争いなら二分は生き残れる事は出来るだろう。

そこからは先は弾が五発入ったロシアンルーレットをやるような平等ではない殺し合いになるのだから、足手纏いこの上ない。

立つ所か進む事ですら、誰かの手を借りなければ上手く生きれない社会的弱者。

正しく、今の自分は弱肉だ。

弱いなら弱いなりの戦い方があるというのは確かだし、軍師というような後衛職ならば何かをする事は出来る事は確かだ。

だが、誰も彼もが自分の両足を語る事はなかった。

少女は優しさからだったが、他の二人。

あの少年剣士と目の前の老人は何一つとしてそれに関しては語らず、どうでもいいという雰囲気であった。

なら、両足(弱さ)の理由での否定は求められていないのだろうし、俺もそんな程度で悩むような可愛らしい主人公(バカ)でもなかった。

そして、正しさなぞ語る資格もないし、心底どうでもいい事柄であった。

つまり、ただ一つ



ただ、少女の事だけ



「───」


やはり馬鹿なと思ってしまう。

出会ってまだ一週間も経っていない少女をどうしてここまで想う理由がある。

俺が彼女の事で語れるのは名前と竜族である事くらいだ。

今更、愛欲で動くなど馬鹿げている。

何も知らない彼女の為に、何も出来ない俺が動くなど異常を通り越して阿呆の極みだろう。

それなのに


「何故軋む……」


それではいけないと心臓が鳴る。

取り返せ、取り戻せと無意識が叫んでいる。


戦え、と理性()ではなく本能(肉体)が叫んでいる。


何も知らない少女を?

名前と種族以外を知らない少女を?

この何もできない体で?

馬鹿げている。

ふざけている。


───でも


「ここにいたらそれこそ何も知れないのか……!」


何も知らない彼女を何も知らないままになる。

それが何故だか酷く我慢ならない。

その理由は?

その理由は───



"大丈夫。きっと竜司にも大事な人が出来るよ"



そんな子供みたいな言葉を俺に何時も語っていた人がいた。

既に大事な人はいる、と返事をして、嬉しそうな笑顔を返しながらも、それでも出来るよ、と笑いかけてくれた人がいた。

御老体が寄りかかっている墓の下にあるかどうかも分からないが、それでもその人はここに居たのだ(・・・・・・・)

大事な人。

大事な人という事はどういう事であるか。


───かけがえのない人であるという事なのだ。


いいのか?

そんな幼稚な感情で世界を振り回しても。

周りも巻き込んで地獄を生み出すような行いになるかもしれない賭けに挑んでも。

そして、それをもう語る事がない老人の死体が、俺の頭にその答えとなる記憶を刺激した。


存分に楽しんでやれ


「……感謝する御老体」


肩の力を抜く。

爽快な気分……とは言えない。

肩の力は抜けたが、肩の荷は増えた気がする。

そして、この荷は下りる事はないのだろうと思い、さて。まずはどこから始めようと考え


『よう、大将。気分はどうだい?』


まるで本当に狙ったかのように声が鳴り響いた。


「……やはり生きていたかクソ馬鹿が……」


気づいてはいたが無視していた左首辺りの襟をチラリと見る。

そこには気付いていないと無視してしまうレベルのシミにも見える小さな機械が張り付けられている。

声はそこから響いており、そしてそこから発せられる声は自分によく聞き覚えがある声───死んだと聞かされていた悪友の声であった。


『おうおう。折角、もう二度と会うことはあるまい、とロマン溢れる言葉を乗り越えて再開したダチにひっでぇ言葉を出すなぁ。俺様、マジ傷ついたぜ』


「黙れチンピラわくわくドM。よくもまぁ、人が日常を謳歌していた所を暗殺者なんて素通りさせただろう? お蔭で実に出来の悪いアトラクションをする事になったぞこの日常ブレイカー。何時か去勢してやろうと思っていたが、死んだと聞いた時はもっと早くにやっておけばよかったと後悔したものだが、無駄になったではないか!」


『はン……両足無くして腑抜けていた馬鹿には丁度いいレベルのアトラクションだっただろ? 馬鹿につける薬なんてないのが相場なんだが、お前さんは死にかけたら勝手に興奮するド変態だから壊すこちらも楽々だわ。そら? 礼の一つでも言ってみたらどうよ? 礼儀という言葉を知っているんなら今がチャンスだぜ?』


「ほう? それはこちらも驚きだ。まさか礼儀などという人類の行儀を年中イカレ発情期の旧人類が知っているとは? どこで習った? もしかして実は死んでいてこの電波は霊界に繋がっているというミラクルでも起きているのかね? 閻魔もさぞや貴様の扱いに苦労している事だろう───九鬼九郎」


『そうでもないぜ? これでも優等生だからなぁ───加山竜司』


ククク、と笑いを堪えた狼のような男に何時もの嫌味の応酬を持って、生存の帰還を聞き届けた。

大体、そんな事だろうと思っていた。


「ここで貴様と繋がるという事は……大方、俺と出会う前から御老体の陣営にいたというわけか」


『そうゆうこった。ま、スカウトマンみたいなもんだ。勿論、楽しめそうだという理由もあってだがな。まぁ、そこの爺には敬意が持てる人間だったから文句もなかったしな』


つまり、俺みたいな感情を持て余した人間を探し回る役目を持っていたという事か。

確かにこの馬鹿は鼻がいいから丁度いい役目だ。


戦争の犬(ウォードッグ)には丁度いい役割だったというわけか」


『別に戦争大好き戦争屋になったわけじゃあねえがよ───それで? どうすんだ? 分水嶺はここだぜ?』


「俺がどう答えるかを見た上で連絡を取ったのだろう?」


大将、とわざとらしく声をかけてきたくせにわざとらしい。

ご名答、と本当に嬉しそうな声を出して答える阿呆に嘆息する。


『それで? オーダーは?』


「勿論───俺と彼女とのイチャイチャシーンの公開の為の準備だ。派手な祭りをお願いしたい所だ」


『頼まなくてもそうなりそうだぜ? 敵さん、歩兵部隊所か、機人三機に上空から戦闘機が五機程来てるらしいぜ?』


「機人もか……」


ネーミングセンスの欠片もないが、その実、男なら一度は憧れるであろう───所謂、ロボットのような機械兵器。

最も、登場するのではなく操縦者とリンクをする事によってダイレクトに操れる対巨大生物向けの兵装である。

無論、弱点としてリンクしている最中は搭乗者の体が無防備になるというリスクがあるのだが当然、出来る限り安全の場所に放置しているだろう。


「用意がいいものだ。敵も本気。こちらも本気。こちらの暇人はどれくらい参戦出来るのかね?」


『ま、全員を参戦させるわけにはいかねえからな。小隊規模。そして俺みたいに頭ぶっとんでいるのが俺を含めて4人───充分だろ?』


「釣りが返ってくるくらいにはな。他のメンバーはどうするのだ?」


『参加しないメンバーは既に『扉』の付近に退避させているらしいぜ?』


「……この爺も用意周到側だったか。だが、扉は最も厳重警備をしている場所だぞ? 幾らなんでもあそこを突破するのは難しいはずだが……」


だが、まぁ、そういう風に指示をしたという事は何らかの備えがあるという事なのだろう。

何一つ言わなかったのだ。

俺も敢えて考えずに行こう。


「暇な人間に言っておきたまえ───弔い合戦、もしくは死んでもなどと思っている連中は殴ってでも止めさせろ。ここでそんな事を考えていたら後が持たんからな」


『あいよ───九鬼九郎。コールするぜ?』


『同じ、く……高原薙……剣を、も、持って……参戦、しま、す……!』


『我輩も! 我輩も参戦しよう! あ、すまんが皆の衆! 服が蒸れるので脱いでも構わんかな!?』


『いいわね! それ!? 私も脱いじゃおうかしら!? 男衆! 脱いだ私の全裸が見たかったら一人三ℓね!』


『出来るわけねーだろうが!!』


何やら後半になるとはっちゃけたキャラが混ざっていたが気にせず無視する。

やれやれ。狂った連中共で、物好きな連中であると思いつつ


「最初の命令(オーダー)だ───進撃と略奪だ。慣れたものだろう?」


『───Yes,sir』


何とも久し振りな答えが、自分が戦場に戻ったと思わせる世界平和の実現の一歩であると実感させ笑みが零れた。



さぁ───針を進めようではないか。











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