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魔術師の宴  作者: 由城 要
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第8話 正しさは何処に


 魔術師の助手、付き人。そういった立場につくことが出来る人間は、大抵どこかの有名な魔術師の子息や息女であることが多い。

親の名声はあるけれど、それを超えることが出来なかった者達への救済措置のようなもの。勿論、私は例外中の例外だ。

 だから……私には分からない。何故、リクハルドは私を誘ったのだろう?ファーレン様の遠縁だということも、知っているはずなのに。





  - 正しさは何処に -





 サリムさんとの会話の後、私達は軽く食事だけ済ませて用意された部屋へ戻ることにした。他の魔術師達に顔を売る為に出席しているわけじゃないし、アイルークを連れて下手にウロチョロするわけにもいかない。だから、ここで一旦解散にした。ユーイは自分の付き人を探しに行ったけれど、見つかるかどうかは怪しい。


「んで、部屋は召使いに聞けばいいのか?」


 会場を出ようとしていたフレイに招待状を渡して、私は頷く。


「そう。主賓は一人一部屋用意されてると思うから、名前を言って、案内してもらってね。あ、あとアイルークも一緒に……」


 一緒についていって、と言おうと振り返った私は、先ほどまで後ろにいたはずのアイルークの姿を見失っていた。フレイも顔を顰めている。さっきまで一緒にいたはずなのに。

 フレイは苛立ったようにため息をついた。


「どーせ、そこらの女に声かけてんだ、放っとけ。それに、部屋に戻る間くらい1人になってもいいだろ」

「もう、またそんなこと言って……」

「じゃあな」


 後ろ手をヒラヒラ振って会場を後にするフレイ。私は肩を竦めた。フレイは時折こうゆう捻くれた所が目立つ。困ってる人を放っておけない性格なのに、悪ぶってしまうのはどうしてなのだろう。今度エメリナ様に聞いてみよう。

 私は気を取り直して裏庭に面するバルコニーへ向かった。ガラス張りの扉を開けて外へ出る。外の風が少し冷たい。


(……中庭へ続く階段)


 召使いに聞いた話だと、バルコニーから中庭へ下りる階段があるらしい。少し暗いので中庭に出るならエントランスを通ってはどうかと言われたけれど。

 バルコニーから下を見ると、中庭はずっと低い位置に見えた。この集会用のホールが高い位置にあるからかもしれない。私は脇にあった階段を下りていく。

 踏み外さない様に足下を確認しながら、私はリクハルドの言葉を思い出していた。やはり、何度考えても彼が私を誘う理由が分からない。もし、本当に何か聞きたいことがあるのなら、その場で聞いても構わないのに。

 ふ、と。私は足を止めた。そういえば、リクハルドは何処に仕えているのだろう。魔術師のローブをしていたということは、私と同じ助手か、付き人の立場に違いない。


(でも……リクハルドが里を出たのって、いつ?)


 フレイは、随分前に里を出てから連絡がなかったと言っていた。けれど、里を出た時期を私は知らない。私が前のご主人様の所へ仕えることが決まった時、リクハルドの姿は既になかったような気がする。いや、そう考えるとアイルークの時にも既にいなかったような……。

 私は視線を階段の下に落とす。すると、中庭に2つの人影を見つけた。1人はリクハルド。そして、


(……アイルーク?)


 間違いない。あの執事服は彼だ。さっきまで会場内にいたのに、いつの間にあんなところに。

 私は先ほどより歩を早めて階段を駆け下りた。中庭には橙色の花が無数に咲き誇っている。月に照らされた2人の影に私は駆け寄っていった。


「アイルーク!」

「あれ?随分早い到着だね、アラセリ嬢。フレイを部屋まで送るのかと思ってたけど」


 アイルークはファリーナに整えてもらった髪を手櫛で元に戻しながら苦笑した。


「そんなことより、どうして此処に?」

「どうして、って……勿論、麗しのアラセリ嬢が悪いオオカミに食べられないために、ね」


 ウインクしてくるアイルークの背中を、私は力任せに叩いた。話を誤摩化そうとしているのが見え見えだわ。それに、あの会話を盗み聞きしてたってことじゃない。

 私は質問の相手を変えた。


「あの、リクハルド。さっきの『話』って……」


 リクハルドの後ろには噴水があって、水面に浮かんだ月が歪に揺れている。

 話をしようと歩み寄る私の左手を、アイルークが掴んだ。


「ちょっと待った」

「っ、アイルーク?」


 私を自分の後ろに引き戻して、アイルークは好戦的な目をリクハルドに向ける。リクハルドもまた、集会の時に見たあの冷徹な瞳でこちらを見下ろしていた。

 背筋に寒気がはしる。縫い止められたように、足が動かなくなった。私は咄嗟にアイルークの服を掴む。


「アラセリ嬢、悪いオオカミってのはあながち間違いじゃない。物理的に獲物を食う方の話さ」

「……随分な言い草だな」


 リクハルドがアイルークを睨みつける。アイルークは口角を上げて笑った。相手を挑発するようなそんな笑い方で。


「そう言うなよ。1人ずつ片付けようとしていた獲物が2匹、ノコノコやってきてやったんだ、感謝しろ」

「!」


 私が目を見開くと、アイルークはチラとこっちに視線を向けた。ピリピリとした空気に立ちすくむ私に向かって、アイルークは動じた様子もなく口を開く。


「さっきから、随分熱烈なアイコンタクトを送ってくると思ってたんだ。アラセリ嬢も気付いてただろ?」

「えっ、あ……」

「しかも、1人で来いと言わんばかりの呼び出し……要は、1人ずつ始末する魂胆なんだろ。獲物はアラセリ嬢と俺ってとこかな」


 ぺらぺらと吐き出される衝撃の事実に、私の頭は混乱するしかなかった。リクハルドが私達を殺そうとしてる?何故、どうして。

 頭の中で問答しても答えは出てこない。目の前にいるアイルークは、この状況下でもニャニヤと笑っていた。さっきまでユーイ達と談笑していた時と違って、目が暗い色が宿っている。なんだか別人のようにも見えて、私は掴んでいた服の裾を離した。

 此処に満ちているのは殺気。リクハルドとアイルーク、2人分の殺気だ。私は拳を握りしめ、絞り出す様にして口を開く。


「どうゆう、こと……?」


 私の言葉に、アイルークが小さくため息をついた。僅かに空気が変わる。

 アイルークは私の方を振り向くと、肩を竦めてみせた。


「前にも少し言ったけれど、覚えているかな。アラセリ」

「え?」


 私は顔を上げる。アイルークは自分の左手の甲を、右手で指差してみせた。そのジェスチャーに、私はリクハルドを見る。

 そういえば、最初に声をかけられた時に見た。彼の両手の甲には入れ墨があった。確か、月と太陽の入れ墨だ。


「俺も少し噂に聞いた程度だけど……ここ数年、魔術師の『モラル』を正そうっていう輩が集まって、だいぶ過激な粛清をしているらしい。そいつらは両手にああいった入れ墨をしてるのさ」

「それって……」

「そう。魔術連盟の異端審問官さ。リクハルドはその構成員。……間違ってないだろ?」


 異端審問。私がサーティとの異常契約を打ち切った時に、アイルークが言っていた言葉を思い出す。

 私達とフレイに対する空気が違っていたのは、そうゆうことだったの?

 リクハルドはローブのフードを被ると、冷たい声で言い放つ。


「こちらの正体を見破られるのは想定外だな。……お前は特に危険だ、アイルーク」

「ハッ、正義の味方気取りが」


 アイルークは相手を煽ることばかり言う。一触即発の状態に、今度は私がアイルークの腕を引っ張った。リクハルドの魔法がどんなものかは知らない。けれど彼がこちらを攻撃すれば、確実にフィオが反撃に出てくる。

 フィオの力の強さは、私みたいな魔術師でも知ってる。そうなればどちらかが血を見ることになるのは明らか。


「待って!」


 私は声をあげた。兎に角この場を収めなければ。その考えが頭を過る。私自身、2人が戦うのなんて見たくない。それに私達が今すべきなのは、同郷同士の争いなんかじゃない。

 リクハルドの冷たい表情を見つめ返す。背筋にはしる寒気は恐怖と呼ぶべきなのかもしれない。けれど、そこで足を止めたら、私は私の役割を果たすことが出来ない。

 口を開く。黙っていると自分の怯えに浸蝕される。


「1つだけ質問に答えて。……リクハルドが狙っていたのは、本当に私達なの?」

「……どうゆうことだ」


 もしそうなら、分からないことがある。私もアイルークも、この集会の出欠に実名を出していない。実名を出したのはフレイだけで、他2名の付き人が出席するとしか返事をしていなかった。私達が出席することを知っているのは、エメリナ様とファリーナのみ。

 私かアイルークに目星をつけていたとしても、この集会に紛れ込むのは簡単ではないはず。馬車を降りた後、召使いに招待状の有無と名前の確認もしなくてはいけない。事前準備は必ず必要になる。


「他の主賓クラスの人間が手を貸している可能性もあるけど?」


 アイルークの言葉に私は頷く。


「勿論、それもありうると思ってる。でも、アイルークがフレイに同行することが決まったのは里を出発する3日前。3日で準備をするのは難しいんじゃないかと思うの」


 少し早口に捲し立てて、私は2人を見る。

 今私がするべきなのは、彼らを和解させることじゃない。無意味な衝突を避けること。それだけははっきりしてる。

 リクハルドは私の様子を察したのか、静かにため息をついた。


「それで?……その推論が当たっていたとしても、お前達を逃がす言い訳にはならない。これは俺の使命だ」

「……アラセリ嬢。仕事でやってる奴に何を言っても無駄だよ。特にこうゆう輩は……」


 言葉を続けようとするアイルークを左手で制して、私はリクハルドに視線を向ける。

 非道なことをする魔術師への粛清。そうゆう考えの全てを否定するつもりはない。けれど、今此処で、私達が罰を受ける訳にはいかない。

 恐怖で拳が震える。地面に立っている感覚がなくなってくる。

 けれど、私は言い切れる。


「……なら、これは私の仕事で、義務で、使命」


 間違っていない。間違ってなんかない。


「私は、エメリナ様の意志に従う。だから……ここで2人を衝突させるわけにはいかないっ」


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