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思春期のユリウス・カエサル  作者: くにひろお
アシアのカエサル
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情報伝達の変革

情報武官という役割をミヌチウスからもらったカエサルはどのような活躍を見せるだろうか?

情報武官の長であるルブルスは苛立っていた。

固い椅子に座って、苛立ちで足が震えるのを自分でも理解していただ震えを止めることができなかった。

これまでの自分の誇りを思い出して苛立ちを抑えようとする。

10代後半でそこそこな土地を持っていた実家の農業を継ごうにも、農家が破綻しつつあったなかで、次男である自分ができることは限られていた。

その時代、イタリア半島南部の穀倉地帯全体が、ローマの覇権の拡大でより安価なシチリア産の小麦が入ってくることで、独立した農家が苦境にたたされていた。

長男で兄は何とか小麦の栽培からオリーブへの切り替えを試みるも失敗し大貴族に買われて小作農に成り下がり、小麦の開墾地を得ることで生活をなりたたせようと思っていた自分は職にあぶれてしまった。

そんななかで救われたのは市民たちの英雄であるマリウスの改革だった。

マリウスは市民の義務とされていた兵士を専門職とした。小麦農家になることが難しく仕事がない自分は職業兵士として参加することを決意した。

そして兵士となり数多の戦場に赴き、働き、必死に食らいついて来たのだ。

そのかいあって、そして運にも恵まれて百人隊長にまで昇格したのだった。

そして、すでに百人隊長になって10年以上が経過していた。

それから歳もとり脚を怪我したから、共に戦ってきた戦友から推挙される形で、百人隊長から情報武官として働くことになった。


そこでも一生懸命に頑張ってきた。

伝達には兵士とは違う能力が必要とされる。必死にミヌチウスの意見を聞き、大隊長や百人隊長に正確に伝えようと日々努力を積み重ねてきたのだ。

ルブルスの同僚のパウルも同じ気持ちだろう。

パウルは自分が情報武官となった後からきたが同じように苦労してきたものだ。そして、彼は自分よりも要領が良く、分をわきまえていて自分を助けてくれることもあった。その後にさまざまな武官がきたが誰も長続きしなかった。それだけ、規模の大きな組織での情報の伝達は難しいし、大変なことなのだ、と改めて思った。大変な分、やりがいを感じてもいた。


そんな時にマリウスにつながりがあるという痩身の軽薄そうな若者が挨拶に来た。しかも到着してから日を置いて遅れてきたのだ。

本人はさほど気にしていないようだが、ルブルスは同僚のパウルから女遊びをしていて遅れたようだ、と伝えられて怒りを覚えていた。

予定日より遅れてきたカエサルは、

「こんにちは、 ガイウス・ユリウス・カエサルです。この度こちらの情報武官となりました。武官をとりまとめているルブルス殿ですね。よろしくお願いします。」

彼の挨拶は悪くなかった。頭を下げて、ベテランへの敬意は感じられたが、その礼儀をわきまえた挨拶でさえもルブルスは不愉快なのだ。

「おう。」

一言で挨拶を済ませて、自分の仕事に向かおうとする。

ルブルスの不満を高めたのが、貴族階級の息子だからか、従者が3人もいたことだ。

自分で仕事をする気があるのか、と思った。

マリウスに繋がる若者ということで期待していたが期待外れも甚だしい。

中年を通り越して初老に足を踏み入れつつある情報武官は、若者に期待をしないことに決めた。

元法務官の息子でもあるから、適当に好きにさせておいてケガもさせずに早く本国ローマに送り返そう。そう自分に言い聞かせる。

ミヌチウス総督も、ケガをさせないために若者を情報武官につけた。

そうに違いない。

それならば今まで通りに自分とパウルの2人が頑張ればいい。


そのパウルは朝から仕事場に来なかった。休むこともなく自分と常に一緒に働いている気の利くパートナーがいないことでルブルスは不満をぶちまける相手もおらず無口に仕事を進める。

だが、見よう見まねで手伝いだしたカエサルとその従者たちはベテラン情報武官が、やるじゃないか、と言いたくなるような積極性を見せる。

カエサル自身の動きも悪くはなかったがサポートする従者たちが非常に優秀だ、とルブルスは思った。結果としてパウルがいなくても、いる時よりも楽に仕事を終わらせることができた。

従者であるダイン、ジジ、ペノの活躍もあり、カエサル自身しっかりと仕事の全体を理解することができて、一人頷いていた。


それから数日して、ルブルスが少し不在にしている間にカエサルの従者たちはパウルが来たと教えてくれた。だが具合が悪いと言ってすぐに帰っていったそうだ。

「残念だな。一緒に酒でも飲もうと思ったのによ。」と言いながら少しだけ打ち解けたカエサルたちにも笑いながら言った。


さらに日が経過してルブルスの当初の不満はなくなり、若者と従者もやるじゃないか、と思ってきていた。

「いや、そもそも人員不足だったのだ。若者と従者で4人増えれば当然楽にはなるさ。」と思い直してしかめ面をつくるようにはなった。


数日間、ベテラン情報武官のルブルスと共に働き、全体の流れを理解した若者はベテランに相談があると言ってきた。仕事は大変だからよりよくするために若者の知恵を借りたい、と言ったのはルブルスの表面的な挨拶だったのだが。

ベテランは少し嘆息しながらも、若者の意見を聞いてやるのもベテランの仕事だ、と思い話を聞くことにした。

「なんだ。話してみな。」

ぶっきらぼうに言った情報武官に対して、カエサルは話す前に話を聞きやすくするため、ルブルスのために椅子を準備して、喉がかわくだろう、とペノに言って葡萄酒も準備させた。

仕事が落ち着いていることもあり、余裕を見せるルブルスは椅子に座り葡萄酒を口にする。

そこでカエサルがルブルスに切り出す。

「今まで口頭による伝達でしたが、紙による伝達に切り替えましょう。」

情報の共有の新しいやり方だった。

「我々が整理して手分けして各隊長たちに伝えに行く場合、我々を隊長も待つ必要があります。そこで伝達する順番も大切じゃないですか。順番を守ると上位の方に伝達ができないとすべて遅れてしまいます。」

問題点を指摘されルブルスは、そうだな、と言った。

「我々も大変ですが、下位の方への情報伝達が遅くなる傾向にあります。」

「仕方ないだろう。」

「なので、ミヌチウス提督からの伝達や説明を紙で会議のおこわなれる場に毎回張り出します。そのうえでやはり情報を届けてほしい、という方に我々が伝えに行くようにしましょう。」

「なるほど。」

考えたこともなかった。ミヌチウスの言葉を各隊長にしっかりと説明するのが自分たちの仕事だと思っていたからだ。

「しかし、紙に書いてあるものを読むだけで皆が納得するか?」

「だからそれを一度やってみましょう。」


ローマの士官は全員ラテン語が読める。

だから、書いてある文字を理解して動くことができる。

効率的かもしれない。

いつでも隊長たちが確認できるという意味では、情報武官が隊長の動向を把握しながら動くよりも自分で来て見るのだから、説明内容に相違が発生することもない。

しかし、紙に書いて張りだすとなると個々の士官へのきめ細やかな説明ができないではないし、見に来れない隊長もいるだろう、と思った。さらに、紙は非常に高価であると思った。

そこまで考えるとルブルスは

「なるほど。アイデアは悪くない。だが、紙は貴重品だ。浪費するわけにはいかないだろう。」

そういって話を終わらせようとすると、カエサルは

「私が十分な紙を用意できます。ぜひ一度やってみましょう。」

そう言われるとやってみないわけにはいかない。アイデアは悪くないと思っているし口にもしたのだ。

「具体的にどうするか、を決めないとな。」

若者のアイデアに押されながら、現実を知るベテランは具体案を若者に求めることにした。

「そうですね。まずは私が作成してみましょう。それをルブルス、あなたがチェックしてくれれば課題が明らかになるでしょう。」

「だが、このやり方をするにはミヌチウス提督の許可が必要になってくるだろう。」

「そうですね。」

「提督はお忙しい、簡単に許可を取ると言っても当分先になるだろう。」

「取りましたよ。」

「は?」

「ミヌチウス提督の許可はとっています。本当に開始するなら教えてくれ、と言われています。だから後は実際のやり方が整理できれば実施できるんです。」

すでに提督にも相談済と笑顔でいう若者に押されて、もはやベテランはうなずくしかできなかった。


カエサルのやり方には不満がある。だがミヌチウスに話を通されているとなるともはや前に進むしかない。ルブルスは不承不承ではあるが気持ちを入れ替えて新しいやり方にチャレンジしようと思い直した。


紙による伝達を理解はしつつも不満げな顔のベテランに困った感じのカエサルはこう言った。

「紙の準備くらいなら私ができますが、やはり伝達の内容を整理することについては熟練の経験が必要な気がします。」

「そうだろうな。」

「私は紙の手配をしてきたいので、ルブルス、あなたに仕える感じで従者の一人にやり方を教えてもらえないでしょうか?」

「誰でもできる仕事ではないぞ。」しかめ面のベテランはそれでも従者を一人任せると言われて悪い気がしなくなった。

「ええ、もちろん。すでに手伝いをしている私の従者で少し中年の浅黒い肌の男がいます。」

「ああ、知っている。ペノだったな。有能な従者だと思っている。」

「彼はローマの友邦国家で事務官をしていて我々のなかでは一番経験があります。力不足ですがルブルス、あなたの手伝いをさせてください。」

真剣な顔つきだった。

ルブルスは思った。若いし浅薄そうだがこの男は切れる。

適材適所という言葉も理解している。

そう思うと今まで自分のほうが意固地になっていたのかもしれない、と思った。

「わかった。紙のほうは任せよう。ペノはわしが預かる。」

そう言って適材適所を了承してもらった。

「ありがとう。さすがはミヌチウス総督を支えるベテランだ。」

そう称えながらカエサルはビブルスとペノに仕事を任せることになった。


それから、ビブルスはペノと2人で仕事をすることが増えた。

カエサルとその従者のジジ、ダインという若者もいたが、紙の手配などで忙しいのだろう。

もしかしたらそんなに紙を準備できていなかったのかもしれない。

それでも若者たちにはそちらを頑張ってもらおう、とビブルスは気の利く元官吏のペノと一緒にミヌチウスの指示を的確に文章として紙に残す方法を整理した。

そしてまとめた方法をミヌチウスに報告して、ついに紙での伝達が開始されることになる。

気が付けば、ビブルス、ペノ、そしてカエサルの従者たちで紙による運用が始まることがきまり、ビブルスは自分の相方であるパウルを気にするようになった。

またビブルスがいないときにパウルが現れたとペノに聞かされたビブルスはペノを怒った。

「なぜ、俺が戻ってくるまで待たせておかなかった。」

ペノは謝罪して次に現れたらパウルを待たせておくようにします、と言った。

ペノが悪いわけじゃない。

だが、ビブルスはこの状況の変化をパウルと共に分かち合いたかったのだ。


こうして準備が整って紙での運用がはじまったが、驚くほどに問題は起きなかった。

「最初は皆文句を言わないものさ。」とビブルスも言い、それよりもパウルの状況を気にして彼の家を訪れたのだが、パウルは住んでおらず、自分はきつねに摘まれたような気分になった。

「パウルのやつ、どこに行ったんだ?」

ビブルスの質問に状況を知らないであろうペノが

「私の祖国でも、年齢のいったベテランが突然いなくなったことなどもありました。そういったものなのかもしれませんね。」と訳知り顔でいう。

ペノの見識の広さにはビブルスも一目置くようになっていたので、

「そんなものか。」とだけ言った。

パウルとは長い間一緒にやってきたと思っていたのでどこかにいくにせよ、挨拶ぐらいはしてほしかった。本当に残念だった。

だがビブルスには新しいやり方を推し進めるという使命があった。


結局新しい紙での連絡事項の共有がはじまって1カ月近くが経過して、ルブルスは自分の知り合いの百人隊長や十人隊長はたまたそれ以外の関係者にも話を聞いてみたが、全員が、この張り紙を良いと評価していた。

そこで、ビブルスがミヌチウスに伺ってみると、ミヌチウスも自分が言いたいことがまとめてあり簡潔に記載されているから内容が確認できてよい。

アイデアはカエサルであっても運営を受け入れたルブルスの功績だ、として褒められてしまったため、ルブルスは新しい方法を否定することもできず、カエサルの案を褒めて、受け入れるしかなかった。

こうしてアシア属州の新しい情報武官がはじめた、情報の伝達を紙で行う仕組みは属州の軍団全体に受け入れられていった。




少し前にさかのぼって、

ミヌチウスは、カエサルから全体の情報の共有を紙で実施するという提案を受けて最初は迷った。

しかし、いつの間にか自分が伝えたい内容が、少しずつ間違えて話が伝わり、それがエフェソスの街にも官吏しているアシア属州全体の統治にも微妙な食い違いを見せ、同じ場所に2つの部隊を派遣するなどの無駄が発生していると感じていた。

そこに痩身の若者から、個人的に相談がしたい、という申し出を受ける。

夜、静かになってからミヌチウスの私邸に現れた瘦身の若者を、アシア属州総督は静かに応接の間に通した。

「仕事はどうだね、ガイウス。

「役割の重要さを改めて感じています。情報武官を任せていただき感謝しています。」

「それは良かった。手短に頼もう。とはいえせっかく来たんだ葡萄酒の一つでも飲んでいくといい。」

そういうと自分で2つの杯に酒を注ぎ、若者に渡す。

「ありがとうございます。」

「乾杯しようじゃないか。」

2人は乾杯して酒に口をつけて椅子に座った。

「情報武官のルブルスとパウルは良いやつらだが少し頭が固い。上手くやってくれ。」

「はい。ルブルスとはうまくやれそうですが、パウルとは難しいでしょう。」

口に持って行った酒をふきだしそうになり、ミヌチウスは

「なぜだ?」と聞き返した。

「彼はすでにローマを裏切っているからです。」

若者が気軽に自分の部下を裏切り者扱いしたことで苛立ちを覚えて聞き返す。

「適当なことをいうんじゃないぞ。ガイウス。何か証拠があっていっているんだろうな?」

「もちろん。」

自信をもってカエサルは言い返した。


「1つは、私の仲間がパウルが他の者と密会をしているのを見たという状況証拠。ですがこれは証拠物はないので口でだけです。」

カエサルの公正な物言いにミヌチウスはうなずいた。

「ところで今現状で情報武官を間にいれてアシア属州全体の情報の伝達を整理しているはずですがうまく行っているでしょうか?」

「それがうまくいかないからと証拠にはならないぞ。」

「もちろんわかっています。ですが2つの情報は可能性を示唆します。誰かがパウルに囁いて良い小遣い稼ぎがある、と言って情報をかき混ぜさせるのです。それだけならよほどのことがない限りわからない。」

「そういう可能性もゼロではないな。」だが、裏切者扱いをするには不足している。ミヌチウスはそう思った。

「さて、ルブルスとパウルは一緒に仕事をしていましたが、一部で業務の切り分けを行っていました。海沿いの半島や島々を中心にやっていたのはパウル、そして比較的いきやすい近隣や平地をルブルスが実施する。ルブルスの足を考慮してのことでしょう。でも問題は半島や島に所属しているところから起きていないでしょうか?」

「そういった面はある。」

「では、これ以上は閣下の密偵に調べていただきたいと思います。」

ミヌチウスはカエサルの顔を見て言った。

「わかった。まだ可能性だけではあるが調べる価値はあるだろう、ということだな。」

「ええそうです。ところでこの際です。情報伝達の仕方についても変更すべきだと思っています。聞いてもらえますか?」

痩身の若者は笑顔でそういった。

ミヌチウスは「わかった、聞こう。」と若者に返事をした。


そこでカエサルは伝達事項を張り紙にする案を提示する。そのメリットなどを伝えるとミヌチウスは「やってみる価値を非常に感じる。ぜひやってみよう。」と言った。


カエサルはその案をミヌチウスに褒められたが、代わりに2つのお願いをする。

「情報武官ルブルスが来たらぜひ本人を褒めてください。」

なるほど、とうなずいてミヌチウスはその後実際に運用を開始した際にベテランを褒めた。

さらにルブルスの元仲間、パウルについては「捕縛して拷問にかけ、洗いざらい情報を抜き出し、内容をカエサルにも共有してもらいたいと依頼する。こちらも2つ返事でミヌチウスは受けた。

どちらにせよ捕まったパウル自身は拷問にかけられることが決定していた。今後、パウルの情報網を上手く使えるかはミヌチウス次第になったが、パルティアの望む情報を今度はローマが握ることができるはずだった。

こうして、夜の静かな飲み会は閉会した。


アシア属州の大きな問題であった行政、軍隊の情報の伝達の問題は整理され、ベテラン情報武官、ルブルスは同僚パウルの謎の失踪を残念がりながら、一新された情報伝達を伝える役割を日々精力的にこなすことになった。



カエサルとのやりとりから1週間以上が経過したある日、情報伝達の問題も落ち着き、裏切者を抑えることができたミヌチウスは新しい別の課題をかかえて悩んでいた。

一人、執務室で仕事をまとめ終えて、奴隷に葡萄酒を持たせてすっきりした気分になる。

だが、これだけではない。

酒を口にして、口のなかで転がしながら考えを巡らせる。

敵対国とも隣接するアシア属州は問題が山積みだ。

その中でも最近問題になっているのがレスボス島がローマから離反しようとしていることだった。

レスボス島はアシアとギリシャの間にある大きく交易の港を持つ重要拠点でもある。パルティアを含むいくつかのアジアの国々が後ろ盾になってレスボス島の半ローマ勢力の支援をしている可能性が高いと思っている。

「もっと詳しい情報が欲しいな。」

そうつぶやいたミヌチウスはレスボス島に攻め入ることを最終手段として、今は周りを整理することが重要だと。そのためには小回りの聞く部下が必要だった。

そして、最近ローマから来た若者が、機転が効き、抑えるところをうまく抑えれる力を持っていることを。彼はそろそろ情報武官に飽きているかもしれない。

他の場面で活躍できるか試してみるのも良い。

後輩に活躍の場を与えることもローマの軍人の大切な役割だ、と思い、部下に、カエサルを呼び出してくるように頼んだ。


カエサルは情報武官の仕事内容をシンプルかつ効率化してみせた。

しかも実際に自分は作業にあまり関わらずに。

それでも結果を出したカエサルは次に何をするのだろうか?

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