第二話 貴族たちの肖像
筆が乗ったので一気に書き上げて見ました。だらだら長すぎた……
※朝見直したら誤字だらけだったのでちまちま修正しました。
「ユーゼ伯爵様、騎士トリエス様、ご来場でございまーす!」
取次ぎの声がホールに響くたび歓談の声に混じってざわめきが走り、やはりあの人も、という声やまさかあの人も、という声が続く。
クルタナ侯爵クルトが「挑戦状」を掲げたあの日から半月。王都中央部にほど近いクルタナ侯爵の私邸では、ちょっとしたパーティーが開かれていた。一見すると貴族たちへ手当たり次第に出されたように見える招待状は、実はある種の条件に従って送られていた。
「壮観ですな。新年でも、これほどの貴族たちが集まる事はそうありますまい」
豊かな髭を蓄えた老貴族の言葉に、肉塊……クルタナ侯爵クルトは皮肉気に答えた。
「そうなのですか? 何しろ僕が王都に出るのは授爵以来でしてね」
「なに、皆そうです。何より大切なのは己の領地ですからな。用が無くば王都など来ませぬよ」
二人が語らうのは、ホールを見下ろす二階の張り出しだった。テーブルと(クルトが座っても壊れなさそうな)椅子が置かれたその場所にいるのは二人だけ。
「そして、その大事な領地に手を出す者はけしからん、と」
「そういう事です。……正直、侯爵からの誘いなくとも誰かが言い出したでしょう」
髭の老貴族の声にあいまいに頷いたクルトは、眼下の貴族たちを見下ろした。
彼が出した今日のパーティーの招待状は、今の国王と王国政府に不満を持つと思われる者に対して送られていた。正直言って、現国王ラインバルト2世に対する貴族からの評価は低い。彼は強烈な中央集権論者であり、事あるごとに貴族の権利を削ぎ落とそうとし、対立していたからだ。
そんな微妙な時期に、例の王国顧問官とやらの入れ知恵で王都の経済力は増し、シューリッツア王国軍はやはり入れ知恵を容れて大きな軍制改革を行おうとしている。
警戒するな、というのが無理な相談だった。
「シレジア子爵、あなたはどう思われるのか」
クルトからのどうとも取れる質問に、髭の老貴族シレジア子爵はふむと髭をひねった。
「国王陛下のお子は、確か御歳16歳であらせられましたな」
その言葉を聞き、クルトはにんまりと人の悪い.笑みを浮かべた。
「マルツァイト子爵様、ご来場でございまーす!」
その取次ぎの声を聞き、クルトは嫌そうに立ち上がった。体重から開放された椅子が妙なきしみを立てるのを、シレジア子爵は興味深げに見つめていた。
「確か、彼が訪問客の最後のはずです。僕らも降りましょう」
「東のクルタナ、西のマルツァイト、北のユーゼ、そして南は我がシレジアですか」
シレジア子爵の声には抑揚が欠けていた。彼が名を挙げた貴族はそれぞれ、大きな領地か大きな経済力か重要な要地を扼する貴族だ。それが、クルタナ侯爵の誘いに乗ったということは……
「まあ、まだ言わぬが花ですよ。彼らの腹のうちを確かめてからでないと」
「慎重ですな、盟主」
階段へ歩き出したクルトはその言葉を聞き、心底嫌そうな顔で子爵を振り返った。
「盟主。やはり僕はそうなりますか」
「他の貴族では釣り合いが取れますまい」
「それにしても……ああ、どちらにせよ」
クルトは首を振り、肉をたるませながら階段をゆっくりと降り始めた。
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「ご来場の皆さん。今宵は我が屋敷の晩餐に集って頂き、感謝の言葉もありません」
ホールの中央に立ったクルトは、周囲の人間の視線を浴びながら……そして周囲の人間を観察しながら言葉を続けていく。
彼を取り囲むようにこの国の選良、貴族や騎士たちがめいめいにグラスを持って立っている。数は二十人ほど。領地を持つ貴族だけでなく、扶持を国から貰う法衣貴族や騎士階級の者も集っているところからも、国王に対する反発の幅の広さが見て取れた。
「ここに集って頂けたという事は、おそらく我らは同じ志を抱く者同士なのでしょう。心強い。しかし、しかしだ」
クルトは外見に似合わぬ顔立ちで周囲の人間をぐるりと見渡した。
「まだ早いのです。我らには力がある。意思もある。正義も理想もある。だが」
彼、肥満した中年であるクルタナ侯爵クルトは舞台俳優のようにゆっくりと首を振った。
「惜しいかな、名分が無い。それを得て初めて、我らは汚名を被ることなく動く事が出来るのです。それまでは耐えることです。耐えて、やがて来るべき朝を待ちましょう……」
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「まるで道化ですね」
自らの演技を省みて自嘲するクルトに、周囲から笑い声が上がる。それを聞き、クルトは恥ずかしげに首をすくめて見せた。
まだホールではパーティーは続いているが、クルトを含めた五人は隣室で寛いでいた。
肥満した中年男、東のクルタナ侯爵クルト。
中肉中背で片眼鏡の男、西のマルツァイト子爵コルフ。
禿頭で恰幅の良い男、北のユーゼ伯爵バルゼル。
髭の老貴族、南のシレジア子爵ディトー。
そしてクルト付きの初老の男である。
暖炉で薪が爆ぜる暖かな部屋で、彼らはソファにに身をうずめるようにして座っていた。
「君、芝居に興味があるなら一緒にどうかね。今掛かってる劇はなかなかのものだぞ」
銅のコップに豪快に酒を注ぎ、豪快に飲み干していた禿頭の男、バルゼルが言うとクルトは一層身を縮こまらせた。彼は基本引きこもりだ。人の多い劇場などとてもとても……
バルゼルはクルトに並ぶ美食家であり健啖家であるが、また狩猟も観劇も愛する、ある意味貴族らしい貴族だった。
クルトが適当な言い訳を並べ立てながら自宅の暖かな自室のベットを脳裏に描いていると、ワインをちびちびと舐めていた片眼鏡の男、コルフが口火を切った。
「で、だ。我々を別室に集めたのは如何なる魂胆かね」
コルフのマルツァイト子爵領は王都の西に広がる森林地帯がその大部分を占める。主な産業は林業や狩猟というささやかなものだが、現当主のコルフは大鉈を振るって長らく赤字だった財政を黒字に転換させた人物である。
真面目でろくに冗談も言わず、優雅さとはほど遠い……バルゼルとは正反対の男だった。
「魂胆と言いますかね……皆様、我らが奉ずる偉大なる国王陛下に色々吹き込んでる、例の王国顧問官についてどれほどご存知で?」
途中棒読み口調だったクルトの言葉を聞き、貴族たちは顔を見合わせた。
「ワシヅカ顧問官か。まだ会っていないが面白い人物らしい」
並べられた酒には手を出さず、パイプをゆったりとくゆらせていた初老の男ディトーが言う。彼の治めるシレジア子爵領はその名の通り、国境のシレジア川に面した領地だけあって、物や人、情報の動きに敏感だ。
また国境の地ということもあり、ディトーも含めた当主のほとんどが騎士団での実務経験を持つという武張った家柄でもある。
その言葉を聞き、バルゼルがおぉと声を上げた。
「あやつか。最近流行っているシャツも、あやつの手によるものと聞くぞ。これよこれ」
バルゼルが引っ張る胸元に、四人の目が集中した。
元は教授がこちらの衣服に慣れていないため、オルデンの仕立て屋に無理を言って作らせたカッターシャツ(やら下着類)だったが、その価値に目をつけた仕立て屋が王都で販売を始め、今では目端の利く洒落者がこぞって着るアイテムとなっていたのだ。
「ほう。なかなか洒落た物のようですね」
「そうであろう、そうであろう。着心地も良いんだ」
クルトの言葉を聞き相好を崩すバルゼルに、コルフは軽く咳払いをした。
「シャツなどどうでもよろしい。……失礼、ユーゼ伯。その、ワシヅカ顧問官の事だが」
ぎろりと睨むバルゼルに謝罪しつつ先を促すと、クルトは傍に控えていた初老の男を差し招いた。
「モラー、説明を頼む。ああ、彼に色々調べさせていたんだ」
「はっ。クルタナ侯爵に仕えさせて頂いております、モラーと申します。お見知りおきのほどを」
とはいえ。半月掛けたにしては(そしてクルタナ侯爵の意地で集めたにしては)情報が少なすぎた。いくら他国からの流れ者とはいえ……
貴族たちは酒瓶の並ぶテーブルを前にして顔を見合わせた。
「謎の人物ですか。経歴も出身地も何もかも」
「その割に、シューリッツアに入ってからの足跡も功績もははっきりしている」
「平民と聞いたが、王か宰相の知り合いなんじゃないのか?」
「二人とも国から出たことは無かったはずだが……いや出たことのある人間の方が少ないが」
「僕が知る限り、また問い合わせましたが僕の領地で商いをしている商家が知る限り、他国でワシヅカという名の学者の名は聞いた事がないそうです」
バルゼルはその言葉を聞き。今思い出したようにおぉと声を上げた。
「そうそう。うちの領地の隣のオルデンな。あそこはこっちの誘いには乗るまいな」
「オルデン子爵だったかね?」
ディトーが首を傾げて言うと、バルゼルはまたコップに酒を注ぎ足した。テーブルの上の酒瓶は、主に彼の前に集中している。どれだけ飲むんだろうとクルトは他人事のように思った。
「うむ。なんでも領内の経営相談に乗ってもらったとかでな、かなり顧問官に心酔しているそうな。我らが誘っても、もう乗っては来るまい」
「もう一つ。なんでも子爵の親子仲を取り持ったという話も聞こえております」
「……あー、娘のほうか、息子のほうか? 娘の方は領地に引きこもって経営の手伝いをしていると聞いていたが」
「ご令嬢の方です。アミア・リンデル。母方の姓だそうで。十年ほど前、女性の身でありながら王都の学問所を主席卒業した才媛だそうです。確か、我がクルタナ家でも獲得に乗り出した事があったかと」
モラーの言葉を聞き、額に手を当てながら考えていたクルトが答えた。
「覚えてる。そうか、何処かの貴族の娘と聞いたが、オルデンだったのか」
「ああ、どこかの貴族が獲得に乗り出した、なんて聞いてたが、ありゃクルタナだったのか」
はっはっはと豪快に笑うバルゼルの声に、冷静な声が被さった。
「いや、うちも使者は立てた。かなり計数に強い人物と聞いていたのでね」
片眼鏡を外し、布でぬぐっていたコルフはゆっくりと眼鏡をはめ込みながらバルゼルを見た。
「当時、まだうちは財政が厳しかったから、そのへんを見る人物が欲しかったのだが……」
「結局、全ての誘いを断ってオルデン子爵領で一等徴税官をしているとのことで」
モラーの言葉を聞き、コルフは天井を仰いで溜息をついた。それは才能を惜しんでなのか、彼女がいれば自領の管理がもっとうまくいったであろうという腹立ちからなのか。
「……まぁいい。それで、ワシヅカ顧問官だったな」
首を振ったコルフが話を戻した。クルトがわざとらしく指を折って数えた。
「オルデン子爵領の財政と親子仲を救い、新しいシャツの流行を生み出し、いきなり街道一本を引くに足るだけの資金を集める知識と調整能力があり、その生み出した金を有効活用出来る、その人物が」
クルトは立ち上がり、暖炉の前まで歩いて手をかざした。酒を入れていない彼には少々、この部屋は寒く感じたのだった。
「我等が国王陛下の信頼を得ている、というわけですよ」
「由々しき問題ですな」
パイプを下ろし、コップに水を注いだディトーが頷いた。遅れてバルゼル、コルフも続く。
「我々はそれぞれの領地を治める貴族として、その貴族の権利に口を出す国王の横暴には反対せねばならない。僕はそう思っていますが」
「当然ですな」
揃って頷く貴族たちの顔をちらりと見遣ったクルトは暖炉の炎に目を落とした。
「……国王陛下が、我ら貴族と事を構えるという未来があるとして」
クルトのさりげない口調の言葉を聞き、貴族たちは表情を改めた。本題に入ったと感じたのだ。彼は暖炉で踊る炎に視線を落としたまま小声で続けた。
「その未来を早めるであろう人物が、そのワシヅカ顧問官だと僕は判断しているのです」
「興味深い」
喉の渇きを覚えたか、ディトーは手に持っていたコップの水を一気に飲み干した。孫くらいの年であるクルトの背中をみやるが……その脂肪に阻まれて、彼の真意は見えない。
「クルタナ侯爵。つまりあなたは、国王と事を構える気が無いのですか」
老貴族の言葉を聞いた二人の貴族の反応は正反対だった。
バルゼルは驚いたようにカップをテーブルに置いて立ち上がり、コルフは嘆息をついてソファに深く身を預けた。その両者の姿を横目で見つつ、ディトーはクルトの言葉を待った。
「まさか。国王の顧問官への信頼は深いでしょう。策を用いて離間させるには時間がかかる。そして時間を掛ければ掛けるほど、国王の力は増す。
二つに一つですよ。老いた顧問官が死ぬまで待って国王を打倒するか。
それとも今すぐ我ら貴族の力を結集して国王を倒し……顧問官を手に入れるか」
「……実に興味深い」
クルトの思考が「国王を打倒するために顧問官を排除する」のではなく、「顧問官を得るために国王を打倒する」方向に向かっているのがわかったディトーは、にやりと笑ってパイプに火をつけた。
ディトーのシレジア子爵家が入手し、またさきほどモラーから開示された情報などからも考えてもそれだけの価値はあるはずだ。この小国シューリッツアを根底から覆してしまうほどの価値が。
ディトーは立ち上がったままのバルゼルの顔を見、それを受けたバルゼルはコルフに視線をやり、それに気がついたコルフは溜息をついてワイングラスに新たな酒精を注いだ。
そんな微妙なやり取りに気がついているのかいないのか、クルトはのそのそと暖炉から離れて自分の座っていた椅子へ戻り、どかりと音を立てて座り込んだ。
「……初夏、といったところですね」
「そうだな。春には動かせん」
バルゼルは酒のせいだけではないだろう上気した顔で言った。彼も再び席に着き、新たにコップに酒を注いで一気に煽る。それを見て軽く眉を顰めたコルフが続けた。
「我らには力もあり意思もあり、か……名分はどうするのですか」
クルトは目の前に座る貴族たちの目を見、顔を見、声を聞き……内心で決心を固めつつ脂肪に包まれた肩をゆすった。すくめて見せたらしい。
「無いなら作る。それが人間の知恵というものですよ」
佐○大輔臭は仕様です。……ええ、RSBCの頃からファンなんです(笑)