8.図書館
訪問有り難う御座います。最終話です。ここまでおつきあい下さり有り難う御座いました
薄暗い図書館に、ほとほとと涙が落ちる。静かな部屋に、すすり泣きが響いた。
「全部、ゲームだったんだ」
何故初めてあったとき、あの言葉を鵜呑みにしたのだろうか。《ゲームではない》今考えると、後ろ暗いことがあったから、わざわざそんなことを言ったとも考えられる。
「……泣かなくてもいいのにね」
拭っても拭っても、涙は零れた。
仕方がないので、膝を抱えて上を向いておくことにした。すると、さらに色々な想いが溢れてきた。
本を取ってくれたことも、昼休みの楽しいお話も全部、嘘だったのだろうか。あの優しさも、笑顔も全部――
「ぁっ……」
手が触れた先にあったのは、和斗と出会うきっかけとなった本。
全部全部――嘘。
「水面!!」
「っ!!」
突如現れた影から、慌てて逃げる。体が自然に動いていた。
「待って、水面!!」
「……嫌、来ないで!」
「水面!!」
「嫌、嫌、」
「俺、話さなきゃいけないことが――」
「聞きたくないです!!」
ぱっと手が取られる。一瞬の間に、水面の体は和斗に抱きすくめられた。背中から伝わる体温が熱い。
「ちょ、ごめん。ほんと、疲れた」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
耳を塞ぎ、顔を伏せていると、体に回された腕に力がこもった。
「ごめん。俺、嘘吐いてた」
「嫌、聞きたくないです」
嫌だ。痛い。苦しい。これ以上、何も聞きたくない。
「全部嘘だなんて……言わないで。……嬉しかった。あの優しさが、笑顔が、全部嘘だなんて、思いたくな――」
「違う」
「っ!!」
「……このままでいいから、聞いて」
とくとくと、胸の音が響いてくる。そっと耳を塞いでいた手が外された。そのまま手ごと抱き締められる。
「嘘だと言ったのは、俺が本好きって事。本当は嫌い」
体を強ばらせたのが伝わったのか、慌てたように和斗は続けた。
「でも、水面に本を薦められて嬉しかったのは本当! 本は読んだし、面白かった。あそこまで読めたのは初めて」
ちらりと後ろを見ると、真剣な目と目が合った。
「本当?」
「本当!」
「どこまでが、本当ですか?」
「本好き以外、全部本当です」
頭に顎が乗せられる。少しくすぐったくて、何故か温かくて、落ち着いた。
和斗に抱き締められていると自覚すると、顔が熱くなったが、今はまだこのままでいたいと思った。
「好きって言ったのも、本当。入学式の時さ、同じ名字なのに、読み方が違う奴がいるって知って。それが興味を持ち始めたきっかけ」
「……」
「それから、何となく見てて……。水面、入学してすぐに授業さぼった日があったの覚えてるか?」
「えぇ!?」
そんな不届きなことをした覚えはない。
「図書館の前とおったとき、チャイムなったのに本を読んでる奴がいたんだ」
「あっ」
思い出した。確かあの時は、本を読むのに夢中になり過ぎて、授業チャイムに気が付かなかったのだ。確かあの後――
「終業チャイム聞いて慌てて図書館後にしようとして――」
「うぁぁぁ!! み、見てたんですか!?」
「筆箱ひっくり返したんだよな。あれは笑った」
恥ずかしい。まさか見られているとは思っていなかった。
真っ赤な顔を見られたくなくて、手で顔を覆う。
「それから、何かある度に目で追ってる自分がいて……好きになったわけです。はい」
「……」
「よし、俺は言った。全部言った! 次は水面の番な」
「っ!?」
回された腕に、力がこもる。
「泣いてたって事は……俺、期待しても良いのかな?」
低い声が、耳朶をくすぐる。
優しい人。素敵な人。何も答えない水面の返事を待ってくれて、笑顔をくれて、温もりをくれて。どうして嫌いになれるだろう。好きにならないわけがない。
「……っ」
水面は小さく頷いた。
大きな背中が、腕を伸ばして《緑の華》を本棚に戻してくれる。
「水面さ、俺と一度会ってたこと知ってる?」
「え?」
「やっぱ、覚えてねぇか」
初めてあったのは、ここ、図書館だと思っていた。
「話したこともあるんだぞ」
「いつですか?」
「内緒。思い出してもらわないと、俺が悲しいから」
和斗にはいつも、助けてもらっている。水面が口に出さずとも察してもらって、貰ってばかりだ。さっきも水面は自分の口から答えを出してない。
そっと和斗に手を伸ばす。
大きな背中に腕を回すと、和斗が振り返ったのが分かった。
「貴方のことが大好きです」
茜色の空が、図書館を染めていた。
有り難う御座いました。 2012.8現在、次シリーズ少年は夢を見る執筆中です!9月にはあげると思いますので、これからもよろしくお願いします。




