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魔術師の宴  作者: 由城 要
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第14話 無色透明の狂気


 ネオ・オリの一件から、サーシャに対して苛立ちを感じていた。あいつは今頃になって迷い始めている。俺にはそれが許せなかった。

 だから、あの約束だけは果たさなければならない。あの背中に蹴りの1つでも入れて、言ってやる。

 前だけ見ろ、と。





   - 無色透明の狂気 -






「さ……サリム様!」


 ユーイの声が割って入った。俺は意識を取り戻す。ユーイは姿のない声の主を探しながらも、引きつった顔をしていた。


「こいつは……フレイは、サリム様が手を掛けるほどの魔術師ではありませんっ。フォルカー様には似ても似つかないただの放蕩者です!なので、術を……術を解いて下さいっ!」

『……貴方も実に良く出来た方だ。ユーイ・シャーウッド。臆病だが頭がよく回る。貴方の評判はこの地域にもよく伝わってきますよ』

「なら……!」 

『しかし残念なことに、私の興味対象にはヴァルナという蛉人も含まれているのですよ』


 ヴァルナの名前だけが耳に響いてきた。衰えていた思考がじわりじわりと奴の言葉を理解していく。

 ゾッとした。今まで感じたことのない寒気だった。


『お分かりですか?私は興味を持ったものは、爪の垢まで調べ尽くしたい。彼のことは余すことなく知っていたい……

 今まで様々なことを調べました……。ファーレン様に始まり、彼の家庭環境、彼を育てたアンブロシアの里、使役した蛉人、使用する魔術、癖、行動パターン、筆跡、感情の変化…………』


 今まで頭のおかしい奴は何人も見てきた。そいつらは大抵、外見に滲み出る狂気があった。

 しかし、この男にはそれがない。世間一般の考える『魔術師』の仮面を被って、その中に異常な思想を持っている。


『彼は私に全てを見られていると知っても、動揺を見せなかった。隠すことすらしなかった。ただ、あることに関しては』


 言うなれば、無色透明。しかし、僅かでも触れてしまえば分かる。その狂気は、己の自己満足の為ならばどこまでも獲物を追いかけ続ける。例え対象が死んでいようとも。

 声は響き続ける。


『彼が珍しく私に隠そうとしたのは……貴方と、エメリナ様、そしてヴァルナについてです』


 もうユーイは言葉を失っていた。俺も押しつぶしにかかってくる圧力に耐えるしかない。

 奴はふと言葉を切る。そして次の瞬間、天井にヴァルナを縛り付けていた鎖が音を立ててた。ヴァルナの体をきつく締め上げる。

 そこまで淡々と重ねられていた言葉が、急に熱を帯びた。


『私の詮索と観察に精神を壊さなかったのは彼だけだったっ。何が彼を、あの気高い心を支えていたのか!……ならば、彼が隠そうとしたものの種を明かしていった方が早い』

「……っ」


 そうか。つまり俺はハズレだったわけだ。そして今度はヴァルナに興味を向けた。

 ヴァルナの微かな呻きが頭上から聞こえてくる。拳を握りしめた。しかし指先は床を引っ掻いただけで、すぐに脱力してしまう。くそっ、ヴァルナの召喚だけで魔力を持っていかれてる。


「う、……あ」


 狂気に満ちた空間で、ユーイが尻込みしていた。足がもつれ、床に転がる。その様子をどこからか見ているのか、サリムの声がユーイに向けられた。


『……ああ、貴方のことを忘れてはいけませんね』

「あ……あ……」

『ユーイ・シャーウッド。私は目撃者を放っておくような人間ではないのですよ。しかし……貴方は各地の魔術師達と繋がりがある。ここで処分するには少し惜しい』


 ふと寝室の中央に黒い光が現れた。それはグニャグニャと形を変え、やがて1つのナイフの形に変化する。黒く反った刃がユーイの手の中に収まった。

 目を見開き、ユーイはそのナイフを見る。


『さあ。ここでフレイ・リーシェンを殺し、私への忠誠を示して下さい。……それ以外に貴方の生存の望みはない』

「!」


 俺は息を飲んだ。抵抗は出来ない。体は床に張り付いたまま、指先が僅かに動くだけだ。ヴァルナもあの鎖のせいで動かすことが出来ない。声すら発することが叶わず、呻き声をあげるしか出来なかった。

 サリムの声がユーイの背中を押す。見下ろすユーイの両肩は、人を殺す緊張で上下していた。


『今、彼は衰弱していて、恨み言すら吐けません。無抵抗な人間を殺すのは、抵抗する者を殺害するよりずっと心が楽なのですよ……』

「う、あ……」


 ハァハァと息が上がっているのが分かる。俺はそれを見上げ、そして目を閉じる。もう瞼をあげていることすら出来なくなった。

 ユーイの息づかいとサリムの誘惑だけが耳に届いてくる。次に来るのは刺し殺される痛みだ……そんなことを考えた刹那。

 金属が地面に落ち、跳ね返る音が聞こえた。


「で、……出来ませんっ」

『!』


 思いもよらない言葉に、俺もまたハッとしていた。あの臆病者のユーイが、断ったのか?自分の生死を賭けた選択を。

 俺のすぐ近くで声が聞こえる。ユーイが俺をかばっているのが伝わってきた。


「わたっ、私には……こいつを殺すことは出来ません!」

『……そうですか。なら、先に貴方から片付けましょう』

「っ……」


 ユーイの気配が動く。俺の目の前に尻餅をついているのだろう。目を閉じたままでも、頭を振っているのが分かる。

 狂気に満ちたこの空間で、ユーイは泣きながら叫ぶ。最期の言葉としては意外な言葉だった。


「こいつを殺したりしたら私は、僕はっ……今度こそ、エメリナ様に顔向けできなくなるっ!!」


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