第6話 魔術師の宴
集会の度に私は思う。魔術師の様々な思惑さえなければ、これはとても素敵な催しだと。昔祖母が読んでくれた物語の世界によく似ている。管弦楽のメロディを聞きながら、人々は酒宴を楽しみ、ひとときの出会いを楽しむ……。
子供の頃は憧れたけれど、やはり夢と現実は違っていた。
– 魔術師の宴 –
案内に従って城の大広間に入ると、既に通されていた魔術師達の間で酒宴は始まっていた。主に正装を来た人達が2人、もしくは3人で集まり談笑している。後ろにはローブを来た助手や付き人が、チラチラと辺りを見回していた。大広間に入ってきた魔術師を確認しているのだろう。私と目が合った付き人はすぐ興味無さげな表情で後ろから続いてくる魔術師達を値踏みしだした。
きっと、私達は挨拶を交わすほどの相手ではないと判断したのだろう。私は苦笑して、前を歩くフレイについていく。キョロキョロしているフレイには黙っておこうかな。御上りさんだって思われてることは。
「……それよりユーイ。お前いつまでついてくるんだよ」
フレイは呆れた顔で私の後ろにいたユーイに視線を向ける。
「お前も一応主賓なんだろ?付き人いねぇのかよ」
「い、いるさ!……少しはぐれてしまっただけで……」
「探しに来ないってことは信頼されてないんだな」
執事の格好をしたアイルークが自信なさげになっていたユーイにトドメを刺した。ユーイはアイルークに対して言い返さない。多分、子供の頃の能力における上下関係が、未だにユーイの中に残っているからだと思う。
子供の頃のアイルークのグループは、優秀な子供達が群れることによって出来上がったグループだった。常に誰かが蹴落とされ、他の優秀な誰かが代わりにそこに入る。入れ替わることなくそこに君臨するのはアイルークただ一人だった。
逆に底辺にいた私やフレイは、群れることなく点在していた。特に誰かと強く繋がるわけでもなく、かといって反発し合うわけでもない。昔はあの優秀者達の集まりに憧れたけれど、今は自分があそこに入らなくて良かったと心からそう思う。
「……もし良かったらユーイ、しばらく私達と一緒にいたらどう?」
私がそう言うと、ユーイはほっとした顔で胸を撫で下ろす。
「悪いな。助かるよ、アラセリ」
「いいの。気にしないで」
そう言いながらフレイとアイルークを見ると、2人とも苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。アイルークはチラ、と周辺を見回した後、コソコソと小声で言う。
「……なんだ、アラセリ嬢はユーイみたいなのがタイプ?」
「げっ、マジか」
アイルークの下世話な話にフレイまでも乗ってくる。私は深くため息をついた。こうゆう話を茶化して遊ぼうとするあたり、2人とも大人げない。そうゆうときだけ仲良くなるんだから、もう。
「はっ?えっ?いや、あの……」
冷やかしに焦るユーイを遮って、私は口を開いた。
「あら、少なくとも私はここにいる3人の中で誰を選ぶか聞かれたら、真っ先にユーイを選ぶわ」
「ちょっ、アラセリ?」
まごつくユーイを制止して、アイルークとフレイを冷ややかな目で見る。普段はあえて言わないけれど、ここははっきり言わせてもらうわ。
別に、エメリナ様から口止めされているわけじゃないもの。
「ユーイは里を出て貴族仕えになってから、毎年かなりの額を里に寄付してくれているのよ?今回みたいな集会に出かける度に、エメリナ様宛にその土地土地の植物や種も送ってくれる。そうゆう意味では、今回の集会で私達が交流を深めるべき相手はユーイじゃないかしら?」
「ぐっ……」
呻いたのはフレイで、アイルークは額を抑えていた。寄付の話は、そんなこと考えたことすらないフレイには痛いだろうし、エメリナ様へマメに贈り物をしている件は、アイルークには到底出来ないこと。だって植物の知識なんかカケラもなさそうだもの。
私は最後にもう1つだけ付け加える。
「あと、誤解がないように言っておくけれど……ユーイは既婚者だから、もしもの話よ」
「ちょ、ちょっと、アラセリ。最後のは別に言わなくても……」
ユーイに言われて2人を見ると、今まで見たことないような影が2人の間に落ちていた。少し言い過ぎたかしら。
アイルークは胸の辺りを抑えながら真っ青な顔で言う。
「今、俺は人生で一番の敗北を味わった気がする……」
アイルークの方がダメージが大きかったらしい。隣のフレイは驚きのあまり固まってしまっている。
両手で顔を抑えながらアイルークがさめざめと呟く。
「フレイに負けた時よりショックだ……」
「えぇ!?負けるって……一体何があった!?」
まだやってる。私はため息をつくと、混乱中の三人を置いてその場を離れた。壁際の方で城の召使いらしい女性達が飲み物を配っている。馬車を降りた時から、喉はカラカラだった。向こうにいる3人の分と自分の分を受け取る。
召使いの人達が使っていたトレイを借りようかと思ったけれど、まだいくつものグラスが乗ったままのそれを拝借するわけにもいかず、4つのグラスを手に持つという不格好な状態になってしまった。まぁ、大丈夫よね。私を見ている人なんていないと思うし……。
三人に渡そうと近づいていったその時、横から大きな右手が現れた。
「……手伝おうか」
「えっ?あ、大丈夫です。すぐそこなの、で……」
低い男の人の声に、一瞬緊張した。簡単に会釈だけして立ち去ろうと顔を上げたのに、そこで足が止まってしまう。
相手を見て、声が消えた。何を言うべきか考えていた頭が真っ白になる。そして、少しだけれど、怖い、と思った。
覚えている顔なのに。
「アラセリ?」
こちらの様子に気づいたフレイが駆け寄ってくる。そしてフレイは私の横にいる男の人を見て、いとも簡単にその名前を口にした。
「お前……リクじゃねぇか」