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嫁が優秀な子供ほしさに義理の祖父と托卵を企てやがった! 俺は嫁一族と縁を切り、托卵された子供を育てる決意を固める。  作者: panpan


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道種 千鶴③

千鶴視点です。

 大河からのラインに従い……私は翌日お父さんの弁護士事務所に赴いた。

そこで突き付けられたのは……離婚の2文字と根拠となるDNA鑑定結果。

そこには……私とお父さんの血縁関係と大河と音瑚の血縁関係が認められないとはっきり記載されていた。

しかもお父さんはお母さんがパニックになってもらした自白を動画に収めていたらしく……お母さんが不貞を犯して私を托卵したことが証明された。

私とお母さんは……親子そろってそれぞれのパートナーに離婚を突き付けられてしまった。


「考え直してよ! 私とおじいちゃんはただ妊活していただけで、私の夫は大河だけよ!

何度言えばわかってくれるの!?」


 もちろん私は考え直すようにお願いしたけど……大河は私の話なんて微塵も聞いてくれなかった。


-------------------------------------


 自白の最中……お母さんはおじいちゃんが相手であることまでも漏らしていた。

おじいちゃんは否定したが……大河にDNA鑑定を強要されたことであっけなくバレてしまった。

お父さんは不貞を理由にお母さんに離婚を突き付けてしまった。

しかもおじいちゃんのDNAサンプルを音瑚とのDNA鑑定にも回されてしまい……音瑚の父親がおじいちゃんであることまで証明され、大河まで私に離婚を突き付けてきた。


「黙って聞いておれば……この非国民共がぁ!

ワシはこの日本の未来を救う救世主だぞ!

そのワシに向かって……舐めた口をたたきおって!!」


 全てがおじいちゃんは大河とお父さんに道種家の義務と理想を話した。

怒気が混じっていたものの……おじいちゃんなりに2人を説得しようとしてくれたんだと思う。


「そっそう……お母さんの言う通りよ!

ねぇ大河……。

私達がしてきたことはあくまで義務……言ってしまえば、納税と同じよ?

大河は税を納める国民を非難する気なの?

そんなのおかしいじゃない!」


 私もおじいちゃんの説法に便乗して大河の説得を試みた。

きっとわかってくれる……。

今の大河は音瑚の父親がおじいちゃんだったという事実が強すぎて混乱しているだけ……嫉妬しているだけ……。

大丈夫……しっかり話し合えばわかりあえるはず!

だって私達は相思相愛の夫婦じゃない!

心にまとわりつく離婚への恐怖や不安を振り払おうと私は自分自身を無理やり安堵させ……大河の心を必死に掴もうと頑張った……。


「それと……うっかり言いそびれてしまいましたが、音瑚の親権は俺がもらいます」


 だけど大河は、おじいちゃんの理想や私の気持ちを理解しないどころか……音瑚を引き取ると主張してきた。

血の繋がりがなくても自分は父親だとか……妄言に近しい理由を提示して……。


「なによそれ……。

私のことは捨てるくせに……音瑚のことは切らないの?

そんなのおかしいじゃない!」


「音瑚は俺に嘘なんてついていないからな……」


 何を言っているの?

音瑚はまだ1歳の赤ちゃんなんだから……嘘がつける訳ないでしょう?

そんな至極当たり前の理由で……私より音瑚を選ぶの?

私はあなたの妻として……これまで精一杯尽くしてきたじゃない!

愛し合っていたじゃない!!

それなのに……無邪気に何もせずに生きているだけの子供を取るの?

こんなに私が伸ばしている手を振り払ってまで?

音瑚と私の……何がそんなに違うというの?


「俺にずっと嘘を付いていたお前は信用できない……でも音瑚の純粋な目は信用できる……それだけだ」


 意味が分からない……訳がわからない……大河はいったい何を言っているの?

大河の頭は正常なの?

もしかして……おじいちゃんへの嫉妬心で精神を病んでしまったの?

それで頭がおかしくなっちゃったの?


「話し合いでの決着は厳しいようですので……続きは裁判という形で行いましょう……」


 お父さんが呆れたような口調で私達にそう告げると……大河は私に背を向けて部屋を出ようとする。

ダメッ!

大河をこのまま行かせたら……私達の未来は絶望的になってしまう!!


「大河……お願いだから考え直して。

あなたの赤ちゃん生むから……おじいちゃんに生ませてほしいてお願いするから……だから……」


 涙で視界が歪む中……私は大河の足にすがりついて彼の子供を生むと宣言した。

自分の血が流れた子供を私が生めば……きっと大河も私との再構築を考えてくれる。

おじいちゃんの種以外で子供を身籠ることは禁じられているけれど……このまま大河を失うくらいなら、おじいちゃんからどんなお叱りがあっても耐えられる!!

大河さえそばにいてくれれば……私はそれで良いんだ。

これで元の夫婦に戻れるはず……そう思っていたのに……。


「……」


 大河は乱暴に私の手を振り払い……何も言わないまま部屋を出て行ってしまった。

追いかけたい気持ちはあったけど……体が蛇に睨まれた蛙のように動かなかった。

手を振り払われた際に見えた大河の氷のような目……私を心から拒絶していたように見えたあの恐ろしい目……。

私に対する愛も情けも何もない……”無”だ。

胸が痛い……呼吸がしづらい……。

ただただ悍ましい……醜い……。

私を否定する彼の心のナイフが私の希望を貫いた……。


「あ……」


 追いかけたいのに体がまだ動かない……言いたいことがたくさんあるのに言葉が出てこない……。


『千鶴……俺が絶対に幸せにする!』


『私も……あなたを幸せにするわ!』


 大河に拒絶された事実から避難するかのように……私はかつての温かな大河との記憶に浸かった。

そうでもしないと……心が本当に壊れてしまいそうだったから……。


-------------------------------------


 それからどうしたのかはよく覚えていない……。

気が付いたら……いつの間にか実家の自室で見慣れた天井を眺めていた。

一瞬、あれは夢だったでは?

そんな都合の良い言い訳が頭を過ぎったが……記憶に刻み込まれた大河のあの冷たい目が何度もリプレイしては……言い訳を飲み込み、心臓を鷲掴みされるような痛みまで襲ってくる。


「いや……あんなの大河の本心じゃない!!

大河は私を……見捨てたりしない!!」


 私は見え透いた自己暗示でふらついた心を無理やり保ち……大河への信頼を取り戻そうと……再度彼との接触を試みることにした。

弁護士事務所なんて場所で話してしまったから……大河は緊張して本心を話せなかったんだ。


「2人で話せば……わかってくれるわ!!」


 我ながらめちゃくちゃだとは思うけど……そうでも思わなければ、前を向くことすらできない。


「大河、話し合いましょう……話し合いましょうよ……」


 ラインやSNS、電話と言った主な連絡手段はブロックされている。

電話番号やラインIDを変えて連絡を試みたものの……大河の方も連絡先を変えてしまっているみたいで、どうしようもなかった。

大河の担当弁護士であるお父さんなら知っているだろうけど……どれだけ泣きついても教えてくれなかった。

いつのまにか長期休暇を取っていたようで……学園にも姿を見せない。

これまでSNSを深く活用してこなかった私には……ネットで個人情報を集めるなんて器用なことはできない。

そんな私に残された最後のチャンス……それは後日開かれる裁判しかなかった。


-------------------------------------


 裁判当日……。

無表情を貫く大河とお父さん……怒りが顔からにじみ出ているおじいちゃんと脂汗ダラダラの担当弁護士が法廷にて向かい合ってた。

傍聴席には私と母だけでなく……道種一族の女達が集結していた。

みんな私と母のように……不貞を理由に夫や婚約者から縁を切られようとしていた。


「これより開廷します」


 発言権などないに等しい私達は傍聴席で裁判の行方を見守るしかなかった。


「あなた……お願い……許して……」


 隣の母は涙ながらに両手をこすり合わせ、神に祈るかのような姿勢で父に許しを乞うていた。

ほかにも許してほしいと涙を流している人がちらほらいたが……その涙に同情してくれる人は少なくともこの場にはいなかった。


※※※


 私達の不安をよそに……裁判は進んでいった。

DNA鑑定結果や録音データを証拠に不貞を訴える大河達……日本の未来を憂いて自分に課せられた義務を主張するおじいちゃん……。

何度聞いても大河達は誤解しているとしか思えないし……おじいちゃんの主張には微塵も後ろめたいところはない。

しかも大河は……音瑚の親権まで主張している。


『俺は娘の親権を主張します……。

俺と娘は血の繋がりのない赤の他人です。

でも……俺にとっては大切な娘です。

だからこそ……娘には幸せになってほしいんです』

愛し合っている私じゃなく……

 

 親権を主張する大河の顔は真剣そのものだった。

無謀だと……無駄だと本当はわかっているはずなのに……音瑚を諦めようとしない。

そのくせ……傍聴席にいる私のことは見ようともしない。

彼の心には今……音瑚しかいないんだ。


「……どうして?」


 どうしてなの?

あなたをずっと愛していたのは……支えてきたのは私でしょう?

同じ学園で教師として働き……同じ家で温かい食事を口にして……同じベッドで眠った……あなたの隣にずっといたのは私でしょう?

それなのに……どうして?

音瑚があなたに何をしたって言うの?

あの子は毎日ミルクを飲んで……遊んで……寝ているだけよ?

支えるどころか大河の手を煩わせている節まである……。

そんな音瑚の何が……大河をあそこまで奮い立たせるの?


※※※


「親権は……池谷大河氏が持つこととする」


 裁判の結果……私は大河と離婚することになり、さらには音瑚の親権も大河が持つことになった。


「は?」


 私は裁判官の判決に耳を疑った。

私と大河の仲を引き裂くどころか音瑚を大河に譲れなんて……法の名のもとに正義を執行する裁判官の言葉とは思えない。


「嫌だ……嫌だ嫌だ……」


 私は首を振ってダダをこねる子供の用にただただNOを周囲に振りまいた。

離婚なんて嫌だ……音瑚を渡すのも嫌だ……。

どうして私が大河の元を離れて……音瑚だけだがそのまま彼の元に留まれるの?


「こんなの……おかしいじゃない!!」


 私の心は……悲しみのどん底に沈んでしまった。


-------------------------------------


 裁判が終わって法廷から出ると……。


「重くなったな……」


 音瑚を抱きかかえる大河の姿が目に映った。

音瑚に向ける純粋無垢な笑顔……かつて私だけが独占していた温もりがそこにあった。

客観的に見れば、親子がじゃれている微笑ましい光景だろうが……私からすれば愛する人を寝取らた醜い裏切りも同然の光景だった。


「なんで……どうしてよ……」


 私が流した涙を……必死に訴えた愛を……全て無視しておいて、言葉も話せない音瑚に寄り添う大河に対して……怒りに近い感情が沸き上がった。

それと同時に、私から大河を奪う音瑚に対して……激しい嫉妬が芽生えた。


「……」


 私は混沌とする心のままに……大河達の元へと足を進めた。

何か考えがあって出た行動なんかじゃない。

ただただ……あの幸せに満ちた光をぶち壊してやりたい!!

1歩1歩進むたびに……胸が燃えるように熱くなる……。

もうどうなったって良い!

あの目障りな光を消し去ることさえできれば……それで……。


「ちょっと失礼……」


「なっ何よ、あんた!」


 ところが、突然私と大河達の間に割って入って来た男によって……私の足は止めらえてしまった。


「大河のダチの龍男ですよ、覚えてませんか?」


 龍男?

その名前を脳内で検索すると……ヒットする記憶があった。

確か……私と大河の結婚式の時に友人代表スピーチを担当していた人だ。

まともな面識こそそれくらいだが……たびたび大河の口から名前が出ていたので名前だけは印象に残っていた。

いや……今はそんなことどうでもいい!!


「どっどいてよ!」


「それはできない相談ですね。

大河はあんたらに散々傷つけられて……今、ようやく一区切りつけることができたんです。

これ以上あいつの傷を抉るようなこと……しないでくれませんか?」


「はぁ!? あんたには関係ないでしょ!?」


「それを言うなら離婚するあんただってなんも関係ないんじゃないですか?」


「うっうるさい! 私は大河の妻よ!!

誰よりも……彼を愛しているの!!」


「誰よりも愛しているのならどうして浮気なんかしたんスか!?

どうして托卵なんてしたんスか!?」


「浮気なんてしていない!!

私は自分の義務を果たしただけよ!」


「その義務とやらのせいで、あいつがどれだけ傷ついたか……音瑚ちゃんや周りのみんなの人生をどれだけ狂わせたか……まだわからないですか!?」


「うるさいって言ってるのよ!! 

いいから邪魔しないで!!」


「大河の幸せを邪魔しようとしているのはあんたでしょう!?

だいたいそんな血走った目をしているあんたと2人を引き合わせたら……何をしでかすかわかったもんじゃない。

あいつの幸せを少しでも願ってくれるのなら……このまま黙って立ち去ってくれませんか?」


 たかが友達の分際で知った風な口を……。

できることなら力づくでどかしてやりたいけど……体格の良く服越しでもわかる筋肉を持つ龍男に対し、私が腕力でどうにかするのは不可能だ。


「!!!」


 なんてそうこうしているうちに、大河と音瑚が外に出て行ってしまった。

まずい、このままじゃ見失ってしまう!

もういっそのこと、痴漢だとか適当なことを大声を上げて人を呼んでやりましょうか?

そうしたら……隙ができて大河を追いかけることができるかも……。


「だっ誰か、助けてぇぇ!! この男が私を襲おうと……」


「はぁぁぁ……」


 大声を上げて痴漢をでっち上げようとするも……龍男は慌てるどころか、呆れたと言わんばかりに溜息をついた。


「あんた……あれが見えないんスか?」


「えっ?……!!」


 龍男が指す方向に視線を向けると……天井に設置されていた防犯カメラが目に留まった。

しかもカメラのレンズは、私と龍男にしっかりと向けられている。

つまり……今までの会話や今のでっち上げも記録されているということ?


「なっなんで……」


「なんでって……今どき防犯カメラなんて珍しくもないでしょう?

ましてここ裁判所だし……」


「あ……え……」


「あれを見てもなお叫ぶつもりならもう止めないッスけど……名誉棄損は覚悟してもらいますよ?

まあ今の一言だけでも……印象悪く見えるかもしれませんがね……」


 私は叫ぶことができなかった……。

前科がつく……道種家の名に傷を付けることが怖くて……。


「大河を追いかけずにこのまま黙って立ち去るって約束してくれるのなら……今のことは目を瞑ります。

俺自身、大ごとにするのは本意じゃないッスから……」


「……」


 結局私は黙って立ち去ることを選んだ……というか、選ぶほかなかった。

今さながら……軽率な行動を呪った。

龍男に構わず強引にでも大河の元へと駆け寄っていれば……まだ可能性があったかもしれないのに……。


-------------------------------------


 それから間もなく、私と大河の離婚は成立し……親権の手続きも終えた。

大河ともう1度話し合いたかったけど……手続きは全てお父さんを通して行われ、大河本人は顔を見せてくれなかった。

慰謝料は財産分与だけでは足りず、独身時代の貯金をほとんど下ろすことになってしまった。

それでもおじいちゃんの家に住んでいる分には生活費に困ることはない。

だけど……私の心には空いている喪失感と言う名の大きな穴は、時間が過ぎるごとにジンジンと痛みを伴っていく……。

その痛みは、罪悪感などではなく……私の心は今もなお大河への愛であふれているという証拠なんだ。


-------------------------------------


「大河……」


 離婚後、私は大河と暮らしていた家へと戻り……私物を回収しに来るであろう大河を待ち伏せていた。

さすがに私物の回収は自分でやるしかないでしょうから……。


「千鶴……」

 

 待ち伏せてから数日後……。

思った通り、大河は家に帰って来た。


「大河……お願い、私の話を……」


「……」


 大河は私を無視し……家の中の私物を回収し始めた。

だけど私は構わず大河に声を掛け続けた。


「何度も言ったことだけど……聞いて。

私が愛しているのは大河だけ……それは本当なの。

おじいちゃんとは妊活していただけで……男女の情なんてものはないわ。

お願い……私とやり直して。

私にはあなただけなの……。

何でもするから……どうか……」


「……」


 涙を流しながら何度も何度も再構築を懇願するも……大河は何も言ってくれなかった。

話を聞いてもらおうと袖を何度か掴んだけど……すぐに振り払われてしまい……。


「これ以上邪魔するなら警察を呼ぶ」


 そう脅されたため……それ以上物理的な手段は使えなくなってしまった。


※※※


 そしてとうとう……私物を回収し終えた大河は部屋を出て行こうとドアノブに手を掛けた。


「待ってよ、大河! お願いだから……私を捨てないで!」


 もうなりふり構っていられなかった。

警察を呼ばれても良い……私は通報される覚悟で大河の腕を掴んだ。


「……いい加減にしろ。

お前とはもう離婚して赤の他人だ。

それに……お前とやり直す気は毛頭ない」


「なんで……どうしてわかってくれないの!?

私は大河をこんなに愛しているのに……どうしてそんなに冷たくなれるの!?」


 私の想いを理解してくれない大河に対する憤りがとうとう限界を超え、たまらなくなった私は声を荒げた。


「頼むから……もう俺に関わらないでくれ。

俺とお前は住む次元が違うんだ。

どれだけ真剣に話し合おうと……俺達が分かり合える日は永遠に来ない。

俺の人生に……お前はもう必要ない。

俺達は……初めから一緒になるべきじゃなかったんだよ」


「やめて……そんなこと言わないでよぉ……」


 大河は私の想いどころか……これまでの思い出まで否定した。

ひどい……あまりにひどすぎる!


「ねぇお願い……なんでもするから……子供だって生むからぁ……」


 私は右手で大河の腕を掴んだまま……左手で服のボタンを外した。

今ここで……大河に種をもらおう……。

私と大河の血を受け継いだ子供がいれば……私達にはまだつながりが残る。

血の繋がった子供がいれば……きっと大河は考え直してくれる。

多少強引ではあるけれど……もうこれしか……。


「やめろ……」


「大河ぁ……」」


「失せろぉ!!」


「きゃっ!!」


 荒げた声と共に……大河は力強く私を突き飛ばした。

その衝撃に抗えず……私の体は床に叩きつけられてしまった。

大河から暴力を受けたことなんて……これまで1度もなかった。

いや……暴力なんて振るわれたこと自体……今までなかった。


「……」


 大河は肩で息をしたまま倒れた私を人にらみすると……無言で家を出て行ってしまった。


「あ……え……」


 私は大河を追いかけることができなかった……。

生まれて初めて受けた暴力……愛する人から受けた暴力……。

痛みとして体中に残った大河からの明確な拒絶……。

そして大河が私に掛けた最後の言葉……。

それらが重い鎖のように私の心を縛りつけ……大河との思い出や愛を冷たい闇の奥へと沈ませていった。


-------------------------------------


 数ヶ月後……。

絶望のどん底に沈められた私にさらなる絶望が覆いかぶさることが起きた。

おじいちゃんが……理事長を解任されたんだ。

なんでもネット上に、おじいちゃんのこれまでの”義務”に関する情報が公開されていて……それが原因で解任に追いやられたそうだ。

しかもネット上には……私についての情報も公開されていた。

私がおじいちゃんとお母さんの子供であること……私がおじいちゃんと子供を作ったこと……全てが赤裸々に公開されていた。

そのせいでネット上では、おじいちゃんへの誹謗中傷の嵐が巻き起こるだけでなく……。


『自分の爺さんと子供を作るような淫乱女が教師とかマジでありえねぇ……』


『汚らわしい女……。

今すぐ教員免許をはく奪して!

こんな女が教壇に立っていたら……男子生徒達の貞操に関わるわ!!』


 私を教壇に立たせるなと言う声が多々上がっていた。

生徒の保護者……教育に携わる人間……学園の関係者……ほぼ全てだ。

しかも生徒達でさえ……。


『道種先生を今すぐやめさせてください。

こんな常識が欠けた人間の授業なんて受けたくありません』


 私をやめさせろと学校に訴えていたらしい……。

中には授業をボイコットする生徒達までいたとか……。


『千鶴、あんたと理事長のせいで学園がめちゃくちゃになったんだから……さっさとやめてくれない?』


『あんた達のせいでマジ病みそうなんだけど?

関係ない私達まで巻き込まないでくれる?』


 プライベートでも仲が良かった同僚の教師達にまでラインやSNSで学校をやめろと非難してきた……。

もはや学園に私の味方はいない……居場所もない。

育児休暇がまもなく終わるが……教壇に戻ったところで私を歓迎してくれる人はもういない。


「もう……無理か……」


-------------------------------------


 私は学園を去る決意を固め……後日教頭に退職願を出しに学園へと赴いた。


『そうか……残念だが仕方ないね』


 退職願を受け取った教頭は口ではそう言っていたけど……その顔は明らかに晴れやかだった。

騒動の要因が1つでも学園を離れてくれることに……安堵しているんだ。

そのふてぶてしい態度にイライラが募る……。

でもそれ以上に私を憤慨させるのは……同僚の教師達だった。


「……」


 退職願を出した後……私は自席にある私物を回収し始めた。


『……』


『……』


 職員室の空気はひどくどんよりとしていた。

周りにいる教師達は私とは関わりたくないと言わんばかりに目も合わせず、話しかけようともしない。

ただ……ズキズキと背中を刺すような視線は感じる。


『さっさと出て行け』


『お前と理事長のせいで学園は終わりだ』


 周囲から押し寄せて来る私への無言の非難が……私の弱り切った心を締め付ける。

耐えきれなくなった私は思わず涙を流してしまうも……私の涙に同情する人はいなかった。


「今までありがとうございました……」


 私物の回収を終えた私はつぶやくように今まで教壇に立っていた仲間達に感謝と別れを告げた。

別にこの場を惜しんで口にした訳じゃない……あくまでも形式的なものだ。


『……』


 だけど……私の最後の言葉すら……反応を示してくれる人は誰もいなかった。

あぁ……そうか……。

私はすでに……この場にはいない存在なんだ……。


-------------------------------------


 鉛のように重い足を引きずりながら職員室を出ると……何人かの生徒達と目が合った。


「……」


「……」


 だけど生徒達は私からすぐに目をそらし……蜘蛛の子を散らすかのように私から離れていった。

しばらく廊下を進んでいくと……また別の生徒達と目が合い、同じく離れていく。

何度も何度も……生徒達は私と目が合った瞬間、私をばい菌のように煙たがる。

中には私が懇意にしている女子生徒もいたが……。


「ひぃっ!」


 お化けにでも出くわしたかのように悲鳴を上げて、他の生徒達同様……逃げて行った。


「なんでよ……」


 ついこの間まで……みんなと仲良くやってきたのに……思い出だってたくさんあるのに……。

私と大河が結婚した時だって……みんな自分のことのように喜んでくれていたのに……。

ほんの数ヶ月で……こんなに冷たくなれるの?


「もう……いやだ……」


 教師達や生徒達から異物として見られる苦しみに耐えきれなくなった私は……逃げるように学園を去った。


「一体……私はどれだけ苦しめば良いの?

私が……一体何をしたと言うの?

私の未来に……光はないの?」


 私は……これからの人生に果てしない恐怖を感じていた。

そしてその恐怖が……現実として私の前に立ちふさがることを……私は間もなく知ることとなる。


次話も千鶴視点です。

できればここで千鶴視点を終わらせたかったのですが……想像以上に長くなったので区切ることにしました。

次こそ千鶴視点を終わらせたいと思います。

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