第12話 残り香漂う場所
幼い頃は、それなりに親父の話をねだったこともある。最初は優秀だった親父の話を聞かされる度に誇らしい気分になったもんだった。
それが徐々に精神的な圧迫に変わり始めたのは、俺が魔法を覚え始めてしばらくしてからのことだ。
− 残り香漂う場所 −
サリム・エーベルトの背中を追って歩き出す。奴はすれ違う魔術師達と挨拶を交わし、そして時折召使い達に指示を出しながら歩いていた。配膳の時間から、借り出される使用人達の細かい人数までを簡単に命令し、奴がこちらを振り向く。
「……ああ、失礼いたしました。今日は多くの方々がいらっしゃっていて、裏方は大分混乱しているのです」
「へぇ……」
俺がそう呟くと、後ろを歩いていたユーイに頭を叩かれた。生返事を返すな、ってことなんだろう。俺はユーイを振り返って睨みつけた。返事しただけでまだマシだろーがっ。
サリムは案内をしていた使用人に話しかける。どうやら、客人が迷わない様に立ち入り禁止にしていた場所に、案内したい部屋があるらしい。使用人が道をあけると、俺たちは喧噪から遠ざかって行くのを感じながら、城の奥へと進んだ。
「……」
俺はチラ、とサリムを見る。昨日と今日で俺がこの男に対して抱いた印象は『思ったより普通』だった。どれだけあくどい奴がいるのかと思っていたが、予想と違っていた。いや、だからといって拍子抜けしたわけじゃない。
それなりに有能なのは、使用人達に対する態度を見れば分かる。見ていないようで、周囲の隅から隅まで見渡しているような、そんな眼をしているからだ。ユーイのように、サリムの前評判のみ聞いて集まってきた魔術師からすれば、よく出来た人間に見えるだろう。
俺は視線を前方へと向ける。長い長い廊下を見つめながら、心の中で呟く。
(これといって、妙な所は無い。俺がアイルーク達から聞いた話を引きずっているせいか?それとも……)
これといって非のありそうな部分が見当たらない相手。だが、何故か引っかかる。理由らしい理由は無い。ただ、ひねり出すとしたら、この男は完璧に出来ている割に存在感が薄い。
「……こちらです」
廊下の先は行き止まりになっていた。壁にポツンと扉が1つ。サリムは懐から取り出した鍵で扉を開けた。蝶番が軋んだ音を立てる。
奴は中には入らず、俺とユーイに視線を向けた。
「こちらはフォルカー様が使っていた部屋になります。中のものは、当時のまま、いっさい手を付けておりません」
「当時のまま……ですか?」
流石にユーイも気になったらしい。サリムは頷いて、そして苦笑した。
「同僚達と話し合い、ご夫人がいらっしゃるまで遺品に手を付けないことにしたのです。そのため、私がこの部屋の鍵を預かり、立ち入ることの出来ない様にしていました」
俺はサリムを一瞥する。言うこともやることも優等生だな。
「遺品をご家族の元にお返しできれば、フォルカー様も喜ぶでしょう。……私は席を外しますので、後はご自由になさってください」
「……そりゃ、どーも」
俺がそう言うと、今度はユーイに足を踏まれた。俺は渋々、アリガトウゴザイマス、と呟き、部屋の中に足を向ける。ユーイが後に続く。サリムは言葉通り、こちらに背を向けて去って行ったようだった。
「!……凄いな」
部屋の中に入って第一声をあげたのはユーイだった。俺は閉められたままの窓に歩み寄り、カーテンを開く。換気の為に窓を開くと、強い風が舞い込んできた。
振り返ると、部屋の中に光が差し込んでくる。俺は驚きを通り越して呆れた声をあげた。
「なんだこれ……魔術師1人に、こんなデカい部屋が割り当てられるのか?」
以前、ネオ・オリの国王陛下の部屋に事情があって入ったことがあるが、あの比じゃなかった。まず、扉を開けた先にだだっ広いリビングのような部屋。テーブルと日焼けして色あせたソファが置かれていて、壁際には仕事用のデスクが置かれている。窓側の壁には立派な暖炉もあった。
そして入り口の扉の反対側に小さな螺旋階段。そこを下ると、先ほどの部屋の半分くらいの大きさで、寝室があった。ベッドも何人で寝るんだとツッコミたくなるような大きさのものが置かれている。
寝室にあるのはベッドと本棚、クローゼット……そしてこちらにもデスクが1つ。
「机があっちにもこっちにもある……こっちは私用のものみたいだ」
ユーイはベッドの脇にある机を覗き込んで呟いた。上の部屋は綺麗に片付いていたのにも関わらず、こちらはデスクの上に本が積み上げられている。
表紙のホコリを払うと、どうやら魔術関係のものらしかった。俺はふと、その中の一冊に目を留め、顔を顰める。
「この本……どっかで見た気がするな」
読書は嫌いじゃない。植物に関するものは昔からよく暇つぶしに読んでいた。だが、魔術関連の書物は別だ。最近は旅の途中でそういったものを見つければ目を通すようにしているが、サーシャあたりの読書量とは比にもならない。
俺は本をめくりながら唸る。気になって他のことが頭に入らない。ページをめくればめくるほど、見覚えのある文章と図解が現れる。
「おーい、フレイ。こっちにも部屋があるぞ……って、こっちは倉庫か何かか」
ユーイは寝室の更に奥の扉を開けて、中をのぞいていた。どうやら部屋はもう1つあるらしいが、そこは収納のように使わない荷物を仕舞っているようだ。
部屋の奥からユーイの声が聞こえてくる。
「こっちの箱は……服か?虫に食われてるなぁ。そっちの箱は……なんだ?なんだか色々入ってる……」
ゴソゴソと中を探っているユーイ。俺は寝室のベッドに腰掛けた。本を捲る度に、何故かこの本の内容を真剣に読んでいたことを思い出す。ただ、いつのことかは思い出せない。あー!なんかイライラするっ。
貧乏ゆすりをしながら本を見ていた俺の耳に、ユーイの声が聞こえてきた。
「なんだこれは?ペンに、船の模型に、押し花……あ、この花見たことがあるな。ずっと前の集会でアルジェンナ砂漠を超えた時に商隊が売ってたやつだ。あと、鈴に、染め物の布に……」
「!」
俺はハッとして立ち上がった。そして本のあるページを開く。見覚えのある、魔法陣とは違う奇妙な図形。羅列した文字の中にある一節。
『禁断として廃止された計画。アルジェンナ国、アタランテにて』
記憶が鮮明に蘇ってくる。それと同時に、俺はデスクに積み上げられた本を一冊ずつ開いていった。目次を確認しては、ベッドの上に本を放り投げる。
奥の収納から出てきたユーイが俺を見てギョッとした。
「おい、フレイ!いくら父親のものだからといって、部屋を荒らすのは……」
「ちげーよ!これ見てみろ」
俺は本の1つをユーイに投げた。慌てて受け取ったユーイは、中身をぱらぱら捲って、そしてふと顔を顰める。
「なんだ、これ……禁術の本じゃないか!」
「机の上に積まれてる本、全部だ。なんで親父がそんなものを……」
最初に目に入ったあの本。あれは、数年前に妙な機械で帝国時代に行った時に、帰還の手がかりになったものだ。アタランテで行われた科学と魔術の交わり……時間の流れを逆行する禁断の魔学術。
積み上げられた本には、この他にも様々な禁術が書かれていた。呪術の簡略化、生け贄からの魔力抽出、異界への転送技術、時間を交錯させた結界の魔法。
「これ……まさか、ファーレン様が……?」
本を持つユーイの手が震えた。唾を飲む音が聞こえる。しかしユーイはすぐに俺がいることに気付いて、口元を引きつらせる。
「ハハ……いや、まさか。偶然だ、フレイ。偶然……」
偶然、禁術に関する本ばかり揃えていた?そんな訳あるか。俺は目を瞑る。禁術を最も嫌っていたのはジジイ……ファーレンだった。里の子供達にも、くどいくらいに言い聞かせていた。だというのに、親父はその禁忌を破ったのか?
目の前にある事実を肯定しなければ、答えは見えてこない。
俺は低い声で呟く。
「聞いてみるしかないだろ。……ヴァルナに」




