それぞれの動き
ドラベッラの指示のもと動く情報部隊の長ヘスリ
カエサルにプレッシャーをかけはじめた狂犬バルザルリ
ドラベッラに対抗するために動くカエサル
それぞれが思いをもって動きを活発化させていた。
ヘスリは表情のとぼしくなった自分の顔がガラス窓に映り、歪むのを見て笑った。
少し映るのを見ても気にせず、窓の外を見ながら考え事をしていた。
自分と苦楽をともにしてきたはずの弟が、自分が忘れてしまった感情をいつも爆発させることがうっとおしいと感じていたが、さらに悪いことに今の仕事をするのには大きく障害になっていた。はじめて弟の激しい感情が邪魔だと思った。
ヘスリは元々、ローマの同盟市の出身で若く、将来を期待される優秀な文官だった。共和制ローマの一角をになう同盟市であることを誇り、ローマと共に歩むことを信じていたその若い時に、ローマに複数の同盟市が反旗を翻したのだった。
その戦いの初戦で破れ、傷を負わされたヘスリは奴隷として捕まりひどい扱いを受けながら生死の境をさまよった。
戦争が終わってローマが同盟市への併合を行い同盟市の反乱は許されて同盟市の市民にはローマ市民と同じ権利が与えられるとした寛大な処置に旧同盟市の市民は喜びを隠さなかった。
しかし、すでに奴隷として扱われていたヘスリが救われることはなかった。
運が悪かったんだろう。
同じ奴隷でも扱われる業者によっては非常に丁寧に扱われることがある。
ヘスリほどの優秀な文官であれば、奴隷になってもすぐに実力を買われ、ローマで活躍する機会をもらえ、自分の財を成すことができたかもしれない。
しかし実際にはそうはならなかった。
厳しい奴隷生活を経て、ヘスリは自分の感情がなくなっていた。
そんなときにスッラにより奴隷から開放されてコルネリウス組に編入されたのだった。
冷酷な独裁者は、人の見る目も確かなのか、ヘスリの才能を見出していた。
ヘスリのかつては柔和だった人の面影はなく、感情による揺れない心と過去に培った分析や人の動きを考える点が優れた点をスッラは鋭く感じ取り、情報収集部隊を創設して任されるようになった。
自分の実力が認められて独裁者の情報部隊となり待遇は大きく変わった。
しかし、ヘスリはもはや何があっても心が踊ることはないくらいに冷たく冷めきっていた。
情報部隊を作った後に弟と合流できた。信頼できる弟がいることはありがたいはずだったが、久しぶりの再会を果たした後にヘスリがグズリに感じたのは、騒がしいやつだ、ということだけだった。
そしてここに来て、グズリが仕事をできていないのではないか、と思うようになっていた。
今まではヘスリの考えたことを文句を言いながらもしっかりとやってきていたグズリだったが、女ったらしの調査をするように指示してからは、どうも精度が低い尾行しかできていない。
ヘスリは、自分の手の者のなかで仕事が最もできる者たちにグズリたちとバルザルリ隊の動向を探るように指示した。
ドラベッラの直属部隊には3つの組織がある。
ローマ市内を中心に情報収集をしているヘスリ隊。
主にパラティーノの丘のドラベッラ邸や近辺の治安維持にあたっている元山賊だが統制が精鋭部隊のように統制が取れているビズラ隊。
そして最もやっかいで、最もローマ市民が恐れているのが元百人隊長でもあるバルザルリの部隊である。
有名になったのはスッラがまだ支配をしていたローマで、バルザルリの部隊は多くの民衆派の元老院議員や騎士階級の者達を捕まえ、関係者を容赦なく弾圧したことでコルネリウス組のなかでもバルザルリ隊の名は瞬く間に有名になったのだった。
部隊が有名になる前から元百人体調バルザルリはその狂気を知られていた。
バルザルリが百人隊長だったローマの同盟市戦争の時期、敵になった者たち、敵か味方かわからない者、さらに味方のはずだがバルザルリと意見が食い違った百人隊長を容赦なく殺して、その血を啜って喜びの声を上げていたという現場を多くの市民兵が見ていためでもある。
その残虐な男が、カエサルに圧力をかけるために動いたとなるとそのまま放置するわけにはいかなかった。
エセイオスからの報告を受けたカエサルは自分を支援している者たち、友人たち全員を定期的に守ることは難しいにせよ、注意をするように伝えておこうと考えた。
ドラベッラの子飼いとなっているのでバルザルリ隊といえども、ローマ市内や人がいるところで簡単に手出しをすることはないだろう。
そう思うとある程度注意して様子を見守ることが良いと考えられる。
いつも一緒にいるダインやジジも手分けをする。
特に気になったのは、ローマの街はずれにいる支援者たちだ。
カエサルはダインにオスティア港で商売をしていて軌道にのってきている港湾での商売をしているシンディのところに何人かカエサルの知人を連れて行くように指示した。
ジジには護民官のところに向かい、カフェ・プラタリオや剣闘士興行のビスト・エスタ、それからカエサルの友人たちの身辺を気にしてもらうように依頼するように言う。
それから自分は市内の良く立ち寄る店や昔から仲の良い人たちのところを回ることにした。
カエサルが事務所を離れて家の前に来ると、黒めの上着を羽織った一団がいた。バルザルリ隊のごろつきだろう。ただ見張っているだけだが、明らかに通行の邪魔をしていて問題を起こそうとしているようにも見えた。しかし、現時点で何も問題は起きていない以上、放置すべきだと思い、往来の人たちの動きにあわせて躱しながら家に入っていった。
母のアウレリアに状況を伝えるとすぐに危険なことは辞めろ、と言われるのが目に見えていたので、侍従でもあるプブリヌスに状況を伝え、家族の安全を守るように、そして余計なもめごとは当面起こさないように全員に伝えるよう指示をした。
カエサルが子供のころから世話をしてくれているプブリヌスは瘦身だが鍛え抜かれた身体をもつカエサルを見て笑顔でいう。
「お気をつけて。無茶をしすぎないようにしてください。」
プブリヌスにはカエサルを止める気がないことを感じて笑顔で答える。
「ああ、家のほうはよろしく頼む。」
カエサルより10ほど年上だが社会の仕組みをよく理解している従者は笑顔で、お任せください、と言った。
安心して家を出たカエサルは再び事務所に戻る。
今日は朝早くから動いているため、まだ時間はたっぷりとあった。
ダインもジジも横にいないことはまれだったが、誰もいない事務所の長椅子に横たわり、少し気を落ち着かせる。
うとうとしたと思って少ししてジジが護民官の一人でカエサルの友人でもあるメテイオとともにカエサルの事務所に戻ってきた。
2人によると先日会った他の護民官たちも動いてくれることになったことを聞く。エステバン、ホルクスが市内を中心に巡回してくれるそうだ。
そしてメテイオはドラベッラの訴訟の準備を固めていて相談に来たのだった。
護民官が動いてくれることで、ある程度バルザルリ隊を抑制出来るだろうと思いカエサルもほっとした。
それからメテイオと訴訟準備に向けた打合せを行う。
後手になってきているが、ドラベッラの部下たちに押されている状況でこのままやられ続けることになるため、反撃をする必要があった。
気持ちを切り替えたカエサルはバルザルリ隊のことはいったん置いておき、メテイオとどう訴訟を進めていくかを入念に話し合うことにした。
打合せをおえてメテイオが準備にむけて市街に消えていった。
そして、カエサルもドラベッラを訴えるための算段がたってきたことで安心して少し休憩をとろうとしてジジに葡萄酒を持ってくるように言ったそのとき、事務所に誰かが駆け込んでくる音が聞こえた。
会談をあがって事務所にあがってきたのは、ダインを向かわせたオスティア港のシンディだった。
カエサルの事務所に駆け込んできたのはオスティアに店を持っているシンディ。
何がおこっているのだろうか?




