道種 熊次郎②
熊次郎視点です。
大河君に千鶴との子作りを目撃されたあの日からしばらく時が流れた。
彼はあれ以降、家には戻らず……説得する千鶴のことも拒絶し、離婚を突き付けたそうだ。
「おじいちゃん……大河はどうしちゃったのかな?
どうして……私にあんなひどいことを……」
大河君に拒絶されたことに心を痛め、ワシの胸で涙を流す千鶴……。
やはり彼もワシの理想を理解することができない愚か者共と同じか……。
ワシは千鶴との子作りに割く時間をより多くすべく、別居を命じた。
「誤解するな。
あくまでも別居という形で冷却期間を設けるだけだ。
その間……お前はワシとの子作りに専念していれば良い。
家族が増えたらきっと……大河君も考えを改めてくれるだろう……」
「そう……かな?」
「当然だ……。
優秀な子供が生まれて……喜ばない親などおらん。
大河君もきっと……お前の元に帰ってきてくれるだろう」
ワシの言葉を……千鶴は素直に受け入れた。
当然だ……ワシの言葉に間違いはない。
それに大河君が離婚しようが学園をやめようが……ワシには取るに足らんことだ。
夫においても教師においても……彼の代わりなどいくらでもいる。
千鶴本人は大河君に未だ想いを馳せているようだが……そんなものは取るに足らんことだ。
無能な男など……この世には腐るほどいるからな。
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「なっなんだ? これは……」
さらに時が流れたある日……理事長室でいつも通り職務に全うしていたワシの手に……1通の封が届けられた。
差出人はワシの義理の息子が務めている弁護士事務所からだ……。
「そっ訴状だと!?」
封の中にあった書類を開くと……訴状と言う文字を見え、ワシは思わず荒げた声を上げてしまった。
なにかの間違いだと目を通すが……間違いなくワシに対する訴状だった。
訴状内容を要約すると……。
”ワシが蝶子と千鶴と不貞を犯し、子供を托卵した”
そんな不当な言いがかりとしか言いようがないものだった。
さらには……明日、弁護士事務所に来るようにと指示まであった。
「ふざけおって!!」
ワシは怒りのまま訴状を握りつぶした……。
こんなものさっさとごみ箱に捨てて忘れるべきだろうが……訴状を無視すれば裁判を起こすと脅迫文まで入れている。
裁判などおそるるに足らんが、ワシの希少な時間を多く浪費するハメになる。
どうせ証拠などないのだ……。
望み通り赴いてやり……逆に名誉棄損だと訴えてやるわい。
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翌日……ワシは義理の息子である一馬の弁護士事務所に赴いてやった。
両隣には蝶子と千鶴もいる。
それぞれ一馬と大河君にラインで呼ばれたらしい……。
「おじいちゃん……一体どうしたら……」
「道種家の人間がうろたえるな。
ワシらには何もやましい所はないのだ。
堂々とした態度でいれば良い」
「そっそうだね」
「……」
ワシらは受付に案内されるがまま……狭苦しい一室へと入った。
部屋にはワシらと呼びつけた一馬と大河君がふてぶてしい態度で椅子に座っておった。
このワシに向かってなんと無礼な……
「これは一体なんの真似だ? ワシをこんなもので呼び出しおって……」
ワシは椅子に腰かけるや否や、訴状をテーブルに叩きつけてやった。
「この訴状に記した通りです……。
道種熊次郎さん……。
あなたは私の妻である蝶子と池谷大河君の妻である池谷千鶴と不倫関係を持ちましたね?
その上、千鶴と音瑚が自分の子供だと認識しながら……私と大河君に子供を育てさせた……。
その件について”まずは軽く”話し合おうと……この場を設けました」
「何を言っている!?
ワシが蝶子と千鶴が不倫をしただと!?
馬鹿馬鹿しい!!
身内同士で不倫など……どこからそんなおぞましい想像が出てくるのだ?
証拠でもあるのか!?」
少し圧を掛けてやったにも関わらず……一馬は無表情のまま証拠を提示し、機械のように淡々と話し始めた。
その証拠と言うのが蝶子が自白する姿を捉えた動画とDNA鑑定結果だそうだ。
蝶子め……口を滑らせてワシの名を出しおって……。
だがまあ……それなら動揺による妄言だと片付けることができる。
正常でない人間の証言など当てにはできんはずだからな……。
そしてDNA鑑定結果はあくまで子供のDNAが父親と一致しないということだけを証明しているだけで、真の父親がワシである証明にはならん。
ワシはあくまで自身の潔白を主張するが……。
「そうですか……。
そうおっしゃるのであれば……熊次郎さん。
DNAに鑑定のご協力願います」
一馬はあろうことか……このワシにDNA鑑定の協力を申し出よった。
無論、DNA鑑定結果を調べられたらワシが千鶴と音瑚の親であることが証明されてしまう。
そうなれば……こいつらはワシに慰謝料を請求してくるだろう……。
はっきり言って、相場数百万の慰謝料なんぞワシにとってははした金にすぎん。
だが……慰謝料を払うということは、不貞を犯したとワシ自身が認めることになる。
そんなことはワシの名誉が許さん。
ワシはいずれこの日本を救った救世主として語られる男だ。
そんなワシの名誉と誇りが傷つくことなど……あってはならん!!
「なっなぜワシがそんなものに協力しなくてはならんのだ!?
プライバシーの侵害だぞ!!」
DNA鑑定さえ受けなければ良いだけだ……。
ワシはプライバシーを理由に話し合いを放棄し、帰ることにした。
しつこく一馬が引き留めようとするが……そんなものは跳ね除けてやったわい。
パシッ!
だが……こいつは別格だった。
「きっ貴様……手を放せ!!」
ドアノブに手を掛けようとした瞬間、大河君がワシの腕を掴み……退出を妨害しおった。
さすがのワシでもこのバカ力には逆らうことはできん。
「DNA鑑定に協力してください」
その上……協力と称してワシの腕を力強く掴んで脅迫までしてきおった!!
知力で勝てぬからと……暴力に訴えおって……この野蛮人が!!
「生徒の手本となるべき教師なら……日本の未来を真剣に憂いでいる優秀な人間なら……自分の行いに責任は取ってください!」
考えることもできぬ野蛮人の分際で……このワシに説教じみた言葉を掛けおった!!
暴行罪で訴えると言っても……この汚らわしい手を引こうとしない。
なっ何も知らぬ愚か者が……舐めた口を……。
「わっわかった......。
後日、ワシの知り合いが勤めている大学病院に鑑定を依頼する。
それで良いだろう?」
暴力に屈するのは口惜しいが……ワシは協力することを約束した。
知り合いの医者はワシの息がかかっている。
ワシが少し口添えすれば……鑑定結果に細工することくらいはできるはずだ。
「いいえ、今ここでサンプルを提供してください。
鑑定はこちらで依頼します」
ところが……ワシの思考を読んだかのように、大河君はワシの提案を拒否した。
その目からは……。
”お前のことは一切信用できない”
そんな疑心に満ちた感情がにじみ出ていた。
ワシが与えてやった恩を忘れてこの無礼な物言い……なんと下劣な!!
その上、この場でワシのサンプルを強引に奪い取るとまで言い張りおった。
無知な人間と言うのが……これほど恐ろしいものだとは……。
こんな人間ばかりだから……日本は廃れる一方なんだ。
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色々考えてはみたものの……ワシは最終的に協力を選んだ。
大河のような馬鹿力に口の中を引っ掻き回されたりすれば……口の中が血まみれになってしまう。
いや下手をすれば……舌を引っこ抜かれるやもしれん。
「これで満足だろう!? 帰らせてもらう!!」
サンプルを提供してやったワシは蝶子と千鶴を置いてさっさとその場を後にした。
もうここに留まる理由などないからな……。
とはいえ……これでワシが千鶴と音瑚の父親であることが明白になる。
だがまあ……そうなったらなったで、どうということはない。
バレたらバレたで慰謝料を支払えば済む話だ。
あんな無能共に辛酸を舐めさせられるのは屈辱だが……たかだが数百万の慰謝料など痛くも痒くもない!
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その日の夜……。
「はぁ……はぁ……クソッ!!
忌々しい!!」
ワシは自室に苗床を呼び……種と共にうっ憤を吐き出した。
「おじさまぁ……なんか今日、激しくない?」
「うるさいっ! お前は黙って股を開いておれば良い!」
本来は千鶴も呼ぶ予定だったが……大河に離婚を本格的に突き付けられたことが精神的にかなり堪えたらしい……。
『おじいちゃん! どうしよう……私、大河と離婚したくない!
ねぇ、おじいちゃん……私どうしたら……どうしたら良いの!?』
何度も何度も同じ不安をワシにぶつけてきおって……。
その場は仕事があると言って適当にはぐらかしたが……はっきり言ってうっとおしい限りだ。
たかだが無能な男1人に何をそこまで執着する必要がある?
向こうが離れると言って聞かないのなら……さっさと別れて次の男を探せば良いだけだろう?
年齢的にも千鶴はまだ十分再婚できる可能性があるのに……一体何を慌てる必要があるというのだ?
全く最近の若者の心情という奴は理解できん!
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2週間後……ワシは一馬に再び弁護士事務所に呼び出された。
蝶子と千鶴も言わずもがな……。
「DNA鑑定の結果が届きました……こちらです」
思った通り……話の内容はDNA鑑定のことだ。
そこにははっきりと……ワシが千鶴と音瑚の父親であると明記されていた。
ふんっ!
たかだが数百万の慰謝料のためにここまでするとは……まるで乞食だな。
実に卑しい……。
「また……あなたが千鶴と密会している所も写真に抑えています」
ワシの中で奴らへの嫌悪感が増していく最中……一馬は何枚かの写真を提示してきた。
そこにはワシが千鶴を家や理事長室に招いている、何の変哲もない場面が写り込んでいた。
「あなたが自宅や理事長室に千鶴を招き入れ……不貞を犯した。
そういう見方もできるということです」
「ふっふざけたことを言うな!
証拠はあるのか!?」
一馬の言葉に……ワシは思わず声を荒げてしまった。
確かにワシは千鶴を自室や理事長室に招いて子作りをしていた。
優秀な我が子を身籠らせるために……1分1秒でも種を注がねばならんからな。
多忙な身ゆえ……場所など選べる余裕などないのだ。
だが事情を話した所で……無能なこいつらの頭では理解できまい。
ひとたび話してしまえば……”ところかまわず種をまき散らす種馬”等と……ワシを悪く吹聴する恐れがある。
そんなことは……このワシの誇りが許さん!!
「いえ……その点の証拠はありません。
ただ……そう見られても仕方がない状況だということです」
一馬め……証拠もないのにいけしゃあしゃあとワシを舐めるような真似を……。
しかもその隣にいる大河が……まるで自白を促すような言葉を並べてきおった。
まるでワシを罪人のように……。
「黙って聞いておれば……この非国民共がぁ!
ワシはこの日本の未来を救う救世主だぞ!
そのワシに向かって……舐めた口をたたきおって!!」
数々の無礼な物言いに……ワシの怒りは頂点に達した。
ワシはテーブルを叩き……目の前にいる無能共に今1度、”常識”と言うものを叩きつけてやった。
この腐り続ける日本を救うために……ワシがどれだけ身を粉にしているのか……。
種に価値のない夫共に代わり……ワシが種を提供してやっているありがたさ……。
愛国心が欠片もない自分達の愚かしさ……。
それら全てを……ワシなりにかみ砕いて諭してやった。
「日本を良くするためなら、人を傷つけて良いんですか?
人を裏切って良いんですか?
人の幸せを……踏みにじって良いですか?」
だが大河はワシの説法を聞き流し……逆に説法じみた話をワシに話し始めた。
長々と話していたが……どれもこれも感情論ばかりで聞く価値もない。
「ふんっ!
非国民なんぞにワシ達の崇高な使命がわかってたまるか!」
やはり所詮は無能な非国民……何を話しても無駄か。
「……音瑚の親権は俺がもらいます」
しかも挙句に……音瑚の親権を主張してきおった。
千鶴はうろたえていたが……ワシは微塵も動じなかった。
当然であろう?
音瑚はワシの血を引く優秀な子供だ……。
千鶴と離婚して他人となる男に親権なんぞ与えられる訳がない。
そんなことも理解できんとは……やはり無知は何も理解できんのだな。
内心、そうほくそえんでいた時……。
「あんたみたいな手当たり次第に身内を孕ませるケダモノ爺なんかに、大切な娘を渡せるか!!」
大河ははっきりと……面と向かってこのワシを侮辱したのだ。
こっこの若造がぁ……。
日本の救世主であるこのワシに向かって……ケダモノだの……クズだの……罵声を浴びせおった。
ゆ……許せん!!
絶対に許せん!!
「こっこの下郎がぁぁぁ!!」
言っても分からん奴に言葉などいらん。
ワシは慣れぬ暴力で制裁しようとするが……が。
「むぐぉ!」
ワシのありがたい鉄拳制裁を大河は素直に受け入れようとせず……そのせいでワシはテーブルに頭を打ち付けた。
生まれて初めて受けた痛みに……ワシは思わずもだえてしまった。
しかも……ワシに暴力を振るった張本人である大河は反省するそぶりを見せるどころか、哀れむような目でワシを見下しおる!!
どっどこまでもふざけおって!!
「きっ貴様……このワシに暴力を振るいおったな!
暴行罪で訴えてやる!」
痛みに耐えながらそう叫ぶも……大河は眉1つ動かさなかった。
ワシをこのような目に合わせておいて……こいつには常識どころか脳みそがないのか?
「話し合いでの決着は厳しいようですので……続きは裁判という形で行いましょう……」
しばらく傍観していた一馬がつぶやくようにそう言うと、せっせと書類や証拠写真などを片付け始めた。
大河もワシに背を向け、千鶴の制止も振り切って出て行きおった。
どこまでも救いのない奴らだ……。
「どうも初めまして……道種 熊次郎さん」
ところが……大河と入れ替わる様に見知らぬ男が部屋に入って来た。
見るからにうだつの上がらない平凡を絵にしたような男だ。
「だっ誰だ?」
「あなたに嫁を寝取られ……托卵されたピエロですよ」
「は?」
何を言っているんだと思わず首を傾げたが……男の後ろから幽霊のように青白い顔をした見覚えのある苗床が現れた瞬間、言葉の意図が見えた。
この男……犬都と名乗るこの男も、大河と一馬同様……ワシを嫁の浮気相手として訴えてきたのだ。
「浮気だと? ふざけるなっ!
何を証拠に……」
「これが証拠です……」
ワシがNOを言い終える前に……DNA鑑定結果と嫁の自白データをワシに突き付けてきおった。
それらの証拠全てが……ワシと苗床が子供を作ったことを物語っていた。
そして苗床には離婚を……ワシにはさらに慰謝料を求めてきた。
「いやぁぁぁ!! あなたお願い、考え直してぇ!!
離婚だけはしないで!
私が愛しているのはあなただけなの!
おじさまとは子供を作っただけ……それだけなのよぉぉぉ!!」
苗床は千鶴同様……泣きじゃくりながら再考を犬都に懇願した。
だが犬都も大河同様……苗床の言葉に耳を傾けようとしなかった。
「一馬さんお願い! 話を聞いてぇぇぇ!!」
ワシを介抱していた蝶子はワシを置いて一馬を追いかけていき……千鶴は床につっぷしたまま動かない。
どいつもこいつも……役に立たんどころか、いらんことをペラペラしゃべりおって……。
そして犬都との話も結局こじれ……大河同様、法廷に場所を移すということになった。
だが犬都との話を終えると次に……また次にと……ワシに嫁を寝取られたとほざく旦那達が代わる代わる入ってきた。
全員もれなくDNA鑑定結果と自白データをワシに突き付けてくる。
何度も何度も目前に広がる証拠の山に……ワシは気が狂いそうになった。
『ワシは……浮気相手などではない!!
ワシは……この国の未来を誰よりも見ている愛国者だ!!』
『ワシが子供を作ることで……この日本がより良い国へと進歩していくんだ!
その子供の父親になれることを……光栄に思わんか!!』
ワシの理想……ワシの義務……。
それを何度主張しても……誰1人として理解を示す者はいなかった。
わかっていたこととはいえ……ここまで日本の未来に関心がない非国民ばかりとは……全くもってなげかわしい!!
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後日……ワシは優秀な弁護士を雇って法廷に足を踏み入れた。
面と向かって対立しているのは大河と一馬だけだが……傍聴席には今にもワシを殺しにかかってきそうな旦那達と絶望に沈んだ苗床達が控えていた。
「それでは開廷します……」
40代くらいの若い裁判官の言葉と共に裁判が始まった。
大河達は話し合いの時と同様に、DNA鑑定結果と自白データを証拠に嫁との離婚とワシへの慰謝料を……大河個人はさらに音瑚の親権を要求してきた。
だがそんなものでワシは自分自身を曲げるような男ではない。
ワシは自分の理想と義務を法廷内で説き……法に理解を求めた。
日本の優秀な人間達が築き上げてきた法律であれば……正義が勝つ法廷であれば……ワシが正しいことが認められるはずだ。
「え~……ですので……あの……つまりは道種氏の主張は……」
ところが……裁判官の目はやや冷ややかなものだった。
それもこれも……雇った弁護士が想像以上に使えないからだ。
ワシの主張を言葉にできず……汗だくになるばかり……。
実を言うと……ワシが雇った弁護士はほかにも数人いた。
だが……。
『道種さん。
ここまで証拠が揃ってしまっている以上……潔白を主張するのは不可能です』
『ここは誠意を見せて……少しでも相手方の許しを得ることを優先しましょう』
弁護士共は誰もが口を揃えて誠意を見せるべきだと言ってきた……ふざけるなっ!!
この道種熊次郎が……あんな非国民共に頭を下げるだと?
それではワシがしてきたことが全て……過ちであったと認めることになる。
そんなこと……あってはならん!!
ワシは何も間違っていない!
過ちなど……犯してはおらんのだ!!
弁護士共に何度もそう悟らせるも……最終的にみな依頼料を置いて離れていった。
唯一残ったこの弁護士は……依頼料を3倍にすることを条件に引き留めることができた。
さすがに弁護士なしで裁判に挑むわけにもいかんからな……。
だがここまで役に立たんとは思わなんだ。
ワシとしたことが……人選を誤ってしまったわ!
※※※
「お願いします!
どうか……俺に音瑚を守らせてください!」
離婚と慰謝料だけでなく……大河は本当に法廷で音瑚の親権を主張してきた。
親権は母親が持つのが道理……。
まして奴と音瑚は戸籍上が親子なだけで……血の繋がりもない赤の他人だ。
親権など持てる訳がない。
”ワシの下で育ててしまえば……音瑚の人生は狂ってしまう”
そんな戯言を並び立てながら……裁判官の情に訴えようとしているのは目に見ていた。
愚かな……実に愚かだ。
裁判では証拠が全て……人の感情で左右されるような場ではない。
そんなことは素人でもわかる常識だ。
それすらもわきまえず、無意味に頭を下げ続けるとは……無知な人間とはどこまでも無様なものだ。
血の繋がりもない赤の他人のために、なぜそこまで恥を晒すのか……ワシには理解できん。
そもそも音瑚はワシの血を受け継いだ道種家の子だ。
ワシの下で育ち……いずれワシの……道種家の子を生むのだ。
それが音瑚とって最大の幸せであり……存在意義だ。
奴が何をほざこうと……音瑚は道種家のものだ。
※※※
裁判の結果……大河達の主張は認められてしまった。
千鶴達は離婚を余儀なくされ……ワシは非国民共に慰謝料をむしり取られるハメになった。
ワシの理想を理解できぬとは……裁判官とはいえ、所詮は未熟な若造か……。
納得しかねる結果だが……ワシ自身にとっては大きなダメージにはならん。
だが……さらに耳を疑う言葉が裁判官の口から出てきた。
「親権は……池谷大河氏が持つこととする」
「なっなにぃ!?」
あり得ないことに……音瑚の親権を大河が持つことになってしまったのだ!!
「なっなぜだ!? 奴と音瑚は血の繋がりもない赤の他人だぞ!!
そんな男になぜ……親権が行くのだ!!」
ワシがそう問いただすと……裁判官はその理由についてスラスラを答えた。
要約すれば……。
大河が危惧するように……千鶴が親権を持てば、いずれワシが音瑚に教育を施すと判断したから……だそうだ。
事実を言ってしまばそうだが……一体それがなんだというのだ?
そもそも法律や証拠を踏まえて判決を下すのが裁判官の務めであろうが!!
その本分を忘れ……情にほだされて判決を捻じ曲げるとは……愚かしいにもほどがある!!
「そんな馬鹿な話があるか!!
音瑚はワシの……道種家のものだぁぁぁ!!」
ワシの主張は結局通らず……そのまま閉廷してしまった。
大河といい裁判官といい……奴らには常識どころか脳みそがないのか?
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だが後日……ワシは再び法廷に立たされることになった。
その理由は……青少年健全育成条例等の違反。
ワシが未成年の苗床共に教育を施していたことが……法に触れたと元旦那達がワシを訴えてきたのだ。
全く……今の若い世代にはつくづく幻滅させられる!!
そもそもワシと苗床達はきちんと合意の上で妊活の練習をしていただけだ。
いきなり純潔を保ったまま子供を作るのは精神的に酷だからな。
避妊だってきちんとしていたし……大人としての礼儀は尽くしていたはずだ。
それの何が違法だと言うのだ?
全く持って理解に苦しむ……。
『罪を償え! 変態爺ぃ!!』
『地獄に堕ちろ!! 種馬野郎!!』
裁判の最中……苗床の父親や交際相手の小僧共からの罵詈雑言が法廷内に何度も響き渡った。
まるで知のない獣が無意味に吠えているようで……実に耳障りだ。
「ワシは当然の教育を施したにすぎん」
ワシはあくまで苗床共を教育しただけ……法に触れるような真似は一切していないと断言した。
ところが……またしても法はワシの主張を理解せず、有罪判決が下った。
罰こそ金だけで済んだが……この道種熊次郎の名に、傷がついてしまった。
非国民共が……ワシの理想を理解しないどころか……ワシの名に生涯消えぬ傷までつけおって……。
それもこれも……この日本が腐っているせいだ。
愛国心の欠片もない非国民がのさばり……無能な子供ばかりが増え続けているせいで……この国はまともに機能しておらんのだ。
ワシの名についた傷こそ……それを証明している。
だが……奴らは気づいておらん。
ワシこそが日本を立て直す救世主であるということを……。
この汚名は……いずれこの日本を支えていく子供達が晴らしてくれるはずだ。
ワシの理想を理解できぬ非国民どもめ……その愚かさを末代まで呪うが良いわ!!
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裁判の幕が下り……ワシは理事長室にていつもの務めに励んでいた。
いつまでも愚か者共の相手などしておれん。
ワシに残された時間は奴らのカス同然の人生とは比べ物にならんほど貴重なのだ。
今は自身の務めと”義務”を果たすことに集中しておれば良いのだ。
「りっ理事長! 大変です!!」
理事長室の静寂を破り……慌てた様子で入って来たのは我が学園の校長だった。
「なんだ? 騒々しい……」
「こっこれを見てください!!」
校長は手に持っていったタブレットとやらを操作し……画面をワシに突き付けてきた。
表示されているのはいわゆるSNSとか言うやつだ。
『エリート理事長 道種熊次郎の裏の顔』
そこにはワシのこれまでの”義務”について……事細かく記載されていた。
「なっなんだこれは!?」
裁判で実際に提示された証拠……非国民共の証言……そして、ワシ自身の主張……。
それら全てが公開されていた。
『うわぁ……マジかよ。
厳格な人だと思ってたのに……ショックだわ』
『俺、ここのOBなんだけど……なんかすげぇ恥ずかしくなってきた』
『こんなエロい創作みたいなこと……現実にあるだな』
『っていうか……身内同士で子供を作るだけでもやばいのに……その子供とも子供を作ったんでしょう?
しかもそれが義務だとか正義とかマジで言い張ってるみたいだし……気持ち悪いとしか言えない』
『狂気すぎる……その辺でヤリまくっている猿以下じゃない』
『しかも相手がこんなヨボヨボのおじいさんとか……金詰まれても無理だわ』
公開された情報を目にした連中から噴水のように罵詈雑言が溢れかえっていた。
10人や20人ではない……すでに100人以上の人間が閲覧し、それも徐々に増えていっているらしく……すでに特定班なる連中が、ワシの苗床共の個人情報を調べているらしい。
一体そんなことをして何の得があると言うのだ?
全く……ネットで生きている連中の気が知れん!!
「いっ今すぐに消せ!!」
「むっ無理です! もうすでにあちこちで情報が拡散しています。
私達ではもうどうすることもできません」
校長に消去を命じるも……それは現実的に不可能だと聞き入れなかった。
全く……使えぬ奴め。
だが……所詮はネット上でのこと。
放っておけば良いだけ……ワシはそう軽く見ていた。
しかし……ネットに疎いワシは知らなかった。
ネットに晒されるということが……どれだけ恐ろしいことかを……。
次話も熊次郎視点です。
予想以上に長くなりましたので区切ることにしました。
できれば次で熊次郎視点を終わらせたいと思います。




