第11話 知るべきこと
仕事で里を出ていた親父には遺品と呼べるようなものがほとんどなかった。唯一残っていたのは、オフクロや俺の近況を問いかける手紙。そして手紙の中に時折入っている、植物が好きなオフクロに宛てた草花の種。
だから、ガキの頃の俺はオフクロが大事そうにしている花の種を形見と呼んだ。
- 知るべきこと -
思っていたよりもすんなり朝を迎えて、俺は肩すかしをくらった気分になった。
適当に身形を整えて部屋を出る。朝食まで集会の参加者達と一緒らしい。とりあえず、アラセリを連れていくか。
アラセリの部屋は俺の部屋の真向かいだった。ちなみに隣はアイルークの部屋だ。向かいの部屋の扉を叩こうとすると、廊下の向こうからダッシュで走ってくる魔術師の姿がある。ユーイだ。
「フレイ!うちの助手達見なかったか!?」
「知るか!……つーか、お前結局、自分の部下見つけられなかったのかよ」
俺の言葉にユーイは頭を抱える。
「昨日から姿が見えないんだ。……ああもう、どうしていつもいつも……」
「自分より下に見られてんだろ」
コイツのことだからどうせ部下にもいじられてんだろう。昔からそうだ。成績は良い方なのに何処か臆病で、驚かせたり困らせたりすると良い反応を返してくる。アイルークみたいなのが一人でも周りにいれば、確実にからかいの的だろう。
まぁ、落ちこぼれに対する悪意あるいじめからすれば、ユーイをいじってるのはまだ可愛いもんだ。
「俺はこれから朝食に行くんだよ。……おい、アラセリ。起きてるか?」
ドアをノックする。しかし反応がない。
俺は首を傾げた。アラセリがいつまでも寝ているとは考えにくい。どちらかといえばジジババ並に早起きしてあくせく働いているようなタイプだ。……聞こえなかったのか?
俺はドアノブに手をかけた。隣にいたユーイが非難の声を上げる。
「あっ、おい。いくらなんでも女性の部屋に……」
ユーイを無視して扉を開ける。部屋の中は明るかった。朝日が窓から差し込んでいる。
綺麗に束ねられたままのカーテンを見て、俺は首を傾げた。ベッドにはシワ1つなく、テーブルと椅子の位置も客人を迎え入れる形のままそこに残されていた。
俺はふと顔を顰めて部屋を出る。
「フレイ?なんだよ急に」
「……」
廊下に出ると、俺の隣の部屋の扉を開けた。アイルークの部屋だ。
後ろを追いかけてきたユーイが俺の背中から部屋の中に視線を向ける。
「どうしたんだよ」
「……アラセリとアイルークがいない」
マジか、と呟いて俺は片手で頭を抑えた。
昨日アイツらと別れたのは集会の終盤。アラセリから部屋の場所を召使いに聞くように言われて、そこで別れた。アイルークはその前から姿が見えなくなっていた。
アイルークはいいとして、アラセリがいなくなったのが気になる。何も言わずにいなくなるような奴じゃない。アラセリにとって集会の参加は自分の仕事のうちだ。あいつがそれを投げ出すようなことはしない。
アラセリは一体何処に行ったのか。そんなことを考えていると、後ろから肩を叩かれた。ユーイがニヤついた顔で言う。
「まぁ、そう落ち込むな、フレイ。同志が出来て嬉しいぞ」
「お前の状況とはちげーよ!つか一緒にすんなっ」
状況を分かってないユーイの頭を叩いて俺は歩き出す。
仕方ない、とりあえず飯を食いに行こう。朝食も他の魔術師達と同じ場所でとることになっている。人が集まっているところなら、アラセリの姿を目撃している人間もいるかもしれない。
気乗りはしないが、そこで情報収集をするしかない。
☆
仕方なく朝食はユーイと済ませることになった。もしかしたらアラセリもアイルークも先に朝食をとっているかもしれない、とユーイは言っていたが、その可能性がないことに俺は気付いていた。
アラセリの部屋にもアイルークに部屋にも、人が入った様子はなかった。2人は集会の後部屋に戻っていない。なら、2人がいなくなったのは集会の最中ということになる。
「そんな怖い顔をするな。食べないと体がもたないぞ?」
朝食の会場には丸テーブルがいくつも配置されていた。入れ替わり立ち替わり、魔術師達のグループが行き来している。召使い達がその間を縫う様にして食事を運んでいた。
トレイに乗せられた朝食を目で追う。昨日の夜の様に重いものばかりだと胃に来るが、朝食はわりとあっさりしたメニューだった。パンにサラダにハムエッグ。ミルクと果物。
空いていた席に腰を下ろすと、向かいに腰掛けたユーイが召使いを呼んで食事を頼んだ。俺は辺りを見回す。やはり2人の姿はない。
俺は運ばれてきた食事を眺めながら肘をついた。
「そういやお前、随分集会に慣れてるんだな」
「ん?ああ、それなりにな。でもこの辺りの集会に呼ばれるのは初めてだ」
ユーイは召使いからパンを受け取ると、1つ1つちぎりながら口に入れる。俺はご丁寧に盛りつけられた皿を見下ろす。やっぱりこうゆう飯は好きじゃねぇな。どんなに不味くても宿や酒場の飯の方が良い。こうゆう所の食事は、変な緊張感があって食う楽しみが感じられない。
サラダを口に入れながら、俺は辺りを見回した。この城はやけに入り組んだ造りになっている。宿泊用の部屋が並んだ場所から此処まで、あちこちに召使いや使用人が立って道案内をしていた。
「お前の仕え先もこんな感じか?ユーイ」
「ぶっ!!……っ、馬鹿言わないでくれよ。流石にこんな城なわけないだろ?ここは特別なんだ」
ユーイによると、魔術師にこれだけの土地を与えるのは例外中の例外らしい。普通は主人と同じ屋敷に住み込みで働くことになる。待遇は使用人達よりは良いものの、それも仕え先の財政状況による。
魔術師もピンキリならば、仕事先もピンキリか。
でも、とユーイが顔をあげる。
「この城を与えられたのはフォルカー様だったそうじゃないか。お前は知らないのか?」
今度は俺が水を噴く番だった。
「フォルカー様の仕事ぶりを評価したベルンシュタイン家の前の主人が、この土地と権利をフォルカー様個人に譲ったって聞いてる。でも、結局自分1人のものとしては受け取れないって言って、ベルンシュタイン家に仕える魔術師達全員の仕事場にしたらしい。……人づてに聞いた話だけど」
「はぁあっ!?」
「だから、フォルカー様亡き後、魔術師の総轄を任されたサリム様がこの城を取り仕切っているとか……どうした?」
テーブルに突っ伏して深く長いため息をついている俺に、ユーイが顔を顰めている。行儀が悪いぞ、とかいう説教を聞き流しながら、俺はオフクロを心の中で呪った。
オフクロめ……俺を送り込むんなら、そうゆう事前情報を先に教えておけよっ。
そういえば、とユーイは食事の手を止める。辺りをきょろきょろ見回すと、声を潜めて俺を見た。
「……リクハルドの奴、昨日はローブ着てたけど、一体どこの主賓に付いてきてるんだろう」
「あ?あー……そういや、聞きそびれたな」
俺はハムエッグを口に入れると、咀嚼しながらリクの姿を探した。まだ食事に来ていないのか、それとも先に済ませてしまったのか、あいつの姿も今日は見えない。
ユーイは深いため息をついた。
「あの時リクハルド怒ってたなぁ……大体、お前達が悪いんだぞ。アイルークにあんな服着せて連れてくるから」
ふと俺は顔を上げた。ちょっと待て、話が繋がらない。リクの機嫌が微妙に悪かったのはなんとなく察したが、服ってなんのことだ。アイルークが何だって?
俺が思ったままをそのまま口に出すと、ユーイは驚愕の表情で手に持っていたフォークを床に落とした。カラン、と音が響いたが、食事をする魔術師達の喧噪の中に消えてしまう。
「ええっ!?じゃあ、あれ知らずにやってたのか!?」
「だから、何のことか分かんねーっての!」
「あれだよ……あの執事服!」
ユーイの言葉に俺は目を丸くするしかなかった。あれは確か、アイルークの変装のためにファリーナが倉庫から引っ張りだしてきたものだ。ファリーナ本人がそう言っていたんだから、間違いないだろう。
「あれ、確かリクハルドの父親のものだろ?ずっと昔に見たことがある」
「は?」
リクの父親。思いがけない言葉に俺の思考回路はごちゃごちゃになっていった。何が何だか分からない。なんでそんなものが俺の家にあるんだ。
全く理解出来ずにいる俺に、ユーイもまた頭を抱えた。
「フレイ……お前もしかして、本当に、全く、何も、知らないのか!?」
知らねーよ!あの服を見た時、アラセリもファリーナも何も言わなかった。少なくとも知らないのは俺1人じゃない。
俺がそう口にすると、ユーイはがっくりと肩を落とした。しばらく考えて、仕方ない、と顔をあげる。そしてユーイは話だした。
「要点を先に言うぞ。……アイルークが着ていたあの服はリクハルドの父親のもので、彼はフォルカー様の助手だ。服がお前の家にあったのは、昔お前の家に住み込みで働いていたからだろう」
「!助手って……」
「最後まで聞け。彼はフォルカー様の助手として、共にこの城で仕事をしていた。けれど、フォルカー様は過労で亡くなった」
過労は、不審死の表向きの言い方なのだとアイルークはそう言っていた。俺はふと顔を顰める。
ユーイは声を潜めて辺りを気にしながら続ける。
「フォルカー様の葬式にリクハルドの父親の姿はなかった。彼は失踪し、今も行方不明。……妙だろう?」
「……」
「流石に鵜呑みにはしないけれど……あの葬式の後から、リクハルドの父親がフォルカー様を殺したんじゃないかっていう噂が流れた。母親が大人達から随分な目に遭ってるのを見たことがある」
俺は視線をグラスの中の水に向けた。
物心ついた頃にはすでにリクは里の中で落ちこぼれの位置にいた。昔から疑問だったのは、何故あいつは魔法を覚え始める前から除け者にされていたのかってことだ。大体の奴らは魔法を学ぶ段階で徐々に他から遅れ始める。リクはそいつらとは違っていた。
あの頃の印象では、リクにはそれなりの才能があったように見えた。
「……」
「それにしても、だ。フォルカー様の息子で、リクの友人なのに何故この話を知らないんだ?エメリナ様に聞かなかったのか?」
ユーイの言葉に俺は気まずくなって顔を背ける。
「……親父のことは聞きづらいんだよ」
思えば親父ついて、俺は何も知らない。ジジイの長男で、俺と同じヴァルナを使役していたこと。性格が良く魔術師としても才能があったこと。知っているのはそれだけだ。
親父の死の前まではそれなりに親父の話をオフクロにねだったこともある。それでも、あの葬式の日から、俺はその話をするのを止めた。
普段涙を見せないオフクロの泣き顔は、子供ながらに衝撃的だったんだろう。俺にとって親父という存在はあの時から形だけのものになった。
ユーイは咳払いをして、落ち着いた様子で話し始めた。
「……まあ、エメリナ様にも考えがあってのことだろう。子供の頃のお前にリクの父親の件を下手に話せば、関係に溝が出来ていたかもしれないからな」
「……」
俺は視線を皿に落とした。俺は知らないことが多過ぎる。
オフクロが俺に伝えていないこと。俺自身が疑問を持たなかったこと。そこに何が隠れているのか。これはジジイの時とは違う。誰もヒントは残していない。
知りたければ、自分で探し出すしかない。
「なあ、ユーイ。リクの父親って……」
顔を上げると、ユーイの視線は俺からその後ろへと移っていた。俺はハッとして後ろを振り向く。
「フレイ様、ユーイ様。おはようございます」
「!」
いつの間にか俺の背後にサリム・エーベルトの姿があった。さっきから室内がざわついていたのは、この男が入ってきたかららしい。
慌てた様子でサリムのご機嫌伺いをするユーイ。しかしそれを軽くいなし、サリムは俺に視線を向けた。
「フレイ様。お食事の直後で申し訳ないのですが、昨晩の件でご案内したい所がありまして。よろしいですか?」
よろしいですか、ってコイツとタイマンかよっ!
俺は口元を引きつらせ、優男の笑みを浮かべるサリムから、視線をユーイに向ける。アラセリもアイルークもいない今、道連れに出来るのはコイツだけだ。視線で訴えると、ユーイは軽く額を手で抑えた。
飯が途中?んなの放っとけ!俺が目上の人間苦手なことは知ってんだろっ。
水面下での無言の攻防を終えると、深く息を吐いてユーイは顔を上げた。
「サリム様。彼はまだこういった場所には不慣れなもので……私も同行させていただいてもよろしいですか?」
「ええ。構いません。ユーイ様も同じ里のご出身ですから」
俺はテーブルの下で勝利のガッツポーズを決めた。




