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魔術師の宴  作者: 由城 要
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第13話 狂っているのは誰か


 親父は馬鹿正直で、滑稽なくらいの平和主義者で……魔術師としてだけではなく、1人の人間としても出来た男だと思っていた。

 耳の奥がザワザワする。静まりかえった部屋の中の沈黙が、木霊するかのようだ。





   - 狂っているのは誰か -





 オフクロから聞かされる親父の話はいつも、愛情に溢れていた。心底親父に惚れてんだな、とガキの頃から何度思ったことか。親父の話をする度に、オフクロは口元を綻ばせる。才能ばかりで親父を語る他の奴らと違って、オフクロが話す親父の姿は、人間味を感じた。

 2人の馴れ初めは知らないが、なんとなく予想は出来た。2人は植物に関して博識で、それが共通点になっていたんだろう。親父がこの城に仕えるようになってからも、やり取りする手紙の中に、手に入れた花の種を忍ばせていた。

 互いを思いやり、互いに支え合う、唯一無二の存在。オフクロは親父を信じていた。


「おい、フレイ?」


 視界がグラつくような感覚。俺は深く息を吐き、胸の中に溜まった不快感を追い出した。まだ、決まった訳じゃない。オフクロが信じてきたものを、俺が勝手に失望してどうする。

 ユーイに離れているように言うと、俺は目を閉じ、そしてヴァルナの名を呼んだ。


「……イデア・トゥルーン・レ・ヴァルナ」


 俺がそう唱えると、僅かに部屋の中の空気が動いた。寝室の中央にヴァルナの姿が浮かび上がる。いつもの様にやる気のなさそうな顔で首を鳴らすと、ヴァルナが俺を見下ろしてくる。


『……見覚えのある場所だ』

「そりゃそうだろ。お前の前の主人の部屋だ」


 ヴァルナは辺りをぐるっと見回すと、肩を竦めてみせる。それがどうしたと言い出しそうな顔を、俺は睨みつける。


「これがどうゆうことか、お前は覚えているんだろうな?」


 俺はそう言ってベッドに散らばった本を指し示した。ヴァルナは僅かに眉間に皺を寄せたが、すぐに首を横に振る。


『覚えていない』

「ハァ!?ふざけんじゃねぇぞ!」


 お前は元は親父の……フォルカーに仕えた蛉人だろうが!

 俺の言葉に、壁際に避難していたユーイが目を丸くした。親と子で同じ蛉人と契約するなんて話は、おそらく俺と親父以外ないからだろう。

 蛉人は契約者の死後、その魂を喰らうことにより、再び蛉人として生まれることが出来る。しかし、殆どの場合、契約者の魂だけでは足りず、長い眠りも必要とする。力ある魔術師の魂は蛉人の転生までの時間を短くすることが出来るが、親父の魂はそれをたった数年で実現させた。

 ヴァルナは俺を睨みつける。


『先に結論言うが、あの男は亡き者となる少し前から我を喚ぶことがなくなった。死の直前に何をしていたか知りようも無い話だ』

「喚ばなかった……?」


 俺はユーイを見る。ユーイはヴァルナにビビリながらも、首をブンブンと横に振った。


「き、禁術に精霊を使用するのかは分からないぞ!第一、どんな手順を踏むのかさえ、想像出来ない」


 ユーイの言葉はもっともだった。俺もアタランテのあの禁術の原理は分かったが、真似しろと言われても出来るものではなかった。

 次々に浮かび上がる謎に俺が顔を顰めた時、頭上からヴァルナの不機嫌な声が響く。


『くだらないことで喚びだしてくれたな……しかも罠の中とは』

「!」


 ヴァルナの言葉に後ろを振り返った瞬間だった。衝撃音のような音と共に、突如四方の壁から黒い鎖のようなものが伸びてきた。鎖はヴァルナの四肢を捕らえ、そして体も縛り付けていく。

 蛉人のヴァルナに物理的な攻撃は効かない。なら、この鎖はおそらく呪術的なもの。


「ヴァルナ!」


 咄嗟にヴァルナの召喚を解こうとした瞬間、再び先ほどの衝撃音のような轟音が木霊した。視界がグラリと揺れる。


「フレイ!?」


 いつの間にか俺の体は床に倒れていた。縫い付けられたように体が動かない。見えない圧力で潰されかかっているかのような感覚だ。立ち上がれない。

 かろうじて瞼を上げ、周囲を見つめる。寝室の壁沿いに結界のものらしい白い膜が見えた。次の瞬間、視界に誰かの靴が割って入ってくる。


「おい、フレイ!?どうしたんだ!」

「ユー、イ……お前」


 なんで平気なんだ、とまでは声にならなかった。体にかかる圧力で感じる。これは結界内の人間を圧死させる類いのものだ。なのに、なぜユーイはこの術の影響を受けないのか。

 ユーイは突然のことに混乱しているようだった。床に転がった俺と、天井の付近に鎖で縛り付けられたヴァルナを交互に見る。


「待ってろ、今サリム様を呼びに……」

『その必要はありませんよ』


 結界内に、奴の声が響いた。俺は動かない体で声の主を探す。しかし視界にサリムの姿は無い。ユーイもまた、辺りを見回していた。


「さ、サリム様!?一体、何が……」

「サリ、ムっ!やっぱ、テメーが……っ!!」


 俺は残った体力で叫んだ。しかし声の主は動じた様子も無く、まるで世間話でもしているかのように、変わらないトーンで話し続ける。


『貴方はとても分かりやすい人ですね、フレイ様』

「なに、を……っ!」

『直情的で裏が無い。魔術師としても、人としても』


 俺は空気を求めて喘いだ。肺に吸い込む空気までもが重い。息を吸うことすら放棄したくなるほどの苦痛。

 サリムの声は結界の外から聞こえてくるようだった。空気を取り込めなくなった体が、徐々に思考能力までも奪っていく。


『フォルカー様とは似ても似つかない』


 頭の中にその言葉だけがやけに木霊した。

 ガキの頃から、周囲の奴らに何度も言われた言葉だった。親父に似ていれば、あの才能を引き継いでいれば……頭がおかしくなるほど聞かされた文句。


『私はもっと知りたいのですよ。フォルカー様を。あの方は、人としても魔術師としても常に優秀だった。実に下らない類いの人間だと、私は初めて彼に出会った時そう思った』


 親父のようになりたいと思ったのは、まだ魔法を覚え始める前だ。オフクロの話に夢を見て、そんな人間になりたいと思ったこともあった。ただ、そんな浅はかな覚悟でやっていける世界じゃなかったんだ、魔術師の世界は。

 親父のようになりたくないと思ったのは、自分に、そして世界に絶望した後だった。


『だというのにフォルカー様は、私の人間として欠落した部分にすぐ気付いた』


 サリムの声が耳から徐々に遠ざかって行く。脳が言葉の理解を忘れたようだった。ただ、言葉だけが音になって流れて行く。


『フォルカー様は気高い人でしたよ。周囲の人間を巻き込まない為に、一人で私の説得を始めた。私の考えを知る為に禁術の書まで目を通した』


『最初は口止めのために殺してやろうと思いましたが……何度脅しても、いたぶっても、彼は折れることがなかった。彼の心を恐怖で満たすことは出来ない……非常に興味深い観察対象でしたよ。私はもっと、彼を知りたかった』


『あの時、助手が私達の関係に干渉さえしてこなければ……!』


 頭の中が真っ白になっていく。踏みとどまれ、と心の何処かで俺が叫んだ。こんな場所で、こんな所で終わるわけにはいかない。

 交わした三ヶ月後の約束。おそらく最後の旅になる。サーシャは俺たちの前から姿を消すだろう。これ以上共に旅を続けることは出来ないと、背中がそう語っていた。

 だから、あの約束だけは……!


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