第7話 落ちこぼれ組の再会
私が彼の言葉に震えたのは確かで、でもフレイやユーイはそれに気づいていなかった。何故だろう。私は談笑するその輪に入っていけず、一歩後ろでその様子を見ていた。
あの時感じた寒気は、一体何だったのだろう。
- 落ちこぼれ組の再会 -
フレイは簡単にその名前を口にした。緊張や苛立ちで固まっていたフレイの表情が僅かに明るくなったように見えたのは、相手が他の誰でもない、リクハルド・クレモラだったからだと思う。
リクハルド……私達はよくリクと呼んでいた彼は、黒地のローブを身に纏い、右手と左手の甲に月と太陽の入れ墨をしていた。
「久しぶりだな。フレイ、ユーイ。それから……アイルーク」
「……」
術をかける前に名前を呼ばれた。アイルークの表情が一気に険しくなる。けれどリクはそれを見て見ぬ振りをして、フレイに向き直った。
「……エメリナ様は?」
「お前もそれかよ。……オフクロはちっと怪我して欠席。俺がオフクロの代理で、アラセリが助手だ。……あと、そいつも一応俺のフォロー役だから、あんま突つくなよ」
「ほう」
リクハルドは小声で説明するフレイにそう返すと、私とアイルークを見る。チラ、と向けられた視線はフレイに対するものとは違っていて、少し冷めたような瞳をしていた。私はそれを直視できずに目を逸らす。
なぜだろう。リクハルドに対して、私は何か失礼なことでもしたのだろうか。古い記憶を思い返しても、これというものが出てこない。
「……それより、お前里を出てから随分長いこと連絡寄越さなかったじゃねーか」
「ああ、すまない」
他愛無い会話をするフレイとリクハルドを一歩下がった場所から見つめながら、私は昔を思い出す。
リクハルドは、どちらかというと落ちこぼれ組の人間だった。詳しい話は覚えていないけれど、ファーレン様の直系の孫ではなかったはずだ。私もそうだった。あの頃、ファーレン様の血筋というのはいわばプレミアのようなもので、それこそが有能な子供達の大前提でもあった。
だからかもしれない。フレイはもともとリクハルドと仲が良かった。お互い爪弾きにされた者同士、というと言葉が悪いけれど……妙なプライドが邪魔しない分、友好な関係を気づいていた。
「そういえば」
ふと手を叩いて、ユーイが口を開いた。この微妙な空気を察知したわけではないと思うけど、五人それぞれが共通して出来る話題を振ってくれる。
「さっきからずっと聞きたかったんだけどな、お前達はどんな蛉人を使役してるんだ?」
「!」
この場合のお前達、とは多分アイルーク以外の人間を差す。なぜなら、アイルークがフィオを使役していることは皆知っているから。
私は横目でフレイを見る。この問いかけで一番問題があるのは私だと思う。言うべきか、否か。フレイに任せる、と視線を送ると、フレイは軽くため息を吐いて首をかいた。
「あー……アラセリはあれだ、ちっと色々あって今は何も使役してない」
「何も、って……確かアイルークに次いで里を出たのは確かアラセリ……」
「女性の『色々』を詮索するとは配慮がなってないな、ユーイ。それでも既婚者か?」
「いや、既婚は関係ないだろうっ」
流石にアイルークは話を有耶無耶にするのが上手い。私はただ苦笑しながら、三人の会話を見つめていた。
サーティとの異常契約が解かれてからしばらく経つ。その間私の胸にはぽっかりと穴が空いてしまったようだった。彼女は……サーティは、確かに私を利用していたかもしれない。けれど、彼女の本心はいつも手に取るように伝わってきていた。まだ幼いけれど、誰かを慕い、誰かを思うことの出来る優しさを、私だけが知っている。
「……アラセリ」
ふと考え込んでいた私は、リクハルドの声で我に返った。他の三人の会話は依然として続いていて、私とリクハルドだけが残された形になっている。
一歩歩み寄ってきた彼に、私は後ずさった。リクハルドの身長はこの中の誰よりも高い。女性の平均にも満たない私からすると威圧感がある。
グッとフレイ達に見えないように腕を掴まれ引き寄せられた。そして低い声で囁かれる。
「……後で2人で話がしたい。この集会が終わった後、中庭へ続く階段で待っている」
「……え?」
聞き返したのは、話が聞き取れなかったわけじゃない。突然の言葉にぽかんとしている私を残して、リクハルドはフレイ達に歩み寄っていった。
「フレイ。……用事があるから行く」
「ん?ああ。またな」
ユーイをからかって遊んでいたフレイは顔をあげ、ヒラヒラと手を振った。そしてリクハルドの姿は宴の中に消えていく。私はその姿を目で追いながら、頭の中は混乱していた。
あれは、もしかして『お誘い』だろうか?でも、何故。
私はただの助手で、高い立場にいるわけでもない。さっきのフレイの言葉で、蛉人すら使役していないことも分かっているはずだ。それに先ほどまでのあの冷めた瞳……分からないことが多すぎて、どうすればいいのか分からない。
「どうした?」
固まっている私に、フレイが問いかける。私は口を開いたものの、すぐに首を横に振った。フレイはきっとあの目に気づいてない。
「あ……えっと、なんでもない……」
もやもやとした気持ちを抑えながら、私は胸を抑えた。首を傾げたフレイが更にもう一言何かを言おうとした時、宴の中央に数人の魔術師達が駆け寄っていくのが見えた。
ユーイがパッと目を輝かせる。
「ああ、主催者のお出ましだ」
「主催者……」
フレイの呟きに、私はふと懐に収めていた招待状に手を伸ばす。サリム・エーベルト。便箋にはその名前がはっきりと書かれていた。
魔術師達が集まって出来た人垣の向こうに、長い黒髪をした男の姿が見えた。頬脇の髪は肩の辺りで揃えていて、後ろ髪は腰までつく長さのものを1つに束ねている。思っていたよりずっと若い。おそらく35手前かもしれない。
彼は社交辞令で集まってきた魔術師達に挨拶を終えると、ふと私達の方に視線を止めた。取り巻きを置き去りにして、足早にこちらに向かってくる。
ユーイが深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、サリム様。この度はこのような催しに招待いただき、ありがとうございます」
流石にユーイは経験豊富なだけあって挨拶が上手い。けれど当の本人の目当ては違っていたようだった。ユーイは主催者の視線に、挨拶もせず突っ立っているフレイの頭を掴んでお辞儀させる。
「いてっ」
「も、申し訳ありません。こちらは私の旧友でして……」
代わりに紹介をしようとしたユーイの言葉を遮って、サリムさんは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「フォルカー様のご子息、ですね。ああ、顔つきがよく似ていらっしゃる」
「え……サリム様は、彼の父親をご存知で?」
ユーイの言葉に、サリムさんは深く頷く。懐かしいものを見る様にフレイの姿をしみじみ眺めた後、握手を求めてきた。
「ええ。……ああ、紹介が遅れました。私はサリム・エーベルト。今はこの城の魔術師を総轄しておりますが、元はフォルカー様の部下をしておりました」
「部下……?」
フレイが顔を顰めたのも当然かもしれない。20数年前に亡くなった父親の部下にしては、若い風貌をしている。するとフレイの表情を読み取ってか、サリムさんは苦笑してみせた。
「ええ。いつも若くみられて仕方ないのですよ。……ええと、こちらは?」
彼の目が私とアイルークに向けられる。
「ああ、助手のアラセリ・リンドブルムと……彼の執事、です」
ユーイが口を開いたものの、アイルークの紹介には戸惑ったようだった。私は軽く頭を下げる。とはいえ、サリムと名乗る彼は私達に殆ど興味がないようだった。すぐにフレイに向き直ると、話を続ける。
「ご夫人にもお会いしたかったのですが……お怪我の具合はいかがですか?」
「あぁ、……っと」
「ええ、そこまでの怪我ではないと聞いています」
モゴモゴしているフレイの隣で、ユーイがテキパキと質問に答える。私は胸を撫で下ろした。こうゆう時ユーイはとても頼りになる。やっぱり、この集会で親交を深めるべき相手はユーイで間違いない。
サリムさんはエメリナ様の状態や、此処までの旅路など簡単な会話を交わした後、お付きの魔術師に呼ばれて顔をあげた。
「ん?ああ、今そちらに行こう。……では、ユーイ様、フレイ様。私はこれで」
「ええ、ではまた……ホラ、フレイっ」
ユーイはまたフレイの頭を掴んでお辞儀させた。嫌々頭を下げるフレイ。私はほっと胸を撫で下ろした。通常の集会なら、これで仕事の8割は終わったようなもの。後は他の魔術師と適当に会話を交わしていれば問題ない。
しかし私の予想に反して、サリムさんは足を止めこちらを振り向いた。
「ああ、忘れていました。フレイ・リーシェン様。お渡ししたいものがありますので、明日また改めてお時間をいただきたいと思うのですが、よろしいですか」
「!」
きた。私はチラ、とアイルークを見る。おそらく遺品の話だろう。何のことか理解していないユーイの前に出て、私はフレイの代わりに口を開いた。
「構いません。……ですよね、ご主人様」
「……ああ」
私の言葉にフレイは神妙な顔で頷く。
「それは良かった。では、また明日。時間は召使いの者から伝えさせていただきます」




